「蛭子」は、エビスとヒルコのふた通りの読み方がある。さぬき市の神社はどちらの読み方かわからないが、鹿児島県国分市にある神社は「ひるこ」神社と読んで、言い伝えがある。
イザナミとイザナギが生んだ子供は3歳になっても、体がグニャグニャで歩けなかった。そこで、2人は、子供を蛭子命と名付け葦船に乗せて霧島の天降川に流した。やがて葦船は河口の国分市に流れ着いた。たどり着いた所が蛭子神社で蛭子命はおおきくなってスサノオと呼ばれた。
ヒルコは脳性麻痺の子供だったと言われている。障害児であるヒルコがなぜエビス(恵比寿=商売の神様)になったのかは色々な説がある。一つは、障害児が生まれた家は、子供が大きくなって両親が亡くなった後困らないように仕事に励んだのでお金持ちになった。障害児のことを「福子」と呼んだ所もある。もう一つは、神社の前では市が開かれることが多かった。その店の中に障害児たちが出る見せ物小屋もあって、物珍しさからお客がたくさん集まった。それでお客を呼ぶという意味で恵比寿と呼ばれた。農業や工業などの仕事ができない障害者がお金を儲けるための一つの職業だと説明する人もいる。
両親がお金持ちになれた子も見せ物小屋で生活できた子もごくわずかで、殆どの障害児は近所の人に見られないように家の奥で生活させられていた。数年前に訪問した家でも、薄暗い部屋で枕元におにぎりを置いて、尿と便でぶかぶかになった畳と布団で暮らしている老人を何人か見た。
蛭子神社のいわれを考えながら、南野洋子や松野明美の子供のドキュメンタリーを思い出した。
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