2010年2月23日火曜日

越える

「肥える」 ではなく行く手に山が現れた時にどうやって越えるかということ。

まず、がむしゃらに山を登って越えようとする。今まで、他人の助けを借りずに頑張ることが良いと言われ、自分でもそのようにやれてきたことを誇りに思っている人。
次に、昇りかけるが諦めて引き返してくる人。最後が、誰か来るのを待って、一緒に山を越える。

老化現象は、今までできていたことが段々にできなくなってくる。若ければ簡単に越えられた山も、休み休みでなければ越えられなくなる。
認知症や脳血管疾患で機能低下が起きたら、できないことは増えてくるからそれをどう越えようとしているかを見てから手助けする方法を考える、というのが介護かな。

2010年2月22日月曜日

「医者だって、俺がどんなに辛いか分かるはずないだろう」

カウンターで職員に向かって大声で叫んでいる。職員は黙って聞くより仕方ない。決まりでは医師の診断書が必要だから、診断書は要らないと言えるはずはない。小半時間フロアー中に大声が響いていた。今日に限らず、大声で叫ぶ人が多い。

そんな人だからまともな仕事に就けなくて、生活に困るんだと言う職員が大半だ。

しかし、壁が高くて堅いほど大きな力で越えようとする。全力で押して壊そうとする。ここの上司でさえも変えられない規則があるのだ。

小さな声でも受け容れられるのなら、今日の男性も穏やかな声で自分のことを話すのかもしれない。

2010年2月20日土曜日

儲け

身寄りがない人には、最後はどうして欲しいか尋ねることにしている。
男性が栄養失調で入院したときファイルを見ると結婚していない。兄はいるが疎遠だと書いてある。

どうする。お兄さんを捜そうかと尋ねると、向こうも迷惑だろうから探さなくていいと答えて黙ってしまった。そのほかに誰もいないのと尋ねると、しばらくして身の上を語り始めた。

二十歳の頃に片思いの人がいたが言い出せなかった。一緒に仕事をしていて仲が良かった。何年か経って忘年会でその人が先輩と結婚することを聞いて、その夜はやけ酒になり途中から意識が無いが、翌朝彼女が介抱してくれていた。彼女はしばらくして県外に嫁いで行いった。

25歳の時かな、彼女の新居に訪ねていった。その時先輩は出張でいなくて不倫関係になった。それっきり会ってはいないのだが、年賀状は時々来る。彼女の娘の名前が自分の名前と同じで、最後に会ったときにできた子だとすると計算が合うんだよな。でも怖くて聞くことができないまま、40年が経ってしまった。

今の姿からはとても想像つかないロマンチックな話をする。

だから、結婚しなかったんだと、冷やかすと、もてなかっただけだよと答えた。長話で呼吸が苦しくなったようなので病室を辞した。
子供ができることを「子供を儲ける」と書く。「授かる」の方が好きだが、文学的でケース記録にはふさわしくないのだろう。彼が子供を儲けていたのか分からない。

2010年2月15日月曜日

両手を挙げて10秒掛けて息を吸い10秒掛けて息を吐く。「背伸びダイエット」を続けて、と言っても思いついたときだけだけど、3週間。自宅でジャージをはいているとズボンがずり落ちそうになる。おっ、これはダイエットの効果が出たかなと娘に電話のついでに話した。返事は「ゴムが伸びたんじゃない」と。
身内は厳しいと、久しぶりに会った知人に、最近ダイエットしてましてね、と話すと、「前より太ってきたからね」って言われた。ジャンパーを着ているから着ぶくれです。

次の日曜日、ジャージを着るとしっかりゴムが入れ替えてあった。

2010年2月14日日曜日

その女性は末期ガンと言われて入院した。しばらくして、治療の方法がないから退院を勧められたが、自宅で一人暮らしはムリだった。肺からの出血と脳梗塞の再発は薬の調節が難しい。時々訪ねてくる孫の母親に退院の話をした。彼女は息子の元妻だった。息子は、ヤクザな仕事で借金を重ね、地元の借金取りから逃げていると聞いていたが、自宅に届いた葉書の住所は九州の刑務所だった。借金取りが駆けつけて大変だったと言うことだから、元嫁に話すことではないがと、退院の話をした。しばらくして、元嫁から自宅で引き取って母と一緒に看病します連絡が入った。母は仕事がないから看病してくれると言っていますと。本人にその話を伝えると、息子が迷惑を掛けたのに私まで世話になることは絶対にできないから施設を探してくれとはっきり言う。

施設は遠かったから孫が面会できたのは、亡くなる数日前の1回だけだった。葬儀社の霊安室で、一緒に布団で寝ている孫を見て、どのような姿のおばあちゃんが残されいるのだろうか考えていた。

2010年2月12日金曜日

復縁

遠慮がちな話し方の女性の電話があった。以前お世話になったYの遺骨をいただきたい、と言う。調べてみるとYさんは3年前に亡くなって、遺骨は引き取り手がなく、無縁納骨堂に安置されている。女性の姓が違うので、どのようなご関係ですかと尋ねると、「元妻です」という。どのような事情で遺骨を引き取ることになったのか詳しくは尋ねられなかったが、「縁」が繋がって良かったとうれしくなる電話だった。

元妻と言うからには離婚したんだろうな。何で今ごろになって引き取ると言ってきたのだろう。昔の担当の名前を言ったから覚えていた野だろうか。色々と考えてしまう。

2010年2月9日火曜日

おまえもワルよな

「越後屋」とは何の関係もない。ガス展見学のおみやげのみそ。赤味噌かな。ふるさとは麦みそだから、香川県の白みそは口に合わない。小さいときは、近所みんなでみそ造りをした。麦を蒸籠で蒸して、麹を混ぜて、ミンチを回して、団子にしてと手伝わされたのを思い出す。餅は当然近所総出でついて丸めた。羊羹も作らされて、マヨネーズも自宅で作ってた。
きっとお年寄りはそんな生活をしてきたんだと、「食堂かたつむり」を見ながら思い出した。

2010年2月6日土曜日

ムシの知らせ

 霊の存在は信じていない。今まで亡くなった人がみんな霊で残っていたとしたら怖い。霊口密度は大変なものだろう。だから、49日間しかいないのだと言うけど、その後はどこに行くのか。生まれ変わると、人口が増えないことになる。いや前世がある人とない人がいる。動物から人間に生まれ変わる。と色々言われたから、私の前世は鳥だったと言うときがある。空を飛びたいし、飛んでるとき全く違和感がない。きっと阿呆鳥だったのだと言うと、子供たちは、鶏にちがいないと言う。3歩歩いたら忘れるからと。

 そんな事は動でもいいのだけど、親しい人が亡くなるときに体調が悪くなる。訳もなく寝苦しくて、起きたら利用者が亡くなったと連絡があると言うことが度重なった。霊が見えるという人に、肩の所に若者の霊がいますと言われた。一人暮らししていて衣類に火がついて亡くなった所に出くわした日から、光熱が続いて入院したこともあった。だから、人の死から遠ざかるようにしているのだが、葬儀やお通夜に行かないといつまでも体調不良が続く。

記憶力が貧弱だから忘れないように、ムリして考えているのかなと思ってしまう。

2010年2月4日木曜日

無縁社会

80最後半の一人暮らしの女性。特に病気はないのだけど、歳だからいざというときが心配と電話を付けることにした。緊急通報装置が良いのか、携帯電話が良いのか迷った末に携帯電話を契約することにした。
身分証明書が無いから住基カードを作って、携帯電話の店に行って説明を受けた。「家族間通話は無料になるオプションがありります」…「家族は誰もいないから」。「では同じ会社の携帯を持っている人には電話もメールも只になりますが」…「携帯電話を持っている人いないし。その前に友達は銭湯の友達一人しかいないから。いつも会っているから電話することもないし。」
「結局電話を買っても、普段使うことはないし、いざというときに使えるか分からないから、携帯を買うのは諦めました」と笑う。

大家さんは滅多に来ないし、銭湯に行かないと数少ない友達にも会わない。住んでるアパートには他に誰も住んでいないから、亡くなったら見つかる野他はだいぶ先になってしまう。不謹慎と思いつつそんな話をすると、「その時、私はもういないから大丈夫」と答えた。

2030年には、男性の3分の1、女性の4分の1は生涯未婚だとテレビで言っていた。(ひょっとしたら逆だったかな)でも未婚だから縁がないとは限らないのだけどね。