2009年4月28日火曜日
意見書
えーっっ(*_*)?普通に挨拶も世間話もできる。次の受診日を忘れないように受付に聞いてメモを取る。電話も出て受け応えなさるし、私の顔だって一度で覚えてくれた。所々で物忘れが見られるが、日常生活に重大な支障をきたすほどとは言えない。
医師の診断に意見なんてするつもりはないが(思いっきりしてるけど)患者のドコを診てるのか、と問いたい。アナタの経営している施設に入居している方だからじゃないの?と言いたくなる。・・と言うか それしかないけど(-_-)
案の定、Kさんの認定更新では介護度が上がった。先の介護度でも十分サービスは足りていたから 特に上がらなくてもよかったのに。Kさんは介護度が上がったことを気にされていた。
2009年4月26日日曜日
捨てる
何かを得るためには、何かを捨てないといけないのかと思うことが多くある。介護サービスを受けるためには、困っていることを説明しなければならないし、身内の恥や、見せたくない部分を他人に見せないといけない。特に時間もなく命に関わる時は、命を繋ぐためにそのほかのことは捨ててしまう。事故や戦争で大けがを負った時に、手足の切断や傷口の痕が残ることを気にすることはない。
生活保護を受けている人か゜一人で生活できなくなった時は、施設の介護内容や部屋の広さや食事の味などの善し悪しを気にすることはなく、生活できれば文句を言うべきではない。利用者のこだわりや好み、生活の質なんで気にすることはできない。「たまゆら」の火事を考える時に、色々なものを捨てざるを得なかった利用者は、結局家族や社会からも見捨てられていたのではないかと思う。
2009年4月20日月曜日
余裕
問題と言えば、暇になるとトイレに行って1時間近く居座ることと、だれもいないとコードをコンセントから抜いてしまうことぐらい。といっても家族にとってはストレスなのだが。
ショートステイでは、トイレに行った帰り、職員を捕まえて「わしは何でここにいるのだ。家に帰してくれ」とつきまとう。施設のフロアーには40人の利用者がいて、一人の職員で夜介護する。だからつきまとわれると仕事にならなくなってしまう。しかし、家に帰りたいというのは自然の感情だから、家に帰りたいというのは異常な行動ではない。
認知症の人に対し良い介護を行うことは難しくない。介護者が穏やかに寄り添うことなのだ。不安を抱えて、自分がどうしたら良いか分からない人に、さりげなく手助けすること。訴えに耳を傾けること。多少の技術は必要かもしれない。しかし、素人の家族が介護しても穏やかな生活を送っている例を見るに付け、認知症の人の介護で一番大切なのは、介護者の穏やかな態度だと思う。どんなに知識があって技術がある職員でも、穏やかな精神状態で40人を介護することはできない。
この国は、介護にお金を掛けようとしない。だから、職員や家族は余裕を持つことができないのだ。
2009年4月19日日曜日
別世界
この世には色々な世界がある。見ようとしなければ知らなくてもいい。貧困、介護、障害、政治等々。1ヶ月ほど仕事を休んでマイペースな生活をしている中で、今まで自分がいた介護の問題は関わらないでおこうとすれば、それでも何も困ることがないと気づいた。世の中の人はきっとこのように介護や老人福祉の世界と無関係で暮らしていっているのだ。ぽっくり寺やピンピンコロリ、アンチエイジングという動きはこの世界に近づきたくないという気持ちの表れなのだ。
先日待ってもエレベーターが来ないものだから11階からから階段を降りた。昇りより楽と思ったのが間違いだった。日頃の運動不足がたたって、腰と膝が痛い。老化現象はいずれ来ると思い知らされるから困ったものだ。
2009年4月15日水曜日
知らない
「だれも知らない」という映画がある。4人の子供を置いて母親が恋人のところに行く。子供たちは、時折母親から送られてくるお金で力を合わせて生活をする。病気で亡くなった末っ子を残された子供たちで埋葬する。どうしてこんな厳しい中でどうして子供たちは、母親を恨まず生活を続けられたのか。それは、母親との楽しい思い出があったからだ。
何もしないホームヘルパーの事業所を変えませんかと薦めても、どこも同じだからと断っていた人。自分たちの施設が一番良いと言っているが、入所して数日で床ずれができる。どうしてこんな介護で満足しているのかと不思議に思うことがある。
選ぼうにもほかの選択肢を知らないのかも知れないし、現在の自分のレベルがわかっていないのかも知れない。
2009年4月14日火曜日
普通で・・
3%介護報酬がアップした。だから何?それが何?今まで月に100万の売上があった会社が、月に103万に売上が伸びたとして、だからって会社が給料アップなんかしてくれるってか(?_?)
頼みますよ・・マジで(:_;)普通に物事を考えて下さったらいいんです。お偉い先生方に元々多くは期待してないんだから普通でいいんです。
2009年4月13日月曜日
一人ぼっち
先週の木曜日、一人暮らしの男性が救急車で入院した。デイでは、昼食の時からむせていたが、夕方発熱して自宅での療養が困難だという判断をしたようだ。病院のソーシャルワーカーは、誤嚥性肺炎を疑って、土日急変して、最悪死亡した時の事を心配して電話が来た。家族や親族の連絡先を教えて欲しいと言われてファイルを見ると、名前はあるが電話番号はない。離婚した時に長女は母親と一緒に暮らすようになって、それ以来音信不通。幸い弟がしないにいる。住所も分かっているので、速達で至急連絡して欲しいと伝えた。月曜日、弟からの電話は、縁を切ったのでそちらで焼くなり葬式をして欲しいと言って切れた。
病室に見舞いに行くと、痰が絡んで咳き込みながら一人で寝ている。具合が悪くなったのがデイサービスで良かったと思った。
2009年4月11日土曜日
カエル
「師走の蛙は、寒蛙(考える)」は大橋巨泉の言葉だけど、前回の「怒り」の原因を考えてみたい。
介護保険が始まってすぐの頃、私は訪問調査をしていた。あるグループホームに入所している女性から認定取消の申請書が届いた。自分は痴呆ではない。だから介護は必要ないので認定を取り消して欲しいという意味の事を自筆で書いてあった。上司である係長は、これだけの文章が書けるのだから痴呆ではないと申請を認めて認定を取り消した。その結果、グループホームの費用は自費で支払い退所になった。
この女性にはあきらかな物忘れがあった。以前女学校の教師をしていたので文章力はある。認定の取消ができることは介護保険証とともに文書で説明してあったから、申請書を書くことは可能だった。彼女はグループホームでは問題児だった。プライドが高く、デイケアにも行かなかった。グループホームに入所していても、重度痴呆と医師が診断すれば医療で行われるデイケアには行くことができる。彼女は、自分が痴呆の年寄りと扱われることに我慢ができなかっただけなのだ。
彼女は自宅に帰ったらしい。そして再度認定を受けてヘルパーの支援で生活できた。
彼女と前述の男性の違いは、帰る家があること。年金がある。自分の気持ちを市役所へ書いて遅れる表現力があること。認知症がない男性よりも多くの選択肢を持っていた。
住んでいる家が取り壊される。代わりの家をすぐに探すことができない。頼る家族も親族もいない。お金は生活保護の中で融通付けないといけない。包括支援センターのケアマネは、選択肢を意識的に少なくして、自分の考えたケア(認知症もないのに、それも今の住所から遠く離れたグループホームへの入所がまともなケアだと思えないが)に追い詰めたのだ。
福祉の援助は、人並みの生活を送るための方法を選ぶことが難しい人に、自分の意思で選べる選択肢を増やすことだと思う。たとえ、選択肢が少なくても、時間を掛けると選択の幅は広がる。男性がグループホームに入所した後で、公営住宅やケアハウス、養護老人ホームなどへの転居の機会が与えられることを願うしかない。
2009年4月10日金曜日
怒りが
風呂もガスもない家で一人暮らししていた男性。来月から要支援の認定が出た。地域包括支援センターのケアマネは、自宅を見るやいな、グループホームの入居を決めて、自分が親しい医師に認知症有りの診断書を書いてもらう手はずを整えた。大家がここを壊したがっていると本人に説明したものだから本人は仕方ないと諦めている。
確かに仕事は速い。電話もなかったから、様子を確かめるのに頻繁に訪問していたが、その心配もなくなる。でもおかしい。
数日前の説明を覚えていて、金銭管理もできている。認知症は全くない。それなのに認知症の施設に入所させるとは。本当に入所を待っている人の機会を奪うことになる。
自由に外出して、買い物したいという本人の希望は果たされにくくなる。しかし、そのことを本人に説明したのだろうか。
家主は、借家をすぐ壊そうとは言っていないのに、大げさに説明している。
まだ、担当していないのに入所の話を進めている包括の態度は、厄介者扱いしているように思える。
自宅近くの施設や老人住宅を探してきたが、本人が気にくわなければ断ってきたのがいけなかったのか。それでもこのような問題の解決方法には怒りがこみ上げてくる。
2009年4月5日日曜日
春
新年度になると色々なことが変わる。私も職場が変わったが同じ対人援助の仕事と言うことで、続けて書いていきます。
髪の毛が少ない友人曰く、みんな散髪代が安くなるだろうと言うけど、少ないということは1本の髪の毛でも貴重ということだから、床屋は神経を使うんだ。だから、散髪代が安くなることはないと、真顔で言う。でも、4月からの介護認定調査では、毛髪がない場合は整髪は「介護されていない」となって「自立」と同じ扱いになる。寝たきりの人は、歩行介助がなくなる。こんなので良いのかと腹立たしくなる。では、食欲がない人は食事を勧めなくて良いのか。何もできなくなった人は、援助しなくて良いのかと屁理屈をこねたくなる。NHK特集で、植物状態の人にも、電気刺激や立位をとったり、体を揺らす刺激を与えて脳細胞の再生を図ろうとしている病院があるのに。
介護の世界の人だけでなくみんなが怒るべき問題だと思う。





