2009年8月30日日曜日

黄色い自転車

小豆島が舞台となったというだけで観に行った映画。

若い母親が、認知症(?)になったために、施設に入るが息子にはパリに留学しているとごまかす。おかしいと思った息子が、母親に会いに行く、という筋。
映画館はおばさんと子供が殆どで、遠慮無く涙を拭いている。若年層の認知症ではこんな問題も起きるなと思わされる。

2009年8月28日金曜日

コミュニケーションのための


話せない、書けない人のための道具になるようなプログラム。
ボタンの文字は自由にかけられて、しゃべらすこともできる。
というプログラムを、作ってもらいました。

2009年8月25日火曜日

昔のこと

交通事故と脳出血で車椅子でないと移動できなくなっている男性。それでも、一人で公営住宅で生活している。電話では、デイのことや近所からおすそ分けをもらったことなどを元気に報告してくる。体が不自由でも、一人で明るく暮らしているという印象を持っていた。ケース記録を改めて見ると、前科○犯、アルコール漬けの毎日だったことが載っている。家族は崩壊し、親戚からは絶縁状態。その原因は男性自身にあることは明らかだ。
福祉はその人らしい人生が送れるように支援するというが、この男性らしい人生とはどのよう生活なのだろうか。どのような罪を犯したのかはっきりしないが、その被害者や相手の人たちや、縁を切った家族や親戚は、男性の今の生活を応援するのだろうか。
残された人生は、誰にとっても楽しいものになって欲しいと思うが、ケース記録を読んだ後に単純にそう思えなくなっていることに気づかされる。

2009年8月18日火曜日

身近なところの有名人

過去の栄光

彼は緑内障を患い 5年前に全く視力を失った。昔は都会の高級クラブでプロとして歌い、ピアノを弾き、華やかな世界で生きてきたと言う。俳優も経験したし、ファンクラブもあり、妻はファッションモデル...彼は昔話が好きだ。今もピアノを弾きながらシャンソンを歌っている。老人ホームを慰問し、ちょっとした地元の特集番組も作られたことがあるそうだ。とかく高齢者にありがちな『過去の栄光』だろう、と正直   彼の話しを、その話し 前にも聞いたけど...(-_-) みたいな気持ちで聞いていた。業界人としてはサイテー......。
今日たまたま某番組で 武田鉄矢さんが言った「今の自分を励ましてくれるのは 唯一 過去の自分」と言う言葉を聞き、ハッ(*_*) と思った。高齢者が言う昔の自慢話は今の自分を励ますことなんだと...。
私が彼らの年齢になった時『自慢できる過去の自分』なんてないじゃん...(´Д`)
そう考えたら明日から少しは真面目に仕事しよう、と猛省した。(一瞬だけかもしれないが...)そして、そう思えば高齢者の昔の自慢話も 今までよりずっと心地よく聞けるかな、と思ったりした。

・・・・ まがりなりにも相談援助の仕事を持つ身でありながら、今頃そんなことに気づくなんて・・・(泣)

2009年8月17日月曜日

スゴイ

いわゆる「読み、書き、そろばん」の「読み」以外に真面目に取り組んだ覚えがない。「そろばん」はボタンを押せば計算できる器械ができると言って、そろばんを持っていたのかも覚えていない。大学では、計算尺と手回し式の計算機で検査結果の集計をさせられた。カシオの卓上電気計算機は1桁が1万円だったから、一日500円で生活していた学生には手が出なかった。今でもそろばんは全く使えない。

「書き」は、二科会にも作品を出す先生が書道を教えてくれたけど、硯が濡れたことはなかった。印鑑を彫ったことで単位をもらった。その時も、外国ではタイプライターがあるから、手書きする必要は無いと言っていた。就職してからは和文タイプで起案文書も書いていた。

今となったら、そろばんも書道もできる方がよいと思うから、子供には真面目に授業を受けろと教えてきた。

認知症はそのうち治る薬ができる、と聞いてきたから多少の物忘れがあっても自分は認知症にならないと言ってきた。この本を読むと、アルツハイマーは近い将来治る。あとは脳血管障害を防げばよい。そのことを娘に話すと、今までも認知症のようなものだから、薬ができるまでに記憶が無くなるんじゃないと言う。息子は、飛行機やバイクなどの無駄な情報だけ残って他のことはメモリから消えるんでゃないとのたまう。

長年つきあってきた家族は冷静に判断するものだと感心する。

2009年8月9日日曜日

メモリが足りない


花火を写している途中で携帯のメモリが足りなくなった。受信メールは自動的に削除されていくから、音楽と写真で一杯になったのだろうと、写真を諦めて花火を楽しむことにした。
脳の記憶容量はどのくらいなのだろうか。今日の花火大会を動画にして残してたら膨大なデータ量になる。以前の利用者さんの家族との会話、着付けの崩れた浴衣姿の女性、冗談がうまかった浴衣の外人さん…。今後使うことのないような記憶が多すぎる。学生時代にいた町に帰ると、無意識でハンドルを切って運転している。訪れなければ使うことのない地理の情報なんか重要性が低い。だけど、そこで過ごした日々の記憶までは消したくないから、その日々の背景としての記憶なのだろうか。

認知症のひとが新しい施設に行きたがらないのは、今まで住んでいた生活の記憶を無くしたくないからではないかと思う。新しい生活になじめないからだと説明されてきたが、今までの生活が消えていくのは怖いだろうと思う。
今までの経験では、認知症のひとで新しい施設に入所してなじまない人はいない。2週間か2ヶ月か分からないがみんな以前からそこで生活していたかのようになじんだ生活をする。入所前と比較すると急激に認知症が進んだように見える人もいるが、施設の職員はこの人は入所した時から困難でしたよと気にかけない。
馴染まないままで生活を続けることは辛い。人は誰も自分を辛い状態で長くおくことができないから、何とかして適応して辛さを感じないようにする。それが、怒りっぽいという別の人間になって他人との関係を絶つことかもしれないし、以前の生活を思い出さないことかもしれない。私たちは、本人と家族に対して、自宅のことはいつか忘れてここに馴染みますよ、と言うこしかできない。
ピントがボケて、すぐに消えてしまう花火。認知症の人の記憶のようで寂しい。

2009年8月4日火曜日

おとうさんは辛いよ

朝日新聞で紹介されていたコミック。
車の中から男性と犬の亡骸が発見されるところから始まる。男性にとっては、途中で読むのが切なくなる。不器用な生き方しかできない男性がどうして車の中で死ななければならなかったのか、自分の生き方と照らし合わすと人事とは感じられなくなる。
今担当している男性も特に責められるような事はなかったと思うが、別れた妻と子供は合いたくないからそう伝えてくれと言う。そのことを伝えると、うなだれたまま、そうですかとだけ言って黙りこくってしまう。

2009年8月1日土曜日

雨のなかの花火

ある施設では、自宅で生活している認知症の高齢者の徘徊を24時間サポートしますと言う。高齢者にGPS機能の端末を持たせ、自宅を出たら家族は施設に電話する。職員は2人で車と徒歩に別れて後をついていくという。

以前、大分の老人ホームがオムツの随時交換をすると言い出して、全国の注目を集めたことがある。オムツを付けるのは仕方ない。おむつ交換は決まった時間に、全員のオムツを交換するということがその時の日本では常識だったから、随時交換は画期的にことと受け止められた。しかし、それからオムツ外し、寝かせきり廃止と介護の常識が変わってきた。

徘徊するひとを後ろからついて行くことが介護なのか。見守り? 見張りでは無いのだろうか。なにより、徘徊していることの気持ちはどんなだろう。どこへ行ったらよいか分からない、家に帰りたいのに帰り方が分からないなど、楽しくて徘徊しているのではないだろうと思う。公園で遊んでいる子供がケガしないように見守るのとは明らかに違うと思う。
介護のプロだったら、徘徊を無くすようにしてみろ。少なくとも、徘徊している人が、自宅へ帰ってくつろげるような援助を考えててみろ、というのが世の流れではないだろうか。