2011年12月30日金曜日
TUBO
...と言う一文を読んだ娘が一言、これじゃあ犬が可哀相(T_T)犬だって飼い主が 自分のために散歩に行ってくれてると思うほうが自尊心も満足するし、生きがいになるじゃん?自分の存在価値にも気づけるやんっ!
....ハイハイ、確かに(-_-;
犬のツボも それぞれだが それより人のツボは もっと複雑だ。この一文を そんなふうに解釈する変人...じゃなかった、心優しい娘(?_?)のツボを刺激した一文だったらしい。
笑うツボは どの人もたいてい似ているが、怒るツボは ほんとうに十人十色。自分から見て 怒るツボが自分とかけ離れている人は 人間性自体を疑う。 ..と言うより、自分が怒られているから気分が悪くなって相手を拒否してしまうだけなのだろうけれど。
『てか、逆に意味わかんないし!!』って捨て台詞が出てくる缶コーヒーのCMがあるが、まさにその気分だ。
腰痛のツボあり、頭痛のツボあり。嬉しいツボや腹の立つツボもある。長い付き合いの相手の怒るツボに触れたら、仲直りのツボも心得てはいるが 『てか、逆に意味わかんないし!!』ってな捨て台詞もたまには言わないと それこそ相手の思うツボだ。
2011年12月29日木曜日
2011年12月28日水曜日
年末
ウチの事業所の自慢の一つに カレンダーがある。(これって自慢になるのか?)他社のケアマネも利用者も ものすごく喜ぶ代物なのだ。店頭で買えば1200円する(らしい)から 毎年楽しみにしてくれている。今年は去年より50部多めに作ったが、ギリギリ足りるか 足りないか..。ここだけの話し、毎年2、3本は くすねて友達にあげたりしていたが 今年は自宅用も段取りできなかった...。それだけお付き合いが増えた証拠で、来年、再来年と注文部数が増えていけば なおさら嬉しい。
月末になっても利用票が手元にあるのは いつものコトだが、さすがに今年配布分は 今年のウチに..。
明日は事務所の大掃除、今年の汚れは今年のウチに..。
今年の憂いゴトは 今年のウチに忘れ、嬉しかったことは 来年にも 持ち越そう。
2011年12月27日火曜日
クリスマス カード
エレベーターホールまで見送りに来てくれた彼女の背中の壁には『緩和病棟』の文字が 優しいライトで照らされている。「また来ますね」と言ったら「アナタは忙しいんだから無理しないで大丈夫」と 笑って細い細い手を小さく振っていた。
容態が急変して24日に亡くなったと連絡が来た。
ちょうどイヴに着くようにクリスマスカードを投函していたから 彼女の手元に届いた時には 一足遅かったかもしれない..。せっかく彼女が喜びそうな、キラキラの綺麗でオシャレなカードにしたのに..。
2011年12月25日日曜日
恋人がサンタクロース♪
何年前の歌なんだろ。クリスマスと言えばユーミンのこの歌を思い出す。
ネットでブランド物のバッグを見ていた。何を見ているのか、と 旦那が画面を覗く。バッグが欲しいなら買ってあげるよ、VUITTONかい、GUCCIかい、とマウスを横取りする。HERMESがいい、と言ったら ドコか他の部屋へ行ってしまった。
今年もクリスマスケーキを3個貰った。マジパンで作ったサンタは おいしくないけど必ずかじってみる。
2011年12月24日土曜日
クリスマスイブにシンデレラ
引っ越しのどさくさでありかが判らなくなった湯たんぽを探しに義母の家に行く。その前に、何も食べるものがないから、元気がないと電話も来てた。義母はこたつに入って、ぼんやりとしている。朝食用のパンや果物は冷蔵庫の中にたくさんあった。私は、食欲がないから……と力なく言うが、体格はいい。じゃあ、元気が出るように鍼を打ちに行こうと着替えをさせる。義母がいない間に、掃除と湯たんぽ探しをしようという作戦だ。奥さんが布団を干そうと出していると、布団の間からお盆や急須が転がり落ちてくる。物置を探そうとすると、入り口の前に火山灰が積もっている。吹きだまりになっていたから小さな山ができている。仕方なく箒で灰を集めてゴミ袋に入れると、靴もズボンも灰で真っ白になる。タオルをかぶって、口にもマスク代わりの手ぬぐいを巻いて悪戦苦闘していると、隣のご主人が二階から見ていた。不審人物が掃除をするかと挨拶をする気力もなくなってしまう。シンデレラならぬ灰かぶり男は、ケーキを買いに行くのだった。
湯たんぽは自分の椅子の後ろの箱から出てきた。義母のことは笑えない。
2011年12月23日金曜日
今度は何?
祭日にもかかわらず受講生のAさんから電話が来る。今にも泣き出しそうな声で、元夫が孤独死していたのを発見されて、身よりは子供しかいないから私が葬式を挙げないといけなくなって、どこかいい葬儀屋さんを知りませんか、という。離婚したことも聞いていた。今思うと大した理由じゃないと思えるけどと話していた。
講習の中で身寄りのない人の葬祭を何度かしたことがあると話したから、それがAさんの頭に残っていたのかもしれない。
いい葬儀社と言ってもね…「面倒見のいい葬儀社」という看板を思い出して、いくつかの葬儀社の名前を伝えた。何回も葬儀社を利用するなんて、ケースワーカーぐらいしかない。一般の人は両親の葬式でせいぜい2回お世話になれば良い方だと思いながら、Aさんの話を聞く。
検死が終わってから、遺体を搬送しないといけないからともかく早く葬儀社を頼んで、値段の交渉から始めないといけないよと、つまらないアドバイスをして電話を切った。
2011年12月15日木曜日
2011年12月13日火曜日
2011年12月4日日曜日
怒ると疲れる
義理の姉の夫と、義母のことで言い合いになってエネルギーを使い果たしてしまった。本当は、今日航空祭に行くつもりだったのに。今まで生きてきて、人の前で怒ったことは数えるほどしかない。理由は、疲れるからだけど、今回はどうしようもなかった。
電話で聞いた義母の話を信じて、ご飯も食べさせていない。治療にも連れて行ってくれない。電話も来ないし、近くに住んでいるのに会いに来ない。俺たちは体がしんどいのにわざわざ帰ってこないといけない。本人は物忘れを治療するために鍼に行きたがっているのに、なぜ連れて行かないのか。鍼の効果を信じてないのだろう。おまえは帰る前に、前もってヘルパーやデイに、利用を中止させると連絡しろと言うが、そんな事業所は訴えればいいのだ、などと一方的に話す。オレは、県の部長までしたのだから、介護保険や病気のことは何でも知っていると。
五分も聞いたら充分と、テーブルを両手でたたいて出てしまった。 大人げないと思うし、反省もするが、認知症の義母を前に、認知症と被害妄想の説明をする勇気はない。自分がケアマネだったことを忘れてしまっていた。
自宅に帰って、酒を飲んで寝ようとしたら全く酔えずに、翌朝二日酔いになっていた。
私の休日がつぶれてしまった。航空祭に行きたかった。
2011年11月23日水曜日
2011年11月17日木曜日
変身
その一言がどうしても納得できず、ヘルパー交代を依頼してきた。 「私の身体のこと、あの人は分かってくれてないのよ」 交代を申し出るくらいだから、今までの細かい積み重ねがあったとも思うが、いわばお決まりの台詞を何気なく言ったヘルパーさんにすれば「そんなことぐらいで..?」てなモンだろう。 Hさんに言わせれば「そんなに元気なんだから人に頼まなくてもできるでしょ」と聞こえるらしい。 えー(-_-) なんか言いがかりに聞こえるんですけど..と思いながら これは交代したほうがよさそうだ。 「お加減はいかがですか?」と言えば なんてことなかったのだろうか..?
いつの間にか「若く見えますね」と言われたら 『若く見える』が褒め言葉になる年齢になったんだと複雑だ。(そんな歳になってとっくに久しいが..)
「痛い、辛い、苦しい、悲しい」を分かってほしいのが利用者だが、なにぶん こちらは少しは健康だから想像力を働かせて いかに共感できるか、を訓練する毎日だ。それでも分かってあげられるのは 数分の、数十分の一くらいなのだろう。つまりはほとんど分かってあげれていないのが私の現実だ。
今日 某施設のセンター長が挨拶に来た。あとでウチの職員に聞くと「あのセンター長、おばあちゃんたちにものすごくモテモテで 利用者さんたちの間で取り合いになるらしいですよ」
...あ、それは分かるかもしれない(^^ゞ
2011年11月16日水曜日
ローリング・ストーン
ロックグループではない。、A rolling stone gathers no moss.:転がる石には苔が付かない、ということを日本では落ち着きがない人には能力が付かないと解釈する。テンプテーションズの「Papa was rolling stones」の日本語訳では「根無し草」となっている。ところがアメリカ「いつも活動的に動き回っている人は持っている能力を錆び付かせることはない」という意味になる。私は自身はアメリカ流でありたいと思う。ところが、日本では「君が代」の中で「細石の巌となりて」と転がる石を良く言っていない。
うちの「お局様」は苔の塊。施設ができて30年以上いるから、主どころではない。彼女の言う常識は、ここの常識であって世間では非常識と言うことが判っていない。黙っていてもここのしきたりで進むと思っているから始末に負えない。介護業界が働きににくい職場になっている原因の一つは、このようなことにあると、風来坊は考えるのだった。
2011年11月9日水曜日
スノードームがほしい
彼女は話が長いから、訪問するときは2時間は覚悟する。前にも何度も聞いている話を「今日は私のこと、お話ししますね。」と順を追って丁寧に話ししてくれる。その時自分が言ったセリフ、相手に言われたセリフ、その時の気持ち、相手の表情・・・とにかく詳しく説明してくれるから、わかりやすいが長い・・。だいたい9:1くらいの割合で彼女が話し、私はたまに驚いたり笑ったりしながら、ひたすらうなずくのだ。昨日は3時間半かかった。3時間半あったら、ちょうど私の実家まで行ける。夜になって彼女からメールが届く。「私の気ままな話しを よくぞ辛抱強く長い時間聞いて下さいました。嫌な顔もせずすごいわよ。自分を褒めてあげて下さいね。」
2011年11月8日火曜日
棚田
悪友の建築事務所を10年以上ぶりに訪ねた。事務所よりハーレーのためのガレージの方が立派。ヘルメットのせいだと言い訳しつつ、ほとんど髪が無くなった頭をなでながら迎えてくれる。体力が無いとハーレーを転がすのは無理と、バイクを降りた。その代わりと、設計図をひくパソコンで見せてくれたのが棚田。数枚の田を買った。これと、これとここに4枚と説明してくれるがどれも同じに見える。毎週通って手入れしているから地元の人から当てにされているらしい。あのハーレーを連ねて走っていた面影は、今はトラクターの自慢に変わった。狭い急なあぜ道でも走れる4駆の耕耘機が今はバイクの代わり。地元のじいさんばあさんがオレを待っているからと、笑う。そういえば、彼は生まれてすぐに両親がいなくなって里親から育てられたと聞いたことを思い出した。
2011年11月5日土曜日
季節性うつ
今日は半袖で良いほどの季候になったが、気分は晴れない。心理学的には“身体の温かさ”と“心理的な温かさ”は関係があると言われている。秋になったという雰囲気からなのか、仕事がうまくいかないせいなのか、お局様たちに囲まれているからなのか、ともかく落ち込みが続いている。
地元の酒造会社が秋祭りをしているというので覗いてきた。飫肥の厚焼き卵を見つけたので父の墓前に備えるために買い、イベントを見る。アダモちゃんに小島よしお、代わりの衣装が必要ないタレントを選んだのかと感心するがあいにくの小雨。ちょっと季節感に乏しい。
明日からまた仕事。週間性うつはないものだろうか。
2011年11月4日金曜日
晩秋
棺の中の彼女は 本当に眠っているみたいで、名前を呼んだら目を覚ましそうだけど、そうそう、彼女は聞こえないから 体に触れないと起きないんだわ、などと ぼんやり考えた。
こんなことなら入所なんかさせるんじゃなかった、と誰もが思っていて、誰もそれを口に出さない。彼女の運命だったんだ、と言い聞かせる。
彼女は わがままで お天気屋で ちょっぴり意地悪で..優しくて可愛くて そして賢い女性だった。食事を採らなかったら、薬を飲まなかったら、そして点滴を拒否したら 自分の身体がどうなるであろうことも きっと理解していた。
去年 亡くなった天国のお母さんと弟さんに今頃逢えてるかな。「逢いたかったよ」と言って HUGしてもらっただろうか。 「なんだ、まだ来るのは早いぞ」と叱られただろうか...。
ビートル
先日元同僚の奥さんがくも膜下出血で今日に亡くなられたとの連絡を受けてお通夜に行った。元同僚は1つ上。4月に脳出血で倒れ手術後3ヶ月のリハビリの甲斐あって後遺症は残っていなかった。看病とリハビリで無理をさせたからなのかと涙を流す。以前はフォルクスワーゲンが好きで学校の修理工場でいつも修理していた。今もビートルに乗っているのか尋ねると、奥さんがニュービートルが好きだったから赤い新車を買って旅行に行こうと話していたところだと、また涙があふれている。
先月こちらでは唯一なじみの焼き鳥店の店主が癌で亡くなった。妻の同級生と言うこともあって家族ぐるみのつきあいをしていた。同級生が集まって同窓会のようなお通夜になっていた。
先日のお通夜でも、元同僚が大勢集まって昔話に花が咲いた。こんな機会じゃないと会えなくなったと嘆きながらの再会で、自分の年を思い知らされる。
2011年10月30日日曜日
2011年10月27日木曜日
2011年10月26日水曜日
鹿児島3大まつり
「曽我どんの傘焼き」は曾我兄弟が親の敵討ちをしたときに、傘をタイマツの代わりにしたことを忘れないようにと、傘を焼く。
「赤穂義臣伝輪読会」は浅野内匠頭が江戸城内で吉良上野介に刀を抜いた事を「主君への忠」として忘れないように語り継ぐ。
そして、「妙円寺参り」は関ケ原合戦で敵中突破して帰った島津公の苦難を忘れないように、戦士の墓がある伊集院の妙円寺まで、鹿児島から武者の格好をして歩く。
傘を焼いたり、切腹させられた話をみんなで聞いたり、負け戦の体験をする。華やかさは全くない。でも、そこが薩摩隼人の偉さなんだよねと、最後には自慢してしまう。
2011年10月10日月曜日
2011年10月2日日曜日
2011年9月28日水曜日
瞬殺
案の定、彼女は体操座りで部屋の中にポツンといた。ディサービスの職員が彼女の隣で途方に暮れている。おはようございます、今日はおでかけに行く日だよ、と促してみても彼女は立とうとしない。
足が痛い、蛇が出る、姉が行くなと言った、鉄砲で狙われているから外に出れない...こりゃ困ったな(*_*)
私は信者にはならないから行かないよ、私は宗教は嫌いだから。 あー、そうか、宗教の勧誘と勘違いしてるのか、なんだ そうなんだー、とディサービスの職員と顔を見合わせた。
あのね、Tさん、私たちは勧誘に来たんじゃないのよ、ほら、Tさんのよく知るかかりつけの先生がね、少しは外に出て運動しなきゃとおしゃっていたから、お迎えにきたの...と言ってみる。・・だめだった。 私は騙されないからね、だって..(+_+) みんなが待ってるよ、今日はいい天気になるみたいよ、花の苗を植えてもらわなっくっちゃ、などなど色んな誘い文句を投げかけてみても、彼女は頑として動かないのだ。今度は二人で途方に暮れた。
そこに 心配した彼女の長男のお嫁さんが職場を抜け出して自転車で駆け付けてくれた。
やっぱり ばあちゃん、みんなを困らせてんだね、と言うやいなや、お嫁さんはTさんのズボンを後ろから引っ張って 彼女を無理矢理に立たせた。行きたくないよ、行かないよ、と抗うTさん。あのね、 なんだか宗教の勧誘と思っていらっしゃるようで...とお嫁さんに言ってみた。 あー、いいのいいの、理由はいいのよ。この人 そんなことばっかり言うんだから、ハイ、行くよ。待たせちゃ悪いでしょ。 お嫁さんは問答無用でTさんの手を引っ張って送迎車に乗せた。 その間 約30秒(*_*) わあーすごい、すごすぎる..。
..こ、こんなんでよかったんですね、とディサービスの職員と また顔を見合わせた。私たちのさっきまでの20分は ..? ゆうべから彼女を連れ出す方法を最もらしくアレコレ悩んでいた私はいったい何だったんだろう。
Tさんは送迎車に乗ると 先に乗って待っていた他の利用者さんにスマした顔で挨拶した。
「おはようございます、お待たせしました。」 いきなり別人。
2011年9月16日金曜日
またも雨
看護師が二人いて 目の前には院長がいる。診察室の椅子に腰かけたKさんの隣には彼女の娘が腕を組み仁王立ち。脳梗塞を起こしてから、Kさんは言葉が出てくるまで時間がかかる。長谷川式でも 質問されて 答えるまで時間がかかるから、答えようとするまでに もう一度質問を繰り返されると 言おうとしていた言葉が掻き消されて さらに返事ができなくなる。 しかも周りに自分の返答を待って自分に注目する人が何人もいる環境では、緊張して 質問自体が理解困難になる。
『うーん、8点ですね。かなり重度の認知症になりかかってますよ』と 彼女の前で平気で医者が彼女の娘に言う。 いやいや、先生ってば、今の先生の話しは彼女は理解してますよ..ただし、言われたことは数分後に忘れてしまうけれど。
彼女は いつもは もう少ししっかりしてる。 できることは まだまだたくさんある。 『私は話すのが遅いからディサービスで迷惑をかけているのよ』と言うKさん。大丈夫、たとえ長谷川式が8点でも みんなが花丸たくさんあげたくなる可愛い女性だよ。
共感力
原発事故の影響で住民が避難した町を「死の町」と言って辞任した大臣には、「共感力」がないという意見が寄せられた。色々な見方がある。解決困難な原発事故の後処理を大臣の失言という形で世論の向きを変えた。住民の気持ちを考えようとしないなどの意見の中で、「共感力」が無いと批判した文があった。最近の厚生労働省は、「共感的理解」という言葉が好きらしく、ホームヘルパーや介護福祉士の養成の中でよく使われる。利用者主体と言うからには、利用者の気持ちを理解することは、その基本であるから「共感」が必要であることはわかる。でも教える側からとしては「共感」する力を教えることは難しい。共感することの意味を教えることはできるが、共感そのこと自体が感受性に基づいているから、教えられるものではないと思う。小学生ではあるまいし、ともだちには優しくしましょうとい書いて壁に貼ったらいい。困窮している人に接して、自分の感情が乱されて辛くなったら、それは一つの「共感」の形であると思う。「死の町」と感じて再生させないとと考えたのだったら、それほど非難に値することなのかと考えている。
2011年9月5日月曜日
仕事モード
転んで骨折でもしたらと畳みかけると、そうね寝たきりになったら困るわとこちらの話に乗ってきた。やはり専門の人が付いてリハビリしないと、自分勝手にしても効果無いよ。リハビリをしてくれる所を見つけたんだけどと今から見学に行こうと、断る口実を見つける前に車に乗せた。理学療法士と作業療法士が一杯居てねとリハビリのことだけしか話さない用にしてリハビリ専門のデイに連れて行った。奥さんは後を付いてきて、うまくだますものだと感心している。
久しぶりでケアマネモードになった。
2011年8月29日月曜日
門出
門出の日だから、と私が炊いたお赤飯を渡したら、ありがとうと頭を下げて少し涙ぐんだような表情をした。彼女は施設の迎えの車に乗り込んだ。 麻痺のないほうの左手を大きく振って にっこり笑って...あーあ、行っちゃった。
次の日 彼女の親戚から挨拶の電話が入る。『入所先へはご本人は昨日初めて行かれたんですが、どんなご様子でしたか?』と聞くと 『部屋に入ってオッケーサインしてました。施設の方が お昼ご飯は うな重を用意して下さっていて 全部食べて、そこでもオッケーサインしてました』
そうか...うな重なら お赤飯は負けたわね(>_<) ともかくよかった。 彼女は聞こえなくて 喋れなくて 字の読み書きもできないけど それでもやっぱり賢いのだ。
2011年8月28日日曜日
感情労働
久しぶりの母校で受験している最中、「感情労働」という言葉が湧いてきた。前日に読んだ「神様のカルテ」の中で医師が「悲しむのは苦手だ」というようなセリフを言う。患者の死に対して悲しまないのは、病気だけ治せば良いという医師の態度だろう。患者の気持ちを理解しようとすると、死への恐怖も、残されたものの悲しみも、救えなかった自分への後悔も感じるだろう。しかし、その悲しみをいつもでも引きずっているわけにいかない。その兼ね合いが難しい。介護は「感情労働」だからという人か、ワーカーは字部のの感情をコントロールすることで相手に働きかける仕事だからと説明したが、それとはちょつと違うかなと考えていた。
試験の結果が期待できないから、余計なことを考えてたかもしれない。その上、さらに、学生の時、1回しか出席しなかった憲法のテストで冷や汗をかきながら答案に向かったことも思い出してしまった。
2011年8月25日木曜日
夏の疲れ
介護保険課に提出したケアプランが添削されて戻ってきた。一つ一つ丁寧に解説が記載されており、少しはお褒めのコメントも入れてもらっていて 意外にも何だか嬉しかったりする。単純だな、と思いながら お礼のハガキを介護保険課の担当者に書こうかと思うほどだ。先の研修もしかり、自分のケアプランを見直すいい機会を持てた。何気なくケアプランを立てて 何気なくサイン貰って..何気なくモニタリングする。履歴の複写機能を存分に活用し、特に間違ってはないが、面白くもなんともない味気ないケアプランになっている。と言うことは、仕事が味気ないものになっていると言うことやん...言うまでもないが。
『利用者は10人10色』と若い職員に説教しておいて 私のケアプランは どれも似たり寄ったり(+_+) アカン、これじゃアカン! 利用者が見て 意欲が出るケアプラン...私がまず意欲的にならなきゃ作れるワケないのだけれど。
2011年8月21日日曜日
品格
ひところ「○○の品格」という題の本が流行った。著者にその品格が備わっているのか、会って話したことがないので何とも言えないが、自分だけは違うと、上から目線を感じた。
介護保険が始まってからの変化の一つに、自宅での介護者が介護の苦労を口に出し始めたことだと思う。今でも介護者の大半は女性で、それも嫁と娘が担っている。以前だったら、長男の嫁が「お義母さんが呆けたので、どこか施設に入れたい」というものなら、親戚縁者はもちろん近所の人たちからも非難を浴びたものだった。だから、自宅で介護している嫁や娘は介護の苦労を口に出せず、ひたすらイエの善き女の役割を担っていたものだった。そんな話を講習会の場でしても頷くのは50代以上の女性に限られる。介護保険は、家庭介護者の苦労を解放するために作られたのだから、どうして施設入所の話をしてはいけないのだと怪訝な表情をされることが多い。
そうなのだが、家族で介護している人が介護の苦労を語るときの話し方が気になるのだ。自分一人が介護を担うことはない。要介護者の言動がいかに自分の負担になっているのか。自分はその介護の苦労を話す権利がある、という態度が見え隠れするのが私は嫌なのだ。その言葉や表情の中に、介護している人の人間性が見えてくる。
パソコンのデータを整理していて、息子が撮った父の後ろ姿を見つけた。自宅にくる看護師や理学療法士を迎えるために、ひげを剃り着替えをしていた。父を介護していたわけではないが、多くの事を学んだ。実験台になってくれたと思っている。介護保険は介護者の介護の苦労を解放しようとしている。しかし、同時に介護を受ける人の思いを尊重しなければいけないのだと、改めて思う。
2011年8月10日水曜日
2011年8月8日月曜日
台風接近
腰痛治療に温泉に湯治と、指宿の南の山川まで行った。町営の砂むし温泉と露天風呂がある。折しも、沖縄に居座っていた温泉の影響で、波が荒い。いつも砂むし温泉をする砂浜は高波で洗われている。おまけに、重機が入って波を防ぎながら砂を掘り返している。源泉がある所まで登って開聞岳を撮ろうと思ったが、どう見ても台風接近の絵になる。背中では硫黄の臭いが強い上記が音を立てて吹き上げ、近くにある地熱発電所のエネルギーを感じる。波しぶきと上記の中の砂むし温泉を諦め、指宿の町営砂むし温泉に行くことにした。
駐車場は「わ」ナンバーの車が並び、外人さんがガイドブックを抱えて待合室でお茶を飲んでいる。「浴衣の下は何も着ないで、海岸まで降りて下さいと」説明を聞いて、歩道を少し歩いて砂浜に横たわり、アルバイトの兄ちゃんがスコップで砂を被せる。
体が軽くなった気がするが、帰る途中でクレープを食べて中華料理まで食べたからダイエットの効果は期待できず、2時間近く運転して帰るので腰痛は元通り、おまけに二日経った今日疲れが出て仕事にならない。
2011年8月4日木曜日
2011年7月20日水曜日
DNA
提出翌日、介護保険課から電話が入る。「 該当の方、もう一人いたでしょう。提出して下さいね 」 え(*_*)? マジで(*_*)?
「 すみません、お一人だと思ってたから...Tさんのは、まだ見直ししてないんですぅ.. 」と言うと 「 見直し?見直しってなんですか? 」と冷ややかに聞かれる。 うわ、ヤブヘビ...。 「 見直しなんていいですよ、あるもの持って来て下さったら.. 」と担当者。 ...いや、ないのよ。支援経過が.. とも言えず、「 えーっと、やっぱり提出となると誤字脱字が気になりますしぃ..ちょっとわかりやすく整理してからお持ちしたいんで.. 」 となんとか日数を稼ぎ 来週月曜日に提出することで了解してもらったf^_^;
よかった、日曜日に仕上げよう...と思ったら 今週日曜日は専門研修じゃないかー(-_-) ...って こんなふうにblogアップする間があれば 支援経過作れよ、って話しですが、 なんせお尻に火が点いて 煙がモクモク出ないとスイッチが入らない。( もうすでにそんな状態やろっ )
このいい加減な性格.. 私はきっと 何番目かの染色体が異常なのか欠けてるんだろうな、と遺伝子のせいにする自分に呆れ返る。
2011年7月18日月曜日
2011年7月11日月曜日
不勉強
携帯電話がメールを受信するときに時々サボるようになった。息子に言うと、設定がおかしいからだろう。だから取説を読みなさいと諭されるが、その取説自体どこにしまったのか覚えていない。
疑問が生じたときに調べるというやり方を、仕事でもしてきたが、当然だと思っていたことが間違いだったこともある。ケアマネを受験する職員の勉強を手伝っているが、模擬試験の問題に「利用者が介護サービスを利用する際は、事業所は利用者と契約を結ぶ義務がある」とある。誰に尋ねても正しいと答えるが、実はテキストには「望ましい」としか書いていない。
これは答が間違っていると言わなくて良かったと、胸をなで下ろし、「だから教科書や法律を読んで確かめることは必要だよね」ともっともらしく言って終わる。
2011年7月10日日曜日
2011年7月3日日曜日
2011年6月21日火曜日
2011年6月19日日曜日
梅雨
バケツをひっくり返すような雨が続く日、昔勤めていた高校の生徒たちが考えたというメロンパンを買うために隣の県のコンビニまで買いに行く。教え子でもなくて、勤めていたというだけの縁。
ついでにと、在学中交通事故でなくなった生徒の墓参りに行く。メロンパンを供えて、墓の置いてある線香をあげる。平成4年没、とある。もう20年も経った。生きていれば40歳になる。1年不登校だったのに、担任してからバイクにフェリー、スクールバスと乗り継いで通学してくれていた。そんな通学の苦労に見合うだけの授業をしてやれなくて申し訳ない気持ちで、手を合わせる。
メロンパンより焼酎だろうと言うだろうなと、墓石に向かって話す。
2011年6月12日日曜日
気分も晴れない
気が利かず間も抜けている。
2011年6月9日木曜日
モンプチ
訪看の管理者から電話が入る。 今日スタッフが伺ったところ、来たのが遅いからと怒られて ケアができず帰らされた。時間変更を事前に伝えていたが、先方が勘違いされていた、 とのこと。 何度か事業所の都合で変更が重なっていたので 利用者はしっかり理解できなかったのだろう。訪看の管理者が言うように 事前に伝えていたとは思うが、それでも うまく相手が把握できてなかったら 言った 言わないの話しになってしまう。まぁ起きてしまったことは仕方ない。それより事後処理が大事だ。
そして管理者は電話口で続けた。「 あの〜私が謝りに行くべきなんでしょうか、どうしたらいいですか?」 ...は? それは私が決めることかい(+_+) ? 私はアナタの上司ではありません。それは管理者を兼務している社長でもあるアナタが考えることなんでは? ...と思ったけど、かなり悩んでる風だったので 「 近日ご自宅を訪問予定だったから 今日 私がご様子を伺って それからにしましょうか 」と助け舟を出した。
「 ありがとうございますぅ~ ♪ 」と彼女は電話口で可愛く言う。 若い( たぶん26歳くらいだと思う )っていいよね。 フォローしてあげたくなっちゃう。 うんうん、いいよ いいよ。いつも頑張ってるもんね、私で役に立つなら これくらいは させてもらうよ...と もうすでにオヤジ気分でいる自分に気づいた...(-_-)
雨だよ
梅雨だからね、と返事が返ってきそう。
色々考えていたことを、未完成だけどホームページにまとめてみた。
介護職員がもっと楽ができないかと思っているが、IT化自体が嫌だという職員もいるだろうな。
http://ww6.tiki.ne.jp/~y-saeki/index.html
2011年6月7日火曜日
ホ.オポノポノ
Nさんは頑固だ。はっきり言って筋金入りだと思う。彼の希望を聞き 介護保険を含め、いろんな社会資源を案内してはみるが、未だ介護タクシー以外は活用するに至らない。何しろ 透析ですら『 医者は透析しないと死ぬ、などと脅かして金儲けしている 』と言っては、たまに休んだりしているから、病院も家族も飽きれている。
今日は県外の娘さんと話す機会ができた。Nさんは ご夫妻ともに要介護2であり、娘さんは老々介護の二人暮らしを心配している。
お金がないワケでもないのに お金のかかることは なかなか受け入れようとしない、と言われたら ご高齢者は皆さんそうですよ、と答える。 頑固だから話しにならない、と言われたら 気丈な方ですからね、と答える。 私も担当して三年近くお付き合いしているが、何しろ頑固で思い込みが激しいから とにかく手強いんですぅ... と言いたい気持ちを抑え、 他人に依存することを良しとしない自立心の高いご夫妻ですから、 と言う。 市内に住む息子さんが どんなに説得しても ヘルパーも入れないし、ディサービスにも行かない。 奥様のご様子からヘルパーだけでも必要なのは明らかなのだが...(:_;)
「 県外からせっかく来たのに、今回あの二人のために私ができることはありますか? 」 と言うので 「 では娘さんのほうから あの人(私)は仕事なんだから 困ったときは使えばいいのよ、ケアプラン料だって ちゃんと貰っているんだから、と言って下さい 」と答えたら 笑って頷いてくれた。
三年かぁ...担当して役に立てたコトもないが 実は今日は嬉しかった。 Nさんのほうから 「 県外の娘が来ているから逢って欲しい 」 と電話をくれたから...。
ほんの少~しだが、距離が縮まった気がした。
2011年6月6日月曜日
疑惑
近所のドラッグストアの店長は、見た目は普通のオッサ・・・おじサマだが、外見から想像する声とは3オクターブくらい高い声で応対してくれる。もしかしたら喉の病気で手術したのかもしれないな、と最初は思ったが、店のバイトのコに 少しキレ気味に指示を出しているとき、普通に低い声だったのを聞き逃さなかった(+_+)
さすがに店長だけあって手際もいい。レジを打つスピードも速いし、化粧品を買ったときは 「 これ、サンプル入れておきますから よかったら使ってみて下さいね ♪ 」 と語尾に音符付きだ。「 あ〜りがとうございましたぁ〜 またご来店下さい〜 」 (ハイキングウォーキングのQちゃん風) と、ものすごく感じがよい。 彼は もしかしてもしかしたら オネエ系なのか? ・・・と 気になり出したら 店に行くたび、店長を目で追ってしまいそうになる近頃だ。 薬剤師さんだから頭いいんだろうな。それに女性顔負けに心遣いも細やかだ。 女子力では 負けてそう・・。
・・・と言うワケで、店長がオネエかどうかは関係ないが ひそかに『Qちゃん』と呼ぶことにした。









































