2009年1月31日土曜日

不謹慎

認知症の一人暮らし。身寄りもなく 親切な民生委員の世話があって やっと生活保護や介護サービスを受けれるようになった。彼女は なかなか着替えをしない。サービスに入る以前からかなり長い間、同じカーディガンを着ているようだ。ヘルパーの顔も お世話になっている民生委員の顔も あまり区別がつかない。
ヘルパーのいる時間に合わせて自宅を訪問した担当ケアマネは ケアプランに更衣介助と洗濯を位置付けているのに なぜ着替えをさせてないんだ、洗濯もコインランドリーでするように担当者会議で打ち合わせしたはず、とヘルパーを責めた。サービスを受け入れることに慣れて貰わなければ 無理やりには着替えはさせられない、洗濯は本人が手洗いをして干してあったから今日はしていない、とヘルパーは言った。その場に居合わせた訳ではないので どちらをどうと批判するのも何だが、洗濯は本人が何とかやれているなら それに超したことはない。身寄りもなく 彼女は つましくつましく生活して来た。着替えをすれば洗濯物がでる。洗濯したら洗剤と水道代が要る。ひょっとしたら それくらい考えているのかもしれない。
ヘルパーに入っていながら着替えもさせれないで 、十分な仕事ができているとは言えない、と言い切ったケアマネ。ほんの数分 現場を覗いたくらいで 何が分かるのだろう。一番現場を知るのは ケアマネではなく、直接介助をするホームヘルパーであり介護職員だ。
もしかして すごく気に入って着ているカーディガンかもしれない。もしかして何か思い出があるのかも。・・・たぶん着替えるのが面倒なだけなんだろうけどf^_^;
ケアプランを作るには 想像力もいるなぁ。何にしても ご機嫌にヘルパーを受け入れて ご機嫌にディサービスに通っているのなら まずは上出来ではないか。不謹慎だが、すぐにケアプラン通りにコトが運んだら 面白みがないじゃないの。ねぇ・・・?

2009年1月30日金曜日

「わからん! おまえの言うことはわからん!」

大滝秀二がコマーシャルで叫んでいたように、大声で言いたくなる。
介護保険が4月に変わる。介護職員の待遇が悪くて、離職率が高いから人材を確保するために介護報酬を上げるという。12月末に発表された方針を読んでも、どうしたら介護職員が増えるのか理解できない。その前に色々な条件が付いた加算が増えて、「わからん! 」と投げ出したくなる。こんなに複雑になった介護保険を利用者でなくても、ケアマネも理解できるのか疑問に思う。理解されてはいけないことが隠されているのかと勘ぐりたくもなる。
そういえば、4月から要介護認定の訪問調査の基準や認定ソフトが変わることはどこのマスコミも取り上げない。国が気前よく介護にお金を払うことは無いなと思っていたら、要介護認定そのものを軽く出せるようにすれば、それぞれの人が使えるサービスの量が減るから支出は抑えられる。認定は徐々に進むから不満は分散される。制限速度を下げてねずみ取りをする警察よりズルイ。
「おまえの言うことはわからん!!!!」とみんなで声を上げることはないのかな、日本人は。

2009年1月29日木曜日

漢字

先ごろ、オバマ大統領のDVD付き演説集がベストセラーになったと話題であったが、同時にこのテの本が売れているらしい。漢字を読めない首相が話題になったことが、これにひと役買っていると言うから 麻生さんもさすがだ(*_*)
読めても書けない漢字熟語は たくさんあるよなぁ、と思いながらページをめくってみたが 書けないドコロか、最初から読めない漢字があまりに多いことに びっくりした(*_*)言葉を分野別に配列してあって 解説までついているからなかなか面白い。「薩摩守」は 無賃乗車のことを指すらしい。薩摩守 平忠度(たいら ただのり)のタダノリから取った言葉だそうだ(@_@)へぇ〜!
魚や花や食べ物とたくさんの分野があったが なかなか読めない。「体の部位・病気」はワリと読めるだろう、と思ったが、なんの疑問もなく、「呑気症(どんきしょう)」を ノンキ症と読んだ私(-_-)ホントに無知なんだな・・と。ノンキ症は自分やろ、と一人で突っ込んだ(-_-)

2009年1月28日水曜日

あん餅雑煮

餅屋さんが開いている喫茶店であん餅雑煮を食べた。白味噌にあん餅という組み合わせは、県外者には有り得ない。餅屋と喫茶店、喫茶店に雑煮という組み合わせも何だか「変」。

2009年1月27日火曜日

嘘は難しい

 お嫁さんが精神的にまいるので、姑にショートステイを利用することになった。お嫁さんが病気になったり、葬式などで旅行に行く時に泊まって欲しいと頼むと、横を向きながら「仕方ないですよ。私はここにやっかいになっているのだから、嫌だと言えないでしょう」と言う。ショートステイの前の日、お嫁さんと何と言って泊まってもらおうかと電話で相談した。「急に病気になったというのでは何度も使えないし、葬式ではね…」嘘をつくのは難しい。「危ない状態の親戚もいるから」と言うことで、夫婦して顔を見に行くことにして本人に伝えると「あぁ、そうですか」で終わった。
 嘘をつくのは難しい。ケアマネとしては本人が嫌なことをさせたくないが、家族が疲れは果てるのを見過ごすことはできない。介護保険では、サービスの利用者と受益者が異なるときがある。ともあれ、嘘をつくのは疲れる。

2009年1月25日日曜日

知ってるのかな

認知症のある男性、もうすぐ100歳になる。月曜から土曜日までデイケアに通っている。日曜日はどこにも行かないのかと退屈している。医師は、毎日デイに行っているから足腰が元気で、認知症のすすみだ遅いのかもと言う。本人と話していて、あそこの○○さんはどうしていると聞かれた。息子さんが、父さんより若いのに寝たきりになっていると答えた。
近所の人はこの本人さんの事を知っているのだろうか。毎日デイケアに通い、日曜日は家から出ない。近所の人と会う機会がない。今度会う時は葬式の時ぐらいだろうか。自分の家で生活しているのだけど、この地域で生活しているとは言えないのではないかと考えた。

2009年1月24日土曜日

笛吹けど

 デイサービスに通い始めた男性から電話が来て相談があるという。
行っても座っているだけで何もしない。折り紙をしたり、風船を使ったゲームなんかやって暇つぶしをするんだったら、家にいる方がましだ。歩けるようになるために運動させてくれると言うから行こうというのに」ともう二度と行かないと言う。

 この寒さでベッドから出たくないというのが本音かもしれないが、デイに渡したケアプランには、入浴と下肢筋力を付けるための運動やレクりエーションと書いたはずだけどと思い、デイの責任者に会って本人の不満を伝える。筋肉が無くなっているのに、どうしたらいいんですかと逆に質問を受けた。だからPTを交えた担当者会議を開いたのに。ついきつい口調で、デイの費用は1回が1万円以上支払われる。タクシーを使って温泉に行ってマッサージを受けてもお釣りが来ると言ってしまった。

ちょっと後悔しているが、自分だったらこのデイは使わないなと思った。

後悔

退院した日にお会いしてアセスメントした時は、要介護2かな?だけどよく喋るから 認定調査の受け応え次第では 2が出ないかも・・1だとベッドのレンタルが実費になるよなぁ・・と心配していた。あれから3日を置いて 今日訪問した時は別人だった。例えは悪いが生まれたてのヒナドリのように見えた。「ご飯を食べないのよ。熱があるしねぇ」 聞くと水分もほとんど取れていないようだ。「退院してホッとして疲れが出たのかしらねぇ」奥様はワリと呑気に構えている。身体を起こしてみたが 間接の拘縮もあり、座位を取っても 頭を持ち上げることすらできない。私から見たら尋常ではない様子なのに「お父さん、ご飯食べますか?」などと奥様は悠長だ。県外の娘さんが来ていることだし、と3日間は訪問を遠慮していたのを後悔した。
「そこまでしなくても。熱も朝方に引いたりもするのよ」と言う奥様を説き伏せて 往診の手配に走った。
病状の説明をキチンと理解できていない家族がいるのは当たり前。なぜ外部提供を一週間 待たないといけないんだろう?これだけオンライン化されているのに・・と思いながら・・。

2009年1月23日金曜日

夫婦


以前ヤクザだったけど、今は難病で歩くことができない。全身の痛みのために夜も眠れず、気が短い。今は、腕の力だけで電動車椅子に乗って遊びに行く。電車だって乗れる。医者やケースワーカーは、危ないから、一人で出歩くのはやめろと言う。
「寝たきりになったら、どうする」と尋ねる。あんな所に入ったら頭がおかしくなる。家で、DVDでも見て過ごすと、傍らにあるエロビデオの山を見て笑う。まだ若いし、暴力をふるうよりは良いかもしれない。
本人が帰ってくる前に奥さんが話していたのは、亡くなるまでは本人の好きなようにさせたいのだけど、私は葬式を出した経験が無い。墓はどうしたら良いのか聞きたいけど聞きづらいという悩みだった。2人とも再婚で、法律上は夫婦ではない。夫婦なんだけど微妙な空間に遠慮が詰まっている。

2009年1月21日水曜日

一生懸命

最初の年末の電話の時から 挨拶もそこそこに 関を切ったように喋る奥様だった。人柄がいいのは伝わって来たので 悪い印象はなかったが、たくさん訴えがあるワリには いったい何に困って 今ご本人がどんな状況かが理解できない(*_*)急に退院になって今朝帰って来たの、どうしよう、といきなり昨日になって電話がかかって来て また延々と喋り出したものだから とにかく今日伺いますから、と急いで訪問する。
ご本人も奥様に負けず劣らずお喋りな方だった(*_*)私が座るなり、ご夫婦であれこれあれこれ言うものだから こちらが質問する暇はない。奥様が説明しだすと それは違う、そうじゃなくて・・とご本人が遮り、ご本人の説明には お父さん、それはその時ではないですよ・・と また奥様が言葉を遮る(+_+)結局 1時間あまり話しを聞いていて 私が質問したのは ご本人に生年月日を確認したコトくらいだった(-_-)
話しを要約すると 彼は二年前に悪性リンパ腫の診断を受け、年末で抗がん剤治療は終了したこと。鍼灸治療に通っていて右腓骨に痺れを伴う麻痺を受傷してしまったこと。今回の入院は肺炎によるものだったこと・・。お二人の話しは前後がぐちゃぐちゃだったが だいたいはそんなトコだ。まぁいいや、外部提供を確認しよう、とアセスメントの度に思うダメなケアマネ・・(-.-;)
とにかく、奥様は旦那様を大事に思っていて、そして ご本人も何とか少しでも自立できるよう頑張りたい、と思っていると言うことだ。うんうん!
ふと 娘さんがコーヒーを持って来てくれた。普段は県外に住んでいて 今回の退院の手伝いに来てくれているそうだ。その娘さんがコーヒーを出しながら 私の耳元でささやいた。あまり長くないと思っておいて下さいとドクターに言われています、本人は知りません。と・・・。そうか(:_;)奥様の関を切ったような訴え方には 焦りがあるのかもしれないな、と思ったりした。
それから 他愛もないお喋りをしだした奥様の様子に あ、やっぱり焦りとか言うより 元々なんだわ、と分かった(^^ゞ 不思議と好感持てるのよね。何でだろう?きっと何事も一生懸命なのが伝わるからなんだわ。だけど来週来てくれる認定調査の人、大変だろうなぁ(笑)

2009年1月20日火曜日

遅れて届いた年賀状


 寒中見舞で年賀状の返事が届いた。アイメイト(盲導犬)を連れてどこへでも行く人だった。鹿児島市内から伊集院まで歩く「妙円寺詣り」に参加したいから一緒に歩くボランティアをという電話からつきあいが始まり、学校でアイメイトの事を話したい。喫茶店に行きたい、と活動範囲は広がっていった。ボランティアが若い女性だと話せるからと楽しそうだったが、楽しい話は彼の方が得意だった。
 引っ越してこちらに来てからも思い出したように電話をして、カナタイプの年賀状をもらってつきあいは続いていたが、去年私が喪中のため返事が来なかった。
 寒中見舞いには、奥さんの字で、63歳で亡くなったことと感謝の言葉が書いてあった。鹿児島県でアイメイトの普及に働きかけていたことは、若い学生たちが覚えてくれるだろうか。当たり前のように一緒にマックに行ったり、電車に乗っていたけど、そんなことを普通にできていた盲人は少なかったのだけど。
 父が、喪中の便りが届くたびに落ち込んでいたことを思い出した。

2009年1月19日月曜日

無くなった

「包丁が無くなったの」「浴衣のひもが無くなって」…
義母から妻に電話が来る。「忘れたんじゃないの。探してみなさいよ。ひもなんて誰が持って行くの」と口調が厳しい。担当のケアマネに電話すると、「本人さんが内緒にして欲しいと言うから黙っていたのですが、以前にもお金が無くなったと言うことはありました」と答える。黙っててと言われたって、内緒で教えて欲しかったな。本当に無くなったのか。ヘルパーさんが持って行ったのか。物盗られ妄想の始まりなのか。勘違いなのか、離れて住んでいると分からない。どちらにしても、ヘルパーさんが盗っていったなんて、人に言わなくても、そんな目で訪ねてくるヘルパーさんを見ていたらもっとトラブルが大きくなる。ヘルパーさんが来れなくなったら今より動けなくなった時にどうするんだ。
他の子供たちは介護なんてする気は無くて、介護の費用を出せばいいと思っている。介護サービスが使えなくなったら、家族が介護するしかないのか。

遠距離にいる家族が安心するようなケアマネになりたいなと思う。

2009年1月18日日曜日

遠距離介護

遠距離介護と言う言葉は1998年に出たらしい。遠距離介護は大変と言われている一方で一部では「普段は自分の生活を優先している、お気楽介護」と言う見方をされる側面があるようだ。子供と離れて暮らす利用者は多い。結婚すれば配偶者の生き方を尊重せねばならないし、離れて暮らすその地に仕事もある。親の介護をしたくてもできないし、親も自分の為に子供を犠牲にしたくない、と言う思いもあるだろう。お互いに離れてから築いてきた数十年があり、そこにも放り出せないことや、大事にしたい生活がある。
私は新幹線を乗り換えて5時間かかる距離に実家がある。ありがたいことに 両親は健康で趣味や家庭菜園に精を出しながら穏やかに暮らしている。毎年、梅干しやら干し柿やらと丹精込めて作っては送ってくる。その度に「まだまだ元気」と安堵するのだが、先日は「梅干しは来年は作るのを止めようかと思うのよ」と言われ 不安になった。仕事中に実家から携帯に連絡があると何があったのかとドキッともする。離れて暮らすと言うのは 普段 顔が見れない分、ささいなことが気になる。
今日、たまたま本屋に寄って買い求めた本。遠距離介護の利用者家族の思いを勉強できるかな、と思い手にしたが、何のことはない、自分のことのように 身につまされる内容だった。だけど 私の両親はまだ元気だから 本当の意味での遠距離介護の大変さや心情は 分かっていないのだろう、と思う。私の場合は まだ「お気楽」なのだ。

2009年1月17日土曜日

誕生日


母の誕生日に電話した。いつもは、と言っても2,3ヶ月に1回ぐらいしか電話しないが、30秒で終わるが、今度は母が話をやめない。父が亡くなる前は正月家族みんな集まって昼食を食べていた。父が、胃瘻になっても、においだけで味わって欲しいとみんなは寿司を撮ったりして食べた。今年の正月は誰も帰らなかった。一人でテレビを見ながらゆっくりとした正月だったと話す。
心配をかけたくないのか、気楽だったと繰り返す言葉に後ろめたさを感じる。父のためにみんな集まっていたのか。集まることは負担だったのか、色々考える。離れて介護すると言うことは、親だけでなく子供にも不安感を感じさせるものなのだ。

2009年1月15日木曜日

水もしたたるイイ男

夏から体調を崩し、お風呂に入ってなかったMさんの訪問入浴初日!正確には 年末から予定していたのだが、発熱のため 今まで入浴を見合わせて来たのだ。Mさんは再生不良性貧血のため免疫力が低下しており、しばしば熱が出る。介護記録から訪問入浴事業所が元々は午後の予定だった入浴を、比較的熱が落ち着いている午前中に、と何とか都合をつけてくれて今日やっと入れることになった。
5か月ぶりの入浴とあって、Mさんの息子さん夫婦が仕事を休んでまで見守ってくれている。訪問入浴事業所は 緊張したMさんに 優しく声かけをしながら 手早く丁寧に洗ってくれた。「さっぱりしましたね」「気持ち良かったでしょう」と代わる代わる声をかけられながら Mさんは嬉しそうだった。
Mさんの奥さん(84歳)が枕元に来て「ありゃあ、男前になったやない!」と言うと ピカピカになったMさんはピカピカの笑顔になった。やっぱり奥さんに『男前』と言われるのが1番嬉しいんだな〜(>_<)
夕方になっても熱は出なかったので ひと安心。
スタッフのみなさん 本当にご苦労様ですm(__)m

2009年1月13日火曜日

トンネルを抜けると…


またトンネルがある。と言う今の状態なのでしばらく投稿していませんでした。 
 寝たきりの舅を介護しているお嫁さんが、気分転換に温泉や遊ぶことを勧められるんだけど、舅さんが寝たきりでヘルパーさんが手伝ってきてくれているのに、私一人楽しむのは、後ろめたくてできません、と話された。介護を続けていくためには気分転換をして活力を蓄えましょうとは言えない雰囲気を感じた。そんな風に考えられる人は、ここまで介護を抱え込まない。
 ケアマネは直接援助しないだけに、実際介護している家族や職員のことを考えると、自分だけ楽をしていると自責の念を感じる時がある。では、どうしたら良いのか、迷う中で多くのケアマネが去っていく。

2009年1月8日木曜日


ケアマネージャーという仕事は大変ですかと尋ねられることがある。どの仕事でも大変でしょうと答えることにしているが、ある人は老後の半生を左右する仕事だと言い、別の人は監査で指摘されないように通知や法令を覚えるのが大変と言う。他人の人生を左右する仕事と言われれば、そんな大層な責任を任されているわけではなく、バスの運転手だって、占い師だって人の人生を左右することはある。第一、月に1万円や1.3万円で自分や家族の人生を任せようという人はいないだろう。監査で叱られれば、謝れば済むことで、自分に自信があれば逆に法律がおかしいと抗議することもできるからそれほど監査を怖れる必要もない。
 でも、介護事業所からしたら、ケアマネがヘマをして介護保険報酬を返還するようになったらどこに文句を言いに行ったら良いのかわからなくなる。月初め、介護報酬の請求を終えてほっとするのだが、翌月事業所からの苦情が来ないか、その心理的ストレスに耐えることが大変だ。
 友人の設計士に建築設計の仕事の楽しみを尋ねたら、他人のお金を使って自分の夢を実現できることと答えた。ケアマネージャーも、家族や利用者の希望を実現するためにケアプランを作ると言うが、案外自分の夢も実現させようとしているのかもしれない。

鬼瓦

 「わしはこの介護保険は長続きせんと思うのだけど、あんたはどう思う」と利用者から聞かれた。「今の年寄りは年金があるから介護を使えるけど、こんなに失業者が多いし、納めていても年金を貰えない人もいるし。年金を貰えなんだら、お金を払えんからサービスを使えないし、そんな制度にお金を払うかな」と続けた。84歳のその人は、恩給と共済年金、厚生年金を合わせて月に30万円の収入がある。田んぼもあって米を買う必要は無い。大半の介護職員の給与より多くの収入がある。だから、施設や病院が気に入らないと喧嘩して飛び出して、自分に合う施設を見つけることができた。

 特に認知症の介護では、いつも誰かが側にいて、不安がなく落ち着いた雰囲気を作れると問題行動はなくなっていくが、そのためにはそれだけの介護サービスを購入できるお金が必要になる。「介護の沙汰も金次第」となってしまったのは悲しい。少なくとも、定額給付金程度のお金では解決できるものではないことははっきりしている。

2009年1月7日水曜日

原動力

介護保険に精通している(正確には精通していると自負している)利用者のNさん。彼は今のところ、月1〜2回の介護タクシーしか使っていない。視力障害のある彼は自立支援法にも精通していて(正確には精通していると自負していて)とにかく市役所の担当窓口に行くのが趣味・・いやいや、窓口に積極的に出かけて行っては情報を仕入れて来る。たぶん窓口の方も 心の中では また来た(*_*)と思っているだろう(笑)
思い込みの激しい彼が仕入れて来た情報は、彼なりに咀嚼されたあとで 私の耳に届く。
ん?いや、それは違うぞ(-_-)と思っても それを指摘したりすると 烈火の如く怒り出す(☆_☆)しまいに アンタは勉強不足だ!!と言われてしまう。担当して半年以上経った今は ちょっとその辺の事情も私なりに理解できて 彼を怒らせないように 教えて頂くと言う態度で接するようにしている。先日はまだ更新まで3か月もある介護認定を急いでしないと間に合わないと介護保険課から言われた(言われるワケないやん)と かなりの勢いで電話して来た。まだ全然大丈夫よ、と言っても聞くワケないし 正月早々 介護保険証を預かりに自宅を訪ねる。どんだけ怒るのかな、と思いながら コタツの前で三つ指ついて正月の挨拶をすると 意外にも急に優しい顔になった。彼は今年もよろしく、と言いながら 月に1回は介護タクシーは使うようにするから、僕が全然使わないとケアプラン料が貰えないんでしょ、と笑った。さすがに精通していると自負・・いやいや、精通しているだけあるわ(笑)
今年も頑張って市役所に通いましょうね。アナタの原動力ですものね。

2009年1月6日火曜日

さぎ


白鳥かなとカメラを向けると鷺だった。名前は「オレオレ」「フリコメ」かな。白鷺城と呼ばれる姫路城は好きなんだけど、やはり白鳥が撮りたかった。今年も詐欺にはご注意を!

2009年1月4日日曜日

ジャージ牛

 家族の誰かが介護が必要になった時、家族の誰かが介護の役割を担うことになる。以前の日本だったら、長男の嫁が介護すると決まっていた。最近、イエ制度が崩壊したからか、介護保険が始まったからなのか、そのようなことは少なくなった。同居、別居を問わず在宅で介護する場合、介護する家族は一人に固定されやすいように思える。兄弟姉妹が何人いても、その中の一人が介護し始めたら、他の兄弟は介護から遠ざかっていく。自宅での介護がどうにも立ち行かなくなった時に他の兄弟は、施設入所の助言や金銭的な援助はしてもでは自分が皮って介護しようという場面は少ない。もちろん、今まで介護してきた者が一番介護の仕方に慣れているから介護される側の人もそのように望むのかもしれない。でも、介護に疲れ果てて、せめて数日だけでも介護から離れて休みたいという場面でも、手助けしない。介護疲れからの心中や殺人事件で、一人で介護を抱え込んでいたという表現を見るが、抱え込まざるを得なかったのではないだろうか。介護保険は、介護の社会化を目的としてきたはずなのだが、同時に介護から離れることを容易にしたのだろうか。

 家族全員が介護をすべきだと言いたいのではないのだが、介護に頑張っている家族が「割を食った」とぼやくことがないようにと願う。

2009年1月1日木曜日

謹賀新年

雑煮

「あんなの 雑煮じゃないですよね。雑煮に餅なんか入れないし、あん餅なんて。白みそでしょう、すまし汁ですよね」デイに来ていた上品そうな女性が話しかけてきた。私も、正月の度に、あん餅雑煮の華式聞いていたが、「げてもの」の部類に入れていた。へたに批判すると、香川県民の総反対を受けそうで聞き流すことにしていた。その女性は、高知県出身だという。「この年になって無理して食べたくないし、食べなくてもこまらない」と言う。
「ひみつの県民SHOW」では「雑煮と思わなければ、おいしい」と言っていた。あしたは栗林公園に行って食べてみようかと思う。共通の話題を作るためには、「郷に入っては、郷に従え」だ。