2009年12月20日日曜日

素直になれなくて

85歳の女性。5年前に夫を亡くして一人暮らし。薬をもらいに病院に行ったら、昨日便が出なくてと訴えて検査したら入院になった。どこも悪くないのにと県外に住む子供に電話がきた。ともかく調子悪いんだったら入院した方が安心だからと娘は答えて、近所の人に冷蔵庫の中を確かめてもらったらヘルパーさんに頼んで買ってきてもらった肉や豆腐が詰め込まれていた。腐っている物もある。数日前の電話では、自分でご飯を作って食べているから大丈夫と言ってたのに。孫からの電話には、正月は誰も帰って来ないのかなと言ったらしい。
認知症の始まりなのか、帰ってきて欲しいと言えないからなのか。遠くに住む子供たちは余計に心配すると嘆く。心配なら帰って顔を見せればいいのに。この親にしてこの子ありってところかな。

2009年12月14日月曜日

お講づとめ 2

今年も住職がやってきた。年末のお講づとめ。元は県庁のエリート職員だった彼が来るのも今年で三回め。少し痩せたように見えたが だんだん「らしく」なってきた。
「この仕事はねぇ、休みがないんですよ」「時間があってない仕事でしょ、来いと言われりゃ何時でも行かなきゃいけないし」「就業時間が決まってないっすからねぇ..」などと お経をあげる前に ひとしきり愚痴を言う。「でも貫禄が出てきましたよ」と言うと「いやいや、まだまだですよ。自分がお経あげてて途中で何言うてんだか分からなくなったりしますから」 正直者だ(+_+)
いい声でお経をあげたあと お茶を飲みながら「しかし寒いですね〜。ユニクロのヒートテックが離せませんよ」と得意げだ。「去年いらした時はパッチは履かない主義だとおっしゃってたけど?」と言うと「だって寒いもん。そんなこだわりは捨てました」とキッパリ。潔いではないか(>_<)
「今の悩みは原付を買おうかどうしようかと思って。街中に行くと駐車場に困るから..でも原付、寒いだろうなぁ、うーん(゜-゜)どうしようかなぁ」
とっても俗世間的な住職だ。
去年は住職を継いだばかりで自分が継いだこと自体を迷って見えたけど 今年は移動を原付にすべきか否かで迷う..とステップアップしている。ちょっと乗り越えたのかなぁo(^-^)o
お釈迦さまに叱られそうだけど、住職さんにも良いクリスマスが来ますように( ^^)Y☆Y(^^ )

2009年12月11日金曜日

現実逃避

落ち込むときは現実逃避に限ると、映画を見に行った。
アニメをお金を出して映画館で見るのは、私にとって珍しいが、この映画はおもしろい。質感が高くて考えさせることが多い。大人が見た方がいい。子供には3Dで楽しめばよい。
気球は風に乗って動くので帆が役立つことはない、風船で家が浮くかなど物理的におかしいことは多いが、そこはアニメだから細かいことを言うと嫌われる。
老後に必要な物と、今まで考えてきた物が

☆精神面では、友達とたくさんの楽しい思い出

☆お金の面では、家賃を払わないでいいように自宅があること

☆生活するためには、親しい電気屋とすぐに駆けつけてくれる大工さん

この五つさえあれば何とか暮らせる。今まで会ってきた老人たちはこのような「財産」を持っている人が多かったと思う。

2009年12月8日火曜日

空笑

医師の意見書は読みにくい字で書かれていることが多い。人の事が言えないほど自分の字も汚いが、程度が違う。だからカルテはドイツ語で書くのらしい。
躁かな?と見えた人に空笑いが多いと書いてあった。義父は病院の食事が足りずに、病院から抜け出てスーパーでお菓子を買ったら、徘徊ありと書かれた。
医学用語は冷酷だ。

2009年12月7日月曜日

誂え

祖母や母親が認知症になったのだけど、どこか良い施設はないか?と尋ねられることがある。大概の場合、グループホームか特別養護老人ホーム、有料老人ホームという施設を探していることが多い。すでに施設サービスを選択して、その中で料金や待遇で順位を付けてより良い物を選ぶという話になっている。このような場合のニーズをサービスニーズと呼ぶ。自宅でない介護の場というサービスを選んでしまっているので、相談のしようがない。いい施設は待機者が多いから、空きがある所に入所するしかない。
その人にとってどのような生活が良いのかそこから出発すれば、ふさわしいサービスを提供してくれる施設や在宅サービスの事業所を組み合わせることができる。
既製品の服を買うか誂えてもらうかの違いがある。もっとも、ケアマネは、補正の指示ぐらいしかできないのだけど。

もっとも、どのサイズにも当てはまらなくて仕方なく誂える場合もある、と皮肉られている身にとっては耳が痛い。

2009年12月6日日曜日

師走

前の車が停車したら、歩道を走って抜いて行ったスクーターがあった。次の信号で追いつくと、白い足袋が見えた。お坊さんが運転していた。師走だから坊さんが忙しいから仕方ないのか。うちの実家の法事には、サングラスを掛けてシュワルツネッガーみたいな坊さんがランクルで来る。

「ガンの痛みは医者にとっては症状の一つだけど、患者にとっては重大な問題。」緩和ケアの参加者の言葉。

2009年12月5日土曜日

「ほら、見てやって下さい。先日、美容院に連れて行ってやってね、カットしたんですよ。ほらね。」その言葉に応えるようにアルツハイマーの妻は髪に手をやった。
「あら、ほんと。よくお似合いですよ。5歳は若返りましたね。」
初めてお逢いしたのは今年の3月中旬だった。住み慣れた街から息子夫婦宅に身を寄せることになったばかりの頃の彼女は、見知らぬ土地で介護に疲れた夫の声に怯えているように見えた。何も伝わらない、何度言っても分からない...夫は悔しそうに呟いていた。
あれから8か月弱、夫は同じ台詞を言う。「妻には何を言っても伝わらないし、何度言っても分からないんでね」でも何かを乗り越えた表情で...。
奥様には ご主人の愛情がちゃんと伝わっていますよ、そんじょそこらの夫婦より ずっと気持ちが繋がってるじゃん。手を繋いでマンションのエレベーターに乗り込む二人を見て そう思った。

2009年12月2日水曜日

ウィッシュ

指先のない手袋なんて意味無いじゃん、と息子に言ってみたが流行遅れだと笑われた。
ふん。昔は手っ甲というのもあったんだぞ。あたしゃ生きていなかったけどね、当たり前か。

2009年12月1日火曜日

化粧

家に帰ってからも匂いを感じ続けている。今日面接した若い女性が付けていたお香に似た香水の匂いが何かの時に感じてしまう。
以前調査に訪問した女性が念入りにお化粧して出て来て違和感を感じた。次に会った時も真っ白といって良いほどお化粧が濃い。娘に電話して色々尋ねたついでに、お母さんはお顔に痣がありますかと尋ねると、実は痣を見られたくないために明るい時は外出しないと話してくれた。
ある女性宅では、息をするのが苦しいぐらいに香水の匂いが強かった。数回訪ねる中で、料理をしない理由を匂いを感じられないから、焦げても分からない。ガスが漏れていても分からないから火を使えないのだと言う。

隠すためにお化粧が使われているのだと考えた。

今日会った女性は脳性麻痺で、外出の機会が少なくて自宅の掃除も余りできないと話していた。きっと自分が嫌な匂いがしていると思っていたのかな。きっと、彼女なりのおしゃれだったのだろうな。

2009年11月29日日曜日

銀杏

Kさん宅隣の祠にある銀杏の樹。樹齢何百年にもなるという。
ぎんなん、落ちてないのかなぁ?
今年のは もうないねぇ。毎年たくさんできるけど、みんなが拾うからすぐに無くなっちゃうよ。
そうかぁ。来年まで待つしかないのね。
じゃあ来年は、ぎんなんが落ちたら私が拾っておいてあげようかねぇ..拾ってあげれたらいいけどねぇ...。
そうよ、来年の今頃はきっと今よりもっと元気になってるから一緒に拾えるよ。
そうかね。じゃあ頑張って元気でおらんといかんねぇ(笑)
....と言う約束をした。Kさん、長期目標できたねp(^^)q

2009年11月24日火曜日

会話が成立しない

以前訪問した記録に書かれていた。
訪問するといきなり英語で話し出す。認知症があって置き忘ればっかりするのに、幼稚園児に英語を教えているとお嫁さんが話してくれた。
私の名前はユタと言います。ユタ州で生まれたからですと、英語で自己紹介していたのだった。
これは会話を成立させるのは難しい!

2009年11月19日木曜日

フラミンゴ?


鹿児島にオープンしたホームセンターにフラミンゴが売ってあると。鷹もいるとは、小さな動物園だな。

施設を変えようとして、「自分の親なら、入所させますか」とアンケートをとったそうだ。実際、自分が働いている施設に自分の親を入れるのは難しい。家族関係をオープンにするし、職員に迷惑を掛けていると感じてしまう。しかし、食堂ならまずくて自分は食べたくない物を代価とは無いだろうし、まずお客が来なくなる。施設は少ないから入所者がいなくなってつぶれることはない。それに甘えて介護の質が悪くても東讃はしないと甘く考えているのではないか、という問いかけをしたわれだ。さすがに、みんな考え出した。しかし、職員の中で真剣に考えていない人がいた。聞くと、親との人間関係がうまく行っていないらしい。どんな処遇を受けようが関係ないだろう。では、あなたの子供だったらと問いかけを変えてみたと教え子からの電話があった。
施設に介護の質に関心を示さないのは、入所する人たちに無関心だったからなんだな。国や市町村の担当者や施設の経営者や職員なども。

2009年11月18日水曜日

抱負・・・?

秋晴れの気持ちいい昼下がり、県から電話が入った。「先日の集団実施指導、欠席されたんですねぇ」あ...そうそう、先週末にそういえば(-.-;) 「なんかご都合が悪かったんですか?」 「あ〜すみません、忙しかったもので...」 「通知、見て頂いてますよね?」 なんだよ、ネチネチと...忙しかったゆーとるやん(-_-) 「通知に書いてあったでしょう?集団実施指導にご出席頂けなかった場合、個別の実施指導をしますって..」 ...ぬぁんですと(@_@)? 「いつ行きましょうか?月末でも?」 急いで どっかにしまい込んである通知文を探す...あ...ホントだ...なんか書いてある(-_-) 「こちらの不備ですから私から県の方へ出向きます」と言ってみた。「それでは実施指導になりません」とソッコーで却下(+_+) そりゃそうだわな。別に来られてどうってワケではないが、来て貰って嬉しいモンでもない。「×月分の記録簿とレセプト用意しておいて下さいね」「はい...」「あと県のほうへご意見とか要望とかあればまとめておいて頂ければ..」
....と言うワケで師走初旬の忙しい中、県の方々がお出ましだ。派手なクリスマスの飾りつけは 片付けておかねば...

県にご意見ご要望ね...(-.-;)通知文の中に紛れた『欠席の場合、個別の実施指導を行います』の一文、せめて太字にするとか、アンダーライン引くとかして欲しかった...って言おうかしら...(>_<)
おかげで早々に来年の抱負ができた。「集団実施指導には必ず出席する」

2009年11月9日月曜日

介護の仕事は難しい

介護職員が足りないのは、もちろん処遇の低さや身体的負担の大きさがある。しかしもっと克服できない問題は、介護の方法が決まっていないと言う点にあると思う。個別性やその人らしさなどというけど、簡単に言えば解雇という仕事はパターン化されない。これでなければならないということも、これが一番良いという方法もない。それで、管理者や先輩が思いこみの方法を教えるが、必ず良い結果がでるわけでない。教科書や講習で学んだことも、みんなに当てはめることはできないから、モデル的な方法が作られない。

新しい職員は、いろんな方法を教えられるか、教えるほどの余裕や知識が無いから自分で経験を積むしかないと言われて放置される。そして失敗したら、叱られる。そんな職場は近代的ではない。受け容れがたい理不尽さを感じながら仕事を進めなければならない。そんな職場になじめる労働者の法が少ないと思う。

2009年11月8日日曜日

忘れたらいいのに

認知症のある女性。近くに息子が住んでいるが、余り関わりを持たず一人暮らしをしている。今から行きますから玄関を空けていて下さいねと電話を掛けていても、10分後には忘れている。
こっちの顔も覚えられていないから、毎回何の用事で来なさったと不審者扱いをされる。「この辺に田中さんって家がないですか」と尋ねると喜んで家に上げて、お茶を出してくれるが、台所に行ったところで何しに言ったのか忘れたのか、カビの生えたお菓子を持ってきてしきりと勧める。聞くと、役場に勤めていて女性として初めて課長になったと言う。だから町内の人の名前はみんな覚えていた。
デイサービスセンターから、欠席が多いと聞いていたので何で休むのか尋ねても、私はそんな所には行っていないと素っ気ない。

女性の管理職と言えば、頭が良くてブライドが高いから知り合いに会うのが嫌なのかと思っていたら、意外なことを話し始めた。昔、国民年金が始まったときに年金の係をしていた。強制加入じゃなかったから、加入を勧めないといけないんだけど、この辺は農家が多いでしょう。現金収入が少ないし、もらえる年金は1万円ぐらいだという話だから加入する人が少なくてね、結局、いま年金をもらえない人が多くいる。もらっても3万円ぐらいなのに、自分は20万円以上年金をもらっているのが、みんなに申し訳ない。何であのときに強く勧めなかったんだろうなと後悔している。

そんな事こそ忘れたらいいのにね。

2009年11月1日日曜日

よみがえる記憶

この時期になると12時前に眠れなくなって、洗濯や掃除しかすることが無くて困ってしまう。去年3回目の受験で国家試験に通ってしまったでしょう。3年も年末に勉強する癖がついてしまっているから、この時期は早く寝ると悪いことをしているようで。
そんな話を聞いたためか、以前の仕事の事を思い出して旨が痛くなった。今多ったらもっといい仕事をしてあげたのに、恥知らずなことをしてしまったと目が冴えてきた。赤点をとって顔の血の気が引く夢よりも、相手がある分だけ胸が痛む。困ったものだ。老後も思い出すことがあるのかなと心配になる。

2009年10月12日月曜日

介護の仕事

この本は、介護するひとがストレスを感じていると心理的な影響で認知症になっちゃうよというもの。ケアマネや介護者が読んだらいいと思う。

のりぴーが介護の勉強をしたいと裁判で言って、反発の意見が多い。単に印象を良くしようとして介護の言葉を使っただけ。更生のための介護というなら、介護は罰則なのか。介護はそんな簡単なものでない。そのほか色々あるだろうと思う。でも、ちょっと考え直して、のりぴーが職員でいるデイなら生きたいと思う人もいるのでは。のりぴーが、私と一緒に過ごしませんかと呼びかけたら、職員がたくさん来るのではないかと楽観的に考えてしまう。そんな安直な考えで来た職員は信用ならない、と言いきれるほど、私は考えて福祉の世界に入ったわけではないから…。

2009年9月27日日曜日

資格

 どうしてあんな人が社会福祉法人の理事長や施設長をしているんだろうと、介護職員たちとの雑談の中から出てきた。相談員やケアマネージャー、看護師は資格が必要゛あるが、理事長や施設長は講習を受けるだけで、特に資格は必要とされない。理事長や施設長は職員や利用者が選ぶわけではないから、何であんな人がと言われるような人でもなれる。お金や土地があって、経営の才覚があれば誰でもなれる。

 介護保険になって、どんな法人でも条件を満たせば介護事業ができるようになったから、おかしな経営者は増えるばかりだ。自分の思いこみや思い入れを職員に強制する。新しいビジネスと割り切って、法律を犯さない限りお金を儲けようとする経営者。
 資格があったら良い仕事ができるわけではないが、若い職員のやる気をくじくような経営者は、管理者にはふさわしくないように思える。

2009年9月23日水曜日

逃避

連休というのに、仕事は休みというのに、全国のNPO法人に対して5月調査をした結果をまとめる仕事が届いた。インターネットで、福岡や秋田とデータをやりとりしてまとめていくのだが、ずっとパソコンを見続けていると外の天気が分からなくなる。見当識障害になりそうと、外へ逃げ出す。

滑走路の周りを走って飛行機ウォッチにいい場所を見つけたのに、飛行機が来ない。3時台の到着便も出発便もない。これでJALが撤退したらどうなるんだ。グライダーの訓練基地にならないかなと思いながら、1時間ぼんやりしていた。

2009年9月20日日曜日

仕事柄

「美人時計」というサイト。居間の掛け時計は遅刻しないために進めているので、スクリーンセイバー代わりの時計、と言い訳しないと誤解されかねないと考える自分が哀しい。職業や年齢を推理しながら見ていると、仕事が態度に出ている人が意外に少ない。つまり当てられないというか、女性は化けるのがうまいというか…また墓穴を掘り進めそうだ。


 私の奥さんが、友人の見舞いのために帰省している。友人の夫も高校時代の同級生で、家族同士のつきあいをしている。友人に昨年ガンが見つかった。最近、電話で腹水が溜まってきたと言ってきたのでまだ元気なうちに会いに行くように勧めたが、私は行かないことにした。末期ガン治療の上手な病院もあるし患者の会もある。介護と医療をうまく使えば自宅に帰れるだろうと思う。会うと、きっとそのような話をしてしまう。うろたえているご主人や子供たちの気持ちがもどかしくなる。いつかは治ると辛い免疫療法にすがっている彼女たちに、そんな時期じゃないよと、言わなくても態度に出てしまうのが怖い。 医師は、来月までの命と家族に告げたそうだ。どうして本人には告知しないのだろうと、また思ってしまう。残された時間が短いのなら、今ならできることがまだ多くあるのに。

他人だから支えられることがある。それを仕事にしているから、身内や友人に対してもそのような態度が漏れだしてしまうと、自分が他人として離れてしまっているように感じる。仕事と自分の事とうまく使い分けるといいのだろうが、難しいな。

2009年9月10日木曜日

お富さん

一昨年の5月、実父に続いて叔父、従兄弟、利用者に続いて亡くなったのがZARDの坂井泉。今年になっても新しいCDが発売されるのはうれしい。もともとマスコミにでたりコンサートを開くことのないアーティストだったから、亡くなった気がしない。

一方、仕事上で、生存している人と亡くなった人を勘違いして処理してしまい、訂正に大わらわ。こんな事は聞いたことはないなどと言われても、2人で聞いた上での手続きだから…といってもあってはならないミスには違いない。記憶も記録も消し去りたい。まあ、本人が元気で生活していることを喜ぶことにしよう。

2009年9月6日日曜日

プロの技

金曜日の夜 落語家桂こけ枝の落語。土曜日の夜 湯浅誠氏の講演を聴いてきた。無料か資料代だけで話が聞けるのはありがたい。地方に住むと交通費を払って都会まで行かないと聞くことができない。
桂こけ枝師匠の落語は、さすがプロの技という話芸。演題の「持参金」はいろんな人が語っているが、毎回おもしろい。持参金が付いているからといっても他人の子供を身ごもった臨月の女性を嫁として迎える。お腹に子供がいることをキズではないという主人公のおおらかさに、子供がいない家庭は負担が増えると子供手当への反対意見を煽るマスコミとの違いを感じる。
湯浅氏は理路整然として、活動家とは思えない話し方。大学紛争の時みたいにヘルメットとタオルで換えを隠してハンドマイクで叫ぶ姿にほど遠い。派遣切りにあった人のために厚生省の講堂を開けさせたのは、この話し方にあったのかと思う。最後10分で、貧困の解消のためには新たな負担が求められるのでは、という男性の質問に、それは財源をどのように使うか、優先順位の付け方の問題だ。食べていけているからいいと貧困への対策を取らず、公共工事に財源を使って良いのかという問が今度の選挙結果ではなかったのかと答えた。
2人の話は全く違うが、聴き終わった後自分が成長したように感じさせるプロの技を持っている。

2009年9月2日水曜日

3人

8月の末になって3人亡くなった。一人は、現在担当していた人。アルコール依存症で長年入院していて、そのことを知らなければ大人し過ぎる人と見えた。家族が連絡して献体の手続きが取られた。

二人目は、大学の部活の顧問だった教授。今年の初めまではメールで現役の学生に指示していた。連絡があっても、遠すぎて葬儀にも参列できないことが悔しい。

三人目は、以前担当していた女性。病気のため体が動かなって話すことができなくなる。夫は、傍目には乱暴と見えるような介助をしていた。なにより、彼女のいるところでヘルパーにセクハラする。しかし、お通夜の席では、声をあげて泣きながら思い出を語る姿を見た。妻の介護が生きる張りだったのだろうが、姉が話せたら色々言いたい身とがあったでしょうに、と妹さんが受付をしながら話してくれた。

2009年8月30日日曜日

黄色い自転車

小豆島が舞台となったというだけで観に行った映画。

若い母親が、認知症(?)になったために、施設に入るが息子にはパリに留学しているとごまかす。おかしいと思った息子が、母親に会いに行く、という筋。
映画館はおばさんと子供が殆どで、遠慮無く涙を拭いている。若年層の認知症ではこんな問題も起きるなと思わされる。

2009年8月28日金曜日

コミュニケーションのための


話せない、書けない人のための道具になるようなプログラム。
ボタンの文字は自由にかけられて、しゃべらすこともできる。
というプログラムを、作ってもらいました。

2009年8月25日火曜日

昔のこと

交通事故と脳出血で車椅子でないと移動できなくなっている男性。それでも、一人で公営住宅で生活している。電話では、デイのことや近所からおすそ分けをもらったことなどを元気に報告してくる。体が不自由でも、一人で明るく暮らしているという印象を持っていた。ケース記録を改めて見ると、前科○犯、アルコール漬けの毎日だったことが載っている。家族は崩壊し、親戚からは絶縁状態。その原因は男性自身にあることは明らかだ。
福祉はその人らしい人生が送れるように支援するというが、この男性らしい人生とはどのよう生活なのだろうか。どのような罪を犯したのかはっきりしないが、その被害者や相手の人たちや、縁を切った家族や親戚は、男性の今の生活を応援するのだろうか。
残された人生は、誰にとっても楽しいものになって欲しいと思うが、ケース記録を読んだ後に単純にそう思えなくなっていることに気づかされる。

2009年8月18日火曜日

身近なところの有名人

過去の栄光

彼は緑内障を患い 5年前に全く視力を失った。昔は都会の高級クラブでプロとして歌い、ピアノを弾き、華やかな世界で生きてきたと言う。俳優も経験したし、ファンクラブもあり、妻はファッションモデル...彼は昔話が好きだ。今もピアノを弾きながらシャンソンを歌っている。老人ホームを慰問し、ちょっとした地元の特集番組も作られたことがあるそうだ。とかく高齢者にありがちな『過去の栄光』だろう、と正直   彼の話しを、その話し 前にも聞いたけど...(-_-) みたいな気持ちで聞いていた。業界人としてはサイテー......。
今日たまたま某番組で 武田鉄矢さんが言った「今の自分を励ましてくれるのは 唯一 過去の自分」と言う言葉を聞き、ハッ(*_*) と思った。高齢者が言う昔の自慢話は今の自分を励ますことなんだと...。
私が彼らの年齢になった時『自慢できる過去の自分』なんてないじゃん...(´Д`)
そう考えたら明日から少しは真面目に仕事しよう、と猛省した。(一瞬だけかもしれないが...)そして、そう思えば高齢者の昔の自慢話も 今までよりずっと心地よく聞けるかな、と思ったりした。

・・・・ まがりなりにも相談援助の仕事を持つ身でありながら、今頃そんなことに気づくなんて・・・(泣)

2009年8月17日月曜日

スゴイ

いわゆる「読み、書き、そろばん」の「読み」以外に真面目に取り組んだ覚えがない。「そろばん」はボタンを押せば計算できる器械ができると言って、そろばんを持っていたのかも覚えていない。大学では、計算尺と手回し式の計算機で検査結果の集計をさせられた。カシオの卓上電気計算機は1桁が1万円だったから、一日500円で生活していた学生には手が出なかった。今でもそろばんは全く使えない。

「書き」は、二科会にも作品を出す先生が書道を教えてくれたけど、硯が濡れたことはなかった。印鑑を彫ったことで単位をもらった。その時も、外国ではタイプライターがあるから、手書きする必要は無いと言っていた。就職してからは和文タイプで起案文書も書いていた。

今となったら、そろばんも書道もできる方がよいと思うから、子供には真面目に授業を受けろと教えてきた。

認知症はそのうち治る薬ができる、と聞いてきたから多少の物忘れがあっても自分は認知症にならないと言ってきた。この本を読むと、アルツハイマーは近い将来治る。あとは脳血管障害を防げばよい。そのことを娘に話すと、今までも認知症のようなものだから、薬ができるまでに記憶が無くなるんじゃないと言う。息子は、飛行機やバイクなどの無駄な情報だけ残って他のことはメモリから消えるんでゃないとのたまう。

長年つきあってきた家族は冷静に判断するものだと感心する。

2009年8月9日日曜日

メモリが足りない


花火を写している途中で携帯のメモリが足りなくなった。受信メールは自動的に削除されていくから、音楽と写真で一杯になったのだろうと、写真を諦めて花火を楽しむことにした。
脳の記憶容量はどのくらいなのだろうか。今日の花火大会を動画にして残してたら膨大なデータ量になる。以前の利用者さんの家族との会話、着付けの崩れた浴衣姿の女性、冗談がうまかった浴衣の外人さん…。今後使うことのないような記憶が多すぎる。学生時代にいた町に帰ると、無意識でハンドルを切って運転している。訪れなければ使うことのない地理の情報なんか重要性が低い。だけど、そこで過ごした日々の記憶までは消したくないから、その日々の背景としての記憶なのだろうか。

認知症のひとが新しい施設に行きたがらないのは、今まで住んでいた生活の記憶を無くしたくないからではないかと思う。新しい生活になじめないからだと説明されてきたが、今までの生活が消えていくのは怖いだろうと思う。
今までの経験では、認知症のひとで新しい施設に入所してなじまない人はいない。2週間か2ヶ月か分からないがみんな以前からそこで生活していたかのようになじんだ生活をする。入所前と比較すると急激に認知症が進んだように見える人もいるが、施設の職員はこの人は入所した時から困難でしたよと気にかけない。
馴染まないままで生活を続けることは辛い。人は誰も自分を辛い状態で長くおくことができないから、何とかして適応して辛さを感じないようにする。それが、怒りっぽいという別の人間になって他人との関係を絶つことかもしれないし、以前の生活を思い出さないことかもしれない。私たちは、本人と家族に対して、自宅のことはいつか忘れてここに馴染みますよ、と言うこしかできない。
ピントがボケて、すぐに消えてしまう花火。認知症の人の記憶のようで寂しい。

2009年8月4日火曜日

おとうさんは辛いよ

朝日新聞で紹介されていたコミック。
車の中から男性と犬の亡骸が発見されるところから始まる。男性にとっては、途中で読むのが切なくなる。不器用な生き方しかできない男性がどうして車の中で死ななければならなかったのか、自分の生き方と照らし合わすと人事とは感じられなくなる。
今担当している男性も特に責められるような事はなかったと思うが、別れた妻と子供は合いたくないからそう伝えてくれと言う。そのことを伝えると、うなだれたまま、そうですかとだけ言って黙りこくってしまう。

2009年8月1日土曜日

雨のなかの花火

ある施設では、自宅で生活している認知症の高齢者の徘徊を24時間サポートしますと言う。高齢者にGPS機能の端末を持たせ、自宅を出たら家族は施設に電話する。職員は2人で車と徒歩に別れて後をついていくという。

以前、大分の老人ホームがオムツの随時交換をすると言い出して、全国の注目を集めたことがある。オムツを付けるのは仕方ない。おむつ交換は決まった時間に、全員のオムツを交換するということがその時の日本では常識だったから、随時交換は画期的にことと受け止められた。しかし、それからオムツ外し、寝かせきり廃止と介護の常識が変わってきた。

徘徊するひとを後ろからついて行くことが介護なのか。見守り? 見張りでは無いのだろうか。なにより、徘徊していることの気持ちはどんなだろう。どこへ行ったらよいか分からない、家に帰りたいのに帰り方が分からないなど、楽しくて徘徊しているのではないだろうと思う。公園で遊んでいる子供がケガしないように見守るのとは明らかに違うと思う。
介護のプロだったら、徘徊を無くすようにしてみろ。少なくとも、徘徊している人が、自宅へ帰ってくつろげるような援助を考えててみろ、というのが世の流れではないだろうか。

2009年7月26日日曜日

席取り

天気のせいなのか、難しい本を読んでいると意識が飛んでしまう。それだけなら良いのだが、椅子からずり落ちそうになったり、首が後ろに倒れてむち打ち症になってしまう。私にとっては、新幹線の座席が読書には一番よい。700系の座席もいいが0系の方が幅が広くて、特急に乗っているぞと言う気分にさせてくれる。譲ってくれないかな、JRさん。
頭の良い人が書いた文章は、スポーツドリンクやビールのように吸収がいい。上野千鶴子や大沢真理の文章は、頭が良くなった気にさせてくれるが、実際は、ざると同じで、こぼれるのも早い。まあ、著者の責任ではないけど。
湯浅氏の文章もわかりやすい。この本は、ルビが振ってあるので麻○太郎氏でも読み間違いがない。席取りゲームで運悪く座れなかった人が貧困になる。能力のある人でも、必ず席に座れるとは限らない。席を増やせばみんな座れるのだという主張は説得力がある。

2009年7月25日土曜日

良心的?


ホームレスの人を、生活保護が受けられるように手続きをして、宿も提供する。無料・低額宿泊所という施設を取り扱うテレビや新聞記事が続いた。施設の責任者が本人に代わって口座を作り、約12万円の生活保護が支給される日に100冊以上の通帳を抱えて銀行で引き下ろす。本人には、1~2万円を渡し、米だけ支給されるというのが最初の番組だった。本人に無断で口座を作り、法外な家賃と利用料を搾取する。本人は、狭い部屋に住み、旅費も出ない。仕事を探すことさえできない。
次の番組は、東尋坊で自殺を予防する活動をしている人を取り上げていた。無料・低額宿泊所から逃げてきたという人が、利用料として8万円を搾取されていたと言うのに対し、その人は、そこはかなり良心的な施設だ。底に我慢できなかったあなたがダメだと言い、番組もそのように流れていく。
新聞の記事は、このように施設を生活保護ビジネスだと批判している。1300円の弁当が毎日1食渡される。弁護士は互いの契約なので仕方ないという。
 生活保護の水準が低すぎるから、生活費として8万円を引かれるのは仕方ないと見られることであるが、本当の問題は、施設の利用者には他の選択肢があると、説明されないで施設と契約していたことだと思う。もっと広い部屋がある施設もある。自炊ができない時は、弁当を取ることができる。※は自分で会に行ける。など、選択肢が示されないで契約させられていたことである。ケースワーカーは、民間の借家などで生活できる能力がある時は、施設から退所して、引っ越しの費用や敷金も生活保護から支給できると説明しなかったことも、行政の責任だと思う。
自分の人生を丸ごと任せることはしないと思うが、選挙では「郵政問題」だけを言わなかった政権に、年金や派遣労働や、道路や、地デシなど意見を言うことはできないうちに決められた。あの施設に入っていた人を、誰が責めることができるのか。知らないことは、それだけでダメなのだと言われているように思った。

2009年7月19日日曜日

お仕事

41歳の男性の話を聞いた。6月中旬からデイサービスで働き始めたのだと言う。今まで、介護の仕事をしようなんて思ったこともなかったが、この世界に入って、こんな条件で働く人がいるものだろうかと考えているという。週40時間で約12万円。社会保険は無いし、正職員になると社会保険料が引かれるのでさらに安くなる。資格を持っていても給料は大して変わらないし、介護がうまいとは思えない。…と続く。きっと同僚や先輩たちの愚痴を聞かされているのだろうなと思う。オムツを交換して、お風呂に入れて食事を食べさせてという利用者の生活とその介護だけを見ていると、きつい綿糸か見えないだろうなと思う。
利用者一人ずつのことを尋ねると、認知症の人で、右半身麻痺で、暴力行為があってと説明する。ではどんな認知症状があるのと尋ねると、そこまでは分からないと答える。半身麻痺以外の症状は、問題行動を起こす時の状態は、誰が問題だと見るのかなどと尋ねると、職員からは説明を受けていないという。

配達の仕事をする人は地理を知っているし、事故を起こすような車の運転はしない。介護の仕事をするのであったら、利用者の抱えている病気や心理状態を知るのは当たり前ではないか、と言ってしまった。来月また合うけどそれまで仕事を続けているか心配になる。

2009年7月14日火曜日

祈る思いで


「脳死は人の死」を前提に臓器移植法が改正された。
さまざまな論議はあると思うが、私を含め 脳死に関わることなく生活を送っている人にはあまり ピンと来ないだろう。
そもそも 臓器提供を本人が予め拒否をしておけば良いし、拒否の意思表示がなくても、その場になった時 家族に拒否権があるのだから、 ドナーを待っている患者のためにも早急に可決されるべきだ、と簡単に思っていた。
しかし長期脳死の家族を持つ人にとっては まだ心臓が動いている家族の命を否定されたようだ、と言う思いがあることを知り、自分の浅い考えを恥じた。
祈る思いでドナーを待つ人、祈る思いで脳死の家族の奇跡を待つ人・・。私の担当の利用者も脳死状態の方がいる。家族はどんな思いなのか。思い巡らせてはみるが 想像がつかない。
制度公布から施行まで一年。その間にドナーを待つ患者の焦り・・。それも想像がつかない。

2009年7月10日金曜日

2009年7月5日日曜日

養老院か刑務所か

80近い男性。紙おむつのままベッドに座って話し出した。あんた知っとるか。ここは養老院や。職員に言うと、そんな昔のことは知らん、老人ホームやと答えよる。老人ホームって言うけど刑務所と同じやぞ。風呂にも入れてくれて、トイレにも連れて行ってくれる。風呂にも入れてくれる。ワシが言うことを聞いてはくれるが、聞くだけや。だけん刑務所とおんなじや。死んでしまえば一緒や。

たしかに、私はここの職員より歳がいってる。しかしね、だからこそ今あんたがいるこの部屋。海が見える2階で個室。ベランダがあって、6畳はあるような部屋ではなかったよ、養老院は。平屋の長屋で共同の顔洗い場と便所。6畳に4人や4人で暮らしていた。天と地の差がある。

でも、建築の分類では、刑務所と老人ホームは同じ分類に入る。自由に外出ができず、日課が決められている。そこは、正しい。

一緒に集まって歌やゲームは嫌いだという男性と話していて、あなたは施設に入所できただけ幸運なんだ。だけど、不便でもいいから、好きなことをして暮らすのが一番という意見には同感すると言いたいが、職務上言えない。
でも、公園で野宿してた頃より良かったろう、というと、そりゃぁなと笑って答えた。

2009年6月28日日曜日

どうしたら

認知症の女性。グループホームに入所していたが、肺炎の疑いがあり入院、胃瘻増設になった。グループホームは、医療的処置が必要な人は介護できないと、退所を迫り、住民票も移された。子供たちは、要介護のために遠い県に住む孫がお金や、手続きなどの責任を負うことになった。ところが、病院の支払いなどのために本人の通帳からお金をおろそうとしても、孫ではダメとと言われた。それではカードを作ってと思っても、本人を連れて来ないとダメだと言う。今後こんなケースは増えるだろうけど、社会の仕組みは面倒になるばかりだ。
後見人制度にしても、誰が申し込むのだろう。
認知症の人を銀行に連れて行っても、本人だとどうして証明して、委任状をどう書いたらいいのか。

グループホームや病院の職員ならお金を下ろして、孫はダメというのは身内間のトラブルを怖れての対応なのだろうが、変だ。
本人が死ぬまで、通帳には年金が貯まるだけになる。

2009年6月24日水曜日

犬を干した人

オリバー・サックスという神経学者がいる。「レナードの朝」の原作を書いた人。サックスの本に「妻を帽子と間違えた男」がある。認知障害の男が、妻を帽子のようにかぶろうとしたという例を書いている。

認知症の女性は、犬を物干しにぶら下げていた。犬に藁を食べさせようとしていたこともある。本人と話すと、シャツは日に当てないといけない。山羊は藁を食べさせないと乳がでないと、なんでそんなことを聞くのかという顔をして、息子は農業をしたことがないからわからないのだと言う。
彼女には、真っ白な犬が、白いシャツに見えたり、白い山羊に見えるのだ。息子は、水槽にみそ汁を入れるから金魚が何度も死んだと言う。彼女には、金魚が猫と同じに見えるのだ。昔は余ったご飯にみそ汁をかけて食べさせていたから。息子には、とても受け容れられない説明だったようだが、だからこそ認知症なのだと思った。

2009年6月21日日曜日

右左

認知症の人の徘徊は、左廻りが多い。
調子が悪い時は右肩が下がる人がいる。
右片麻痺の女性は、失語症にならない人が男性より多い。
右翼の街宣車が人目のある所に駐車しているのは、落書きされないため。

観察力は必要だけど、昨日の演習は、自分が相談員となってとりとめのない相談を受けて、それを録画してみんなで検討するというもの。自分の顔を映し出されるのも嫌だし、自分の声を聞くのも嫌なのに。それよりも、あっ口に手を持って行ったのは何かごまかそうとしている。視線が外れた。右上を見るのは嘘をついている証拠だ。指を動かし始めたのは、相談内容にうんざりして早く終わらせたいとしているな……他の受講生よりひどい態度だ。非常に疲れた。帰りの電車に、目の保養になるような女性は乗って来なかった。
もっと良いものを観察したかった。

2009年6月18日木曜日

2009年6月15日月曜日

福祉のプロ

今朝も、おじさんが大声でワーカーを叱っている。
「ワシはな、20年も保護をもらって暮らしている。4月から来たようなお前なんかよりずっと詳しいんだから、ワシの言うとおりに出してくれればいいんじゃ」
むかし、リウマチの女性が、私はこの病気と40年もつきあってきた。だからどうして介助したらいいのか私が一番知ってますと言った。

2人とも福祉(を受ける方)のプロだと思うけど、おじさんの言うとおりにしてたらお金がいくらあっても足りないんだけどな

2009年6月11日木曜日

年齢不詳

先週のスクーリングでのこと。講師が、「養老院」について知っている人? 誰も答えないので、説明した。生活保護法の前身である救護法によって作られた施設であること。だから、一般の低所得の人よりも低い生活水準の生活を強いられた。へんぴな場所で、平屋の長屋で、畳の部屋に数人が暮らし、共同の洗面所、風呂、トイレなど、戦後の貧しい水準よりもさらに貧しい暮らしで、子供から見捨てられた人が入るところだったと、説明した後の講師の説明が気にくわない。「若い人は知らなくて当然ですよね」。エー 私が戦中派みたいじゃない。田舎では、40年代まで養老院が養護老人ホームと看板を掛け替えただけであったんだから。

そういえば、国際障害者年の時は、テレビでゴダイゴがテーマ曲を歌ってね、と説明すると、私たちまだ生まれてません、と返されたことがあった。
高齢者を理解すると言うことは、高齢者が生きてきた時の事を理解しようとすることなんだから、昔のことを知っていて当たり前なんだぞ。

今度のスクーリングでは、できるだけ黙っておこう。

2009年6月9日火曜日

ヘルプマン

男性週刊誌「イブニング」に連載されているコミック。女性が、男性週刊誌を買うのは抵抗があるかもしれないが、単行本のコミックなら子供に読ませたいから、という顔をして買える。
認知症のお父さんの気持ちを理解して、落ちついた生活を取り戻すというストーリー。
この通りになることは少ないかもしれないが、心の余裕を持つことができると思わせる本。

2009年6月8日月曜日

放蕩息子の帰宅

知人のご主人がガンで亡くなった。一昨年、入院した時、手術の怖さから病室に神父を呼んでいたから、キリスト教信者とは知っていた。2週間前、自宅を訪ねた時、長い話では意識が集中できないようだった。それでも、海外旅行に行きたい。新しいデジカメが欲しい。だけど、この人がケチで、と奥さんを見る。父親が残した財産で新しい事業を始めては失敗し、建てたビルも二束三文で手放さなくてはいけなかった。
告別式の時、息子が喪主として挨拶した。「…壁にレンブラントの「放蕩息子の帰宅」の絵が飾ってありました…」と言った時、母親が息子の方を厳しい目つきで見た。さすがに、別な話に切り替えたが、定職についていないあんたに、父親のことを放蕩だなんて言われたくない、という気持ちがあったのかもしれない。

「放蕩息子の帰宅」は、生前に財産を分けてもらった息子が放蕩して、無一文になって父親の元に返ってきた時の様子を描いている。同じく、財産を分けてもらっても、自宅で地道に仕事をしていた兄は、弟を喜んで迎える父親に不満を持つ。父親は、弟の方にこそ許しが必要だと説く。
親鸞聖人は「悪人正機」と言った。「善人なおもて往生す、いわんや悪人をや」という言葉で紹介される。良いことだけをする人はいない。悪いことをしても神は許してくれるのだと考えないと、信者はいなくなってしまう。

賛美歌を聴きながら、最後まで海外旅行に行きたいと言っていた彼に、鹿児島のスーパーで椰子の実が売っていたと話していた時の事を思い出していた。

2009年6月2日火曜日

2009年5月28日木曜日

蛙の子は蛙

母親が保護をもらっていたから、娘も保護をもらうことが当たり前と思っている、と担当のケースワーカーは吐き捨てるように言う。社会福祉の学問では、母子家庭は経済的な弱者なのはなぜか、とか貧困の連鎖をどのようにして断ち切れるのかという研究で扱っていることを、蛙の子は蛙と言う発言は聞き逃しできない。女性の収入は平均して低い。特に育児中の女性は責任のある仕事に就く可能性は低い。最近では、パートや派遣などの非正規労働に男性が進出してくるから、条件の悪い仕事しか回ってこない。それでも仕事があれば良い方だという時代になってきている。貧しさは進学の機会を減らし、落ち着いて生活することさえできない。そのような家庭の子供が、高学歴であることはまれであり、高収入が期待される資格を修得することもできない。
そのようなことに思いを馳せることもなく、保護を受けることを恥と思わないのは、安易な生き方をした母親の生き方を見習ったからだという言い方は許せない。児童扶養手当があるから離婚する女が増える。児童加算を無くせば自立すると考える政治家がいる国では、福祉は「お恵み」から脱することはできない。

2009年5月25日月曜日

グラン・トリノ その2

映画のエンドロールの背景に流れる歌は、年配の歌声から若者の歌声へと代わっていく。道を走る車は、グラントリノからアメリカの車から日本車へと代わる。
映画のテーマの一つは「交代」ではないのかと、思わせる。
主人公の家がある住宅地は、いつの間にかアジア人種やアフリカ系の住民に代わっている。
フォード社の組み立て工だった主人公の息子は日本車のセールスマンに。
息子たちは家から追い出されるのに、隣の家の親戚たちは料理を持って家に招き入れられる。
そして、主人公が今までの仕事の証として大切にしていたグラン・トリノは…

老人にとって時代の流れは受け入れがたいが、新しい形で引き継がれていくものだと

この映画は、是非多くの人に観て欲しいな。

2009年5月23日土曜日

グラン・トリノ

「クラン・トリノ」を観てきました。紹介する記事やブログが褒めちぎっているので、是非観たかった。
妻を亡くしたばかりの主人公が、苦手だったアジア人の近所の人と親密になっていく。神父への懺悔の内容も考えさせられる。頑固な老人になったクリントイーストウッドが、地域社会の中に溶け込んでいく場面では観客の笑いを誘う。 フォード製の大型車と日本車が、頑固な老人と合理的な現代人とを象徴しているように見えておもしろい。
人によっていろんな見方があるだろうけど、人種や年代、地域社会の問題を取り上げた映画としてみると社会福祉を考える教材となると思った。

2009年5月20日水曜日

介護は人

研修で、老人、障害者や保健、母子などの社会福祉サービスの説明があった。制度はいろいろ変わっていて、サービスも増えている。福祉サービスは生活を支えるための一つの資源だと思っている。うまく組み合わせて調整ればいいと言う点では、料理の材料や調味料と一緒だと思う。しかし、子供の時に畑からもぎ取って食べたトマトと、今スーパーで買って食べるトマトとは味や匂いが違う。

福祉サービスも、それを行う人がこんな状態でよいのかと考えさせられる本の一つ。

2009年5月17日日曜日

雨読

図書館の返却期限が迫っていることもあって、溜まっているレポートを脇に置いて、読書(現実逃避とも言うけど)する。
特別養護老人ホームの主任が、こんな本が出たら施設はやっていけない、と嘆いていた。しかし、その施設にショートさせている人が立て続けに転倒して入院になった。彼に、何か私に恨みがあるのか。転倒しているのは私の担当している人だけなのか、と苦情を言ったことがあるほどだから、彼が言うことはあながち嘘ではない。朝方立てなくなって診察したら大腿骨頸部骨折。出血があるから病院に連れて行ったら、入浴中に転倒したことが分かった。入院手続きの時に、病院看護師からどんな風に転倒したのですかと聞かれた、施設看護師は「分かりません。いつも付いている訳じゃないですから」と答えた。夕食後に急変してその夜に亡くなったのに、肺炎だったから仕方ないと。手帳を見て思い出せばもっとたくさんある。

確かに、職員は足りない。忙しくて、疲れている。家に居たって転倒する人は転倒する。何もなくても、交通事故で死ぬ人もいるのだから。そんなことは家族が納得するために言う言葉であって、施設側が言うことではない。家族は、自分で介護しなかったからこんなことになったのだと自分を責める。その心につけ込むことになる。

事故が嫌だったら施設に預けなければいいんだと、第三者は考える。パーキンソンの人やハンチントン病、動き回る認知症の人は断る施設が多い。職員が付きっきりで負担が大きいと言うけど、素人である家族が一人で24時間見なければならない負担と比べるとどうなんだろう。介護保険制度で介護を受ける権利が認められたと言うけども、相変わらず介護を手伝ってくれるという「恩恵」には変わりない。

読み終わって、書棚を見ると帯封が付いて買ったままの本がある。認知症の始まりもあるのか、いや、買っておいても損はない本だからと納得することにする。

2009年5月16日土曜日

注文の多い

お前たちが言うのは、口先だけだ。本当に心配しているのなら、こんなにたくさんの人が困っているのを聞いたらノイローゼになるぞ。他人事だと思っているから、適当に応えているのだろう。

相談に来た男性が大声で怒っている。彼の言うとおりだ。相談に来る人に感情移入して悩んだら身が持たない。手助けしたくても、時間も利用できる福祉制度がない。自分で解決できるようにアドバイスしかないんだよね。

宮沢賢治の「注文の多い料理店」のように、メニューは少ししかないのに、書類を書け。書類を持ってこい。あれはできないのか、これどうだとと注文されることが多い。(写真は「ハンズマン」というホームセンター。18万種類以上の商品が揃えてある)

カウンセリングの先生が言った事で忘れないことがある。

1.相談に来る人は、すでに問題の解決策を持っている人が多い。自分の案が正しいのか、確認を受けたいだけの人も多い。もっとも、その解決策が正しいのかどうかは別だけど。

2.カウンセリングの機関を必ず設けること。いつまでも手伝うと、解決能力が育たない。
3.相談に来た人の問題が全部解決できることはない。あのイチローでさえ3割打者なのに、天才でないカウンセラーは2割できれば上々。

2009年5月15日金曜日

付加疑問文


利用者の体調が悪くなったが、家族に連絡が取れないとディサービスの職員から連絡が入り、急ぎ会いに行く。今朝は降圧剤を服用せずに来た様子で 血圧が上がり、めまいがすると言う。本人はワリと元気そうに答えるが 脳梗塞を起こしたコトがあるので 心配だ。看護師によると頭痛はないようだが、下の数値が高いのが気になるとの事だった。家族に再度電話してみたが 連絡はつかない。ディサービスの職員は「病院へ連れて行きますか?」と言った。「受診のあとは自宅に帰らなければならなくなりますけど それでもいいですか?」「自宅で一人にしておく訳にはいかないでしょう」と言うと「受診するならディサービスはお休みと言う扱いになりますから こちらで休養して頂くことはできない。家に帰って貰います」主治医は隣接する同法人の内科だ。家族が迎えに来るまで病院で休ませて貰えないのか、と聞くと 今日は午後から休診なので無理だとのこと。「家に帰るわけに行かないのなら受診できません。どうしますか?」・・どうしますかって 受診させてそのあと、ここで家族の迎えを待つのが一番なんだけど(-_-)
他の病院の受診も考えたが 主治医がすぐ隣にいるのに変な話だわ(−_−#)本人は家の鍵も持たされてないから帰るに帰れないし・・などと考えていたら「じゃあ、こちらで休養して頂いてディサービスは続行、受診はしないで家族の迎えを待つと言うことで いいんですね?」・・ついに付加疑問文かよ(-.-;)なんか責任転嫁に聞こえますけど(?_?)
看護師がこっそり私に耳打ちした。「こんな時に四角四面の対応しかできないなんて。すみません・・。」
大規模なディサービス、いちいち対応していたら手が合わないのだろう。マニュアルにない前例は作りたくないだろうし。だけど高齢者をお預かりする以上、どんなコトがあるか分からない。家族に連絡が取れないことだって往々にしてあるはず。緊急対応時は 介護報酬のことを考慮するのは後回しだろうに。

2009年5月13日水曜日

相談援助

息子の恋愛話を延々と聞かされた(-_-)意味が全く分からないし、何がどうなのか全く分からない。彼がどうなりたいのか、何が問題なのか、どうすれば解決できるのか・・。ニーズがあって目的があって経過があって・・追体験までしてみるが・・・う〜ん(?_?)
とんちんかんな返答しかしない私に「人の気持ちが理解できない人に相談するんじゃなかった」え〜っ!?さんざん一時間も付き合わせといてそれかい(−_−#)
「ケアマネって相談援助の仕事だろ?そんなんで仕事できるの?」だって(-_-)
・・・つらかった。

2009年5月12日火曜日

名も知らぬ♪

気が重い仕事だと思いながら斎場へ向かう。事務的な葬儀社のおじさんと、もう一人きれいな若奥さん風の女性がお辞儀する(女性には、枕詞として美人や美女とつけた方が良い。美女の首なし死体発見という見出しもあったけど)。聞くと、担当のへルーパーさんだと言う。一緒に、棺の窓を開けて最後のお別れをして荼毘にふす。午後に遺骨をもらいに来ますと、事務所に帰ると、県営住宅の担当者が昼に弟さんが立ち会って自宅に入ると電話がある。この担当に女性も、声から判断するとしっかりとした美人に思える(女性は分け隔てなく美人と表現する)。彼女の電話で、今まで縁を絶っていた弟が出てきてくれた。会議の予定をキャンセルして立ち会うことにする。弟さんは、お通帳も貯金箱一杯の小銭も要らない。福祉に寄付するからと持って帰る気はない。デイの昼食代やベッドの修繕費は財布から払ってくれるから、脈はあるのではと、団地の担当者と説得することにした。弟さんは、自分の仕舞いは自分でしようとして貯金していたのではないですか。他人では、貯金は解約できないから、家族が本人の思いを代行して欲しい。別れた奥さんとも電話で話させてもらい、通帳と小銭は持って帰り、相談してもらうこととした。4トントラック一杯の遺留品を処分することを業者に依頼して弟さん達と階段を降りた。

兄の最後はどうだったのでしょうか。酒も煙草もいくら言っても止めなかったし。離婚してから気ままな生活をして、最後は車の中で寝泊まりをしていたと聞いた。兄についての電話は迷惑なことばかりでした。

ヘルパーさんと一緒に県営住宅と病院での様子を語ると、お礼の言葉が出た。このままではお骨が無縁仏になってしまうと説明すると、家の納骨堂に入れてもらえるように家族を説得してみると、頭を下げて帰って行かれた。

新聞には「なぜ『他人の死』を悼むのか」という斉藤環氏の文が載っていた。お経の一つも上げてもらえず、お骨を紙袋に入れてミニバイクで持って帰ることに後ろめたさを感じていたが、弟さんが家族の一員として扱いたいと言い出したことか゛「名前」を取り返したことになるのかなと思う。

背中越し

ディサービスに慣れるまで 心配だしご迷惑もかけるので数回付き添うとご主人から申し出があった。3月の利用開始から二ヶ月近くが経つが今もって付き添いをされている。大規模なディサービスのため、他のご利用者の目もあり、ディサービス職員から 付き添いをご遠慮頂きたいとの相談があった。ご主人の気持ちもよくわかるし、事業所側の立場もよく分かる。奥様は自宅でもご主人の姿が見えないと徘徊をするほど ご主人に依存しているようだ。自宅を訪問して私が奥様に話しかけても 全てご主人が答えてしまう。奥様が何か言おうとしていても「お前は話さなくていいから」と遮ってしまう。確かに問い掛けとは全然違う返答をなさるが、じっと聞いているうちにきちんとした会話になる瞬間がある。それを何度も引き出したいのだが。ご主人の「自分が妻を守る」と言う使命感と愛情がそうさせるのであろう。
しかし毎日 15分でいいから 奥様と向き合って話しを聞いてあげて欲しい。ずっと一緒にいても 背中を向けて「君は黙ってなさい」と言われるうちは 奥様はご主人を捜すことを止めないのではないか。「僕がいるから大丈夫、何でも話してごらん」と言ってくれたらいいのに・・。などと自分の理想の男性像を語るつもりではないのだけど(^^ゞ
「〇〇さんは ご主人に大事にされて お幸せですね」と言うと「あらまぁ、そうかしら?ありがとう」と答えることができる奥様。その瞬間を見逃さないであげて欲しいのです。付き添うと寄り添うは 似ているようで違うものです。

2009年5月11日月曜日

普通って・・

家事は果てしなく奥が深い。旦那が皿洗いをしたあとは その後片付けがあり、そっちの方がウザい(-_-)皿は確かに綺麗に洗ってあるが 食器乾燥機の中の乾燥している食器を片付けずに洗った皿を重ねるものだから 山積みになる。シンク周りは水浸しにするし、フキンを洗濯機に入れちゃうし(*_*)
洗濯もやり方があって やたらと洗剤を入れたら綺麗になると勘違いしている。干し方も 裏にして干す物とか 下着は外側から見えないように干すとか ハンガーの跡がついてはイケないものは別にするとか 左右均等にバランスを取りながら干す・・とか。やり方があるんだいっ(T_T)取り込み方も然り。せっかく叩いてシワを伸ばして干しても ぐちゃぐちゃに取り込まれては 身も蓋も無い(:_;)
そう、確かに身体介護より生活援助の方が 別の意味で神経を遣う場面は多いかもしれない。「普通、こーだよね?」の『普通』の許容範囲がやたら広いし、逆に異常に狭かったりするからだ。
ホームヘルパーさんは ホントに大変な仕事だと思う。

2009年5月10日日曜日

男子厨房に

実家で奥さんがぼやく。どこに何があるのかわからない。どこに皿をしまってよいのか、片づけできない。
そうだよな。だから私は奥さんがいるときは調理や片づけなど家事をしないことにしている。自分なりの流儀があるから、勝手に食器を棚にしまうと場所が違うと言われるし、場所を尋ねると日頃手伝わないからだと言われる。生活援助の報酬が低く評価されているのは、厚生労働省のお偉いさん方が、自宅で家事をして奥さんに叱られたことがないからだと思う。

晴れた日は、洗濯と布団を干して、掃除機をかけて風呂を洗って、その間に骨董品のスクーターの手入れれをしてと、つかの間の主夫を楽しむことにする。

2009年5月9日土曜日

霊蔵庫?

担当していた男性が亡くなった。兄弟や子供は絶縁しているから来てくれない。病室に残っている紙に、「9時35分 呼吸停止」と書いてあるから、医者が死亡を確認する10時まで延命処置をしてくれていたのだろうが、息が止まった時は一人だったのだろう。

身内なら簡単に手続きできることも、他人がするとなると手続きが面倒だ。葬儀社が斎場に移送してくれるが、斎場の担当者が「3号室は故障しているので、真ん中の2号室へ」と言う。えっ、霊安室が故障??  言ってる意味が分からない。火葬の時間を伝えた葬儀社の担当者に葬儀はないことを伝えると、「○○時に、レイゾウ庫から直接焼き場に入れていいんですね」と言う。 「レイゾウ庫????」なんだそれ。斎場の霊安室に着いて、棺を運ぶ。棺が入る箱が3つ並んでいる。なるほど!! 冷蔵庫みたいに冷蔵するのだ。故障するというのは、冷えなくなっているのだろうなと合点する。とすると、葬儀屋のおばちゃんが言ってた「レイゾウ庫」とは「霊蔵庫」と表現すればいいのだろうか。

自治会の役員が、最後のお別れをしたいと言ってきたのが救いかもしれない。、