2008年11月30日日曜日

怒ってる

 「今度介護保険料が上がって、給料が上がるんでしょう」と言われた。新聞には、介護報酬を3%上げて介護職員の給与を2万円上げると書いてある。

 でも考えて欲しい、介護報酬は2003年に2.3%、2006年に2.4%下がっている。合わせて4.6%下がっているということは、3%で2万円上がるのならすでに3万円分下がっているということじゃない。また下がるかもしれないのに、経営者は給料を上げるでしょうか。

 給料が上がるから良かったねと言いたかったのに、怒ったように返事してしまったと反省して帰る。

2008年11月29日土曜日

7つまで


高次脳機能障害の研修会の講師。「人は7秒前までしか覚えられない、数字も5~7個までしか覚えられないものですよ」といい、参加者の一人を指名して、僕の言う数字を覚えていて下さいねと言って「2,5,6,7,4,…。はい、今言った数字を答えて下さい」。参加者は、「2,5,6」と答えた所で講師の先生が「もういいです。僕が覚えてないから」。
爆笑になった。

2008年11月28日金曜日

わからん


昨年の今ごろ、要支援になって包括支援センターに頼んだ人から、要介護になったからまた担当して欲しいと電話があって本人に面会した。
1年経っても私の顔と名前を覚えている。それなのに、要支援2から要介護3に変わった。歩くのは大変になっているけど、認知症は大して進んでいないように見える。
 お嫁さんはストレスが溜まって肩こりがひどくて血圧が高いという。時々言い合いしてしまうと言う。掛かり付け医の意見書を書いてもらう時に、自動車の中で口げんかをしてそのまま診察を受けた。2人とも頭に来ている所に、100から7を引いたらいくつ?さっき言った言葉を3つ言って下さいとお医者さんが尋ねても、「私にわかるわけないでしょう」と答えたらしい。それで認知症のテストは0点になってしまった、とさ。
 入院中に抜け出して近くのスーパーでビールを買ってきたために、アルコール中毒と徘徊あり と書かれた人もいたけどね。

無い物ねだり

たまには「孤独」になりたい時がある。離れ孤島で一週間くらい独りになってみたい。誰からも電話がかからず、誰からも干渉されず、のんびりのんびりしてみたい・・・と思えるウチは 孤独じゃないんだわ(*_*)配偶者や親を亡くした喪失感も体験していないから 理解しているようで実際は私には分かっていない。どれくらい淋しいのか、どれくらい不安なのか・・。
だけど今日 研修で お昼休憩の時、ちょっと用事で銀行に行って帰って来たら 知り合いがみんな外に行っちゃってて 一人でローソンのおにぎりを食べた。七人掛けのテーブルで40女が一人でおにぎり・・しかも牛すじコンニャク入りの・・・孤独を感じた。これか?これが「淋しさ」ってヤツか(*_*)?間もなく 一人が帰って来て ミルキーをくれた。嬉しかった。孤独を感じる時は 空間を異常に広く感じるのだ。ミルキーごときで凄く嬉しかったりするのだ。
研修を終え、家に帰る。ドタバタと家事をしながら 会社を留守にしている間の報告を聞き、足にまとわりつく犬にご飯をあげながら 明日訪問予定の利用者にアポを取る。旦那が帰って来て「ね〜、なんか おつまみないの?」と聞いてくる。
・・・やっぱり離れ孤島に流されてみたい、と一瞬 思う(-_-)

2008年11月27日木曜日

孤独

娘夫婦と孫夫婦と同居している女性。訪問の度に「娘たちは食事も作ってくれないし、掃除もしてくれない」と隣の部屋の娘たちに聞こえるように大声で愚痴る。「性格が悪いとわかってたんだけど、妹夫婦の生活が苦しいものだから養女にしたのが間違いだった。せっかく相手を見つけて結婚させたのに、子供を置いて駆け落ちして、私が孫を育てることになった。おじいさんが死んだのを見はかったかのように夫婦で戻ってきて、勝手に家を建て替えたものだから住みにくい。孫たちも、母親に似て私の面倒を見てくれない」

 2階建ての立派な家に5人で住みながら、孤独だということは、身寄りがいない人よりも寂しいのかもしれない。

2008年11月26日水曜日

講師

何を好きこのんで こんなあんまりお金にもならへん しんどいだけの対人援助の仕事をしてるのか、と思いませんか? 時には他人の言いたくないことまで顔を突っ込んだり、聞きたくない話まで聞いてさ。たぶんケアマネをしようなんて言う人間は かなりのこだわりがあるんです。そうじゃなければ 全くこだわらない人間か、どちらかです。みなさんは前者でしょう。僕もそうなんやろな。あ〜よかったな、と思うことが ほんの少しあって また続けられる。そんなモンですわ。

今日 講義をしてくれた大学教授のお話。最初は堅い制度の話しだったんで、一時間くらいは意識不明になったが、後半からは関西弁での講義に魅き込まれた。
事例のプリントを配布し「なんや、この家族は何をしたいんやねん。看る気があるのかないのか。長男の嫁はボランティアしてるから じぃさんも看るゆーとんのか、ボランティアまでしとるから じぃさんまでは看とうないゆーとんのか、どっちやねん!・・・とこの事例読んで、まず思わはるでしょう?」 そのとおり〜(>_<)
明日の午前中も彼の講義だ。楽しみ楽しみ\^o^/

千客万来


「久しぶりやなー」「よう来てくれた」と言われるが、さっき会ったばかりなんですけど…。
 昨日、スーパーですれ違った人が会釈をしてくれる。どこであったか、夕方になっても思い出せない。声をかけられたら「久しぶりですね」と言うしかない。
 今日病院で白衣を着ているのを見て、婦長さんだったと謎が解けた。
 「美人は忘れるハズがないんだけどな」と言ってしまったので、しばらくは口を利いてくれないかもしれない。

別人

県外の長女が孫を連れて帰るととても明るくなる。柔らかい表情の彼女は 本当に綺麗な方だ。そんな時はお喋りしながらお茶を飲み、声をたてて笑う。赤ちゃんを抱きながら昔話もして下さる。
今日お会いした彼女は別人だ。前傾姿勢にしかめっつらで 言い方は悪いが、まさしく「機嫌が悪い」と言う感じ。「何の用なのよ、うるさいわねぇ。判?押したら とっとと帰って」みたいな・・(:_;)
主治医に会って指示を仰ぐ。彼女は抑うつ状態がひどく、最近は顕著に認知症状が見られる。糖尿の管理も不十分でしょうね。適切な働きかけが必要です。・・その「適切な働きかけ」を具体的に教えてくれ〜(*_*)
だけど彼女はねぇ、う〜ん・・難しいだろうなぁ・・て言うか僕のトコに来るのは調子悪い時だけだから 明るい彼女を見てみたいくらいだよ。
はぁ〜なるほど(*_*)精神科医って大変だ。たま〜にでも彼女の明るい顔を見れることがあるだけ まだラッキーかな、と思えたのでした。

2008年11月25日火曜日

首を長くして

 「病院に行く日を相談していたら、ヘルパーさんと○○子がけんかして、話にならんのだ」とご主人から電話が来ておずおずと玄関を入る。「お父さんが、ワシはわからん。あっちに行けと言って怒っとんのだ」と奥さんは困った顔で立っている。「わしは、ボケて来たんかいな。話がわからんようになった」とお父さんは座っている。

 4日前に訪問した時、息子があさって帰ってくるんだ。正月に仕事があるから早めに帰ってくると楽しげに話していた。その翌日、介護タクシーの会社の人と訪問して打ち合わせる時に、息子さんが帰ってきた。電話で話を聞くと大変そうで繰り上げて車を飛ばして来た、予想以上に元気そうな両親を見て安心したと言う。

 一昨年亡くなった長男と名前が一緒だといつも歓待してくれる夫婦。今日の電話は、次男が帰ったための寂しさからなのかと思いつつ、いつでも来るからねと言って家を後にする。

2008年11月24日月曜日

専門家


「血がいっぱい出て、大声を出したんだけど看護士さんは、ちらっと見て、絆創膏をゆっくり持ってくる。袖も血で真っ赤になっていくのに。どうなってもいいと思っているのかな」
 透析が終わって迎えに行ったお嫁さんから怒った声の電話。聞くと止血のテープが剥がれかけたらしい。血を見るとあわてるけど、透析室の看護士さんたちは見慣れている。袖が真っ赤になっても大した出血量ではない。逆に、専門家である看護士さんがあわてた方が心配なんだけど。
 失禁や徘徊、鍋の空だきなどがあると家族はあわてる。もう家では看られないと考える。しかし、誰だって道に迷うし、鍋を焦がすことはあるのだけど、認知症のせいにしてしまうとどこまで悪くなるのか不安なんだろうと思いながら、もまだそれほどひどくないよと思いつつ話を聞く。
 ひょっとして、透析室の看護士さんと同じように、軽く聞き流していると受け取られたこともあるのかもしれない。

合図

痙攣発作を起こし急激に状態が悪化。意識がない。つい先日まではディに通っていたらしい。まだ50台の若さ。点滴と酸素と その他諸々の医療機器が繋がっている。モニターに映る心電図を見ていると 急に激しく上下したりしてドキドキしてしまう。住宅型だが 看護師が常駐していて病院にいるような環境だ。
医師の話しでは この状態が変わることはない、と言う。看護師も 元に戻ることはないでしょう、と彼の枕元で言う。
本人に聞こえるんじゃないか、とハラハラした。

帰りに 耳元で また来ますね、と挨拶したら 大きく息を吸った。なんだかそれが返事をできない代わりに送った合図のように思えてならなかった。聞こえているんじゃないか、何回も声をかけているウチに反応するのではないか・・。
聞こえてもないし、目も見えていません、と看護師に言われ 退室した。 後ろ髪を引かれる思いだった。

2008年11月23日日曜日

父さんは疲れている

新聞の訃報欄に「小澤勲」氏の名前を見つけた。

 日本の認知症の第一人者は、熊本の室伏君士氏だと思っているが、その教え子の小澤勲氏はわかりやすい話と穏やかな表情でいつかお話を直に聞きたいものだと思っていた。長谷川和夫氏にお会いした時にその話をしたら、ガンが進行して呼ぶのなら早いうちにと言われていたが、その後もテレビに出演されていて安心していた。

 岩波新書の「認知症とは何か」「痴呆を生きるということ」、「痴呆老人から見た世界」などの本を通じて、認知症の人の話を聞くことを教えてくれた。

2008年11月22日土曜日

難題

実家の親がブログを読みたい、と言うので Yahoo!じゃ見れないから Googleで検索してね、と言うと意味が分からないらしく、Googleって何? ネットだよ、と答えると、 え?ウチは電子メールしかしてないぞ、と言う。 は?メールできるんだからネットに繋がってるでしょう? いや、ウチはネットはない・・て言うかネットって何? インターネットだよ、インターネット! ああ、ネットってインターネットか。ウチはインターネットは契約してないぞ。 ・・・(-_-)?。
不安になって 隣でタバコを吹かしている旦那に聞いてみた。「ねぇねぇ、メールできるのにインターネットは契約してないってことあるの?」 旦那は鼻から煙出しながら「ご質問の意味がわかりません」・・・あ、やっぱりf^_^;?
・・・そういえば確かウチの親は何年か前から二人してパソコン教室に通っているハズだが(-_-)?

そして今夜も電話してきた。「Gの小文字がウチのパソコンは出ないから見れないんだよ」「え?こないだ見れたんでしょう?」「それが今日はGの小文字が アリがクネクネしてる文字みたいになっていて出ないんだよ、どうして?」
・・・ご質問の意味が分かりません(-_-)

「悲しい時も 寂しい時も

そばには"Wanko"」

今日は「いい夫婦の日」ですけど、ペットの方が頼りになるのかな

2008年11月21日金曜日

もうすぐ




今年も残り少し。


 年末と正月の予定を組んでサービス提供票を作る。正月は自宅に帰るとうれしそうに話す人もいれば、正月もヘルパーさんが来てくれないと困るという家族もいる。
 正月ぐらい家庭の雰囲気を味わって欲しいのだけど、正月ぐらいゆっくりと過ごしたいという家族の気持ちもわかる。


2008年11月20日木曜日

お溝づとめ

今年もお溝づとめにお坊さんが来た。今年36歳の彼は一流大学の法学部を卒業し、エリート街道まっしぐらだったにも関わらず、先代住職であった父を昨年癌で亡くし、サラリーマンを辞め 跡を継いだのだ。
会社の中堅として  これからが腕の見せドコロと意気込んでいた矢先だった。
ほんとはまだ寺なんて継ぎたくなかった、だの お経なんて読んだこともなかったのに、だの 60歳くらいまでは好きな仕事をしたかったのに、だのと 不満を口にする。私は 天国で先代が安心されてますよ、だの 跡を継いでくれて檀家さんに喜ばれたでしょう、だのと ありきたりの慰めを言った。まさか自分が背広を脱いでこんな袈裟を着るハメになるとはと、彼は自分の胸から下を眺める。でも似合っているよ、と褒めたら ちょっと嬉しそうにした。
彼は やっと気を取り直してお経を読み始めた。嫌だ嫌だと 駄々をこねていたのに、一旦 仏壇に向かい合うと、お経を読む姿や声は先代にそっくりで  とても心がこもっている。いい住職さんになるだろうな、と思った。
お経を読み終えて カフェラテを飲みながら またグチグチと言い出した。お坊さんが「仕事が面白くない」とか「お経の意味がよくわかんなくて大変」とか言うんだから なんだか可笑しかった。
僕はどんなに寒くても絶対に袈裟の下にパッチは履かない主義です、とどーでもいいこだわりを語り、彼は仏壇に向かって深々と一礼して「じゃ!!」と帰って行った。

次の訪問先でも愚痴るのかしら?(笑)先代は とても立派で大きな方だったから、その分 大変だと思うけど、きっと大丈夫だよ。

解禁日


・・にもいろいろあるが 今日はボジョレー・ヌーボーの解禁日だ。毎年 当日は新聞にデカデカと広告が出ている。今年のは特に旨みがある とか、近年にない出来栄えだ とか、毎年そんな感じだ。なんや、毎年凄いんかい、と突っ込みたくなるが、なんせ「解禁」と言う文字が購買意欲をそそるのだろう。
「今年のボジョレー解禁だね」な~んて私も言ってみたりする。お酒を飲めもしないくせに(-_-)
そういえば鮎も解禁日がある。ニュースで見たらさっそく「鮎釣りも解禁になりましたねぇ」な~んて言ってみたりする。しかも川魚は食べれないくせに(-_-)
つまり私はミーハーなのだ・・と思う。
最近は「ラジバンダリ」とか言う意味のない言葉が流行っていたりする?・・らしい。いくらミーハーでも、絶対に使わないようにしよう・・・って言うより 使い方が分からない(*_*)

ボジョレーが解禁。クリスマスもすぐそこだ。事務所の入口にリースを飾る。やはりミーハーなんだ(>_<)

眠い 家

春眠暁を覚えずというけど、秋も眠たい。遠くまで車を走らせていると眠くなってしまう。その途中で見かけた家。鼻のような煙突と、寝ぼけた目のように見える窓。写真を撮るために車から出ると、風の冷たさで目が覚めた。

2008年11月19日水曜日

世界一周




ガンが全身に転移している男性。自分の部屋のある2階まで上がれなくなって、居間にベッドを置いている。自宅を訪問した時、ヨーロッパの紀行番組を見ていた。この病気が治ったら世界一周の航海に申し込んでいると、楽しそうに語る本人の傍らで妻は困った顔をして笑っている。
 医者は、正月を迎えられるかどうかと言っているけど、その前に抗ガン剤や放射線治療などの医療費をどうして払おうかと悩んでいるのに、世界一周に申し込んで。キャンセル料だって高いのに。どこからお金が出ると思っているいるのか…。
 病気を治して世界旅行をしようとする意欲で生き続けているのかもしれないが、看病とお金の工面にでやつれていく家族の苦悩を見ると、長生きを単純に喜べないこの社会はおかしいと思えてしまう。

2008年11月18日火曜日

仕事が残ってます

終末期を自宅で過ごすためNさんが家に戻った。最小限で福祉用具は用意してあったので 退院されてから住宅改修を進めることになっていた。と言うのもNさんは元々 建築関係の仕事をしていて 住宅改修なども手掛けていたのだ。住改事業者のS氏は そんなNさんの気持ちを大事にしながら、二人で打ち合わせをしている。「ここと ここに手摺りがあったらいいんだけど」 「そうですね、これは§☆£∽を使いますか?」 「そうだね、§☆£∽だと こう移動した時にこうなるから」 「そうですね、じゃあここは?」 「ここは≫∬Å*かな」 「ですね。じゃあ≫∬Å*にしましょうか」
・・・なんのコトやら さっぱり分からない業界用語を使う二人(*_*) 「宇宙語で話すから わかんない〜」と言う私に Nさんは笑っていた。
「何度も住宅改修をしたけど、自分が不自由になって初めて分かったこともあるよ。僕はもう、自分の家の手摺りも付けられないけどね」と言う。
S氏は「そんなコト言わないで一緒に考えて貰いますよ〜。教えて下さいよ」と言った。
お風呂の手摺りは もう一度、今夜バスリフトを使ってみてから考えるから・・とNさんは言った。
打ち合わせでお疲れだっただろうに、帰り際 Nさんは いい笑顔で見送ってくれた。

今朝になって脳出血で倒れ救急車を呼んだと報せが入った。

・・Nさん、また家に帰って一緒にお風呂の手摺りを考えて貰わなくちゃいけないのよ。
まだまだアナタの仕事が残っています。
だからきっと帰って来て下さいね。待っていますから・・。

古希2

義父の古希の祝いに家族揃って食事。写真は前菜に出た料理です。柿の中にハモが入っていました。ファンタスティック(@_@)懐石に加え、ご夫婦二人で営んでいるお店だから 次の料理が出るまで そりゃあ長くかかります。だけど、料理がなかなか出てこないから待っている間の会話が弾むわ(^_^)たまにはいいものですね。お店に入ってから最後のデザートまで3時間弱。たっぷり時間がある時でなきゃ行けませんけどね。

タバコか命

息子夫婦と暮らしていた男性。借金とりから逃げるようにして転がり込んだ。嫁は部屋の中に入らないから足の踏み場もない。臭いもひどい。息子夫婦は邪魔者扱いしているのだと思っていた。

 呼吸不全になり入院して、医者からタバコをやめるように言われたので小遣いを取り上げられた。デイの灰皿から吸い殻を持って帰ったり、ショートステイの荷物の底にタバコを隠し持ち、トイレで隠れて吸っていた。相談員とととも息子夫婦と相談した。年取ってから楽しみを取り上げるより、1日に1、2本タバコを吸わせてあげたらどうでしょうと提案したところ、息子は、父には少しでも長生きして欲しい。自分がタバコを吸っているから父がタバコを吸うのなら、私も禁煙しますと、翌日からタバコを吸わなくなった。

 タバコを吸わなくてどのくらい長生きするのかわからないが、本人は現在肺炎で入院してタバコどころではなくなっている。

 私は、1日60本吸っていたが、禁煙してから太りだし、今ではメタボリックは長生きしないと医者から言われている。

2008年11月17日月曜日

2008年11月16日日曜日

相性

人と人には相性がある。友達やサークル、恋人なら互いに選べるけど、学校の先生と生徒、上司と部下など選べない時に相性が合わないと互いに不幸だろうなと思う。
 ケアマネと利用者は対等という建前だけど、関係はちょっと違う。ケアマネは利用者の人生や家族関係にも入り込んでくるけどケアマネは自分のことを話すことはないし、明らかにしない方がよい。「今度結婚するんですよ」と言ったばかりに、利用者の人が持ってきたお祝いを断るのに苦労した介護職員もいるし、「私も認知症のある祖父を介護したので」と言っても、あなたと私では違うとかえって関係がまずくなった人もいる。 互いに開けっぴろげな関係ではない。
 介護職のストレスを語る時に「感情労働」という言葉を使う時がある。相手の感情や関係を調整するために職員が自分の感情をコントロールしなければならない労働だという意味。 良い関係を保つためにはいろいろと気を遣わなければいけないが、家族や本人に感情労働を押しつけたら援助者としては失格だ。相性の良さは、介護職が保たないといけない。

 電話してから訪問するといつもお茶を点ててくれる女性が居る。気を遣わせているのかなと思いながらも、お菓子と共に美味しく頂くことにしている。

2008年11月15日土曜日

ヘルプマン

男性週刊誌の「イブニング」に連載されているコミック。今度単行本になったのは、認知症になった男性から見た世界を描いている。1972年に「恍惚の人」が発表されて世の中をにぎわしてから35年、介護がコミックになって週刊誌に連載されることに時代の変化を感じる。

 この本は、認知症の人が家族にいない人のほうが役に立つと思う。というのは、今介護している家族が望んでいるのは、なぜ徘徊するかという理解の前に、徘徊をしなくなって夜熟睡したいと言うことだから、この本を読んで考える余裕はない。

 余裕がないのは介護職員も同じで、「もっと話を聞いて、ゆっくりと介護したいのに、人が足りない。1人での夜勤は怖い」と若い職員は嘆く。介護する職員にも余裕ができるような制度になればいいのだけど。

2008年11月14日金曜日

猿と猪


第八十八番札所の大窪寺の近くに住んでいた女性。デイの散歩の途中で熟した柿をとって食べる。
お腹を壊すよ、と注意しても、おいしいのは猿が食べてしまうから先に食べないと、と笑う。猿がね。と半分信じてなかった。
 大窪寺に行く途中、猿が道路を横切って木の実を食べていた。さらに進むと、猪の子供が二匹道路脇で遊んでいる。
 認知症があったから、半分信じなかった自分を反省した。
 来年の干支は、牛だよなと思いつつ帰ると、うどん屋の近くで牛が飼われていた。焼き肉屋じゃなくて良かった。

思い出

私がまだ小学校高学年くらいだったか、名古屋にいる親戚の家へ法事か何かで出掛けた。
母の従兄弟の長女に初めて会ったのもその時だった。彼女は車椅子に乗っていて、うまく言葉を話せなかった。
それまで私の周りには障害のある人はいなくて、その時は何の病気なんだろうと思った。
彼女は私の方を見て「あ〜う〜」と言うだけだった。「アナタに会えて喜んでいるよ」と彼女の母親が教えてくれた。
彼女は外出をするだけの体力があまりないようだったのに、私たちが帰る日は空港まで見送りに来てくれた。
私は なぜだかそれがとても嬉しかった。
今思えば、名古屋の名物を食べたり、観光をしたり、その時が初めて飛行機を体験した旅行であったのにも関わらず、その旅で1番覚えているのは、ゲートの前で振り向いた時に ニコニコしていた彼女の顔だ。
ただただ また会いたいな、とあの頃の私は素直に思えた。

今 こうやって福祉に携わっているが、忙しさにかまけて大事なコトを忘れてないか、とふと思ったりする。

2008年11月13日木曜日

蛭子神社

「蛭子」は、エビスとヒルコのふた通りの読み方がある。さぬき市の神社はどちらの読み方かわからないが、鹿児島県国分市にある神社は「ひるこ」神社と読んで、言い伝えがある。

 イザナミとイザナギが生んだ子供は3歳になっても、体がグニャグニャで歩けなかった。そこで、2人は、子供を蛭子命と名付け葦船に乗せて霧島の天降川に流した。やがて葦船は河口の国分市に流れ着いた。たどり着いた所が蛭子神社で蛭子命はおおきくなってスサノオと呼ばれた。

 ヒルコは脳性麻痺の子供だったと言われている。障害児であるヒルコがなぜエビス(恵比寿=商売の神様)になったのかは色々な説がある。一つは、障害児が生まれた家は、子供が大きくなって両親が亡くなった後困らないように仕事に励んだのでお金持ちになった。障害児のことを「福子」と呼んだ所もある。もう一つは、神社の前では市が開かれることが多かった。その店の中に障害児たちが出る見せ物小屋もあって、物珍しさからお客がたくさん集まった。それでお客を呼ぶという意味で恵比寿と呼ばれた。農業や工業などの仕事ができない障害者がお金を儲けるための一つの職業だと説明する人もいる。

 両親がお金持ちになれた子も見せ物小屋で生活できた子もごくわずかで、殆どの障害児は近所の人に見られないように家の奥で生活させられていた。数年前に訪問した家でも、薄暗い部屋で枕元におにぎりを置いて、尿と便でぶかぶかになった畳と布団で暮らしている老人を何人か見た。

 蛭子神社のいわれを考えながら、南野洋子や松野明美の子供のドキュメンタリーを思い出した。

2008年11月12日水曜日

うそつき

この季節、里芋がおいしい。
旦那はイモ類では里芋が一番好きだ。彼も最近は歳を取ったせいか、薄口の煮物を好んでよく食べる。
昨日は いただき物の里芋があったので、鶏肉をミートボールにしたのと絹厚揚げを一緒に煮てみたら 凄く喜んで食べた。
「うまいなあ、毎日でも食えるよ」

・・・と言ったので、今日も作ったら 顔が曇っていた・・・。

秋桜

♪淡紅(うすべに)の秋桜が

秋の日の 何気ない陽溜りに揺れている

此頃、涙脆くなった母が 庭先でひとつ咳をする♪

 久しぶりで晴れた日に事務所にくすぶっていることはない、と溜まった書類を机に置いて訪問に出かけた。2色のコスモス畑を見つけた瞬間、頭に浮かんだのは山口百恵の歌ではなく、3色弁当(^_^)v

 去年、デイサービスからあわてて電話があった。◎◎さんがクリスマスの飾りを食べてしまった。どうしよう! 飛んで行くと、看護婦が口から白い発泡スチロールを掻き出している。殆ど出ているようなので、医師に確認してから、息子さんに来てもらった。

 息子は、丸い飾りを手に持って、おいしそうなお菓子に見えたのかなと笑った。

2008年11月11日火曜日

インパクト

犬に「ネコ一号」と命名するとは・・・凄いです。インパクトがあるので一回聞いたら忘れないよね。
私の妹は 自分のTシャツに名前をつける変な人です(笑)「ね~ね~、ミヤモト君知らない?」とか「トオル君、洗濯した?」とか言ってました。当時付き合ってた彼氏とかの名前とは全く関係なく、Tシャツのプリントを見て 彼女なりに思うことあって命名していたようです。そんな風に名前をつけたら 古くなっても棄てられなくて困っていましたが・・。
私は北海道で育ちましたが 生まれは九州だからか、「ミルク茶漬け」は食卓には出ませんでした。でも友達は食べてましたよ。牛乳に海苔をちぎって入れて飲んでる人とかいました。両方とも食べ物だから、身体に害はないでしょう(^^)考えたら「牛乳海苔」ってカルシウム、たっぷりじゃん!
何が変で何が普通なのかは、ホントに受け入れ方次第ですよね。
お話の認知症の男性、思いがけず お口に合ったのかもしれませんね。

物事を計る物差しは、長いのを持ちたいなあ・・と思います。

ミルク漬けご飯

車のラジオから、「北海道ではご飯にミルクをかけて、漬け物と一緒に食べる。お茶漬けみたいにミルク漬けが普通なんだと」という話が流れてきた。

先日、認知症の男性がご飯に牛乳をかけて食べていたとヘルパーさんから報告があった。食べ物の区別が付かなくなったのか、味覚がおかしくなったのか、サービス担当者会議の話題の一つとした。麻婆豆腐を食べなかったことなとが話題が出てきた所で、ご飯の時にお茶みたいに牛乳を飲むよね。ひょっとしたら、お茶と間違ったのかもと、話が収まりかけた所で、参加していた家族の一言、「許す!」でみんな納得した。

 変な行動なのかどうかは、周りの人が受け入れてくれるかどうかによって決まる。香川県のあんもち雑煮を他の県で作ったらきっと変な料理だと思われる…と、思う。

おまけに、組み合わせがおかしいと言えば、犬の名前が猫というのも変だよ。http://osaka.yomiuri.co.jp/animal/genre1/20081107-OYO8T00286.htm?from=iphoto

「犬神家の一族」の犬の名前が三毛、という冗談が前にあっけどね。

2008年11月10日月曜日

沈黙

Nさんに会いに行った。とても理論整然とお話なさるが、時々 細かい内容に矛盾がある。脳転移が生じている。ご自分でもそれに気がついていて「早く帰らないと 家の中のことを忘れてしまう」と言う。
もう最後になるだろう、と この初夏に旅行をされたそうだ。温泉に行き、広い露天風呂で子供みたいに泳いでみたが、泳ぎは得意だったのに全然浮かなくてびっくりしたと言っていた。体脂肪が落ちたからなんだろう・・。こんなに痩せたんだな、と思ったよ、と言うので、Nさん その前に露天風呂は泳いじゃいけないのよ、と私が言うと 笑っていた。
僕はもうすぐ死ぬから あんまり家の中を大袈裟にしないでいいよ、あとから手摺りとかが邪魔になって家族に迷惑をかけるから、と言う。奥様は とにかくNさんが家に帰ってから安全で快適に過ごせるような環境をと希望されている、と伝えると どうせ死ぬのに・・と言う。
何かを答えなくてはいけないと焦ってはダメだと分かっているのに・・沈黙を恐れてはいけないのも分かっているのに・・俯いて焦ってしまう情けない自分がいる。
私の家族に もし何かあった時、それで安全を確保できるなら何十本でも手摺りをつける。それで一回でも多く笑顔が見れるならどんなことでもしたいと思う。生きてさえいてくれたらいい、と思うだろう。

生きているから


 パソコンの中の写真を整理していると、祖母と父の写真が出てきた。祖母は、休日で息子と2人で自宅にいる時に病院から危篤の電話が来て、病院に飛んでいった。家族が来るのを待つように呼吸器と点滴がつながっていた。お医者さんと目が合って、うなずいた時に呼吸器が外された。それから、葬儀社に電話して、親戚に電話して、霊柩車を先導するようにして祖母の家に連れて帰った。
 ところが、父の亡くなった時のことは所々しか思い出せない。朝きた母からの電話の内容、どんな亡くなり方をしたのか話してくれたのだろうが思い出せない。信頼していた訪問看護師と理学療法士と子供の時から知っている医師たちが介護に不慣れな母を支えてくれていたが、この人たちにお礼を言ったのだろうか。去年のことなのに思い出せないのはなぜだろう。
胃瘻にしてまで生きたくないでしょう。
話せなくなったら人間おしまいだよね。
仕事で会う家族がこんなことを言うたびに、それでも生きてくれるだけいいのにと言い返したくなる。

2008年11月9日日曜日

引きこもり

義母は、長谷川式のテストで満点が取れなかったのがショックだったようで、電話でも元気がない。このチャンスを逃がす手はないと、家に閉じ込っていないで外へ出て人と話するのが一番頭を使うから、デイに行ってみたらいいよと、言うと「そうかね」とまんざらでもない様子。ケアマネに、2箇所ほどのデイを勧めてくれるように頼んで、返事を待つ。ヘルパーさんが来ているデイなら行こうかなと言う。お父さんが行っていたデイケアは、重たい人ばかりだからね、ってそれはないだろう。来週見学にいくと言うのを、善は急げと言うからと、二日後に見学に行かせることにした。ケアプランを作って、契約をしてと大変なのはわかっているが、嫌だと考える暇を与えないことがこの場合はよい。見学の日に、娘と孫が途中から見に行ったら、まんざらでもなさそうな顔で、ここのご飯はおいしいけど幼稚園みたいなことをさせられてと言う。

 孫が言うことには弱いのことはわかっているから、あのね、あれは頭の体操で認知症の予防になるからとと説明すると、じゃ頑張らないと満面の笑み。

ということで、義母はデイに通うことになった。

 それで私はというと、今日は一歩も外に出ていない。今日の占いでは、四柱推命で最高の運勢なのに、何も起こらないではないか。

ということで、ブログのデザインをちょっと変えました。

古希

今日は母の誕生日だ。贈りものが届いたと報せてきた。古希の祝いに 顔も出さない親不孝な私に、母はありがとうと言う。こんな素敵なセーターとストールを貰って・・高かったでしょ?もったいなくて着れないわ。・・何言うてるの、着ないほうがもったいないよ、なんのかんの言うても人生あと30年くらいなんだから、どんどん着なさいと言うと、あと30年もあるわ、と言う。でも90歳くらいになったらちょっと派手で着れないよ、と言うと 90歳になっても着るわよ、と母は笑った。

そうだね、90歳になったってきっと着るだろうな。おしゃれにストールなんか巻いて・・。父と手を繋いで銀杏並木を歩くだろうな。ずっとずっと元気でいてね。

応用力不足

Nさんの病室を出て奥様がエレベーターの前まで送ってくれた。この病院のエレベーターは 亀のように遅い(−_−#)全部の階で止まるし、昔の型だから なおさらだ。今は10階にいるのに エレベーターは7階あたりにいて、更に下降しているではないか(*_*)これは かなり時間がかかる。Nさんはこれから食事の時間なのに奥様は一緒にエレベーターを待ってくれる気だ。
「私、階段で行きますからお部屋に戻ってあげて下さい」と言うと「え?ここ10階ですよ?階段ですか?大丈夫?」とびっくりしていた。「日頃 運動不足なんでココに来た時は階段を使うようにしてるんですよ」とテキトーな挨拶を済ませ、エレベーターのすぐ横の階段室の扉を開けた。9階・8階・・7・・階・・・あ〜、こんな日にブーツなんか履いてくるんじゃなかったわ・・目が回る〜(*_*)さすがに6階と3階あたりでひと休みし、あとは一気に・・と思ったが、やっぱり最後は文字とおり亀のようにノロノロと・・。らせん状に降りてきたから半分 頭がクラクラしながら ようやく地下1階の駐車場に辿り着いた。車に乗り込み 大きくため息ついてまたひと休み。あ〜しんど。
・・・まてよ・・(-.-;)?なんでバカ正直に最後まで階段で降りたんだ?・・もしかしなくても途中の階でエレベーターを使ったらよかったんでは・・(-_-) ?
駐車料金を払うとき、係りの方が「お疲れさまです」と言った。駐車場を出るどの人にも同じ声かけをしているんだろうけど、「はい~・・ホンマに疲れました」と心の中で返事をした。

2008年11月8日土曜日

性格?

性格のためか何回言っても 聞いてくれずに、何度も同じことを聞きに来て困ります。

認知症の方が利用したショートステイ施設からの連絡に書いてあった。毎月の訪問では、「久しぶりやの。会いに来てくれるのは○○さんしかおらんから」と喜んでくれる。でも、デイケアに週6日通っているから、私より出勤している。誕生日に訪問して、今日は何月何日?と尋ねると、 「今日は何月何日や?」 と嫁に尋ねる。「▲月■日じゃない。新聞を読んでるでしょう。お父さんの誕生日じゃない」、 とお嫁さんは声を掛ける。また、「誕生日はいつですか? と尋ねると。「わしゃ 明治●年▲月■日だ」と流ちょうに答える。じゃ、今日が誕生日ですねと言うと、「ほうか。今日は何日だ?」と息子に尋ねる。

なんでわしゃここに泊まらんといかんのかの? と何度も職員に尋ねに来るのは、性格のせいじゃない。まだ、ここが自宅じゃないとわかるだけ良いと思うのだが。

睨んでる


新鮮なタコを貰った。旦那の大好物。さっそく料理しようと袋から取り出してハッと思う。タコって調理済みのしか使ったことないわあ・・。義母がたまにくれる時もすぐに調理できるようにしてくれてるし・・。いかにもさっきまで生きてたよ、と言わんばかりにタコはヌルヌルピカピカだった。ちょっと触ってみたら、クネっと足が動いたように見えた。・・・無理。
普段は頼みごとなんて全くしない私にお願いされて、旦那はちょっと上機嫌。「なんだよ~塩でもんで墨を取ったらいいんじゃん」そんなの分かってるわい(-_-)「仕方ないなあ・・あれ?こいつら、お前のことにらんでるぞ~」とかいいながら墨抜きの作業にかかっている旦那の手元を見ていた。うわあ、グロい(泣)「なかなか墨って取れないなあ・・」ちまちまと作業する旦那。もうタコを茹でるお湯が沸いたわよ、早くして。「頭を裏返したら墨の袋があるでしょう?」「え~?裏返したら中身が出ちゃうじゃん」「出ない出ない、裏返して墨取ったらまた戻したらいいのよ」「う~ん、ぬめってるからやりづらいなあ・・」んも~!なにやってんだよ、なんでアイスピックで墨袋つついてんだ!?「だから裏返したらいいんだよ、ちょっと貸して」と私は思わずタコを掴み「ほら、こんな大きな墨袋がついてるでしょ?これを袋ごと取って・・また戻して、ほらすっきりよ」・・・・あ、なんか今のすっきり感、変に快感だった。なんか気持ちがよかった。「あとはするから」と残りのタコの墨抜きは結局私がした。妙な快感と達成感まで味わって、タコも凄く美味しかった。今度から睨まれてもいいから墨抜きしてないタコを買おうと思った(^^)

2008年11月7日金曜日

自信がある

今日、初めてお会いしたNさん、59歳。末期癌。家に帰るなら介護保険を申請するといいから、と病院から言われ、家族申請をして認定調査は昨日だったとのこと。
奥様は「申請したら認定が出ていなくても介護保険を使える、介護度が思うより出なくても実費払えば済むからと認定調査の人が言ってました。ベッド貸りたいけど予防だったら実費なんですよね?」
もう伝い歩きで1歩2歩の状態だ。要介護3は出るだろう・・。「たぶんNさんがご自宅で療養されるのに必要な介護度が出るようドクターが意見書を用意して下さったと思いますよ」と言うと、Nさんが「はい。大丈夫と思います。変な言い方だけど、重い介護度が出る自信があるんです。どんどん悪くなるだけなのに予防ってことはないでしょ~」と言って笑った。すぐには返す言葉が見つからなかった。あまりにくったくなくNさんが笑うので・・・。


そこの柱と壁は簡単に外れるように作ってある。外したらトイレまで段差なく行ける。あとはここに手すりを付けて…と本人が大工さんに指図して住宅改修の打ち合わせをしてから二日後、その人は亡くなった。建築会社を退職後自分で場所を選んで、自分で建てた家。
 初めて会った病室で、奥さんの話を聞いてから「頑固そうですね」と言ったら、横にいた娘が「そうじゃなく、頑固です」と言いったのを、笑って聞いていた。ガンの末期で医者は自宅で過ごす時間を大切にしたいと言う。本人もガンのことは知っていたが、自宅に帰るこことが楽しそうだった。「自分で建てた家に帰りたい」と言う。娘は自宅に帰ったら母親が苦労することがわかっているから、退院にあまり賛成はしていない様子だった。
 夜半に、何か変だと本人が言い始め、妻は病院に電話したがしばらく様子を見たいと医師が返事をした。妻が座って後ろから抱きかかえて、今までの生活を色々話した。夜が明け始めて病院に連れて行くための準備をして夫の元に帰ったら、息をしなくなっていた。
 出勤してすぐに電話を受けて飛んで行った。娘たちは病院がすぐに受け入れてくれなかったと、不満げだった。妻は、なぜあのときに入院の準備をして離れたのだろうと少し悔やんでいた。医師は、電話が会った時にすぐに行くべきだったのかと悩んでいた。私は、不謹慎かもと思いながら、枕元でこんな亡くなり方をしたいと話した。
 1週間後、自宅を訪ねた。妻はこの家は1人でも住みやすいという。台所に立つと手の届く所に棚や引き出しが作ってある。床下の収納も便利だ。頑固なご主人だったけど、妻への思いやりのこもった家を建てて残してくれている。その心配りが残された人の生活を支えているのだと思った。

2008年11月6日木曜日

身体を張って・・



母に贈るストールを見に某百貨店へ。さっそく50台後半くらいの店員さんが声を掛けてきた。
「贈り物です。70歳だから、ちょっと華やかな色を・・」すると「こんなのいかがです?」そのおばさ・・じゃなかった、店員さんはピンク色とオレンジのグラデーションのストールを取り出し自分の首に巻いてみせた。「華やかな感じでしょ?」はっきり言って似合ってない・・(-_-)「あ~ちょっとイメージ違うかなあ・・」とか言いながら、私は目に留まったグリーンのやつを手に取ろうとした。「あ、これですね?これも綺麗よ」と、彼女は私より先に品物を手に取り、また自分の首に巻いてみせる。「こんな感じになりますけど?」今度は腰に手まで当ててポーズを取ってくれている。「う~ん・・」「こっちのこれなんかもちょと変わってて素敵ですけど?」と違うやつを取り出しては、またまた御自ら首に巻いて見せてくれる。「どうです?このお色なら服も選ばないし」「そうね・・」   てか、なんでいちいちアンタの首に巻くの・・(-_-)そのおばさ・・、店員さんはとっかえひっかえ8枚くらいは自分の首に巻いてみせてくれたわ。だけどお・・言っちゃ悪いけど決して美人でもないから、いいなと思ったやつでも逆にイメージ沸かないのよ~(泣)
結局、イマジネーションを働かすのは止めて母の好きな色のを買った。他の店も見に行こうかと思ったけど、8枚も首に巻かれちゃ買うしかない雰囲気だし・・。ひょっとしてそれが彼女のテだったのかもしれない。

逃げ遅れた


 デイサービスを見学に来た70歳台の男性。息子と2人暮らしだという。息子は40歳代で独身、リストラにあって休職中とのこと。兄たちは市内と県外にいるけどめったに来ない。「こんな年寄りと暮らしている末っ子の所に来る女の人はいませんよ。」
 こんな人たちを最近では「パラサイトシングル」と呼ぶ。働いている時も、手取額は両親の年金より少なかった。お兄さんたちは弟がいるから安心して家を出て行けただろう。残された者が貧乏くじを引かされただけなのか。

2008年11月5日水曜日

アンチョコ

 漁師の人からイカをもらった。 つかむと吸盤が手にくっつく。料理のレパートリーは少ないが、和食の魚料理は何とかできる。というのも、「お魚便利帳」というアンチョコをもらっている。「たこは、塩で揉んだ後、足を指ではさんでキシキシというまでこする」と感覚的にわかりやすい。

 男性高齢者が料理を始めると、レシピ通りに作ろうとする。今までしてきた仕事と同じ方法で完璧を目指して、科学の実験に近い、と女性の講師は説明したが、失敗したくないのが男の本音だ。アンチョコとは教科書の解説書のこと。「安直」が語源だというが、このアンチョコのおかげで、イカ刺しとゲソのバター焼きができた。

2008年11月4日火曜日

便利な世の中

テレビ電話って怖いよね。何がって・・・そりゃ画面に映った自分の顔が・・・。

確かに高齢でも使いこなせるような機種があればいいなあ。電気ポットのスイッチのON OFFで遠方の家族に安否を知らせるのも出てますよね。逆に単なるスイッチの入れ忘れがあった時は心配だけど。
家事全般までこなす介護ロボットまで試作されてますからね。市場化もそんなに遠い話でもないらしい。こんなに便利な世の中なのに、いや だからこそかなあ。親子・家族の絆ってどんどん希薄になってきているような・・(もしかしてウチだけ?)

どんなに優秀でも介護ロボットではメンタルケアはできない。
どんな時代であろうと、家族からの「元気?」と気遣う声が高齢者にとってなによりの特効薬です。
・・・と最もらしく言いつつ さて、たまには実家に電話してみようっと。

テレビ電話


 電話を受けて、なんか様子が違う。相手の声が別の所から聞こえて画面の下半分に自分の顔が映っている。スピーカーから声が聞こえて、テレビ電話だ! ワンセグTVとミュージックプレーヤーとして使っていたが、テレビ電話もできるとは。 遠く一人暮らしをしている親がこれを使えぱ゛、孫とも顔を見ながら話せる。高い旅費を使って帰らなくていいぞと、息子に電話した。
 TVコールね。3Gの携帯はどれでもできるよ、と当然のごとく言われた。でも、おばあちゃんに操作できるかな。と言われて思い出した。
 さっき画面の上に相手の顔が出るはずなのに、ほとんど真っ暗だった。あれは耳と頭しか映っていなかったんだ。
 もうちょっと簡単で、料金が安ければ老人介護に役に立つのに。

老化現象

昨日の晩ご飯をすぐに思い出せるか、と言うと 凄く怪しい・・自分で作ったのに あれ?何だっけ?と必ず思う今日この頃・・ヤバイ(*_*)
旦那に声がデカいと注意される。高齢者といつも話してるから ついついね・・・と謝ると、耳が悪いんじゃないの?と言われ、即行で耳鼻科に行く。聴力検査で「もんのすごく よく聞こえてますけど?」と呆れたように医師に言われた。私は地獄耳か(-_-)
娘の読んでる『POP Teen』とか言うファッション誌のモデルが全部同じ顔に見える。人の顔を識別する能力も衰えてきたか・・。近所のケーキ屋に行き、目についたプリン。『それいけプリン』だって!ネーミングがいいじゃん!なんか元気になれそうやん。「それいけプリンください」「・・それいゆプリンですね?」「・・・。」
『ソレイユ』ってカタカナで書けよ(-_-)眼鏡の度も進んだようだ・・。

2008年11月3日月曜日

ヘルパー失格


ケアマネの更新のための講習最終日。
 奥さんが階段が上れないから、ご主人が背負って上下している事例。奥さんが小柄でやせていると言っても大変だな。ご主人の体格は? あなたぐらい。… えっさっき小太りのご主人って言いませんでした。
 グループのメンバーの半分は看護師。朝ご飯にふりかけで、昼はインスタントラーメンにご飯。夕方うどん。この生活どう思います?。 絶対にやせます。栄養士の指導が必要です。って…昨日の私の食事ですけど。
 掃除機を掛けるけど、置いてある物を吸い取り口で押して動かす。浴室の掃除をしても、タイルは乾いたまま。布団を干したけど、二つに折りたたんで畳に置いてある。どう思う?  そんなヘルパー事業所は変えるべきよ。…昨日の私ですけど。
だから、私にホームヘルパーはできない。
部屋の空気を入れ換えるために網戸にしていたら、そのまま寝てしまって…。 それは認知症の始まりかも。 … 私のことです

2008年11月2日日曜日

身内は


一昨年夫が亡くなって1人暮らし。最近ヘルパーが訪問するようになったが、化粧品がなくなった、包丁なくなったと言い始めた。年金特別便が届いたら、何度も娘の所に電話で尋ねる。説明しても、理解できないらしい。親戚や子供が近くにいないので心細いのだと思うが、自分で忘れた物を、他人のせいにし始めると1人で暮らせなくなってしまう。(続く)
義母といえ、身内の場合は難しい。

こんくらいの楽しみ・・

なんの思いつきか、お国からお年玉があるそうですね。
「単純計算で4人家族の場合6万円」とか・・。大事な税金を単純計算するな、と言いたいわね。
そんな簡単なコトで景気が上がると思ってるんだから、いったい国会で何を話してんだ、と呆れる。しかも全世帯に所得関係なく・・だって。
見切り発車の介護保険や後期高齢者医療制度で少しは懲りてるかと思いきや、何の学習もしてないのね。開き直りのバラマキじゃん。

「はい、お年玉」
「わあ、ありがとう」
「それで参考書や新学期の問題集を買いなさい」
・・・・と言われた時のようにテンション下がるわ~。

写真は日本一のバウムクーヘンなんだって。
なんとウチの近所に行列ができてたから気になってはいたんだけど・・。
今日、フラッと寄ったらあったので買ったんですが、実は凄い代物らしい。http://item.rakuten.co.jp/lafamille/10000000/
今日は コレを食べながら篤姫を見ようっと。

2008年11月1日土曜日

読書の秋

天気の良い日は、洗濯して布団干している内に掃除機かけて、撮りためビデオを観ながらアイロンをかけたら図書館と書店に出掛けて行く。


「のぼうの城」は、石田三成が落とせなかった忍城の総大将成田長親の話。開城を迫る使者に、「武ある者が武なき者を足蹴にして、才ある者が才なき者の鼻面をいいように引き回す。これがひとの世か。ならばわしはいやじゃ。わしだけはいやじゃ」と言って、戦いを宣言する。

近年の政治や経済は、新自由主義という考え方で動いている。「自分のお金を、自分が自由に使う。チャンスを生かしてお金持ちや出世するのがいいことで、そうできない者は努力が足りない」と言う言い方で表現される。自己責任、自己負担などの形で介護保険にも導入されている。長親はそんな考え方はおかしいと言っている。

「この国は議員にいくら使うのか」は読んでいると段々腹が立ってくる本。もっとましな議員が出てこないかと。そんな期待から「のぼうの城」が読まれているのかもしれない。