2009年1月4日日曜日

ジャージ牛

 家族の誰かが介護が必要になった時、家族の誰かが介護の役割を担うことになる。以前の日本だったら、長男の嫁が介護すると決まっていた。最近、イエ制度が崩壊したからか、介護保険が始まったからなのか、そのようなことは少なくなった。同居、別居を問わず在宅で介護する場合、介護する家族は一人に固定されやすいように思える。兄弟姉妹が何人いても、その中の一人が介護し始めたら、他の兄弟は介護から遠ざかっていく。自宅での介護がどうにも立ち行かなくなった時に他の兄弟は、施設入所の助言や金銭的な援助はしてもでは自分が皮って介護しようという場面は少ない。もちろん、今まで介護してきた者が一番介護の仕方に慣れているから介護される側の人もそのように望むのかもしれない。でも、介護に疲れ果てて、せめて数日だけでも介護から離れて休みたいという場面でも、手助けしない。介護疲れからの心中や殺人事件で、一人で介護を抱え込んでいたという表現を見るが、抱え込まざるを得なかったのではないだろうか。介護保険は、介護の社会化を目的としてきたはずなのだが、同時に介護から離れることを容易にしたのだろうか。

 家族全員が介護をすべきだと言いたいのではないのだが、介護に頑張っている家族が「割を食った」とぼやくことがないようにと願う。

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