「無縁社会」とは人間関係が無いひとが増えてきたことを警告するためのコトバだろう。以前から孤独死はあった。「行き倒れ」や「行旅困窮者」などと言われてきた。
死後1週間や2週間あとに発見とか、飛び込みして頭だけ残っているがどのようにしようかという話が毎週聞かれる私の職場では、子供が遺骨を引き取らないなんて当たり前のように感じてきている。霊安室から火葬され遺骨は無縁納骨堂。その間読経は全くなく事務的に進んでいく。成仏できるのかと自問するが、葬式は残される者のための儀式だと自分に言い聞かせる。
子供がいなくて、兄弟や親戚が亡くなった人は仕方ないが、出稼ぎに来て失業したため家に帰れない。犯罪を犯して縁を切られたり迷惑かけたくないと連絡を絶った人。浮気して離婚させられた人。定年になったが地域に友達がいないなどいろいろな事情がある。一番簡単な解決策は、身から出た錆、自己責任と言うことだがそれだけでは解決できない。
安否確認のために訪問したり、地域の行事に誘われるのは監視しているみたいでいやだという声もある。
「縁」とはつながりだから、自分から引き寄せるだけでなく、繋がれる不自由さもある。






