2008年12月31日水曜日

退院


入院して3ヶ月が来る人の退院の打ち合わせでのこと。息子が病室に来て、「母さんが退院して一人で暮らすのは心配だけど、うちは狭いから一緒に暮らすわけにいかない。施設に入所するのが一番だと思うよ」と言ったとたんに、「私はどこでも暮らせる。一人が心配ならホテルでも暮らせるんだから。そのくらいの段取りはしてくれていいんじゃないか」と言い出し、親子げんかが始まった。ちょうど老人住宅が空いているとの電話があったが、言い出せる雰囲気ではなく、二人を置いて部屋を出た。
グループホームも空いていたんだけど、後から面接する相談員の判断に任せよう。どちらにしても、在宅のケアマネの仕事ではなくなって、ほっとした気持ちもある。

2008年12月29日月曜日

年の功

藁を持って行ったデイサービスの近くを通ると、ひなたぼっこをしていた利用者から「しめ縄ができたよ」と呼び止められて見に行った。折り紙や神細工のレクリエーションに参加しない女性が、藁をたたいて縄をなったという。「あなたがせっかく持ってきてくれたから、作らないと申し訳ないからね」と手を握ってくれながら話す。「昼からみんなで飾り付けをするからね」と感謝された。

あっという間にしめ縄を作れる腕よりも、あのほめ方はさすが年の功だと感心した。

2008年12月28日日曜日

マイナス思考


・喉の痛みが取れて良かったですね。---でも、便が出なくなってね。風邪薬の副作用だと思うんけど、説明してもらってないから
・お薬の説明の紙をもらったでしょう。---ほら、この薬は飲むと吐き気がする、気分が悪くなると書いてあるから飲まないの
・飲まないで治ったんだからいいんじゃないですか。---それでも点滴を受けているから。風邪がひどくなって死んだらどうしよう。
・お医者さんはエアコンのせいじゃないかと言われてましたよ。---エアコンは隣の部屋にしかないから効かなくて。肺炎になったらどうしよう。
・体の調子はいいんでしょう。---これを見て。便と尿の出た時間と量を書いてるんですけどね。調子が良かったらこんなことしないでしょう。
・ちゃんと出ているからいいんじゃないの。---あなたと話しているとおしっこがしたくなったから、あっちへ行ってちょうだい

…こんな調子で1時間近く続く。では次の予定があるので、来月また来ますねと帰ったが、後でヘルパーさんに、「今度のケアマネさんは、話が長くて、おしっこを我慢するのに大変だった」と話したと後で聞いた。今度会う時は、どんな話をするのだろう。

2008年12月27日土曜日

昔に帰りたい?

 老人住宅に入所した利用者から頼まれて、自宅からアルバムを持って行った。写真を見ながら昔の話をしてくれる。18歳で兵隊になってタバコが配給された。国が未成年にタバコを勧めるのはどうかと思ったことや、復員して国鉄に就職し電信係をしていた時に子供たちを乗せた船が沈んで、連絡の仕方によってはお客が助かったのではないかと悩んで退職したこと。空港を建設する仕事をしたこと。妻が早くに亡くなったことなど写真を見ながらの話は尽きない。昔に帰りたい?と尋ねると、元気な頃ならと言う。

 認知症の人に限らず、高齢者は昔が良かったという人が多い。きっといい人生を送ったのだろう。

 先日学生の時の夢を見た。定期テストで全く問題が解けなくて焦っている。今まで何回も同じ夢を見た。 これから歳をとってもテストの夢でうなされるのは情けないな、と考えて目が覚めた。

出来心

先日 映画撮影のため香川を訪れた長澤まさみちゃんを見て以来、旦那は すっかりファン気取りだ(-_-)それまで彼女の存在すら知らなかったと言う 芸能界に全く無知な旦那は「若い奴と話しが合わなくなるのもアカンし、これからは芸能ニュースも目を通さないとな」などとほざいている。何を今さら(-_-)
「そういえば、おまえ 加藤ローザって知ってるか?」「はあ?ローザじゃないよ、ローサでしょ」「え?加藤ローサって言うん?」「そうだよ、知ったかぶりして恥かかないようにしなさいよ」「メジャーなの?」「ドラマとか出てるじゃない」「そうか・・今日会社の若い奴が話してたから・・今度香川に来るらしいよ。メジャーなんだ〜可愛いのかなぁ?」 ・・・(-_-)
私は何故だかちょっとムカついて 、つい出来心で口走る。「だって東国原知事と かとうかずこの子供じゃん、メジャーだよ」「え?そうなの?あ〜 かとうかずこの加藤なんだ」「やーね、そんなんも知らないなんて・・あ、でも二人は別れたから、あんまりこのことは公にはしてないわね」「へぇ〜!」旦那は イイコト聞いちゃった、みたいな顔して満足そうにした。
会社で知ったかぶりして言うのかしら・・・いや〜ん、楽しみ〜(>_<)

2008年12月25日木曜日

郵便ポスト

郵便局に貯金すると七色のポスト型の貯金箱をくれる。もうこんな形のポストは珍しいと言うが、私の担当地区ではまだ現役だ。
狸と一緒というのは珍しい。

2008年12月24日水曜日

クリスマス イヴ

ディサービスセンターをいくつか訪問すると、ケーキとクリスマスツリーが飾ってあった。老人にクリスマスは? と思っていたが「浄土真宗だけど クリスマスはお祭りだから」と意外に好評。

電車の中でも携帯電話でメールしている高齢者を多くいるから、老人は新しい機械を使うのは苦手だとか適応力が弱いというのは間違いかもしれない。

もっとも、耳が遠いから音量が大きいし声も大きいから会話の内容が筒抜けで、メールの文字が大きいから遠くからでも読めるんだけどね。

(写真はワインオープナー。天空の城ラピュタに出てくるロボットに似ている)

2008年12月23日火曜日

第一印象

この仕事をしているが、人と話をするのは苦手だ。特に、電話で、相手が女性だとなると苦手の二乗ぐらいになる。
 お嫁さんと打ち合わせることになった。かかってきた電話では、はきはきとしてそつがない。夕方訪問する約束をした。暗くなって自宅を訪問してベルを押すけど反応がない。しばらく車で待って、電話をかけると、まだ仕事が終わらないとのことで翌日また訪問することとした。第一印象はかなり悪い。以前の利用者の家族を思い出す。日曜日の昼、約束の時間を1時間以上待って電話をすると、「ゴメン買い物に来ているから、来週にして」と日曜日の度にドタキャンされた事を思い出した。
 翌日も、ベルを押しても返事がない。車で待っているとしばらくして娘と買い物袋を下げて帰ってきた。介護保険の説明や、ケアプラン、契約書の説明をして帰ろうとした所で、娘が「今日は焼きそばでと言ったのに、麺を買ってきてないよ」と母親に言う。
 いつもの事だからとあわてない娘の様子を見て、うっかりすることの多い人だったんだと安心した。

2008年12月22日月曜日

便りが無いのは


 年賀状を出さなければと思いつつ、今年も後10日を切ってしまった。
 入院中のお年寄りの自宅に時々行って郵便物が来ていないか確かめる。しかし、3ヶ月になるのに請求書やダイレクトメール以外の郵便物が全く来ていない。自宅の中の郵便差しにも新しい郵便物を見かけない。親戚や戦友、友達からの喪中の便りもないのか。
 東京で、7年前に亡くなっていた孤独死のニュースがあったけど、その家にも郵便屋さんは来なかったのだろうか。

癒し系

知り合いが携帯に送ってくれた写メ、かわいい(>_<)人間は 頭と目が大きくて 手足が短いモノを可愛いと感じる傾向にあるらしい。癒される(:_;)
いやいや、こんなに可愛くても 大きくなったら 茶色になって ペンギンを襲って食べるのだ(-_-)

娘は『キューキューごまちゃん』と言う幼稚園の時に買ってもらったヌイグルミを後生大事にしていたが、先日、ペンギンを襲うごまあざらしの映像を見て以来、そのヌイグルミは 押し入れの奥にぶん投げてある・・・。分かり易いヤツだ。
ちなみに知り合いに写メを転送したら「なぁに、これ。宇宙イルカ?」とレスが来た。
意味が分からない(-_-)

2008年12月21日日曜日

スマイル

4年前デイサービスで会った時まだ60歳になっていなかったが、医師から認知症と診断されていた。娘が朝夕送迎してくる。母が認知症で介護サービスを受けていると近所に知られたくないからケアマネにも自宅に来て欲しくない。夫は会社の社長で、介護は娘の義務だと仕事を辞めさせて、妻の介護をさせていた。娘は、母は馬鹿になって何もできない。でくの坊と同じだ、と母親が隣にいても話す。本人は、きれいにお化粧して恥ずかしそうに笑って娘の後ろに立っていた。私は、この人が馬鹿になったせいで仕事はできないし、自分でやりたいことは何もできなくなったと何度も繰り返す。
 私は、今でなければできないことなら、やったらいいと娘に勧めた。母に自分の人生をつぶされたと恨むことになる。しばらくして、スーパーで会った時に、また活動を始めたと言った。年取ってからじゃ体力が無くなるから。母とは、デイの帰りにパチンコに行っている。介護を口実に楽しむと笑った。

 

スグレモノ

メタボ予備軍の旦那が 少ないお小遣いをはたいて 電子体重計を買って来た。最近のは 生年月日と身長・性別を登録すると 体重や体脂肪だけでなく、BMIはモチロンだが 基礎代謝値から『体年齢』を割り出してくれるスグレモノだ。さっそく家族全員のデータを登録し、それぞれ交互に乗ってみる。
旦那は 体脂肪率は高めだが、体年齢は実年齢より1つ若い。彼はちょっとホッとして、そして得意そうにした。「え〜メタボなのに体年齢若いって変じゃないのぉ?この体重計、アテにならんわ」と私と子供たちはブーイング。子供も交代で乗ったり降りたり。旦那も履いていたジーパンをわざわざ脱いでもう一度測り直したりしていた。私は自分の体重や体脂肪率はだいたい分かっているので 注目すべきは『体年齢』だ。3人が見守る中 私の体年齢は実年齢より12歳若く出た(>_<)
やったぁ〜と大喜びする私を尻目に3人は「これ、やっぱりアテにならんわ」「おばさんが測った時は傷つけないような機能が内蔵されてるんじゃないのぉ?」「登録データ、間違ってない?」・・・(-_-)家族の健康を誰一人として喜ばないコイツら・・信じれん(-_-)
夜、実家に電話し詳細を話すと「あぁ、よかった。アンタ 健康なんやね?よかった・・・朝ご飯もロクに食べないでコーヒーばっかり、心配してたのよ。よかったわ・・」母は 本当に嬉しそうに言った。笑い話にしようと電話したのに 母がそんなに喜んでくれるとは(*_*)親のありがたみを ひしひしと感じた。
風呂から出て 調子に乗ってもう一度測ってみる。血行も良いし、汗もかいたし、よしよし・・ワクワクして乗ったが 次の瞬間 ガックリ・・。さっきより2歳老けたやん(-_-)
息子が言った。「風呂入って化粧落としたからでねーの?(笑)」・・ふん!全くアテにならないスグレモノだ。

2008年12月20日土曜日

日照りの夏は

 先月から微熱が続いている男性。大腸の検査を受けて薬を飲み出して下痢も始まった。在宅酸素療法が必要なのでトイレに行くのも疲れる。朝から座椅子に座ったままで、時々居眠りをしている。訪問の度に体が弱ってきている。
 前はテーブルで一緒にご飯を食べたのに。エライのか、話しているとすぐに怒る。ワシが手伝って欲しい時にどこかに行っていると怒るけど、いつもそばにいるわけないでしょう、と妻は嘆く。病院に行って受診するように勧めるのだが、大学病院からきている先生は今年中は来ないらしい。1時間も話していたら疲れてきて体が前に倒れてきたが、どうすることもできない。「立てなくなったら、救急車を呼ぶんだよ」と言って家を後にする。
 日照りの夏は オロオロ歩き…宮沢賢治「雨ニモマケズ」

うつ病

あたしって変でしょ?うつ病って診断されてるけど ほんとは人格障害じゃないかと思うの。
何もできないのよ、動けないの。体がしんどくて・・ドコが痛いってワケでもないんだけどね。周りからなまけてるみたいに思われてんじゃないかと。だけどお風呂も入りたくても入れないのよ。
そう言いつつも、まだ40代中盤の彼女は ヘルパーが入る時間の前は 綺麗に化粧をして ドコかへ出かけている。温泉にも行ってるようだ。ヘルパーの訪問時間の前に急いで帰って来て 利用者になる。子供の食べ汚した皿を見て あとでヘルパーさんが洗うからそこに置いといて、と言い、訪問日じゃない時は 自分が動かなきゃいけないのよね、一度 楽すること覚えたら 家事なんて面倒臭くって・・とポロッとヘルパーの前で言ったことがあるそうだ。自立支援目的でケアに努めているヘルパーから見れば 矛盾を感じてしまい、病気であることを疑いたくなる、と言う。あんなに喜々として出かけて行けるのに、子供の食べた皿すら洗えないなんて おかしい。病気でいなきゃならない理由でも他にあるんじゃないですか!ヘルパーの語尾がきつくなる気持ちも分かる。
だけど病気でいなきゃいけない理由って何だろう?たった一度の人生、精神疾患を演じて何になるのだろう?もしも仮に彼女に『病気でいなきゃならない理由』があって それを演じなきゃならないと思っているのなら、なんて気の毒な人生だ。本当にそんな人生なら それこそ精神も病んでしまうだろう。

昔の話

携帯で「人間魚雷」と打とうとしたら「魚雷」が一回で変換されない。もう少しで人間魚雷に乗って出撃する所で終戦になった人が個人で作ったらしい。

中からはハッチが開かないし、人間用の酸素ボンベもなくて外を見る潜望鏡は浪で見えなかった。だから殆どの人間魚雷は沈んで戻ってこなかった。お偉いさんは馬鹿な平気を考えたものだと利用者の人は話す。

今の政治家も変わらないなとも言った。

2008年12月19日金曜日

へのへのもへじ

奥さんが入院している間、ショートに入ったKさんに 入院中の奥さんの様子を伝えに会いに行った。
「奥さん、お元気だったよ。心配いらないからと伝えてとおっしゃってたよ」Kさんは涙ぐんで言葉に詰まった様子で私の手を握ってうなずいた。深い夫婦愛を感じ じ〜ん(;_;)ときていた時に カーテンの向こうの隣のベッドから「ほぉ、そうか元気だったか」と聞こえた(?_?)「奥さんの血糖値も安定してるからね、大丈夫よ」と言うと「うんうん、よかった よかった」・・またカーテンの向こうから聞こえる(-_-)試しに「ご飯はちゃんと召し上がってる?」と言うと「おいしいよ」とカーテンの向こうが答える(-_-)カーテン越しに顔の見えない誰かさんが顔の見えない私に答えている。「ご家族さんは会いに来てくれたでしょ?」と言うとKさんは うなずくのに カーテンの向こうは「わしゃ〜女房以外の家族はおらんからの」と答えていた(:_;)「また来ますね」と言ったら「うんうん、また来ての、ありがとう」とカーテン越しの誰かさんも答えてくれた。
Kさんの安心した顔も嬉しかったけど 顔も見えない誰かさんにまで「また来ての」と言われ、なんだか得した気分だった。

2008年12月18日木曜日

なんでも屋 じゃないけど

一人暮らしの男の人が退院することになった。入院していては本人が動こうとしないので、普通の生活しようすればリハビリになるだろう、というスパルタ式のリハビリを目指す。自宅では一人暮らしが難しいので老人住宅に入居することになった。レンタルのベッドや車椅子は業者におねがいするとして、自宅の布団や普段着、タンスやポータブルトイレは誰が運ぶのか。老人住宅の管理人に頼むわけにいかず、仕方なくケアマネが運ぶことになる。

予想外にタンスは重たく、腰が痛い。本人のリハビリの前に、自分の運動不足を痛感させられた。

2008年12月17日水曜日

どう思われているのかな

デイで一緒になる男の人からなれなれしくて嫌だと言われて利用日を帰られた女性。「働いていた時人間関係で苦労したから、嫌われないように私から声をかけるようにしているから。これでも色々気を遣ってるんよ」と言う。

こうの史代著「夕凪の街 桜の国」というコミックがある。長崎で被爆した人々の生活をホンワカと書いていて、映画にもなった。被爆した女性は後遺症に苦しめられながら思う。

わかっているのは「死ねばいい」と誰かに思われたということ/思われたのに生き延びているということ

おまえの住む世界はそっちではないと誰かが言っている/うちはこの世におってもいいんじゃと教えて下さい

そして意識が無くなっていく中で思う。

十年経ったけど原爆を落とした人はわたしを見て「やった! またひとり殺せた」とちゃんと思うてくれとる?

戦争というのは、相手から死んだ方がいいと思われることだということに気づかせてくれる。

 同じデイを利用しているもう一人の女性は、「あの人はうるさいからあっちに行かせて」「馬鹿だ」と言いたい放題なんだけど、次の日には「私がそんなことを言うはず無いでしょう」と忘れたふりをする。自分を虐待した長女や会いに来ない次女の肩を持つところを見ると、娘たちからは嫌われたくないのだろうな。

若い利用者さん

ケアプランの依頼があったMさんに会う前にソーシャルワーカーに情報提供して貰う。フェースシートに彼の生年月日を書き込みながら たまたま今日が彼の誕生日であることに気付いた。ラッキー!(^^)!初回面談の時はアセスメント以外の話題は天気やありきたりの世間話になりがちなのだが、今日は おめでとうございますから言えるじゃん(>_<)
自分の名前を名乗り挨拶をするとMさんはニッコリしてくれた。Mさん、今日は何の日か覚えておられましたか?Mさんは さあ・・?と首を傾げる。今日はお誕生日ですよ、おめでとうございます。Mさんは分かったような分からないような顔をなさる。ソーシャルワーカーが いくつになられたんかなー?と聞くと 彼はキッパリと 33歳!と言った。ありゃー54歳もサバを読んだわね(*_*)
夕方 再度訪ねる時に 薔薇を一輪用意して行った。今日はお誕生日でしたね、おめでとうございますと花を差し出すと びっくりしてニッコリ笑った。何歳になられたの?と聞くと 33歳!と言った。またサバ読んだな(-_-)3の数字が好きなのかなぁ?発音がしやすいのかしら?それとも33歳に良い思い出があるのかな?ホントに33歳と思ってるだけかな?いずれにしても会ったばかりの利用者さんはミステリアスだ。
月に一度の輸血が必要になるであろうMさん、長くお付き合いできますように。来年のお誕生日は ちゃんと34歳になってね。

2008年12月16日火曜日

溜め

最近、読みなさいと薦めている本。

作者は、貧困は「溜め」が失われた状態だという。「溜め」とは、降水量が少ないときのため池の「溜め」で、困ったときに使えるお金や物、人などのこと。

ガスもトイレも風呂も電話もないQさんは、生活保護を受けていて生活するためのお金には困っていない。しかし、友達が一人しかいない。家族がいない、兄弟は音信不通。この寒さの中にせんべい布団では肺炎になりそうだからと老人住宅への入居を勧めたが、本人は嫌がった。もっと住み心地のいいところを探したいのか理由がわからないが、退院してから1ヶ月を迎えようとしている。ご飯も炊くようになり、自分でラーメンも作る。掃除はあっという間に終わってしまう。用がないのならヘルパーが来る必要はないかと言うと、買い物に行けないと言う。

一人しかいない友人と週二回訪ねてくるヘルパーが彼の数少ない「溜め」なのかもしれない。

2008年12月15日月曜日

声を出せる人

朝のテレビで、介護施設にも不況の波が来ていると取り上げていた。利用料金を支払えない人が出てきて施設の経営が大変だ。施設がつぶれるかもしれないという所もあるという内容だった。

確かに支払わない人がいる。支払えなくなる人は増えるだろう。しかし、なぜ今、施設の経営の苦しさを取り上げるのか。介護報酬の引き上げの時期に合わせて取り上げられることに胡散臭さを感じる。

引き上げられた分は、今までの減収分に充当しないと施設自体が無くなってしまう。だから賃上げには使わないのだという口実に使われるのでないかと疑いたくなってくる。

ヤクザが生活保護を受け取っている。保護費でタクシーを使って遠くの病院に通院しているという番組や記事が増えてくると、その後に保護費の切り下げが決められる。みんなの共感を得られやすい一部の事実を取り上げられ続けると、いかにもそれが全体のように受け止められるようになる。

大きな声を出せる人の主張だけがまかり通ってしまうことの方が怖いと思う。

2008年12月14日日曜日

最終回

篤姫が終わった(-_-)一週間に一度の楽しみが終わった。大河ドラマの最終回は一年の終わりが近づいてるのを感じる瞬間だ。裏番組では忠臣蔵をしてたりして あ〜今年も終わりなんだわ〜と淋しくなる。去年の今頃は何してたっけ?そうそう、風林火山の最終回見て あ〜今年も終わりかぁ、と同じように思ってたんだわ。来年の今頃は何してるだろう?天地人の最終回を見てるのかしら?・・だったら全く進歩がないや(-_-)
さて、介護保険料。私たちの世代が払う金額なんて知れてる。高齢者の少ない年金から取るなら働き盛りの人たちからもう少し徴収してもいいのでは?と個人的に私は思う。2兆円もバラまくお金があるなら もっと使い道があるだろーに。こないだNHKで横浜K地区の食堂の特集をしていた。あれが社会問題でなければ 何が社会問題になるんだ、と言いたい。
悠長に大河ドラマの最終回見て あ〜あ、淋しいな、と思える生活がどれだけありがたいか身につまされたような気がした。

佐世保バーガー


土日で社会福祉学会に行ってきました。
介護保険改定によって利用者の選択の幅が減って、事理が阻害されているとという発表に、50代の女性が、介護保険料を払っている者は支出の増加が抑えられたというメリットもあると発言した。夜の交流会で、ついつい、「あんな研究者がいるからから、社会問題となるような貧困は無いというような首相の発言が問題とならないのだ。研究者たちが批判的精神をなくしてどうなる」と話しすぎた。初めて会った人が多かったのに、過激派だと誤解されたみたいだ。翌日も早起きして佐世保バーガーを食べに行く予定が、二日酔いでできなかくて喉も痛い。

張りぼてのパーガーで我慢して、勉強になった事は、これからぼちぼちと書いていきます。

2008年12月12日金曜日

一日一メン

恐るべし、さぬきうどん

2008年12月11日木曜日

馬が好き

 うちのお父さんは馬が好きだから、という奥さんの話を聞いて20年ほど前に会った男性を思い出した。農作業中にトラクターから転落して頸椎損傷になり、首から下は動かず人工呼吸器を付けることになった。6ヶ月経ったから退院させると婦長さんから相談を受けた。本人も自宅に帰りたいの?と尋ねると頷く。家族は、お父さんは牛が好きだから、牛の見える部屋で暮らさせたいという。自宅は、牛小屋と繋がっている。居間にベッドを置くと牛の顔がすぐそばにある。臭いもあるしハエも飛んでいる。こんな所で、人工呼吸器を付けた人が生活して大丈夫なのか、医師と婦長に尋ねるが、自宅ではどこでも感染の危険性はあると冷静だ。

 退院の日、救急車で自宅に帰る。医師と婦長と理学療法士に訪問看護師が付き添う。ベッドに寝かせて、自宅に帰った感想を尋ねると、牛を見ながら満面の笑顔を見せた。

 最初のお父さんはサラリーマンだったはずだがと問い直すと、競馬ですよと奥さんは教えてくれた。他に、自転車やボートも好きでおかげでお金は残っていませんとも言う。

 息子は、小学校の時から鴨が好きで、自分の家を持ったら鴨を飼うと今でも言っている。でも、鴨鍋も好きなんだよな。複雑だ!

2008年12月10日水曜日

それでも家がいい

今年の夏の終わり、入所した方がいる。彼女の担当のケアマさんは毎月施設まで会いに行っているらしく、今月は日を合わせて同行させてもらった。一回り小さくなった彼女は 私を見てすぐに思い出してくれて 名前を何回も呼んでくれた。手のむくみが取れて、髪も綺麗にフサフサになっている。一人暮らしをしていた時は お風呂にも入らず、汚れた服を着て 盗られ妄想に悩まされていた方だったが、今日は表情も穏やかにニッコリされている。一目で施設の方がよく看てくれているんだな、と分かる。一人暮らしをしていた時の不安や緊張感から開放されたためか、多少 認知症状は進んだようだが、顔色はよかった。
ここの施設の人はみんな優しい、よくしてくれる。そう、よかったね。お元気そうで安心したわ。
帰り際、エレベーターの前まで送ってくれた彼女は 小さい声で 家に帰りたい・・と言った。そして うどん屋に行きたい、と言った。エレベーターのドアが閉まるまで車椅子から身を乗り出すように手を振って また来てねー、と言った。
あんなに広くて あんなに恵まれた環境で不安なく暮らして行けても それでも家で過ごしたいと思うものなんだな、とつくづく感じた。来月は彼女の誕生月だから また会いに行こう。
・・・ドライブがてらにちょうど良い距離だし(>_<)

やはり女性

デイサービスを利用されていて困ったことはありませんか?
いいえ、楽しいですから何も言うことはありませんよ、と担当者会議を早く終わらせたいような雰囲気がある。以前、失禁があっても、絶対オムツなんてしませんと言い切った人だから何かあるのかなと、さらに「今のままでいいですか」、と尋ねると、「お風呂にね、男の人が入ってくるのだけど。でも、慣れたからいいです」と話す。「だって、恥ずかしいでしょう。私も女ですから。」

会議の後で、義母さんもまだ女だったんだと、お嫁さんが言った。

2008年12月9日火曜日

苦手な相手

女性マジシャンが舞台の最初で言った台詞。「見えた。わかった。知ってる。この言葉は言わないようにして下さい。」
 今度の利用者の息子の名刺には福祉用具レンタルの文字。嫁は病院勤務。孫はホームヘルパー。ケアマネージャーにとっては苦手なタイプ。

 もう一つ苦手なタイプが、正直に話してくれない人。
・お金が無いから食べる物が無い…手に持った封筒の中にはお札が。
・足が弱って、車に乗せてくれないから病院に行けない…30分以上も立ち話をしているのだけど。
・うどんは嫌いだ。何も作らなくて良い…先日うどん屋に行ったでしょう。
・銭湯に行ったら気分が悪くなって早く出てきた…以前の通りゆっくり入浴していたと聞いたけど。
・体調が悪い。脱腸も出てきたけど近くの病院まで行けない…散髪に行く前に病院じゃないのかな。
・来年までは生きていないと思う。先のことは考えられん。何もしてくれなくて良い。癌の手術も受けなきゃ良かった……

どのような人生を送ってきたのか、きっとだまされることが多かったのか、周りの人が世話を焼きすぎたのか。今どのようにして欲しいのかわからない。
「見えた。わかった。知ってる」と言ってみたいな。

2008年12月8日月曜日

開戦記念日


家を継ぐ予定の長男が戦死して、弟たちはすでに分家していたものだから、結婚しないで家に残っていた末娘が婿をもらって家を継ぐことになった。認知症になっても、土地の権利書や通帳などは金庫に入れて夫には触らせない。先祖代々の財産を守らなければならないという気持ちは強く残っている。「遺族の家」の札は、戦争中は誇らしげに輝いていたのだろう。
戦争さえなければ、私は女学校の先生になっていたのにという人もいた。
玄関の上に残っている「(戦没)遺族の家」の札のように、老人の心の中には戦争が残っている。

2008年12月7日日曜日

喪中の便り

Mさんの喪中の便りが届いた。92歳だったと書いてある。私が社会福祉の世界に足を入れてからのつきあいになる。県を退職し、県社会福祉協議会の事務局長をしてから30年前に同じ市内にある特別養護老人ホームの園長となった。認知症の妻を抱えて仕事に行けない人のために昼間預かる事業を始めた。その人がお礼にと取り壊す予定の家を施設の中庭に建てたので、家庭的な雰囲気での介護を行ったり、市内全部の施設に福祉相談所の看板を掲げさせるという取り組みをした。県は、施設は入所者を介護するためにあるので、その他のことをするのならお金を返してもらうと否定的だった。

今から30年近く前に、デイサービスなどの試みをしていたことを覚えている人も少なくなった。

2008年12月6日土曜日

遺影

いい笑顔ですねぇ・・・と Nさんの遺影を見てつぶやいた。夏に温泉旅行した時の写真だそうだ。この時、露天風呂で泳ごうとされたんでしたよね、と奥様と顔を見合わせて笑った。最後にいい写真が残せてよかったわ〜と奥様が言う。私がひと月前に初めてお会いした時より 写真は少しふっくらしているが、私も知ってるNさんの笑顔だった。
大変でしたでしょうが、きっと奥様に感謝されていますよ・・と言いながら 不覚にも涙が出て言葉に詰まった。短い間だったけど主人も私もみなさんに助けて貰って嬉しかった。少しでも家に帰れたからよかったと思っていますから大丈夫ですよ・・・と主を亡くした家族を慰めるどころか、逆に私が慰められた。
認定申請して介護保険証が手元に届いたのが Nさんの命日になった。

大人になっちまった

どうも、このテの写真が出回っているらしい(-_-)これを見て さすがの私も「作り物」だと認識した(-_-)
・・・淋しかった(−_−メ)

千の風になって

大分県久住高原にあるグライダーの滑空場。

ヘリは、新聞社に勤めたOBが職権を乱用して取材名目で来た時のもの。

亡くなったら自分の骨をここに空から撒くか埋めて欲しいと希望するOB・OGもいる。

私もその一人だけど、ここは牛を放牧することもあるから、牛乳や牛肉の一部になる可能性もある。

風にはなれないか

(連れ合いは、牛の糞になるか、公害になるかのどっちかだと、冷たい(^^;))

週末の夜は・・

付き合いだから仕方ないんだよ、俺だって 寒いし疲れてるし面倒くさいのに行きたくねーよ、一次会だけ顔出したら とっとと帰るし(´Д`)・・・と飲み会の前日 必ずと言っていいほど旦那はグチグチ言う。今日は私のボーナスだったので お昼ご飯を届けてあげるついでに 少しだけおすそ分けをした。まじぃ〜?悪いやん〜と言いながら とても嬉しそうだ(-.-;)たまには ゆっくりどうぞ、と言うと いやいや、早く帰るよ、と言いつつ まだ帰る様子もない。随分と長い一次会だな、これは 迎えに来いとの電話はないだろう。まぁ明日は土曜日だし 構わないけど・・・って言うより 頼むからゆっくりして来て、と思う私(^^ゞなんて理解のある妻なんだ、と思いながら 好きなDVDを借りて来て 真からくつろげる。忘年会シーズン、万歳(>_<)

2008年12月5日金曜日

わらしべ長者

デイサービスで職員と利用者がクリスマスのリースを作っていた。一緒に座って手伝おうとしたが、私はすぐ飽きる。
 「日本人ならしめ縄でしょう」と言うと、「ここの人たちは町の育ちだから」と言われたが、認知症のおじいちゃんが「小学校の時はわらじを編んで学校に行っていたから」と話し出した。藁があったら考えようという返事をもらって帰った。
 去年、わらじを作ろうと藁をもらい、老人センターの倉庫に入れてあったのを思い出してもらうことにした。老人センターでわらじを作ると、絨毯が汚れて後片づけが大変で、布わらじに変えたから藁は邪魔者扱いになっている。槌は、利用者宅の物置に転がっているのをもらってきているし、砧もある。
 デイサービスに、槌を持って行くと、みんなの視線が集まって、使い方の講習が始まる。外に置いてある藁を見つけて、これで作れる。いつ作る? と帰って行く。
 お礼にと、職員が自分の畑で作ったというカブをもらった。
 わらしべ長者の始まりだ……でも、株は暴落するからダメか

2008年12月4日木曜日

欲張り


長生きしたいけど、オムツをしたりチューブをいっぱい繋がれるのは嫌だ。
と希望する人向けのお地蔵様。

凄んでた(´Д`)

タコ生きてましたね、とメールが来た。ありがとうございました、美味しかったです、と伝えた。 塩で揉んで ぐったりしたところを足をちぎって食べたら美味しかったよ・・・だって(-_-)
ぎゃー(ノ><)ノ塩で揉んで ぐったりしたところを・・・塩で揉んで ぐったり・・ぐったり・・・ちぎって・・(゜▽゜)
ダメだ、絶対 夢に見る( ̄▽ ̄;)

2008年12月3日水曜日

凄んでる

またタコを貰った。今回のは 大きいヤツを一匹。「まだ生きてるから。塩でもんだら死ぬから大丈夫」・・・え〜っ?!私にコイツを殺せと(-_-)?家に持ち帰り、ボウルに袋から出した。でか〜い(*_*)さいばしで つついてみる。手足をぐにゅぐにゅさせて 凄んでくる(:_;)ヤレるモンならやってみろ!と言っている。目が合わないように後ろ向きにしようと、もう一度さいばしでつついてみるが、ボウルにピッタリ吸盤で貼りついている。・・・無理(-_-)
今日ほど旦那の帰りを待ったことはない。ボウルに入れ流しに置いたタコと目が合わないように気をつけながら 他の調理にかかる。横でタコは怒って墨を吐いている・・気配がする。・・・絶対無理(-_-)
旦那がやっと帰って来た。早く早く、タコが待ってたのよ。おお、こりゃうまそうなタコだなぁ。ワイシャツを袖まくりし、旦那がタコと向かい合った。 あれ?コイツ、お前に"塩で揉んでくれ〜"って言うてるぞ。や、やめて・・死んでも無理(-_-)
そしてタコは またもや素晴らしく美味しかった。だけど「塩で揉んでくれ〜」と言う言葉が 頭から離れない(泣)

ゆったりと

月初めの仕事の一つは、事業者からの実績をもらい国保連に報告して介護報酬を支払ってもらうことだけど、うちの事務所にはソフトがないから、コード表を見ながら電卓で計算する。半日もしていると老眼がしょぼしょぼしてくるし、まだ実績が来ていない所に直接もらいに行くという口実で昼からは車で出て行った。

デイサービスで、利用者と職員が一緒にクリスマスの飾りを作っている中に座って、手伝うでもなく世間話をしていたところ、隣の人が、「あんた、新しい人かね? 若そうだけどどこが悪いの?」と聞いてきた。「この人は若年性の認知症で…」と職員がふざけると、「あら、かわいそうにと」慰められた。担当している利用者さんが来てばらされるまで話が盛り上がった。

そこに事務所から電話。「年末調整の書類を見ているのですが、奥さんも同じ生年月日って珍しいですね」ときた。家族の生年月日を覚えていないので、手帳を見ながら書いたら、間違ったらしい。

「あんたは、奥さんの誕生日を覚えていないのかね。かわいそうに」とまた言われてしまった。

2008年12月2日火曜日

大人にはなりたくない

知り合いが携帯に添付して送ってくれた写真。
いや〜ん(>_<)かわいい(>_<)と思って 違う人に転送してあげたら「人形でしょ」って。

そうか(-_-)そうなのか・・・。そんなもんか・・・。
ギャツビーCMのキムタクのラバーダンス編、首から下は David゛Elsewhere゛Bernalというアニメーションダンサーらしいが・・・定かではない。私はキムタクが踊っていると思って感動したのだけど(-.-;)

いや、きっとキムタクが踊っているハズ・・・。 絶対そうだ!・・たぶん・・きっと・・・。

貝の方が良かった(ノ_・。)

県外から息子さん夫婦の家に同居するために来た日、私の財布は渡しませんからと言った女性。最近物忘れがあって、財布が無くなった、パンツが無くなった。あの人の仕業だと息子に言いつけるようになった。お嫁さんはストレスで疲れ果てている。ショートステイを定期的に使えるようにして欲しいと言うことで、おとといからお嫁さんと相談を重ねた。

担当者会議の時に、時には泊まっていいかな、知っている人もできたからと話が収まりかけた時にお嫁さんが話しだした。

「おばあちゃんにお願いがあるのだけど」(あー、計画外だ)

「おばあちゃんが毎月1週間でも園で泊まってくれると、私は休めるんだけど、どうかね」(おばあちゃんの両手が握られ、げんこつになっていく)

「あー、いいよ。はいはいわかりましたよ。東京の実の娘の所にも行けるんだから」(げんこつに力が゜入っていく)

「いつでもいいから、泊まる日を勝手に決めてくれれば私は泊まりますから」(何とかこの場を納めねばと、お嫁さんのお母さんが病気がちだから、その時は泊まりましょうね。ところで、足の魚の目はどうなりました?)

「一向に良くなりませんよ。私に似て根性悪でね」

家から出て、同席していた若い相談員が一言、すごい緊張感でしたね。(貝になって欲しいと思いました)

2008年12月1日月曜日

私は貝になりたい

貝だったら、貝汁になるだろうというツッコミはなし。

月の初めは、訪問が終わってホットとしている時間。

温泉でゆっくりして、溜まったストレスを流すには、別府か指宿の温泉がいいな。

帰り道の夜空に見つけた月と星の並びが笑い顔に見えた。撮影しようとしてしても携帯では写らなかった。残念!

2008年11月30日日曜日

怒ってる

 「今度介護保険料が上がって、給料が上がるんでしょう」と言われた。新聞には、介護報酬を3%上げて介護職員の給与を2万円上げると書いてある。

 でも考えて欲しい、介護報酬は2003年に2.3%、2006年に2.4%下がっている。合わせて4.6%下がっているということは、3%で2万円上がるのならすでに3万円分下がっているということじゃない。また下がるかもしれないのに、経営者は給料を上げるでしょうか。

 給料が上がるから良かったねと言いたかったのに、怒ったように返事してしまったと反省して帰る。

2008年11月29日土曜日

7つまで


高次脳機能障害の研修会の講師。「人は7秒前までしか覚えられない、数字も5~7個までしか覚えられないものですよ」といい、参加者の一人を指名して、僕の言う数字を覚えていて下さいねと言って「2,5,6,7,4,…。はい、今言った数字を答えて下さい」。参加者は、「2,5,6」と答えた所で講師の先生が「もういいです。僕が覚えてないから」。
爆笑になった。

2008年11月28日金曜日

わからん


昨年の今ごろ、要支援になって包括支援センターに頼んだ人から、要介護になったからまた担当して欲しいと電話があって本人に面会した。
1年経っても私の顔と名前を覚えている。それなのに、要支援2から要介護3に変わった。歩くのは大変になっているけど、認知症は大して進んでいないように見える。
 お嫁さんはストレスが溜まって肩こりがひどくて血圧が高いという。時々言い合いしてしまうと言う。掛かり付け医の意見書を書いてもらう時に、自動車の中で口げんかをしてそのまま診察を受けた。2人とも頭に来ている所に、100から7を引いたらいくつ?さっき言った言葉を3つ言って下さいとお医者さんが尋ねても、「私にわかるわけないでしょう」と答えたらしい。それで認知症のテストは0点になってしまった、とさ。
 入院中に抜け出して近くのスーパーでビールを買ってきたために、アルコール中毒と徘徊あり と書かれた人もいたけどね。

無い物ねだり

たまには「孤独」になりたい時がある。離れ孤島で一週間くらい独りになってみたい。誰からも電話がかからず、誰からも干渉されず、のんびりのんびりしてみたい・・・と思えるウチは 孤独じゃないんだわ(*_*)配偶者や親を亡くした喪失感も体験していないから 理解しているようで実際は私には分かっていない。どれくらい淋しいのか、どれくらい不安なのか・・。
だけど今日 研修で お昼休憩の時、ちょっと用事で銀行に行って帰って来たら 知り合いがみんな外に行っちゃってて 一人でローソンのおにぎりを食べた。七人掛けのテーブルで40女が一人でおにぎり・・しかも牛すじコンニャク入りの・・・孤独を感じた。これか?これが「淋しさ」ってヤツか(*_*)?間もなく 一人が帰って来て ミルキーをくれた。嬉しかった。孤独を感じる時は 空間を異常に広く感じるのだ。ミルキーごときで凄く嬉しかったりするのだ。
研修を終え、家に帰る。ドタバタと家事をしながら 会社を留守にしている間の報告を聞き、足にまとわりつく犬にご飯をあげながら 明日訪問予定の利用者にアポを取る。旦那が帰って来て「ね〜、なんか おつまみないの?」と聞いてくる。
・・・やっぱり離れ孤島に流されてみたい、と一瞬 思う(-_-)

2008年11月27日木曜日

孤独

娘夫婦と孫夫婦と同居している女性。訪問の度に「娘たちは食事も作ってくれないし、掃除もしてくれない」と隣の部屋の娘たちに聞こえるように大声で愚痴る。「性格が悪いとわかってたんだけど、妹夫婦の生活が苦しいものだから養女にしたのが間違いだった。せっかく相手を見つけて結婚させたのに、子供を置いて駆け落ちして、私が孫を育てることになった。おじいさんが死んだのを見はかったかのように夫婦で戻ってきて、勝手に家を建て替えたものだから住みにくい。孫たちも、母親に似て私の面倒を見てくれない」

 2階建ての立派な家に5人で住みながら、孤独だということは、身寄りがいない人よりも寂しいのかもしれない。

2008年11月26日水曜日

講師

何を好きこのんで こんなあんまりお金にもならへん しんどいだけの対人援助の仕事をしてるのか、と思いませんか? 時には他人の言いたくないことまで顔を突っ込んだり、聞きたくない話まで聞いてさ。たぶんケアマネをしようなんて言う人間は かなりのこだわりがあるんです。そうじゃなければ 全くこだわらない人間か、どちらかです。みなさんは前者でしょう。僕もそうなんやろな。あ〜よかったな、と思うことが ほんの少しあって また続けられる。そんなモンですわ。

今日 講義をしてくれた大学教授のお話。最初は堅い制度の話しだったんで、一時間くらいは意識不明になったが、後半からは関西弁での講義に魅き込まれた。
事例のプリントを配布し「なんや、この家族は何をしたいんやねん。看る気があるのかないのか。長男の嫁はボランティアしてるから じぃさんも看るゆーとんのか、ボランティアまでしとるから じぃさんまでは看とうないゆーとんのか、どっちやねん!・・・とこの事例読んで、まず思わはるでしょう?」 そのとおり〜(>_<)
明日の午前中も彼の講義だ。楽しみ楽しみ\^o^/

千客万来


「久しぶりやなー」「よう来てくれた」と言われるが、さっき会ったばかりなんですけど…。
 昨日、スーパーですれ違った人が会釈をしてくれる。どこであったか、夕方になっても思い出せない。声をかけられたら「久しぶりですね」と言うしかない。
 今日病院で白衣を着ているのを見て、婦長さんだったと謎が解けた。
 「美人は忘れるハズがないんだけどな」と言ってしまったので、しばらくは口を利いてくれないかもしれない。

別人

県外の長女が孫を連れて帰るととても明るくなる。柔らかい表情の彼女は 本当に綺麗な方だ。そんな時はお喋りしながらお茶を飲み、声をたてて笑う。赤ちゃんを抱きながら昔話もして下さる。
今日お会いした彼女は別人だ。前傾姿勢にしかめっつらで 言い方は悪いが、まさしく「機嫌が悪い」と言う感じ。「何の用なのよ、うるさいわねぇ。判?押したら とっとと帰って」みたいな・・(:_;)
主治医に会って指示を仰ぐ。彼女は抑うつ状態がひどく、最近は顕著に認知症状が見られる。糖尿の管理も不十分でしょうね。適切な働きかけが必要です。・・その「適切な働きかけ」を具体的に教えてくれ〜(*_*)
だけど彼女はねぇ、う〜ん・・難しいだろうなぁ・・て言うか僕のトコに来るのは調子悪い時だけだから 明るい彼女を見てみたいくらいだよ。
はぁ〜なるほど(*_*)精神科医って大変だ。たま〜にでも彼女の明るい顔を見れることがあるだけ まだラッキーかな、と思えたのでした。

2008年11月25日火曜日

首を長くして

 「病院に行く日を相談していたら、ヘルパーさんと○○子がけんかして、話にならんのだ」とご主人から電話が来ておずおずと玄関を入る。「お父さんが、ワシはわからん。あっちに行けと言って怒っとんのだ」と奥さんは困った顔で立っている。「わしは、ボケて来たんかいな。話がわからんようになった」とお父さんは座っている。

 4日前に訪問した時、息子があさって帰ってくるんだ。正月に仕事があるから早めに帰ってくると楽しげに話していた。その翌日、介護タクシーの会社の人と訪問して打ち合わせる時に、息子さんが帰ってきた。電話で話を聞くと大変そうで繰り上げて車を飛ばして来た、予想以上に元気そうな両親を見て安心したと言う。

 一昨年亡くなった長男と名前が一緒だといつも歓待してくれる夫婦。今日の電話は、次男が帰ったための寂しさからなのかと思いつつ、いつでも来るからねと言って家を後にする。

2008年11月24日月曜日

専門家


「血がいっぱい出て、大声を出したんだけど看護士さんは、ちらっと見て、絆創膏をゆっくり持ってくる。袖も血で真っ赤になっていくのに。どうなってもいいと思っているのかな」
 透析が終わって迎えに行ったお嫁さんから怒った声の電話。聞くと止血のテープが剥がれかけたらしい。血を見るとあわてるけど、透析室の看護士さんたちは見慣れている。袖が真っ赤になっても大した出血量ではない。逆に、専門家である看護士さんがあわてた方が心配なんだけど。
 失禁や徘徊、鍋の空だきなどがあると家族はあわてる。もう家では看られないと考える。しかし、誰だって道に迷うし、鍋を焦がすことはあるのだけど、認知症のせいにしてしまうとどこまで悪くなるのか不安なんだろうと思いながら、もまだそれほどひどくないよと思いつつ話を聞く。
 ひょっとして、透析室の看護士さんと同じように、軽く聞き流していると受け取られたこともあるのかもしれない。

合図

痙攣発作を起こし急激に状態が悪化。意識がない。つい先日まではディに通っていたらしい。まだ50台の若さ。点滴と酸素と その他諸々の医療機器が繋がっている。モニターに映る心電図を見ていると 急に激しく上下したりしてドキドキしてしまう。住宅型だが 看護師が常駐していて病院にいるような環境だ。
医師の話しでは この状態が変わることはない、と言う。看護師も 元に戻ることはないでしょう、と彼の枕元で言う。
本人に聞こえるんじゃないか、とハラハラした。

帰りに 耳元で また来ますね、と挨拶したら 大きく息を吸った。なんだかそれが返事をできない代わりに送った合図のように思えてならなかった。聞こえているんじゃないか、何回も声をかけているウチに反応するのではないか・・。
聞こえてもないし、目も見えていません、と看護師に言われ 退室した。 後ろ髪を引かれる思いだった。

2008年11月23日日曜日

父さんは疲れている

新聞の訃報欄に「小澤勲」氏の名前を見つけた。

 日本の認知症の第一人者は、熊本の室伏君士氏だと思っているが、その教え子の小澤勲氏はわかりやすい話と穏やかな表情でいつかお話を直に聞きたいものだと思っていた。長谷川和夫氏にお会いした時にその話をしたら、ガンが進行して呼ぶのなら早いうちにと言われていたが、その後もテレビに出演されていて安心していた。

 岩波新書の「認知症とは何か」「痴呆を生きるということ」、「痴呆老人から見た世界」などの本を通じて、認知症の人の話を聞くことを教えてくれた。

2008年11月22日土曜日

難題

実家の親がブログを読みたい、と言うので Yahoo!じゃ見れないから Googleで検索してね、と言うと意味が分からないらしく、Googleって何? ネットだよ、と答えると、 え?ウチは電子メールしかしてないぞ、と言う。 は?メールできるんだからネットに繋がってるでしょう? いや、ウチはネットはない・・て言うかネットって何? インターネットだよ、インターネット! ああ、ネットってインターネットか。ウチはインターネットは契約してないぞ。 ・・・(-_-)?。
不安になって 隣でタバコを吹かしている旦那に聞いてみた。「ねぇねぇ、メールできるのにインターネットは契約してないってことあるの?」 旦那は鼻から煙出しながら「ご質問の意味がわかりません」・・・あ、やっぱりf^_^;?
・・・そういえば確かウチの親は何年か前から二人してパソコン教室に通っているハズだが(-_-)?

そして今夜も電話してきた。「Gの小文字がウチのパソコンは出ないから見れないんだよ」「え?こないだ見れたんでしょう?」「それが今日はGの小文字が アリがクネクネしてる文字みたいになっていて出ないんだよ、どうして?」
・・・ご質問の意味が分かりません(-_-)

「悲しい時も 寂しい時も

そばには"Wanko"」

今日は「いい夫婦の日」ですけど、ペットの方が頼りになるのかな

2008年11月21日金曜日

もうすぐ




今年も残り少し。


 年末と正月の予定を組んでサービス提供票を作る。正月は自宅に帰るとうれしそうに話す人もいれば、正月もヘルパーさんが来てくれないと困るという家族もいる。
 正月ぐらい家庭の雰囲気を味わって欲しいのだけど、正月ぐらいゆっくりと過ごしたいという家族の気持ちもわかる。


2008年11月20日木曜日

お溝づとめ

今年もお溝づとめにお坊さんが来た。今年36歳の彼は一流大学の法学部を卒業し、エリート街道まっしぐらだったにも関わらず、先代住職であった父を昨年癌で亡くし、サラリーマンを辞め 跡を継いだのだ。
会社の中堅として  これからが腕の見せドコロと意気込んでいた矢先だった。
ほんとはまだ寺なんて継ぎたくなかった、だの お経なんて読んだこともなかったのに、だの 60歳くらいまでは好きな仕事をしたかったのに、だのと 不満を口にする。私は 天国で先代が安心されてますよ、だの 跡を継いでくれて檀家さんに喜ばれたでしょう、だのと ありきたりの慰めを言った。まさか自分が背広を脱いでこんな袈裟を着るハメになるとはと、彼は自分の胸から下を眺める。でも似合っているよ、と褒めたら ちょっと嬉しそうにした。
彼は やっと気を取り直してお経を読み始めた。嫌だ嫌だと 駄々をこねていたのに、一旦 仏壇に向かい合うと、お経を読む姿や声は先代にそっくりで  とても心がこもっている。いい住職さんになるだろうな、と思った。
お経を読み終えて カフェラテを飲みながら またグチグチと言い出した。お坊さんが「仕事が面白くない」とか「お経の意味がよくわかんなくて大変」とか言うんだから なんだか可笑しかった。
僕はどんなに寒くても絶対に袈裟の下にパッチは履かない主義です、とどーでもいいこだわりを語り、彼は仏壇に向かって深々と一礼して「じゃ!!」と帰って行った。

次の訪問先でも愚痴るのかしら?(笑)先代は とても立派で大きな方だったから、その分 大変だと思うけど、きっと大丈夫だよ。

解禁日


・・にもいろいろあるが 今日はボジョレー・ヌーボーの解禁日だ。毎年 当日は新聞にデカデカと広告が出ている。今年のは特に旨みがある とか、近年にない出来栄えだ とか、毎年そんな感じだ。なんや、毎年凄いんかい、と突っ込みたくなるが、なんせ「解禁」と言う文字が購買意欲をそそるのだろう。
「今年のボジョレー解禁だね」な~んて私も言ってみたりする。お酒を飲めもしないくせに(-_-)
そういえば鮎も解禁日がある。ニュースで見たらさっそく「鮎釣りも解禁になりましたねぇ」な~んて言ってみたりする。しかも川魚は食べれないくせに(-_-)
つまり私はミーハーなのだ・・と思う。
最近は「ラジバンダリ」とか言う意味のない言葉が流行っていたりする?・・らしい。いくらミーハーでも、絶対に使わないようにしよう・・・って言うより 使い方が分からない(*_*)

ボジョレーが解禁。クリスマスもすぐそこだ。事務所の入口にリースを飾る。やはりミーハーなんだ(>_<)

眠い 家

春眠暁を覚えずというけど、秋も眠たい。遠くまで車を走らせていると眠くなってしまう。その途中で見かけた家。鼻のような煙突と、寝ぼけた目のように見える窓。写真を撮るために車から出ると、風の冷たさで目が覚めた。

2008年11月19日水曜日

世界一周




ガンが全身に転移している男性。自分の部屋のある2階まで上がれなくなって、居間にベッドを置いている。自宅を訪問した時、ヨーロッパの紀行番組を見ていた。この病気が治ったら世界一周の航海に申し込んでいると、楽しそうに語る本人の傍らで妻は困った顔をして笑っている。
 医者は、正月を迎えられるかどうかと言っているけど、その前に抗ガン剤や放射線治療などの医療費をどうして払おうかと悩んでいるのに、世界一周に申し込んで。キャンセル料だって高いのに。どこからお金が出ると思っているいるのか…。
 病気を治して世界旅行をしようとする意欲で生き続けているのかもしれないが、看病とお金の工面にでやつれていく家族の苦悩を見ると、長生きを単純に喜べないこの社会はおかしいと思えてしまう。

2008年11月18日火曜日

仕事が残ってます

終末期を自宅で過ごすためNさんが家に戻った。最小限で福祉用具は用意してあったので 退院されてから住宅改修を進めることになっていた。と言うのもNさんは元々 建築関係の仕事をしていて 住宅改修なども手掛けていたのだ。住改事業者のS氏は そんなNさんの気持ちを大事にしながら、二人で打ち合わせをしている。「ここと ここに手摺りがあったらいいんだけど」 「そうですね、これは§☆£∽を使いますか?」 「そうだね、§☆£∽だと こう移動した時にこうなるから」 「そうですね、じゃあここは?」 「ここは≫∬Å*かな」 「ですね。じゃあ≫∬Å*にしましょうか」
・・・なんのコトやら さっぱり分からない業界用語を使う二人(*_*) 「宇宙語で話すから わかんない〜」と言う私に Nさんは笑っていた。
「何度も住宅改修をしたけど、自分が不自由になって初めて分かったこともあるよ。僕はもう、自分の家の手摺りも付けられないけどね」と言う。
S氏は「そんなコト言わないで一緒に考えて貰いますよ〜。教えて下さいよ」と言った。
お風呂の手摺りは もう一度、今夜バスリフトを使ってみてから考えるから・・とNさんは言った。
打ち合わせでお疲れだっただろうに、帰り際 Nさんは いい笑顔で見送ってくれた。

今朝になって脳出血で倒れ救急車を呼んだと報せが入った。

・・Nさん、また家に帰って一緒にお風呂の手摺りを考えて貰わなくちゃいけないのよ。
まだまだアナタの仕事が残っています。
だからきっと帰って来て下さいね。待っていますから・・。

古希2

義父の古希の祝いに家族揃って食事。写真は前菜に出た料理です。柿の中にハモが入っていました。ファンタスティック(@_@)懐石に加え、ご夫婦二人で営んでいるお店だから 次の料理が出るまで そりゃあ長くかかります。だけど、料理がなかなか出てこないから待っている間の会話が弾むわ(^_^)たまにはいいものですね。お店に入ってから最後のデザートまで3時間弱。たっぷり時間がある時でなきゃ行けませんけどね。

タバコか命

息子夫婦と暮らしていた男性。借金とりから逃げるようにして転がり込んだ。嫁は部屋の中に入らないから足の踏み場もない。臭いもひどい。息子夫婦は邪魔者扱いしているのだと思っていた。

 呼吸不全になり入院して、医者からタバコをやめるように言われたので小遣いを取り上げられた。デイの灰皿から吸い殻を持って帰ったり、ショートステイの荷物の底にタバコを隠し持ち、トイレで隠れて吸っていた。相談員とととも息子夫婦と相談した。年取ってから楽しみを取り上げるより、1日に1、2本タバコを吸わせてあげたらどうでしょうと提案したところ、息子は、父には少しでも長生きして欲しい。自分がタバコを吸っているから父がタバコを吸うのなら、私も禁煙しますと、翌日からタバコを吸わなくなった。

 タバコを吸わなくてどのくらい長生きするのかわからないが、本人は現在肺炎で入院してタバコどころではなくなっている。

 私は、1日60本吸っていたが、禁煙してから太りだし、今ではメタボリックは長生きしないと医者から言われている。

2008年11月17日月曜日

2008年11月16日日曜日

相性

人と人には相性がある。友達やサークル、恋人なら互いに選べるけど、学校の先生と生徒、上司と部下など選べない時に相性が合わないと互いに不幸だろうなと思う。
 ケアマネと利用者は対等という建前だけど、関係はちょっと違う。ケアマネは利用者の人生や家族関係にも入り込んでくるけどケアマネは自分のことを話すことはないし、明らかにしない方がよい。「今度結婚するんですよ」と言ったばかりに、利用者の人が持ってきたお祝いを断るのに苦労した介護職員もいるし、「私も認知症のある祖父を介護したので」と言っても、あなたと私では違うとかえって関係がまずくなった人もいる。 互いに開けっぴろげな関係ではない。
 介護職のストレスを語る時に「感情労働」という言葉を使う時がある。相手の感情や関係を調整するために職員が自分の感情をコントロールしなければならない労働だという意味。 良い関係を保つためにはいろいろと気を遣わなければいけないが、家族や本人に感情労働を押しつけたら援助者としては失格だ。相性の良さは、介護職が保たないといけない。

 電話してから訪問するといつもお茶を点ててくれる女性が居る。気を遣わせているのかなと思いながらも、お菓子と共に美味しく頂くことにしている。

2008年11月15日土曜日

ヘルプマン

男性週刊誌の「イブニング」に連載されているコミック。今度単行本になったのは、認知症になった男性から見た世界を描いている。1972年に「恍惚の人」が発表されて世の中をにぎわしてから35年、介護がコミックになって週刊誌に連載されることに時代の変化を感じる。

 この本は、認知症の人が家族にいない人のほうが役に立つと思う。というのは、今介護している家族が望んでいるのは、なぜ徘徊するかという理解の前に、徘徊をしなくなって夜熟睡したいと言うことだから、この本を読んで考える余裕はない。

 余裕がないのは介護職員も同じで、「もっと話を聞いて、ゆっくりと介護したいのに、人が足りない。1人での夜勤は怖い」と若い職員は嘆く。介護する職員にも余裕ができるような制度になればいいのだけど。

2008年11月14日金曜日

猿と猪


第八十八番札所の大窪寺の近くに住んでいた女性。デイの散歩の途中で熟した柿をとって食べる。
お腹を壊すよ、と注意しても、おいしいのは猿が食べてしまうから先に食べないと、と笑う。猿がね。と半分信じてなかった。
 大窪寺に行く途中、猿が道路を横切って木の実を食べていた。さらに進むと、猪の子供が二匹道路脇で遊んでいる。
 認知症があったから、半分信じなかった自分を反省した。
 来年の干支は、牛だよなと思いつつ帰ると、うどん屋の近くで牛が飼われていた。焼き肉屋じゃなくて良かった。