2009年11月29日日曜日

銀杏

Kさん宅隣の祠にある銀杏の樹。樹齢何百年にもなるという。
ぎんなん、落ちてないのかなぁ?
今年のは もうないねぇ。毎年たくさんできるけど、みんなが拾うからすぐに無くなっちゃうよ。
そうかぁ。来年まで待つしかないのね。
じゃあ来年は、ぎんなんが落ちたら私が拾っておいてあげようかねぇ..拾ってあげれたらいいけどねぇ...。
そうよ、来年の今頃はきっと今よりもっと元気になってるから一緒に拾えるよ。
そうかね。じゃあ頑張って元気でおらんといかんねぇ(笑)
....と言う約束をした。Kさん、長期目標できたねp(^^)q

2009年11月24日火曜日

会話が成立しない

以前訪問した記録に書かれていた。
訪問するといきなり英語で話し出す。認知症があって置き忘ればっかりするのに、幼稚園児に英語を教えているとお嫁さんが話してくれた。
私の名前はユタと言います。ユタ州で生まれたからですと、英語で自己紹介していたのだった。
これは会話を成立させるのは難しい!

2009年11月19日木曜日

フラミンゴ?


鹿児島にオープンしたホームセンターにフラミンゴが売ってあると。鷹もいるとは、小さな動物園だな。

施設を変えようとして、「自分の親なら、入所させますか」とアンケートをとったそうだ。実際、自分が働いている施設に自分の親を入れるのは難しい。家族関係をオープンにするし、職員に迷惑を掛けていると感じてしまう。しかし、食堂ならまずくて自分は食べたくない物を代価とは無いだろうし、まずお客が来なくなる。施設は少ないから入所者がいなくなってつぶれることはない。それに甘えて介護の質が悪くても東讃はしないと甘く考えているのではないか、という問いかけをしたわれだ。さすがに、みんな考え出した。しかし、職員の中で真剣に考えていない人がいた。聞くと、親との人間関係がうまく行っていないらしい。どんな処遇を受けようが関係ないだろう。では、あなたの子供だったらと問いかけを変えてみたと教え子からの電話があった。
施設に介護の質に関心を示さないのは、入所する人たちに無関心だったからなんだな。国や市町村の担当者や施設の経営者や職員なども。

2009年11月18日水曜日

抱負・・・?

秋晴れの気持ちいい昼下がり、県から電話が入った。「先日の集団実施指導、欠席されたんですねぇ」あ...そうそう、先週末にそういえば(-.-;) 「なんかご都合が悪かったんですか?」 「あ〜すみません、忙しかったもので...」 「通知、見て頂いてますよね?」 なんだよ、ネチネチと...忙しかったゆーとるやん(-_-) 「通知に書いてあったでしょう?集団実施指導にご出席頂けなかった場合、個別の実施指導をしますって..」 ...ぬぁんですと(@_@)? 「いつ行きましょうか?月末でも?」 急いで どっかにしまい込んである通知文を探す...あ...ホントだ...なんか書いてある(-_-) 「こちらの不備ですから私から県の方へ出向きます」と言ってみた。「それでは実施指導になりません」とソッコーで却下(+_+) そりゃそうだわな。別に来られてどうってワケではないが、来て貰って嬉しいモンでもない。「×月分の記録簿とレセプト用意しておいて下さいね」「はい...」「あと県のほうへご意見とか要望とかあればまとめておいて頂ければ..」
....と言うワケで師走初旬の忙しい中、県の方々がお出ましだ。派手なクリスマスの飾りつけは 片付けておかねば...

県にご意見ご要望ね...(-.-;)通知文の中に紛れた『欠席の場合、個別の実施指導を行います』の一文、せめて太字にするとか、アンダーライン引くとかして欲しかった...って言おうかしら...(>_<)
おかげで早々に来年の抱負ができた。「集団実施指導には必ず出席する」

2009年11月9日月曜日

介護の仕事は難しい

介護職員が足りないのは、もちろん処遇の低さや身体的負担の大きさがある。しかしもっと克服できない問題は、介護の方法が決まっていないと言う点にあると思う。個別性やその人らしさなどというけど、簡単に言えば解雇という仕事はパターン化されない。これでなければならないということも、これが一番良いという方法もない。それで、管理者や先輩が思いこみの方法を教えるが、必ず良い結果がでるわけでない。教科書や講習で学んだことも、みんなに当てはめることはできないから、モデル的な方法が作られない。

新しい職員は、いろんな方法を教えられるか、教えるほどの余裕や知識が無いから自分で経験を積むしかないと言われて放置される。そして失敗したら、叱られる。そんな職場は近代的ではない。受け容れがたい理不尽さを感じながら仕事を進めなければならない。そんな職場になじめる労働者の法が少ないと思う。

2009年11月8日日曜日

忘れたらいいのに

認知症のある女性。近くに息子が住んでいるが、余り関わりを持たず一人暮らしをしている。今から行きますから玄関を空けていて下さいねと電話を掛けていても、10分後には忘れている。
こっちの顔も覚えられていないから、毎回何の用事で来なさったと不審者扱いをされる。「この辺に田中さんって家がないですか」と尋ねると喜んで家に上げて、お茶を出してくれるが、台所に行ったところで何しに言ったのか忘れたのか、カビの生えたお菓子を持ってきてしきりと勧める。聞くと、役場に勤めていて女性として初めて課長になったと言う。だから町内の人の名前はみんな覚えていた。
デイサービスセンターから、欠席が多いと聞いていたので何で休むのか尋ねても、私はそんな所には行っていないと素っ気ない。

女性の管理職と言えば、頭が良くてブライドが高いから知り合いに会うのが嫌なのかと思っていたら、意外なことを話し始めた。昔、国民年金が始まったときに年金の係をしていた。強制加入じゃなかったから、加入を勧めないといけないんだけど、この辺は農家が多いでしょう。現金収入が少ないし、もらえる年金は1万円ぐらいだという話だから加入する人が少なくてね、結局、いま年金をもらえない人が多くいる。もらっても3万円ぐらいなのに、自分は20万円以上年金をもらっているのが、みんなに申し訳ない。何であのときに強く勧めなかったんだろうなと後悔している。

そんな事こそ忘れたらいいのにね。

2009年11月1日日曜日

よみがえる記憶

この時期になると12時前に眠れなくなって、洗濯や掃除しかすることが無くて困ってしまう。去年3回目の受験で国家試験に通ってしまったでしょう。3年も年末に勉強する癖がついてしまっているから、この時期は早く寝ると悪いことをしているようで。
そんな話を聞いたためか、以前の仕事の事を思い出して旨が痛くなった。今多ったらもっといい仕事をしてあげたのに、恥知らずなことをしてしまったと目が冴えてきた。赤点をとって顔の血の気が引く夢よりも、相手がある分だけ胸が痛む。困ったものだ。老後も思い出すことがあるのかなと心配になる。