
寒中見舞で年賀状の返事が届いた。アイメイト(盲導犬)を連れてどこへでも行く人だった。鹿児島市内から伊集院まで歩く「妙円寺詣り」に参加したいから一緒に歩くボランティアをという電話からつきあいが始まり、学校でアイメイトの事を話したい。喫茶店に行きたい、と活動範囲は広がっていった。ボランティアが若い女性だと話せるからと楽しそうだったが、楽しい話は彼の方が得意だった。
引っ越してこちらに来てからも思い出したように電話をして、カナタイプの年賀状をもらってつきあいは続いていたが、去年私が喪中のため返事が来なかった。
寒中見舞いには、奥さんの字で、63歳で亡くなったことと感謝の言葉が書いてあった。鹿児島県でアイメイトの普及に働きかけていたことは、若い学生たちが覚えてくれるだろうか。当たり前のように一緒にマックに行ったり、電車に乗っていたけど、そんなことを普通にできていた盲人は少なかったのだけど。
父が、喪中の便りが届くたびに落ち込んでいたことを思い出した。
寒中見舞いには、奥さんの字で、63歳で亡くなったことと感謝の言葉が書いてあった。鹿児島県でアイメイトの普及に働きかけていたことは、若い学生たちが覚えてくれるだろうか。当たり前のように一緒にマックに行ったり、電車に乗っていたけど、そんなことを普通にできていた盲人は少なかったのだけど。
父が、喪中の便りが届くたびに落ち込んでいたことを思い出した。
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