2010年3月11日木曜日

人混み

DNAにはその生物の設計図が入っていると言うが、手の細胞のDNAには足の設計図も含まれているはずだから、なぜ足が生えてこないのか。周りの細胞の様子をみて、ここは手で自分の位置はここだからこんな細胞を作らなければと、それぞれの細胞が周りの細胞と手を組んで機関をつくっていく。そんなものではないかと考えるとちょっと納得がいく。魚や鳥の群れはすぐ隣の魚との距離を測りながら、つかず離れず、全体として動く。では、誰が群れの動く向きを決めるのか。色々考えながら並んでいると、前の人との間が開きすぎてしまった。
社会的存在ということは意外と簡単なことかもしれない。

2010年3月10日水曜日

モタさんの書

モタさんが90歳の時に書き溜めたエッセイが詰まっている。彼は2006年の11月に心不全で亡くなった。文字通り遺作になってしまったが、90歳のモタさんが書いたものだからこそ、説得力がある。

両親に読ませたいと思う。

2010年3月9日火曜日

3月に雪

タイトルとは関係が無いけど、もっともらしい話は警戒しなければならないと思ったきっかけ。
大学時代に、グリースで汚れた手を洗うときに、糠みたいな物を渡された。先輩は、これはラクダの糞だ。アラブが油を輸出すると同時に油の汚れを取るためにラクダの糞も付けて輸出するんだと説明した。当時は、まだ素直だったから1ヶ月ぐらいは信じていた。

当時はまた学生紛争も盛んで、入学式に機動隊が門の所にいた。先輩は、ヘルメットにタオルという格好でハンドマイクで叫んでいた。昼飯をおごってもらい、学食から出たら機動隊が走ってくる。逃げないと捕まると言って先輩は先に走り出した。その夜、自分は資本主義と戦うグループの一員だ。一緒にいたお前も顔写真を撮られているぞと言う。卒業してしばらくしてその先輩と会ったら、建設省で国道の管理をしていた。反体制の人が何で体制の国家公務員に…と話すと、笑われた。

こんなことが続いて、もっともらしいことは一応疑って自分で考える癖がついていったから、だいぶ余計なエネルギーをロスしている。
あのなー、知っているか。国際線の飛行機は、国内のばい菌やウィルスを国外に持ち出さないために、土足厳禁だからな。上履きをもってこいよ。と説明したら聞いている生徒は頷いていた。その翌日、会う生徒みんなから、家で親に話したら笑われたとさんざん言われた。

塩辛い物をたくさん摂ると血圧が上がるのは浸透圧の原理だと、友人の医師は説明したが、ホメオスタシスは何なんだと尋ねると、そこが身体の不思議なところだとごまかされた。だから、医学は鵜呑みにしてはいけない。

2010年3月6日土曜日

考えていること1

何か考えていたのだけど、しばらくすると何だったかなと思い出せないことがある。だから、忘れないために書く残していく。

女性が昔のことを忘れないのは、女性は感情的だから、その時の感情とともに記憶してしまう。感情と一緒の記憶は忘れにくいから、とある女性医師が説明していた。確かに、いつまでも昔のことを覚えていて、ねちねちと蒸し返された経験のある男性は多いから、なるほどそうか。うちの奥さんだけでなく、あれは女性だからだったからかと納得する。認知症になった人も、感情は長く残る。どうして怒ったのかは原因となった出来事は忘れても、なんだか腹が立ちという感情は残っている。感情は、ホルモンのバランスを崩すから、崩れた状態が感情を呼び起こす、と説明した医師もいた。
医学的な説明があると、いかにも分かったような気になる。社会的に決められた性的役割をジェンダーという。女性だから、赤い服を着なきゃいけない。おてんばはいけない。育児、家事や介護をするのは女性の仕事。世界が違えば役割も違ってくるから、このような性別は社会が作ったものだと言える。社会構築主義ということもある。上野千鶴子たちが研究しているから彼女らの本を読んだ方がわかりやすい。
では、医学的な説明は本当なのだろうか。女性だけが感情的とは限らない。ねちねちと昔のことを蒸し返す男性もいる。男女の違いは体のつくりの違いから来ている、という事を納得して良いのか疑問を持っていい。同じように、医学的説明で説明されるといかにも科学的で、万有引力のような真理と思いこむのも疑ってしまう。社会構築主義とおなじように医学構築主義という人間理解に異議を唱えることもあってよいのではないか。