2010年12月31日金曜日

大晦日に

年越しソバは しっぽくにした。いつもより早めの夕食を済ませ、明日の雑煮の出汁だけは用意して いつもより早めに風呂に入る。テレビを観ながら『もっと面白い番組ないんか』とブチブチ言うのも いつもどおりの大晦日だ。
ただ一つ違うのは、今年は義父が病院で年越しを迎えること..。先日入院してから食事を摂れないでいるから 今頃は点滴をしながら 病院の個室で一人、紅白を観ているのだろうか。一年前には想像もしていなかったことだ。
明日の朝はなるべく早く義母を連れて病院に行こう。そして初詣で念入りにお参りして来よう。
来年の今頃は 義父母とともにハワイなんかで年越ししていたりして。だって一年前に想像できなかったことが 起こることもあるんだからp(^^)q
どうか佳い年になりますように。

2010年12月30日木曜日

家と友達と思い出

これからどうしたらいいのか、わしには分からん。と母を亡くした息子は泣きそうな顔で言う。夫の連れ子と記録に書かれていて、老人ホームに来ては小遣いをくすねていたと聞いていた。
これから、母名義の家と土地を相続するのだから、しっかりしろと励ますが、友達もいないとつぶやきながら帰った。

特効薬

一時間で目からウロコ..つまらないイライラなんか 吹っ飛んじゃう〜(>_<)
絶対に悪くない、と意地を張っている自分がアホらしくなる。
疲れている人に贈りたい。癒される本です。

2010年12月27日月曜日

2010年12月24日金曜日

aging

帝国ホテルを扱った番組で、このホテルにある肉専用の部署、ブッチャーの人が肉はガーゼにくるんで一週間ぐらい置いて熟成させるのだという。鹿児島のレストランの人も、肉は新聞でくるんで店内の棚に置いている。肉は腐る前が一番おいしいのだと説明されたことを思い出した。帝国ホテルの人は、熟成を英語でagingというと説明していた。

世の中アンチエイジングばやりで、agingイコール老化ととらえるが、agingは「熟成」なんだよと子供たちと電話で話した。

息子は、ラードも熟成するのか、と冷たい。娘は、腐りかけは、賞味期限切れじゃないとつれない。

そんなこというけど、本当は若いい娘の方がいいんじゃないと反論されそうだけど、眺めるだけならそれでいいけど相手にされないし、何より話が楽しくない。やはり、単に年をとるだけじゃなくて「熟成」されてないとね。

2010年12月23日木曜日

おみやげ


試食品の和三盆を口に含むとすぐ溶けて甘さだけが残る。父が一日一個ずつ大切に食べていたと母から聞いたことを思い出した。嚥下できなくなって、口にできる唯一の甘い物だった。こんな事なら毎月送るのだったと後悔したが、たまに帰った時の土産だからよかったののではないかと勝手に納得することにした。

2010年12月17日金曜日

別にいいんだけど

今朝の新聞に『これが、クチコミで広がっている離煙パイプです』と 新聞の一面全部を使った大々的な広告があった。
...やってるコトと言ってるコト、矛盾してないか(-_-)?

2010年12月12日日曜日

正解

春雨の料理をテレビで観てる時、「鍋に入れると透明になる、白くて長いアレ、何だっけ」と奥さんが聞く。しばらく考えて「シラタキじゃない」と言うと「違う。原料が米で、娘が好きだったアレ」と否定される。次の日、スーパーの惣菜売場で「クズキリだ」と思い出したようだ。
思い出すのに時間がかかるのは、年のせいだから仕方ないが、思い出した事が思い出そうとしている事と同じだとどうして確認するのだろうと、以前から疑問で仕方なかった。パソコンやバイクを分解した後ねじや部品が見つからず、探し回ったあげく見つけた物が探していた物と一緒だったと確認するにはねじや部品を組んでみて正常に動くことで確認できる。しかし、思い出せない事や物を、記憶の中から拾い出して、これが「アレ」だったと確認するにはどのような作業が脳で行われているのか不思議で仕方ない。

今回の「葛切り」は、葛切りとともに娘が好きだったという情報が思い出されたから、思い出そうとしていた物だと確認できたのだろう。では、娘が好きだったのは別な物だったらどうなるのか。認知症の人は、覚えることができなくなるけど、覚えるためには記憶の中の何かと結びつける必要がある。「白い」「鍋料理の食材」「煮ると透明になる」「乾燥した物と生がある」「娘が好き」そして名前は「葛切り」「葛は芋みたい」「葛湯がある」などなど記憶していることのとつながって記憶の中にしまわれる。そのきっかけとなる記憶をたどれなくなると、思い出すヒントが少ないのではないか。

ちなみに、私は数字を覚えることができない。年号なんか意味のない数字が並んだだけで、覚えるためのヒントが全く役に立たないから、昭和になった年は何年かという問題に、昭和元年としか答えようがない。

2010年12月11日土曜日

雪だるま


♪A winter fairry is melting a snowmman ♪
母からの電話に、風邪気味と口を滑らせたら甘酒が送られてきた。体の中から暖めれば風邪は治る。甘酒の酵素が免疫力を高めると信じているから、ありがたく思わないといけないのだろうが、量が多い。
木村カエラのCMは妙に耳に残る。冬の妖精はが雪だるまを溶かすとは、春の妖精が雪を溶かすのではないと、12月生まれながら寒さの弱い私は思うのだが。

2010年12月10日金曜日

驚き(*_*)

昨日、娘がなにげに空を眺めてたら赤い炎とともに墜ちていったらしい...びっくり!隕石(?_?)決定的瞬間をカメラに収めたのは横にいた娘の友達..(^^ゞ
今日の新聞に、第1子の「でき婚」の割合を厚労省が分析..の記事があった。都道府県別の割合傾向まで統計してある。
暇だ...厚労省(-_-) そんなこと調べてる間にすることあるだろう。『出産年齢が若いほど割合は高く...』って..そんなんわかりきってるやないか!びっくりさせるな。
それより 納めたはずの138か月分の保険料を納めた記録がないと言われ続け、やむなく脱退手当金もらって、10年後に記録が見つかったのに その時 すでに70歳超えていたから 再加入はできず 受給資格が得れないと...。そんな事案があるのに救済措置がないと言うから こっちもびっくりだ。

2010年12月4日土曜日

セルフプラン

鬱になった人がどんなに感じているかよくわかる本。

ところで、

ケアプランにも自己負担を求める案が出ている。杖やベッドなどの福祉用具を借りている人は、ケアプラン料の方が高くなるから自分や家族がケアプランを作る人が増えるだろうという意見がある。今借りていることは、ケアマネが作ったプランの日付を変えるだけでいいが、今から福祉用具を借りようとする人はどのようにして業者と福祉用具を選ぶのか。それに対するケアマネの助言が無視されていることになぜ怒らないのだろうか。ケアマネは、あえてサービスを利用しない方がいいと助言することがある。なにもしないことではない。ケアマネにはお金が入ってこないが、その人の意欲や環境、傷病の見通しなど考えていることを評価して欲しいと思う。

介護保険制度は、つぎはぎだらけで理解しにくくなっている。介護事業者から助言を受けなければケアプランを作れないのでは、利用者は事業所の言いなりで対等な関係にはなれない、と思うのだが。

2010年12月3日金曜日

誤変換

歳末というわけではないが、月の初めは時間の余裕があるからファイルの整理をする。今までの記録と必要な書類がそろっているか改めて読むと結構間違いがある。

平成221年ってなんだ。父の生別が「女性」になっていたり、文章がつながらなかったりでよくこれでチェックされなかったものだという間違いが見つかる。もっとも、訂正されている間違いはそれ以上多いのだが。いつかほかの職員が引き継ぐと思うとファイル自体を消してしまいたくなる。

誤変換もあるが、機械のせいではない。「特別養護老人は謎の園」というのは、実態を表している。特に、職場のパソコンのIMEはひどい。頭が悪いとぼやきながら入力する。自宅は、パソコンを使い始めたときからATOK一筋だから、パソコンの方が、文体の間違いや誤変換を注意してくれる。携帯は、先読み変換があるから、便利ではあるが老眼には長文が辛い。

いつもからかわれているから、川柳にできないか考えてみた。

「恐竜も 巨乳に変わる 先読み変換」……恐竜ってほ乳類か!

自宅のパソコンは、巨乳自体が単語登録されていないかった。

2010年11月30日火曜日

備え

我が家の、私を夫に選んだことが賢いと言うと、そのことが今までの最大の間違いだったと答える奥様(以下、簡単に「奥さん」と略す)が、テレビを見ながら、私は食べられなくなっても胃瘻を開けてまで生き延びたくないと言う。延命措置のことを言っているのだと思うが、小脳出血で食事ができなくなったた父親に胃瘻を作るよう説得した私としては、胸が痛む。奥さんには、胃瘻で生き延びている親父がどう見えていたのだろうか。祖母が危篤になった時、一番早くたどり着ける私が息を引き取る瞬間に間に合うように延命措置を看護師に依頼してから車で走って行った。

自分で意思表示できなくなった時のために、そこまでしなくていいからねと言いたかったのだろうが、今まで気が変わることが多かったのだから、そのときまで気が変わっていないとは言えないんじゃなかろうかと、子供と相談して判断してしまうと思う。

食糧危機に備え、体にエネルギーを蓄えている身にとっては、冬ごもりができるまでに備蓄量を減らさないと、身体介護さえもされそうもないのだけど。

えんでないかぃ

逢いに行ったら畑仕事をしていた。小春日和の日差しを 季節外れの麦藁帽子で遮って、彼は丹精込めて作った野菜に肥料を撒いていた。一年前、脳梗塞で麻痺した左足を少し引きずってはいるが、私を見てニッコリ笑った唇は 以前は左側に歪んでいたのに、今日はとても綺麗に揃っている。
作業する手を止めようとしたので「いいよ、そっちに行くから」と畑の畦道を通り 彼の近くに行く。「今は畑が忙しくてディには行けてないんだよ」...ハイ、知ってます。アナタの家族からはディに行くよう薦めてくれと懇願されてますから(*_*)
だけどな〜、アナタと知り合って一年のうち、今日は一番生き生きしてるんだもん。動きが悪いことを意識して 左手で肥料を撒いているし、畑を両足で均したりして しっかりリハビリもできてるのよね〜。ときどき背伸びして深呼吸したりしてる。畑仕事が済んだら 奥さんと犬の散歩に行くんだって。タオルで汗を拭う仕草が頼もしく見えた。
彼の妻は要支援2の認定が下りてるから、彼女を心配して息子夫婦は 父親をディケアに行かせたいのだ。もともと彼はディに行くことは好きになれず、何やかんやと理由をつけて、夏くらいからは休みがちだった。
「ディケアに行かなかったら 日中しんどい?」ビニールハウスにいた奥さんに聞いてみた。「大丈夫よ。お父さんの気ままは今に始まったことじゃないから」「しんどいようなら言ってね、その時はまた何か考えてみるわ」
あれだけいい笑顔されたら 私も無理にディを薦める気になれないなぁ。利用者さんの生き生きした顔は 何より嬉しいから。そう、たとえケアプラン料が上がらなくてもね(^^ゞ
息子夫婦に何て言おうか..(?_?)

2010年11月28日日曜日

龍の魂

...と言うのが最終回のタイトルだった。福山龍馬がいくらカッコよくても いくらイイ人でも チンギスハンにはならず、やっぱりそこは史実に基づいて逝ってしまった...(;_;)
大河ドラマの最終回は一年の終わりを印していたが、最近は 目の上のタンコブ...じゃなくて 坂の上の雲とやらを放映しているから そのせいで12月を待たずして福山龍馬は逝ってしまったではないか(-_-)
今年もわずか一ヶ月余り...。去年と何ら成長もせず、一年が終わる。去年の今頃と違うのは、年明けに監査を控えてないから少しだけ気持ち的な余裕があることくらいだ。

○心と秋の空


男性のケアマネは少数派だ。介護する人の大半は女性だし、女性が男性の心を理解するのは難しくないが、男性が女性の心を理解するのは難しい。
「下着の社会心理学」という新書が出されている。見せることのない下着に、女性はなぜ凝るのか。聖心女子大学の教授がワコールと一緒に研究したまじめな本で、ワコールのHP「 COCOROS 」でも見ることができる。
「気合い」を入れるための心理的効果があるとは言うが、そんなものだろうと思うしかないのだろう。高齢者の気持ちの中にもあるものだろうか?作りもしないプラモデルをため込んでいる身にとっては、コレクションの一つと言われた方が理解できる気がする。
「そっと切る □の居ぬ間に 赤い糸」という川柳を思い出した。
□には入る言葉は、妻 か 夫 だったのか思い出せないが。

2010年11月24日水曜日

ドライブ

約束通り施設に彼を迎えに行った。「玄関まで車を回してあるから」と言うと「うーん...免許返して20年になるから運転には自信ないなぁ」と言う。「今日は私の車だから私が運転するわ」と言ったら ホッとした顔をする。彼は男前で優しくて紳士だ。そしてスポーツマンだ...いや、スポーツマンだった。今年94歳になる。
利用者と話しをする時は たいてい正面に座り、目を合わせてになるが、助手席に載せた時は ハンドルを握りながら 景色を見ながら 音楽をかけながら...の会話になるので 普段とは違う一面を見ることができる。身体の調子を聞くわけでもなく、来月の予定を打ち合わせるでもなく、たわいない会話が楽しい。
「柳田法相が更迭されましたねぇ」と言うと「ほぉ、そりゃまたどうして。何かしたの?」「不適切発言連発したらしいよ」「普段は考えに考えて話ししていただろうに ちょっと間違えたくらいだろう、可哀相に」 ホント彼は優しい(>_<)
あれこれと30分ほど話しているウチに家に着いた。
「今夜はありがとう」デートの帰り際みたいな台詞だ(笑)「またドライブしましょうね」と言うと「嬉しいけど、僕は運転に自信がないからなぁ..」と困ったように言う。
...と言うより免許返したなら無免許だろうに(^^ゞ

2010年11月22日月曜日

「がんばっていきまっしょい」

大学の時、遊び半分でレガッタをしたことがあった。スタートの前に、「オールメン、準備」とかけ声をかけると聞いて「All Men」のことだと思い込んでいたら、映画を見て「オール 面」のことだと気がついた。オールの先が水をつかみやすいようになっているので、逆に握っていないか確認することだった。

一九七六年の映画だけど、四国で生活してから見ると、新鮮に見える。

うどんのだしが出る蛇口が高松空港にできた。牛乳が出る蛇口の話は聞いたが、ビールが出る蛇口が欲しい。

2010年11月18日木曜日

蛙の子


パソコンの中を入れ替えた。といっても息子が使わなくなったパソコンの部品を組み込んだのだが、かなり早くなった。我が家では、デスクトップのパソコンは自分で組み立てるのが当たり前になっている。しかし、いつの間にか息子の方が詳しくなっていまい、仕事で使えるまでに3日もかかった。
娘は、映画の影響だと自分では言っているが、カメラに凝り出した。大学の時、現像代をけちるために大学の暗室を使っていた父親とはえらい違いだ。
送ってきた写真は、私の実家に飾ってあるものに似ている。SLの機関誌をしていた私の父親の影響なだろう。
蛙の子の蛙も蛙なのか。

2010年11月13日土曜日

過ぎたるは...

暑い夏の次に いきなり晩秋が来たような今年。ちらほらとクリスマスの雑貨が店先にあったりして、え〜っ(*_*)と思うほど一年は早い。焦る..また一年 なにげに過ぎ、確実に歳を取っちまった(-_-) すでに崖っぷちに小指一本だけでぶら下がっているにも関わらず それでもまだ寝る前の肌の手入れだけは欠かさない自分に感心する。
化粧品の売れ行きはCMと値段で決まると言う。ブランドごとにターゲットを絞って ターゲット世代の懐事情からは、ちょっとだけ高いものが売れるようだ。ちょっといい化粧品を使っている、と言う自己満足と安心感を事業者は上手にくすぐるワケなのだ。
お気に入りのシートマスクには「週に2回程度お使い下さい、次の日はお化粧ノリが違ってきます」などと書かれていて、じゃあ毎日使ったらもっと効果あるんかい、と思ったりもしたが、なにぶん高いため やっぱり一日おきくらいに使うことにした。だが、シートマスクでパックをしない日は「お手入れしたぞ」と言う自己満足感と根拠のない安心感がイマイチだ...そうだ!蒸しタオル美容を試してみよう!と思いたち、電子レンジで蒸しタオルを作る。持つのも熱いくらいの蒸しタオルをフハフハ言いながら顔全体に被せてみた。熱い〜、でも気持ちイイかも〜。お金もかからないし、こりゃ最高だわ、毛穴も思いっきり開いて 蒸気が肌に浸透していく感じがするわ〜。明日の朝が楽しみ〜(>_<)
次の日の朝、まぶたと頬っぺたが赤くなって ヒリヒリした。
よく見たら火傷だった...。

2010年11月6日土曜日

なにもしない


HAM症候群の男性。もうすぐ90歳になる。下肢が麻痺しているから畳の上に段ボールを敷いて両手で体を滑らせて移動する。トイレも風呂も両手で手すりをつかんで何とかできる。担当しているケアマネから、ケアプランにどんな支援を組むべきか相談を受けたが、何もしないことが一番と助言した。HAMは、ウィルスが母子感染して発症する。下肢が麻痺するだけなので他に支障は出ない。今までの生活を変えないことが一番暮らしやすい。
認知症があっても一人暮らししていた女性が有料老人ホームに入所した。階段の昇降が危なくなってきたからだったが、入所して1ヶ月足の力が目に見えて衰え、認知症が進んだ。歩く範囲は限られているし、しなければならない家事も無くなって手持ちぶさただ。あのまま、自宅で生活していた方が幸せだったのではないかと、後悔の念に駆られている。

2010年11月4日木曜日

クスリ

今日話を聞きに行った意思が、この人の病気はね統合失調症じゃなくてクスリだね、と言う。薬の副作用ですかと聞き直すと、覚醒剤だよと笑われた。事前に記録を読んでなかったのがばれてしまった。

薬は、僅かな量を体に入れるだけで体全体に影響を与える。努力しなくても飲むだけだから、手軽だ。今週頭痛が続くので鎮痛剤を飲んだが、非常に良く効く。逆に飲んでる薬によって症状がわかる。アスピリンを飲んでいる人は、痛みがあって困っているだろうと思うが、それ以外にも血栓を防いだりアルツハイマー病の予防のために飲んでいるかもしれない。この本は、胃腸薬などが副作用として認知症と間違われる症状を起こす可能性をわかりやすく欠いているから読んでも無駄ではない。

義母は、アリセプトを飲み始めてから攻撃的になって、人格が変わったようになったが、そのときから関わったケアマネやヘルパーはそれが普通の状態だと思ったようだ。副作用が見つけられない状態で新しい薬を処方することはできないから、服用を中止した。家族が同居していない独居老人は入院中でなければ新たな治療はできないことが判った。

精神安定剤を飲んでいる人を見ると、何か心配事があるのだろうかと心配になる。実母は、眠れないからと隣からもらった安定剤を飲んだら、精神科が処方した薬だったから丸一日意識が無いぐらい熟睡してしまった。こんなのは例外だけどね。

2010年10月31日日曜日

何かを得るためには捨てないと

「無縁社会」とは人間関係が無いひとが増えてきたことを警告するためのコトバだろう。以前から孤独死はあった。「行き倒れ」や「行旅困窮者」などと言われてきた。

死後1週間や2週間あとに発見とか、飛び込みして頭だけ残っているがどのようにしようかという話が毎週聞かれる私の職場では、子供が遺骨を引き取らないなんて当たり前のように感じてきている。霊安室から火葬され遺骨は無縁納骨堂。その間読経は全くなく事務的に進んでいく。成仏できるのかと自問するが、葬式は残される者のための儀式だと自分に言い聞かせる。

子供がいなくて、兄弟や親戚が亡くなった人は仕方ないが、出稼ぎに来て失業したため家に帰れない。犯罪を犯して縁を切られたり迷惑かけたくないと連絡を絶った人。浮気して離婚させられた人。定年になったが地域に友達がいないなどいろいろな事情がある。一番簡単な解決策は、身から出た錆、自己責任と言うことだがそれだけでは解決できない。

安否確認のために訪問したり、地域の行事に誘われるのは監視しているみたいでいやだという声もある。

「縁」とはつながりだから、自分から引き寄せるだけでなく、繋がれる不自由さもある。

2010年10月23日土曜日

言葉のチカラ

「脳外傷」より「高次脳機能障害」ってほうがかっこいいでしょう。「高次」って付いているから高級な感じがするでしょう。「覚醒剤」も、薬としては良くないけど「覚醒」すめって響きがいいでしょう、先日の講師をつとめた医師は言った。
外国語に比べて日本語の病名は医学の知識が無くてもある程度理解できる。インフルエンザの予防注射の申し込みに来たおばあちゃんが、「流感の注射を受けたいんだけど」と言われて、理解できなかった若い職員もいたけど、「精神分裂症」には「分裂」というと壊れたみたいで怖い。「感情鈍麻」なんて書かれている患者が笑顔を見せるとうれしくなる。表情とは別なんですよと看護師は言ったが、「鈍麻」では無いでしょうと言い返したかった。

「痴呆」や「呆け」が人格を否定すると、「認知症」に変わったが、頭が痛いのを「頭病」と言うかと反論したい。おかげで、「ニンチ」や「アルツ」と略されて言われると、なかなか子供を認知しない人のことか突っ込みたくなる。「ツッコミ」と「ボケ」がいると漫才ができるのに、「認知症」では漫才にならない。
今度、「エバンゲリオンタイプ」という言葉を広げることにした。自分たちの恋愛やトラブルを地球全体の問題のように捉えて戦うことから、自分思い込みや少ない症例を根拠にして最もらしい話を作り上げること、と説明するのだが、年配の人から「エバンゲリオン」というのは人名ですかとまじめな顔で聞かれて説明に困った。
「コトバ」は難しい。

2010年10月19日火曜日

頑張らない

義母のケアマネージャーから、次のケアマネを捜してほしいと℡があった。まだ2週間しかたっていないのに、もうちょっと頑張って欲しかった。しかし、やる気も能力も無い人に頼ってても仕方ないと、次を探すことにした。基礎資格や経験、年齢性別は関係なく、今のヘルパーさんが仕事しやすい人をと頼んだ。
そんな探し方でいいのかと義兄は言うが、口コミが一番とヘルパーさんにお任せして見つけてもらった。

2010年10月18日月曜日

リマインダー

高次脳機能障害の講習会に参加した。精神科医で高次脳機能障害の息子を持つ納屋敦夫氏の講演が、医師でありながら親として対応される姿に人間らしさを感じた。記憶障害のある人が予定を忘れないようにリマインダーを使う話があった。思い出させるものという意味だが、Yahooのカレンダーに設定すると、希望の日時にメールを送る。インターネットからのメールを受け取れる携帯を持っていて、メールが読める人であれば非常に便利でしかも無料である。

物忘れのある認知症高齢者にも活用できる、が携帯のメールを読める能力があればだけど。自動的に表示できる機械を作ってくれないかな。

2010年10月17日日曜日

山梔子


ダイエットのためだったら、30分以上踏み続けろと言われたが、車を避けて裏道をゆっくり走ることにする。
ロードバイクはタイヤが細いから体重に支えられないだろう。
地面からのショックは痔になりそうだから、ショック付きがいい、などと勝手なことを言われて、マウンテンバイクになった。
自動車と違っていろいろな風景や空気の違いに気づく。

「クチナシのハナから下は すぐにアゴ」とくだらないことを思い出した。

2010年10月14日木曜日

秋桜


山口百恵の番組があったので
コスモスです
宮崎県小林市にある生駒高原は一面コスモスが咲く。
息子が撮った写真を借りました

2010年10月1日金曜日

みました


「悪人」を観ました。出会い系サイトで知り合った女性を殺した男と、出会い系で出会った女性が一緒に逃げる。そんな筋なんですが、原作にある言葉が抜かされているから、解釈するのにちょっと難しい。
観ても損ではないので詳しい話は除くが、「どちらも被害者になることはできない」という意味の台詞映画にないがない。
亡くなる直前、お嫁さんに初めて「ありがとう」と言った認知症の人を思い出した。「意地悪なお義母さんのままで亡くなってくれれば、いじめられながらも一生懸命介護した嫁のままでいられたのに」と葬式の後話してくれた。

2010年9月29日水曜日

嫌な客!

レビー小体が疑われている義母の介護認定が、変更申請してから一月以上経って、漸くおりた。要介護2。以前が要支援1だから、日頃の様子を家族が伝える事の重要性を感じるが、そのような事に左右される危うさも感じる。
新しいケアマネがケアプランを作った。デイを変えて週3回に増やし、新しいヘルパーステーションから朝昼夕深夜に訪問する。アリセプトも始まった。
義理の兄夫婦が立ち会って決めたとファックスがきた。

ヘルパーの訪問を増やすのは、今までしていたことを取り上げるのは更に喪失感を味あわせることになり、より多くの他人が家に入ることを意味するから泥棒が入るという被害妄想が強くなることを意味する。それで、ヘルパーの訪問回数を減らすよう頼んだ。深夜の訪問は、1回しか計画していないが、今まで何度も夜中に警察に電話したことを考えるとどれだけ電話してヘルパーにきてもらうことになるのか予想できないから、削除。新しいデイは、認知症を隠そうとしている義母には、また新しい人にどうやってしっかりしていると見せる努力をしなければならないことを強要するから、今までのデイのままでよい。レビー小体がた認知症にアリセプトを投与するのは、脳の興奮から攻撃的になったり夜間の行動を活発化させることなどの恐れがあることなどを伝えた。

義理の兄たちが帰ってから、電話がしきりと掛かってきて、なぜ違うヘルパーが来て料理するのか。自分は何でもできる。お金がない。だれも私に説明してくれないとしきりに訴える。アリセプトを飲み出して5日目、ついに通帳とお金を盗ったでしょうと一防滴に怒鳴る電話が来た。翌日は、何もない。私はご飯も食べていないと悲しげに訴える。隣の人は、深夜に仕切りと動き回る音がしていたと連絡が来た。

ケアマネにアリセプトを中止したいと伝えてもらっても、任せてくれの一点張り。仕方なく、医師に連絡して服薬をやめるとつげて同意してもらった。ケアマネに服薬中止を伝えると、不満そうだが、他人には良い顔をするから副作用症状が理解できてないようだった。

きっと、ややこしい家族だと思われているなと思うが仕方ない。

2010年9月24日金曜日

無力

義父が先日から熱がなかなか下がらず、今日になって胆石が見つかった。日頃なんの親孝行もできてない私たち夫婦が病院に駆け付けると 義父はニッコリし、義母は「胆石が見つかってね...」と言う。「熱の原因が分かってよかったね」と言うと「そうね、そうね」と少しホッとした顔をする。
両親はまだ若い、しっかりしていると思っていたが、それでもこんな時は不安そうだった。当たり前のことなのに 義母の様子に つくづく思う。数ヶ月前、実家の父が皮膚癌と言われ、手術をすると聞いたとき 母が「簡単な皮膚移植で完治するらしいから大丈夫」と言った言葉を鵜呑みにして「何かあったら知らせてよ」とは言っても 結局病院へは行かなかった。あの時どんなに母が不安だっただろう、と今になって申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
今日 病院へ駆け付けても 入院の準備を手伝っただけ。実家の親には電話で様子を聞いただけ。いつまでも親孝行の一つもできない自分が恥ずかしくなる。
主人の両親とは近くに住んでいながら 自分はこんな程度なのに、まして利用者の家族に「あの家族は自分の親の介護に消極的」などと とても言えない。

2010年9月20日月曜日

恩返し

最近 地デジ対応に買い替えたのか、裏の家のテレビの音が大きい。ニュースやドラマや 何を見ているかもハッキリ聞き取れる。時折、テレビを見ながらの笑い声が聞こえたりして 笑いのツボが同じだな、と妙な所で親近感が沸く。
思えばこの家に住み始めて20年になるが、裏の家とは全く付き合いがない。20年前、まだ子供が小さくて大声でよく泣きわめいていた。子供を叱る声も 夫婦喧嘩の罵声も 全部聞こえてたんだろうな。ドタバタと子育てをしている私たちは どれだけ裏の家に騒音をもたらしていたんだろう。それでも一度も苦情を言われることもなく、ただ黙って見守ってくれていたんだろうな。20年が経って、子供を叱ることもなく 夫婦喧嘩をする元気もない私たちが 今度は高齢になって耳が少し遠くなったであろう裏の家のご夫婦を見守る番だ。
今朝も大音量でニュースを見ている。今朝も ご主人が奥様を呼ぶ声がする。「アッコさん、アッコさん」
アッコさん(推定80歳)が元気に返事をすると コーヒーを飲みながら新聞を読んでいる私は ホッとするのだ。

2010年9月11日土曜日

太平洋が見たくて

目が見えない人に、夢を見るのか尋ねたことがある。失礼とは思ったが、夢は「見る」ものだと思っていたが、声が聞こえて指で触った時のような感覚が頭に出てくるという。
精神科の医師に、統合失調症の人が認知症になったらどのようになるか尋ねた。統合失調症の症状のうえに゜認知症の症状がかぶさってくるという。病気が入れ替わってくるが、同じ幻覚でも精神疾患と認知症とは区別できるらしい。高齢化とともに身体機能が低下し精神活動も低下してくると認知症状だけが現れる。統合失調症が治ると言うことですかと聞き直すと、発症するエネルギーがなくなるんだろうねと答えてくれた。
訪問する予定の施設に先天的聾唖でアルツハイマーの人がいるルと書いてある。どんな検査をしたらアルツハイマーと診断できるのだろうか。アルツハイマーの人は図形認識が苦手になる。手話が理解でなくなるのだろうか、訪問する前に好奇心が膨らむ。会ってみると、私の下手な手話に会わせて話してくれる。先天的聾唖者がアルツハイマーになったらどう感じるのか知ることはできなかったが、互いに久しぶりで手話で話すことを楽しめた。

2010年9月8日水曜日

晩夏

最初にお会いしたのは病院のベッドだった。ちょうどアナタのお誕生日でしたね。いくつになったのと聞いたら「33歳!」とおっしゃった。あの頃は寝返りができずに、お尻や背中や踵が床擦れで痛々しかった。自宅に戻って たくさんの介護者が出入りするのを 最初は嫌っておられた。ヘルパーさんにオムツもなかなか換えさせてくれなかったし、看護師さんもアナタのご機嫌を上手に取りながら床擦れの処置をしてくれてました。訪問入浴さんで半年ぶりにお風呂に入れた時は ご長男夫婦が仕事を休んでまで見守ってくれました。髭を剃って男前になったと奥様に褒められてピカピカの笑顔でした。そのうち少しずつ私たちにも慣れてくれて 玄関の呼び鈴に大声で「はぁ〜い!」と応えてくれるようになりました。福祉用具専門相談員さんと お弁当を持ってお花見に行く計画を楽しみにされてた。退院時は心配されていた白血球も2000をなんとかキープしながら それでも熱が出たら すぐに駆け付けて下さるドクターが心強かったよね。退院して7か月めに訪問リハのPTさんがケアチームに加わっ
て、さらにアナタは元気になっていった。床擦れも綺麗になって、寝返りを打てなかったのに 座れるようになり、車椅子に移れるようになり、立てるようにまでなった。あの時は嬉しかったね。あの時の「どうだ!」と言わんばかりのアナタの得意そうな顔を写真に収めておくんだったな。
今年の夏は暑くて暑くて 本当に食べなく..ううん、食べれなくなって 会うたびに痩せてしまったものね。白血球も1000まで減少して、ドクターに「できることをみんなでしてあげたらいいよ」と言われたとき、誰よりもアナタが一番頑張ってるんだ、って思った。
1年9か月の間、本当にありがとうございました。今年のコスモスが咲くより先に逝ってしまったから、一緒に見れなかったけれど。
帰るね、と挨拶すると「帰るんか..」と泣きそうな顔で言ってくれたことを ずっと忘れません。

2010年9月5日日曜日

遠距離介護

介護保険が始まってすぐ、認知症がある一人暮らしの老人宅を訪ねた。娘が帰省していて、大阪の自宅に引き取るという。母親は、台所に行ってお茶を入れてくると、どなたですかと初めてあったように訪ねる。娘と話している間に、玄関から外へ出てしまう。近所の人からどうにかしてほしいと娘に電話があったらしい。娘の家はマンションで、ひ寝間は共働きでも母親は一人で過ごすことになる。できるだけ介護度を上げて毎日デイを使えるようにしてほしいと言う。今まで住んだことのない都会で暮らすのはお母さんにとって良いことではないし、認知症の老人が同居すると娘さんたちの今までの生活が壊れますよと説明したが、翌日には大阪に連れ帰った。認知委結果を郵送する時に、娘に電話して近況を訪ねると、認知症が進行して部屋から一歩も出ない生活を送っている。疲れ果てた声で、これで毎日デイに行けますと礼を言われた。同僚と、なぜこちらで生活を続けさせないのだと、家族に批判的な話をしたことを覚えている。

認知症が始まった老親をどう介護するか、特に遠距離介護できるか、介護保険が始まっても難しさは変わらない。変更申請して1ヶ月過ぎるのにまだ結果が出ない。その間認知症による問題行動は、近所と家族を悩ませる。こんなことなら施設に入れようと、息子から電話がある。問題が起きたり受診する時には死せ桂家族に連絡がある。納得していない母親は、家に帰りたいと言い続ける。施設を追い出されたら、次はどこで住むことになるのか。遠距離介護をしたことで厚生大臣にもなった大学教授は、お金もあり休暇も取りやすかった。誰が同じことができるのかと愚痴が言いたくなる。
来月受診する日、格安切符がとれない。飼っている小鳥を世話する人がいないと息子から電話があって、あきれかえってしまった。

2010年8月29日日曜日

篤姫バーガー


今年は坂本龍馬だけど、去年の篤姫も忘れないでねとというわけではないが、指宿市の名物。直径が20センチぐらいある、と聞いたが本当かな。

この暑さののせいではないが、パソコンが壊れた。自分で組み立てたパソコンだから、エラーが出始めても、だましだまし使っていた。いろいろ組み込んであるソフトを又インストールして設定しなければならない。それが面倒で使っていたら、画面がブルーになって英語で警告文が出てしまい、別のハードディスクに移す途中で止まってしまった。だから両方のハードディスクが壊れて、最近のデータが完全に消えてしまった。1週間かけて復帰させたが、その間出張用のノートパソコンしか使えない。パソコンがないと何も進めないことに、改めて気づかされた。

2010年8月28日土曜日

イケメンデイサービス

久米仙人は川で洗濯をしている若い女性の太股に見とれて雲から落ちてしまった。ドイツの保険会社の調査では、男性の30%近くが女性の夏服に見とれると事故の原因の一つとなると結論づけている。しかし、女性が男性の夏服に眼を奪われるのは3パーセントにすぎないとも言っている。コスプレデイサービスは流行るかもしれないが、イケメンデイは見込みがなさそうだ。

2010年8月22日日曜日

言い訳して幸せになろう

義母の認知症は、誰かが家に入ってきて者を盗っていく、というレベルから進まない。3ヶ月したら大人しくなると家族たちに説明してきたのに、いつになったら大人しくなるんだと言われかねない。
自分が忘れして直前の事を思い出せない。置いた物を探せないのは、脳にとって苦痛だから、いずれ合理化するかすべて他人に依存するようになると思っていた。しかし、おかしな事は全部知らない人がしたことだと考えている限りは、自分を責めることはないだろうなと気づいた。周りの人は振り回されて大変だが、みんなあの人が悪いのよと、ワルびれる事がないからかわいく思えない。
最近我が家族のはやりは、物が見つからないと誰かが持って行ったんだ。失敗したら、邪魔されたからと見えない誰かのせいにすることだ。

確かに、気が楽だ。

2010年8月21日土曜日

県民性


桜島が見えると帰ってきたと感じる。高速から降りて一般道と合流するところで「織り込みでお願いします」と注意書きがある。自分の前に一台入れると、次は自分の車が入れる。ファスナーみたいに交互に入ることを「織り込み」と表現することに、大島紬を連想して、ここでは無駄な緊張なしに運転できると安心する。スーパーで大声を上げて走り回る子供も、ほとんどいない。薩摩では、郷中(ごじゅう)教育と言って青年をその上の世代の者が教育する仕組みがあった。他人の子供であっても、気づいた大人は叱る。言葉に出さなくても、目で叱る。ここでは社会が子供を育てるのだと思う。
だから自分の本籍地を鹿児島から移したくない。

2010年8月20日金曜日

誰のおかげで...

住宅型有料老人ホーム、事業所によっては実態があやふやなことがあるので ケアプランを立てる時は神経質になる。特に生活援助の位置付け。週一回一時間の生活援助による掃除を職員より申し出があり、利用者の了承のもと ケアプランに追加したが、まだ一度も掃除には来てくれてない、と利用者が言う。職員に確認したところ、掃除は何回も行っている、と言い切った。後日 職員に話しがあると言われ出向いたところ、先の利用者も呼ばれていた。職員は怒ったように「掃除に来てくれてないとケアマネさんに言ったんでしょう?」と私の前で利用者を問い詰める。入居している利用者は施設の職員と波風を立てたくないので 返答に詰まっていた。その場を何とかなだめて利用者には居室に戻って頂いた。
「ケアマネさんが信用してくれてないから連携した支援ができない」と言う職員。「私たちを信用してくれてないんでしょう?」とまた聞かれた。
住宅型は色々あるよ。線引きが難しいことも分かっている。どこまでが施設サービスに含まれ、ドコからが居宅サービスなのか。居室の引っ越しや、細切れでナースコールに対応していることを合算して「生活援助はしてます」と言うこと自体、納得ができない。その都度、支援者もまちまちなのに。
「ケアマネさんが信用してくれないと円滑な支援はできない」再三繰り返す職員。
だって信用できないよ。アナタたちが生活援助だ、と言うのもそうだけど、何より 利用者に言った、「誰のおかげであれだけ片付いた部屋で生活できてると思うの?」のあの言葉...。
その一言が その事業所の全てを集約している。

2010年8月19日木曜日

欲しいケド..

等身大リラックマ。165センチだそうだ。「大きいので 同居者の同意を得てから ご購入ください」と注意書きにあった。
64500円。
つーか、大きさの前に値段で却下されるだろ...(-_-)

シュワッチ

ガスの単位って、なぜリューベーって言うんですかと若い職員が尋ねている。訊かれた職員はネットで調べて、正式には立方メートルだと答える。

以前、家庭奉仕員や世帯更生資金などと言ってしまい世代の違いを実感した。
休み時間に、新卒の男性が、「なんぱ」ってどこの言葉ですか。女性の場合「逆ナン」ていうのは男女差別にならないんですかねと言う。
もう少ししたら「シュワッチ」も、「何、それ?」と言われるようになるのだろうか。

2010年8月18日水曜日

初心

だから何回も言うように 真夏のようなこの暑さでも「残暑」と呼ぶワケだから、この時期に かき氷は風情がないのだ(:_;)
確か小学校の低学年だったと思う。駅前にとても美味しい甘味処があって 夏は かき氷、冬は ぜんざい、一年通して 大判焼きを売ってる店があった。夫婦で営んでいる小さな構えの古い店だったが、地元の人たちの根強い人気に支えられていた。たまたま立ち寄った有名人がその店を気にいってテレビでチラっと言ったので、たちまち今度は店が有名になった。商売が繁盛して、駐車場付きの場所へ移り、前より五倍ほども広い店を構えた。古びた看板の字は ピカピカの新しいモダンなデザインに変わった。最初は新しくできた店舗にも行ったものだが、なんとなく飽きてそのうち行かなくなった。以前は駅前を通るたび、親にねだって 大判焼きを買って貰っていたのに。少ないお小遣いをはたいて かき氷を食べに寄っていたのに。
今思えば、きっと そんなに味が落ちたワケではないのだろう。だけど何かが変わってしまったその店は 結局 店を大きくしてからしばらくして流行らなくなり、気づいたら閉店してしまっていた。
"お客様の喜ぶ顔が見たい"

サービス業は たとえ規模が大きくなっても決して忘れてはならない基本である。

2010年8月17日火曜日

CM

ソフトバンクのCMがすばらしい。男女が携帯の画面を見ながら手話で話している。FAXしか通信手段がなかったろうあ者にとって、メールができる携帯は画期的だった。しかし、ろうあ者は、文章が苦手だから、年配の人は便利だけど使いづらい。その点、手話での会話は、感情や気分なども伝わる。技術革新はすばらしい。
ついでにソフトバンクさん、作って欲しい装置が二つ。一つは、今日飲む薬が自動的に出てきて、遠くにいる者が服薬した数を管理できる。二つめは、携帯から送った今日の予定やメッセージが、今日の日時曜日などとともに表示されるデジタルカレンダー。ペット監視用のカメラが開発できるなら、簡単に作れると思うんだけどと子供と話していたら、ペット用の自動給餌機があると教えられた。
認知症の人用よりペット用の方が開発されるのは何故だろうと言うと、認知症も老人と違ってペットは嫌なことを言わないからお金を使うんだよ返された。

2010年8月16日月曜日

創意工夫

夏は花火大会とともに終わった...ハズだった。一昨日の朝も蝉の声が心なしか元気がなく、扇風機の風もぬるくなかった...のに昨日今日の暑さといったら...(-_-)
こんなに暑くても 盆過ぎてから食べるかき氷は風情がないし、高くてもサンマの新物は食べねばならない。
この暑さで特に高齢者は食欲が減退していて、目に見えて痩せていく人もいる。家族は工夫を凝らし、何とか食べてもらおうとするが、やっきになればなるほど受けつけてくれないものだ。
ここにも食べてくれない夫の介護に悩む妻がいた。夫の好きなものをアレコレ試してみたそうだが、それでも食べてくれないと言う。この間は暑いのを我慢して 大好物のすき焼きをしてみたの。それでも一口箸をつけて あとは全く受けつけてくれなかったわ、と残念そうに言う彼女に、この時期だし、少し濃い目に味付けしてみては?とヘルパーさんが言った。
ちゃんと味付けもしたのよ。少し濃い目に..でもね、ただ濃いだけでは身体に悪いからラコールを割り下にして作ってみたの。
...そりゃ無理だわ(+_+)

2010年8月15日日曜日

ヘップバーン

ローマの休日でヘップバーンが乗っていたベスパ。年式は違うけど、気分はグレゴリーペック。近所のガキが、ボリショイサーカスの熊と言おうが、乗ってりゃ自分の姿は見えない。
偶然見つけたプラモデルを衝動買いしてしまった。奥さんに見つからないようにどこに置こうか迷いつつ、どう細工しようか考えるのが楽しい。

2010年8月14日土曜日

どっちにします

義母の区分変更申請のため帰省した。受診の前日病院から電話がある。○○先生はご不幸があって今週お休みされます。明日の予約、どうされますか?
担当者会議は、包括支援センターと居宅介護支援事業所のケアマネともに出席してそれぞれケアプランに署名と押印する。介護の最後に言われた。どちらのプランにしますか?

選ぶことができないのに、どちらにしますかと訊かれてもね。

※コメントが入力できるようになっていると思います。

ちょっと待ってつかぁ~さい!


誰だ?誰がこのキャスティングを思いついたんだ?
たまにある龍馬の入浴シーン・・・風呂上りの浴衣姿で団扇を仰ぐ福山龍馬の映像に見とれて、話の流れが一瞬わからなくなってしまうのは私だけ?NHKの思惑にどっぷりハマったとわかっているが、悔しいかな、文句なし!龍馬暗殺まで、わずかあと二年・・・。実は蒙古に渡り、チンギスハンになった(義経かっ)・・・みたいな完結にはしてくれないよね・・・。福山龍馬、死なないで・・・。

2010年8月13日金曜日

空虚

花火は、大輪の花が咲いたあと、少し遅れて音が聞こえるのが粋だ、と新聞のコラムに書いてあった。今年も花火大会が夏の終わりを告げた。幾千もの花火のあと 空には煙跡と心にはため息が残る。「今年も夏が終わっちゃったなぁ...」 やたら物悲しい気分になる。夏だからって、マリンスポーツをするワケでも、湖畔でキャンプをするワケでもないが、やり残しの夏休みの宿題はなかったっけ、と子供のころに思った焦りに似た、あの感情がある。夏は嫌いなハズなのに・・・。
何かやり残している。何だろう・・・。

思いつくのは 来週早々サービス開始のケアプランが仕上がってないのと、今年は猛暑のワリに かき氷をまだ一度も食べていないことくらいなのだが...(-_-)

2010年8月8日日曜日

ラブコール

どうやら目が覚めると電話することが彼女の日課になってしまったらしい。「もしもーし、おはよう〜」今朝も元気に電話してくる。「今日はディサービスのお迎えは来てくれるんかな」
「今日は日曜日だからお休みですよ〜」「あ〜そうか、日曜日なんだね。じゃあお掃除の人(ヘルパーさん)が来てくれるんか」
そして5分してまたかかってくる。「今日はね、日曜日だから お掃除の人が来てくれる日なんだよ」...さっき私が伝えたことを私に電話してきて教えてくれる。
夕方 また電話が入る。「今日はお掃除の人は何時に来るの?」「お昼くらいに行ったはずだけど?」「誰も来なかったみたいだけど?」「あら、誰も行かなかった?お昼過ぎに行く予定だったんだけど」「あ〜、お昼過ぎなら ドッカの若いコが来て クチャクチャ言うて帰ったけど、あれがお掃除の人だったんかいな」
そしてまた5分後に電話がある。「今日はお昼過ぎに若いコが来て掃除して帰ってくれたので それを報告しておきまぁす」
いったい彼女はドコに電話して確認してドコに報告しているつもりなんだろうか..私も一人二役の声色を使ったほうがいいかしら...(-.-;)
そして夜、電話がある。「明日はディサービスに行くんかいな」「明日はお迎えに行きますよ」「そうかね、ありがとう」 そして5分後「明日はディサービスに行きまぁす」...はいはい(-_-)知ってまんがな。それからまた電話をかけてきてふいに言う。
「何回もかけてごめんね」
彼女はドコまで理解していてドコから理解できてないのか..。
何回かけてもいいよ。出れる時は出るからね。ただね、日曜日の朝だけは 6時前は やめてほしいなぁ(^^ゞ