2009年5月28日木曜日

蛙の子は蛙

母親が保護をもらっていたから、娘も保護をもらうことが当たり前と思っている、と担当のケースワーカーは吐き捨てるように言う。社会福祉の学問では、母子家庭は経済的な弱者なのはなぜか、とか貧困の連鎖をどのようにして断ち切れるのかという研究で扱っていることを、蛙の子は蛙と言う発言は聞き逃しできない。女性の収入は平均して低い。特に育児中の女性は責任のある仕事に就く可能性は低い。最近では、パートや派遣などの非正規労働に男性が進出してくるから、条件の悪い仕事しか回ってこない。それでも仕事があれば良い方だという時代になってきている。貧しさは進学の機会を減らし、落ち着いて生活することさえできない。そのような家庭の子供が、高学歴であることはまれであり、高収入が期待される資格を修得することもできない。
そのようなことに思いを馳せることもなく、保護を受けることを恥と思わないのは、安易な生き方をした母親の生き方を見習ったからだという言い方は許せない。児童扶養手当があるから離婚する女が増える。児童加算を無くせば自立すると考える政治家がいる国では、福祉は「お恵み」から脱することはできない。

2009年5月25日月曜日

グラン・トリノ その2

映画のエンドロールの背景に流れる歌は、年配の歌声から若者の歌声へと代わっていく。道を走る車は、グラントリノからアメリカの車から日本車へと代わる。
映画のテーマの一つは「交代」ではないのかと、思わせる。
主人公の家がある住宅地は、いつの間にかアジア人種やアフリカ系の住民に代わっている。
フォード社の組み立て工だった主人公の息子は日本車のセールスマンに。
息子たちは家から追い出されるのに、隣の家の親戚たちは料理を持って家に招き入れられる。
そして、主人公が今までの仕事の証として大切にしていたグラン・トリノは…

老人にとって時代の流れは受け入れがたいが、新しい形で引き継がれていくものだと

この映画は、是非多くの人に観て欲しいな。

2009年5月23日土曜日

グラン・トリノ

「クラン・トリノ」を観てきました。紹介する記事やブログが褒めちぎっているので、是非観たかった。
妻を亡くしたばかりの主人公が、苦手だったアジア人の近所の人と親密になっていく。神父への懺悔の内容も考えさせられる。頑固な老人になったクリントイーストウッドが、地域社会の中に溶け込んでいく場面では観客の笑いを誘う。 フォード製の大型車と日本車が、頑固な老人と合理的な現代人とを象徴しているように見えておもしろい。
人によっていろんな見方があるだろうけど、人種や年代、地域社会の問題を取り上げた映画としてみると社会福祉を考える教材となると思った。

2009年5月20日水曜日

介護は人

研修で、老人、障害者や保健、母子などの社会福祉サービスの説明があった。制度はいろいろ変わっていて、サービスも増えている。福祉サービスは生活を支えるための一つの資源だと思っている。うまく組み合わせて調整ればいいと言う点では、料理の材料や調味料と一緒だと思う。しかし、子供の時に畑からもぎ取って食べたトマトと、今スーパーで買って食べるトマトとは味や匂いが違う。

福祉サービスも、それを行う人がこんな状態でよいのかと考えさせられる本の一つ。

2009年5月17日日曜日

雨読

図書館の返却期限が迫っていることもあって、溜まっているレポートを脇に置いて、読書(現実逃避とも言うけど)する。
特別養護老人ホームの主任が、こんな本が出たら施設はやっていけない、と嘆いていた。しかし、その施設にショートさせている人が立て続けに転倒して入院になった。彼に、何か私に恨みがあるのか。転倒しているのは私の担当している人だけなのか、と苦情を言ったことがあるほどだから、彼が言うことはあながち嘘ではない。朝方立てなくなって診察したら大腿骨頸部骨折。出血があるから病院に連れて行ったら、入浴中に転倒したことが分かった。入院手続きの時に、病院看護師からどんな風に転倒したのですかと聞かれた、施設看護師は「分かりません。いつも付いている訳じゃないですから」と答えた。夕食後に急変してその夜に亡くなったのに、肺炎だったから仕方ないと。手帳を見て思い出せばもっとたくさんある。

確かに、職員は足りない。忙しくて、疲れている。家に居たって転倒する人は転倒する。何もなくても、交通事故で死ぬ人もいるのだから。そんなことは家族が納得するために言う言葉であって、施設側が言うことではない。家族は、自分で介護しなかったからこんなことになったのだと自分を責める。その心につけ込むことになる。

事故が嫌だったら施設に預けなければいいんだと、第三者は考える。パーキンソンの人やハンチントン病、動き回る認知症の人は断る施設が多い。職員が付きっきりで負担が大きいと言うけど、素人である家族が一人で24時間見なければならない負担と比べるとどうなんだろう。介護保険制度で介護を受ける権利が認められたと言うけども、相変わらず介護を手伝ってくれるという「恩恵」には変わりない。

読み終わって、書棚を見ると帯封が付いて買ったままの本がある。認知症の始まりもあるのか、いや、買っておいても損はない本だからと納得することにする。

2009年5月16日土曜日

注文の多い

お前たちが言うのは、口先だけだ。本当に心配しているのなら、こんなにたくさんの人が困っているのを聞いたらノイローゼになるぞ。他人事だと思っているから、適当に応えているのだろう。

相談に来た男性が大声で怒っている。彼の言うとおりだ。相談に来る人に感情移入して悩んだら身が持たない。手助けしたくても、時間も利用できる福祉制度がない。自分で解決できるようにアドバイスしかないんだよね。

宮沢賢治の「注文の多い料理店」のように、メニューは少ししかないのに、書類を書け。書類を持ってこい。あれはできないのか、これどうだとと注文されることが多い。(写真は「ハンズマン」というホームセンター。18万種類以上の商品が揃えてある)

カウンセリングの先生が言った事で忘れないことがある。

1.相談に来る人は、すでに問題の解決策を持っている人が多い。自分の案が正しいのか、確認を受けたいだけの人も多い。もっとも、その解決策が正しいのかどうかは別だけど。

2.カウンセリングの機関を必ず設けること。いつまでも手伝うと、解決能力が育たない。
3.相談に来た人の問題が全部解決できることはない。あのイチローでさえ3割打者なのに、天才でないカウンセラーは2割できれば上々。

2009年5月15日金曜日

付加疑問文


利用者の体調が悪くなったが、家族に連絡が取れないとディサービスの職員から連絡が入り、急ぎ会いに行く。今朝は降圧剤を服用せずに来た様子で 血圧が上がり、めまいがすると言う。本人はワリと元気そうに答えるが 脳梗塞を起こしたコトがあるので 心配だ。看護師によると頭痛はないようだが、下の数値が高いのが気になるとの事だった。家族に再度電話してみたが 連絡はつかない。ディサービスの職員は「病院へ連れて行きますか?」と言った。「受診のあとは自宅に帰らなければならなくなりますけど それでもいいですか?」「自宅で一人にしておく訳にはいかないでしょう」と言うと「受診するならディサービスはお休みと言う扱いになりますから こちらで休養して頂くことはできない。家に帰って貰います」主治医は隣接する同法人の内科だ。家族が迎えに来るまで病院で休ませて貰えないのか、と聞くと 今日は午後から休診なので無理だとのこと。「家に帰るわけに行かないのなら受診できません。どうしますか?」・・どうしますかって 受診させてそのあと、ここで家族の迎えを待つのが一番なんだけど(-_-)
他の病院の受診も考えたが 主治医がすぐ隣にいるのに変な話だわ(−_−#)本人は家の鍵も持たされてないから帰るに帰れないし・・などと考えていたら「じゃあ、こちらで休養して頂いてディサービスは続行、受診はしないで家族の迎えを待つと言うことで いいんですね?」・・ついに付加疑問文かよ(-.-;)なんか責任転嫁に聞こえますけど(?_?)
看護師がこっそり私に耳打ちした。「こんな時に四角四面の対応しかできないなんて。すみません・・。」
大規模なディサービス、いちいち対応していたら手が合わないのだろう。マニュアルにない前例は作りたくないだろうし。だけど高齢者をお預かりする以上、どんなコトがあるか分からない。家族に連絡が取れないことだって往々にしてあるはず。緊急対応時は 介護報酬のことを考慮するのは後回しだろうに。

2009年5月13日水曜日

相談援助

息子の恋愛話を延々と聞かされた(-_-)意味が全く分からないし、何がどうなのか全く分からない。彼がどうなりたいのか、何が問題なのか、どうすれば解決できるのか・・。ニーズがあって目的があって経過があって・・追体験までしてみるが・・・う〜ん(?_?)
とんちんかんな返答しかしない私に「人の気持ちが理解できない人に相談するんじゃなかった」え〜っ!?さんざん一時間も付き合わせといてそれかい(−_−#)
「ケアマネって相談援助の仕事だろ?そんなんで仕事できるの?」だって(-_-)
・・・つらかった。

2009年5月12日火曜日

名も知らぬ♪

気が重い仕事だと思いながら斎場へ向かう。事務的な葬儀社のおじさんと、もう一人きれいな若奥さん風の女性がお辞儀する(女性には、枕詞として美人や美女とつけた方が良い。美女の首なし死体発見という見出しもあったけど)。聞くと、担当のへルーパーさんだと言う。一緒に、棺の窓を開けて最後のお別れをして荼毘にふす。午後に遺骨をもらいに来ますと、事務所に帰ると、県営住宅の担当者が昼に弟さんが立ち会って自宅に入ると電話がある。この担当に女性も、声から判断するとしっかりとした美人に思える(女性は分け隔てなく美人と表現する)。彼女の電話で、今まで縁を絶っていた弟が出てきてくれた。会議の予定をキャンセルして立ち会うことにする。弟さんは、お通帳も貯金箱一杯の小銭も要らない。福祉に寄付するからと持って帰る気はない。デイの昼食代やベッドの修繕費は財布から払ってくれるから、脈はあるのではと、団地の担当者と説得することにした。弟さんは、自分の仕舞いは自分でしようとして貯金していたのではないですか。他人では、貯金は解約できないから、家族が本人の思いを代行して欲しい。別れた奥さんとも電話で話させてもらい、通帳と小銭は持って帰り、相談してもらうこととした。4トントラック一杯の遺留品を処分することを業者に依頼して弟さん達と階段を降りた。

兄の最後はどうだったのでしょうか。酒も煙草もいくら言っても止めなかったし。離婚してから気ままな生活をして、最後は車の中で寝泊まりをしていたと聞いた。兄についての電話は迷惑なことばかりでした。

ヘルパーさんと一緒に県営住宅と病院での様子を語ると、お礼の言葉が出た。このままではお骨が無縁仏になってしまうと説明すると、家の納骨堂に入れてもらえるように家族を説得してみると、頭を下げて帰って行かれた。

新聞には「なぜ『他人の死』を悼むのか」という斉藤環氏の文が載っていた。お経の一つも上げてもらえず、お骨を紙袋に入れてミニバイクで持って帰ることに後ろめたさを感じていたが、弟さんが家族の一員として扱いたいと言い出したことか゛「名前」を取り返したことになるのかなと思う。

背中越し

ディサービスに慣れるまで 心配だしご迷惑もかけるので数回付き添うとご主人から申し出があった。3月の利用開始から二ヶ月近くが経つが今もって付き添いをされている。大規模なディサービスのため、他のご利用者の目もあり、ディサービス職員から 付き添いをご遠慮頂きたいとの相談があった。ご主人の気持ちもよくわかるし、事業所側の立場もよく分かる。奥様は自宅でもご主人の姿が見えないと徘徊をするほど ご主人に依存しているようだ。自宅を訪問して私が奥様に話しかけても 全てご主人が答えてしまう。奥様が何か言おうとしていても「お前は話さなくていいから」と遮ってしまう。確かに問い掛けとは全然違う返答をなさるが、じっと聞いているうちにきちんとした会話になる瞬間がある。それを何度も引き出したいのだが。ご主人の「自分が妻を守る」と言う使命感と愛情がそうさせるのであろう。
しかし毎日 15分でいいから 奥様と向き合って話しを聞いてあげて欲しい。ずっと一緒にいても 背中を向けて「君は黙ってなさい」と言われるうちは 奥様はご主人を捜すことを止めないのではないか。「僕がいるから大丈夫、何でも話してごらん」と言ってくれたらいいのに・・。などと自分の理想の男性像を語るつもりではないのだけど(^^ゞ
「〇〇さんは ご主人に大事にされて お幸せですね」と言うと「あらまぁ、そうかしら?ありがとう」と答えることができる奥様。その瞬間を見逃さないであげて欲しいのです。付き添うと寄り添うは 似ているようで違うものです。

2009年5月11日月曜日

普通って・・

家事は果てしなく奥が深い。旦那が皿洗いをしたあとは その後片付けがあり、そっちの方がウザい(-_-)皿は確かに綺麗に洗ってあるが 食器乾燥機の中の乾燥している食器を片付けずに洗った皿を重ねるものだから 山積みになる。シンク周りは水浸しにするし、フキンを洗濯機に入れちゃうし(*_*)
洗濯もやり方があって やたらと洗剤を入れたら綺麗になると勘違いしている。干し方も 裏にして干す物とか 下着は外側から見えないように干すとか ハンガーの跡がついてはイケないものは別にするとか 左右均等にバランスを取りながら干す・・とか。やり方があるんだいっ(T_T)取り込み方も然り。せっかく叩いてシワを伸ばして干しても ぐちゃぐちゃに取り込まれては 身も蓋も無い(:_;)
そう、確かに身体介護より生活援助の方が 別の意味で神経を遣う場面は多いかもしれない。「普通、こーだよね?」の『普通』の許容範囲がやたら広いし、逆に異常に狭かったりするからだ。
ホームヘルパーさんは ホントに大変な仕事だと思う。

2009年5月10日日曜日

男子厨房に

実家で奥さんがぼやく。どこに何があるのかわからない。どこに皿をしまってよいのか、片づけできない。
そうだよな。だから私は奥さんがいるときは調理や片づけなど家事をしないことにしている。自分なりの流儀があるから、勝手に食器を棚にしまうと場所が違うと言われるし、場所を尋ねると日頃手伝わないからだと言われる。生活援助の報酬が低く評価されているのは、厚生労働省のお偉いさん方が、自宅で家事をして奥さんに叱られたことがないからだと思う。

晴れた日は、洗濯と布団を干して、掃除機をかけて風呂を洗って、その間に骨董品のスクーターの手入れれをしてと、つかの間の主夫を楽しむことにする。

2009年5月9日土曜日

霊蔵庫?

担当していた男性が亡くなった。兄弟や子供は絶縁しているから来てくれない。病室に残っている紙に、「9時35分 呼吸停止」と書いてあるから、医者が死亡を確認する10時まで延命処置をしてくれていたのだろうが、息が止まった時は一人だったのだろう。

身内なら簡単に手続きできることも、他人がするとなると手続きが面倒だ。葬儀社が斎場に移送してくれるが、斎場の担当者が「3号室は故障しているので、真ん中の2号室へ」と言う。えっ、霊安室が故障??  言ってる意味が分からない。火葬の時間を伝えた葬儀社の担当者に葬儀はないことを伝えると、「○○時に、レイゾウ庫から直接焼き場に入れていいんですね」と言う。 「レイゾウ庫????」なんだそれ。斎場の霊安室に着いて、棺を運ぶ。棺が入る箱が3つ並んでいる。なるほど!! 冷蔵庫みたいに冷蔵するのだ。故障するというのは、冷えなくなっているのだろうなと合点する。とすると、葬儀屋のおばちゃんが言ってた「レイゾウ庫」とは「霊蔵庫」と表現すればいいのだろうか。

自治会の役員が、最後のお別れをしたいと言ってきたのが救いかもしれない。、

2009年5月7日木曜日

当たり前の事?

利用者の意思や希望を第一としてとらえて、援助することをパーソンセンタードケアや利用者主体などといって、これに異論を唱えると、おまえは優しさが足りない、福祉の仕事をする資格がないと言われかねない。でも、夕食を六時にすることにこだわったせいで職員のローテーションが難しくなった。在宅では、五時に夕食がすんでいるところも珍しくない。毎日の入浴が普通だとして入浴回数を増やす努力を強いたばかりに、流れ作業の入浴になって職員は一日中入浴介助する羽目になった。介護職員を確保するには、介護という仕事が、処遇の悪さを「愛」「優しさ」「熱意」でごまかすのでなく、普通の労働にならなければならない。今の介護保険ではどんなにしても、利用者が満足できるケアはできない。だとすると、介護という仕事がもっと楽になることも考えるべきではないだろうか。

2009年5月5日火曜日

休日

今朝は庭で何やら怪しげな音がするので目が醒めた(*_*)ザクッザクッ・・スコップで土を削る音。庭に出てみると旦那が花壇を削っている。庭を改造するらしい。「何それ?誰か埋めるつもり?」嫌な予感は的中・・連休のド真ん中に 旦那の思いつきでスコップを持つハメになった私(:_;) 「よかったよ〜。独りでやってた時は いつまで続くんだろ、と途方に暮れてたんだよ〜」・・だったら最初からやるなよ(-_-)
旦那が削った花壇の土を庭の低くなってきた場所にスコップで運ぶのが私の分担になった。左手でスコップを支えながら土を運ぶ。左手がぷるぷるする。(振戦及び上肢筋力低下)などと一人で思いながら黙々と作業を続けた。・・石油でも出ないかな~。 だけどこれ続けてどうすんだろ・・?
夕方、やっと花壇が無くなり、庭が少し広くなったように感じた。旦那は満足そうに「お前の車、ここんとこまで入れてみてよ」と花壇があった場所を指差す。言われたとおり車を入れてみた。「ほ~ら、やっぱりココまで入るだろ!」
え?もしかしてそれだけのために(-_-)?もしかしてそれだけのために連休の貴重な一日を潰したと(-_-)?
「明日は6時からタケノコ掘りに行くからね」「なんでそんなに朝早くから・・昼前でいいじゃん」「ハミが出るから涼しいウチに行くの」「はみ?はみって何?」「へびだよ」・・じゃあ 普通にヘビって言えっちゅーのっ(−_−#)
晩御飯を済ませてから知らないウチに爆睡していた。利用者にタケノコご飯のおにぎりと一緒に利用票を配る夢・・。利用票を渡す左手がぷるぷるしていた。

目からウロコ

新聞広告でタイトルに惹かれ、よくネットで本を買うが、これも その一つ。内容は タイトルのとおり、認知症事例検討会での竹内教授や事例発表者、質疑応答に至るまで、発言者の言葉をそのまま書き連ねてある。たまに竹内教授が質問者のケアマネにきつく言ったりする部分があって 臨場感があり 面白い。あるケアマネが「長年ケアマネをしている者ですが・・」と言うと「長年ってことないだろ、どんなに長くても、たかが平成12年からじゃないか」なんてことを言っちゃったりしてる。きゃあ~(>_<)
本の中で竹内教授が『ケアプランを書くだけならケアプランナーと呼べばいい。ケアマネは ケアマネジメントをしてこそケアマネだ』と言った主旨のことを書いている。・・・耳が痛い(ノ_・。)
この本を読むと いかに自分がテキトーに仕事をしてきたかよく分かる(-_-)
ケアプラン書いて ヘルパーステーションとディサービスの調整して あとは各事業所にお任せ、なんてケアマネは×××・・・と書いてあるし(+_+) それって私のことやないかーい( ^^)Y☆Y(^^ )
とにかく反省・・。認知症を治すより先に、自分の姿勢を治さなくては・・。

2009年5月3日日曜日

一人暮らし老人

一人暮らししている義母の家で風呂に入りながら考えた。
要支援の認定を受けてヘルパーさんが来ている。そのためか家が綺麗だ。浴室が以前より汚れてない。もし、汚い時に、たまに帰省した家族が苦情を言うのは正しいのだろうか。
何が出来なくなったのかわからなきなったことに思いを馳せることはないのだろうか。

不信

一週間前に受診した時は風邪と言われた。どうしても容態が変わらないし 軽い痙攣が出ていることを気にした家族は 一年前の脳梗塞の再発かもと思い、今度は救急車で搬送した。再発は見られず、家に帰るよう促されたが、医療機関が手薄になる連休中に何かあったら怖いと 別のかかりつけ医に頼み、連休中は入院させて貰うことにした。かかりつけ医は 低血糖を起こしているから 気をつけてあげなきゃダメだよ、と家族に言った。入院した翌朝、容態が急変し 昏睡状態に。麻痺側半身が痙攣を起こし、呼びかけにも応答しない。今日になって かかりつけ医から また救急車で先の病院へ。脳梗塞を再発している。一週間くらい前に起こしているから 手遅れです・・との診断。もっても、あと一週間くらいが限界でしょう、とのことだった。
モヤモヤした。どうして?と言いたいのを堪えた。一週間前に受診している。4日前に救急車で行った時も 再発ではないと言った。今日になって再発から一週間経っているから手遅れと言う。家族は納得できるのか・・。

2009年5月1日金曜日

ものは言いよう

「痴呆」が「認知症」と言い換えられ、「障害者」が「障がい者」と書かれるようになっても認知症のひとや障がい者が住みやすくなった訳ではない。言葉が変わっただけで、問題が解決されたようなやり方が横行している。現在勤めている事務所では、利用者のことを「お客」と呼ぶ。「お客様がおいでですよ」と言う。これがどうも馴染めない。「お客さま」と呼んでいれば、腹の中でどんなに思っても許される。お客様と言っていれば怒らないだろうという下心が見えてしまうしよそよそしさも感じる。

ある病院でのこと。廊下で看護師が医者に向かって大声で叫んでいた。「先生。そこのカートを持って来て」。呼び方はどうでも良いのかと思うけど、ではお客様と言っている私たちは何と呼ばれているのだろうかと考えてしまう。