2011年3月22日火曜日

Sign

聾唖者であるNさん、従姉妹さんの話しでは、今は亡きご両親に ずいぶんと甘やかされて育ったらしい。ご両親は生まれつき障害のある我が子を溺愛したと言う。彼女を担当して半年になるが、ハッキリと好き嫌いを表現する。言葉を話せないから曖昧な表現は彼女にはできないのだろう。特に太った人は嫌いならしく、一緒に外出しているときに太った人を見ると 指さして自分の手元でバツを作り こっそりアカンベをして見せる。その人に気づかれないかとヒヤヒヤしながら、「そんなことは失礼だよ」と身振りで知らせるが、彼女は素知らぬ顔をしている。もちろん食べ物の好き嫌いもハッキリしていて、メニューによっては大きなバツを何度も作ったり、逆に子供のように頭の上でオッケーサインをくれる。ヘルパーさんは彼女の審判に一喜一憂しながら 毎日 彼女の血糖値管理を考慮した食事を作ってくれている。
「オッケーサインをくれた時は ホントにホッとする。野菜は嫌いだし、甘いものやお肉を好むけど そればっかり食べてたら病気が悪くなるし..。アカンベされたら ガックリきて、やる気なくなるときもありますよ」
いやはや、大変なのは目に浮かぶ。本当にありがとうございます。彼女も頭の良い方だから、心の中ではヘルパーさんに感謝されていると思います。
ヘルパーさんは 続けて言った。「でもね、彼女はワガママで子供みたいなところがあるけど、帰るねと言うと必ず私の手をなでてハンドクリームを塗ってくれるんです。だから明日からも行こうって思うの」
やっぱり従姉妹さんが言ってたのは本当だったんだ。ご両親から大切に大切に育てられたんだってこと。
今日はリハビリシューズを一緒に選んだ。彼女曰く、バリッとマジックテープになってるのは オバさんぽくて嫌ならしい。彼女が選んだのは ベージュ色のちょっと見た目ではリハビリシューズには見えないようなシンプルなタイプだった。「春らしくて これだと素敵ね」と言ったら 頭の上で大きなオッケーサインを出してくれた。

2011年3月21日月曜日

演出

某地方の元知事が 都知事選に出馬するそうだ。記事のタイトルは「明日出馬表明」..なんや、もう今日のウチにニュースで流れたなら 出馬表明したと同じでは? わざわざ「明日出馬表明」って..回りくどいわ(-_-)

上から目線

休暇を取っている土曜日の午前中、利用者の かかりつけ医療機関から電話がきた。Kさん宅に電話をしているが出ない。昨日処方した薬を差し替えたいので困っている。と言う内容だった。Kさんはディサービスに行って留守なので夕方は戻る、と伝えると 病院は今日は昼までだから それまでに家にある薬を持って来て貰わないと困る、と言う。そんなこと私に電話されても困るやん(-_-) 院長が電話の向こうで 差し替えが月曜日になったらマズイから何とか今日の午前中に差し替えるように言って!と聞こえよがしに言っている。今日の午前中と言ったって もう11時過ぎてるじゃないか。家族にしたって仕事中で電話にさえ出ない時間帯だし、本人を連れてウロウロするほど時間もない。
仕方がないので Kさんをディサービスに尋ね、事情を説明して(たぶんしっかり理解はできないと思うが)とにかく留守宅に入るけれど また鍵は返しにくるから、と伝え Kさん宅から薬を持って病院へ行き、受付に渡す。受付係の人は「少しお待ち頂くことになります」とすまなそうに待合室を見渡しながら言う。30分後 薬剤師が差し替えた薬を持って説明に来た。「昨日の処方ではワーファリンが3錠出てまして..2錠に減らしてあります..」と。ワーファリンの数だったんかいっ!!と大袈裟に驚いて見せようかとも思ったが、受付係の人と薬剤師の感じがよかったので それはやめた(^^ゞ
その医療機関とKさん宅は歩いても10分かからない距離。処方を間違ったなら 責任を負うのは自分たちでしょう。朝飲む薬なんだからKさんが帰る夕方の時間を見計らってでも自分たちが届けたって罰は当たらんでしょうが。て言うか、普通の会社は そうやってでも自分たちの間違いは自分たちで処理してますから。
あの院長、どんな顔で ケアマネに電話して何とかさせろ、って言ったかだいたい想像つくわ。私はKさんのためだから動いた。アンタのためにしたんじゃないからね(-_-)

2011年3月18日金曜日

飛びます

津波で我欲を流すという発言をした人がいる。この発言を聞いてマルサスの人口論を思い出す。共通するのは自分はその中には含まれないと考えていることだ。自分は我欲がない、津波の被害者にはならないという前提で話している。社会保障制度の継続可能性を考えて多少の人が困るのは仕方ないという政府のお偉いさんにも通じている。

鹿児島のさつまあげ(地元ではつけあげ言う)の店には元気に二郎さんがいた。

2011年3月17日木曜日

視点が違う

九〇歳を過ぎている前科二七犯の男性と仲良くなった。施設の職員から、いつの間にかお菓子や日用品をくすねて困っているというので、どうして手を出してしまうのか尋ねた。つい見えちゃうんだよね。誰も見ていないで置いてあるから知らないうちに手が伸びている。そうか、自動車を運転していてこのくらいの幅なら通るとわかるようなものかなと言うと、ちょっと違うという。同僚である警察官のOBは、通り過ぎる人を見ていると変な動きが見えるから、声を掛けるとヤバイ物を持っていたりするんだよねと言っていた。立場は反対だが職業柄の見方がある。

最初のおじいさんは車いすの生活なのにいつの間にか棚の上の物をポケットに入れている。きっと立位がとれるのだ。まじめにリハビリしたら歩けるようになるのにと、介護の視点で見ちゃうんだよね、私は。

2011年3月13日日曜日

しっかりしなくっちゃ

義母から、Aちゃんがね、子供の所に行くんだって。お嫁さんが別居したものだから孫の世話をしないといけないんだって。13日には博多に行くからそれまでにお礼をしたいの。預けてある通帳から5万円を送って欲しいという。

あまりに具体的な話に、作話ではないかと疑いAさんに電話すると間違いなかった。Aさんは義母が自分の子供のように思っているから、私たちもお金の管理や日々の安否確認を頼んでいた。Aさんは、おばあちゃんの顔が認知症になる前のようにしっかりしていると言う。

Aさんにお世話になったからお礼をしないと。あの子も退職した上にお金がないからお金をあげたいとしっかりした声で義母は話すが、その前の日は、お茶の葉がなくなった。寝ている間に誰かが家に入ってきて盗っていったのだ。こんな怖い思いをするなら死んだ方がましだと暗い声で電話があったばかりなのに。

しっかりしないといけないという思いなのか、自分はAちゃんの親代わりなのだという責任感からくる役割意識なのか。義母の思いが記憶力を取り戻したのかと色々と考えてしまうが、はっきりしているのは子供代わりのAさんが居なくなった後、一人で暮らすことはもっと難しくなると言うことだ。介護保険は家族なして認知症が一人暮らしできるほど充実した制度でないことはわかっているから。

理想と現実

病院に見舞いに行くと先週より手足が蒼くなっている。動脈硬化症が進行しているのか。病室には県外の娘と老齢の妻と本人の甥がいた。
娘が私に言う。「全く食べれなくなってるのよ」「食欲がないんですか?」「口に入れても飲み込みができないの」端座位は取れているが、本人は下を向いてうなだれている。どうやら嚥下が難しくなってきているらしい。
「お父さん、食べなくちゃ元気になれないよ」「ちょっとでも食べなさい」「栄養取れなかったらよくならないんだから」と矢継ぎ早に見舞いに来ている身内が声をかけている。食べたくても食べれない人に そんなことを言わなくても..と思う。
次に向かった利用者宅、これまた県外の娘が来ていた。利用者の夫は込み入った話しは理解できない。何か夫が話しをしようとすると娘が「その話しはあとで」と遮る。ケアプランに押す判を取りに娘が席を外したとき、夫は「風呂場の手摺りがあれば助かるんだが..」と言うので「浴室の壁によりますが、手摺りは介護保険で付けれますよ」と話した。娘が席に戻ったところで 夫が「介護保険で浴室に手摺りを付けられるらしいよ」と娘に言うと「またそれは今度にして。手摺りなんか後で要らなくなるんだから」と言い、「母に何かあったら父は施設を探すから手摺りを付けるとか考えてませんから」と言った。いい意見を言ったと一瞬輝いた表情をした夫はそれきり黙って下を向いてしまった。
県外にいるのに わざわざ親を見に来ている。それだけで頭が下がる思いがするのだから、「そんな言い方しなくても..お父さんの気持ちも少しは聞いてあげたら?」と言いたいが 言えるわけもなし...。
県外にいて普段は介護ができない娘と言うのは 往々にして「介護に対する理想」が高いため、理想とは違う実際行われている介護に不満が募るものだそうだ。【「介護現場がこじれる理由」より】
県外にいて..介護できない娘..私のことか(-_-)

2011年3月11日金曜日

父母の味

実家の父母から梅干しと らっきょう漬けと ザボンの砂糖漬けが届いた。私は らっきょう漬けは苦手だから要らないと言っても、体にいいから食べなさい、と毎年 送ってくる。
届いたよ、と電話すると 梅干しの味はどうだった、見た目はどうだった、去年と比べてどうだった、と3回は同じことを聞かれ 5回くらい絶賛する。ほんと?ほんとに美味しい?無理しないで ほんとのこと言いなさいよ、と母が念押しする。自分たちで丹精込めて作っているから愛着があるんだろうな、と思うし、私も親が一生懸命作ってくれたこともあってか、ドコで売っているものより美味しく感じる。
らっきょうも せっかくなので 少し食べてみたら 意外と美味しくて 食卓に出してみたら クセになる味と歯ごたえで好評だった。母に電話し、らっきょうが美味しいからもう少し送ってよ、上手に作ってるわ、と言うと ほらね、と嬉しそうに あれは土つきのらっきょうをわざわざ農家から買ってね、まずはビゲを落として、塩に2時間くらい漬けるでしょ、それから...と 手間隙かけている行程の説明をしだす。作り方は 聞かなくていいの、聞いたって自分で作らないから 作ったやつを送ってよ、と言うと あら、簡単なのに..と さっきまでいかに手間がかかるか説明してたくせに(笑)
ずっと毎年作ってね。今年のは去年より美味しいし、来年のは 今年よりもっと美味しいはず..。だからお願いね。
先日母から頼まれて、私が見立てて送ったショートトレンチとストール、気に入ってしまったようだ。こんなの派手だから着ないわよ、と言ったら 私が貰おうと密かに思っていたのに 花見に行くとき着るわ、中に何を合わせようかな、と楽しみにしている様子の母の顔が目に浮かんで アテにしていたトレンチは貰えなかったが、嬉しかった。

2011年3月9日水曜日

消える

どう考えても義母の認知症状はいままで見てきた認知症とは違う気がして、記録していこうと思います。

「今から病院に行くから保険証を忘れないようにね」と言ってバッグの中の保険証を確認して渡すと、数分後にはバッグそのものが無くなっている。薬を飲み忘れないようにと言うと、次の食事の時は袋ごと薬が見つからなくなっている。

大切だと意識した物が見つからなくなる。辛いことに違いない。きっと、大切だから大事にしまい込んだことを忘れてしまうのだと思うが、意識したらいけないと意識することはできない。自転車に乗っているときに、あの溝に落ちたらいけないと思うと誰かに引き寄せられるように溝に落ちる。そのような感覚なのだろうか。

ギリシャ神話には、見た物が石に変える怪物が出てくるが、きっと料理も石に変わってしまうから困っただろうなと考えてしまう。

後悔

マジシャンだった彼は 思わぬ火事で逝ってしまった。
代行申請したので、おそらく要支援1の認定が下りたであろう頃に 2,3度 電話してみたが、ちょうど留守ばかりで話しをしないままだった。
彼が逝ったのは3月にしては ひどく冷え込んだ夜だった。ストーブを強めの火力にしていたのだろうか。タバコの不始末だったのだろうか。新聞には一酸化炭素中毒と載っていただけで、なぜ火事になったか記事だけでは分からなかった。
認定調査員に「しっかりなさっているようでも 狭い部屋に本がぎっしり、ベッドの近くにストーブがあり火事が心配だ」と言っておいて、電話が繋がらなかったなら なぜ事務所から数十メートルの彼の家を訪問しなかったのか。彼に会ったとき「ストーブを違う場所に移動したほうがいいよ」と言ったくせに。
「近所に迷惑をかける死に方はしたくない」と言った彼。「何年も会ってない娘がいる」と言った彼。目の前に炎が上がったとき、どんなに怖かっただろう..。
「何十年も独りでこうやって来たのに大丈夫だよ」とストーブを見ながら笑った彼が 認定申請を思いつくこと自体がSOSのサインだったのに。

2011年3月1日火曜日

吃音


「ワンピースって漫画知ってる?」
「ルフィーやチョッパーが出ているアニメだよね」
「今度ワンピースのジグソーパズルが出たんだった」
「へー でもおもしろくなさそう」
「なんで?」
「だって ピースが一つだからね」

「英国王のスピーチ」を観てきた。イギリスの王室の人間らしさとここまで出しても信頼されることと、平民でない人のストレスの大きさを少し理解できた。吃音の原因の一つが、ストレスにあることも理解されるのではないだろうか。人間関係を音楽や表情で表現していておもしろい。

朝のNHK番組で認知症の母親を記録している女性監督を取り上げていた。「一日一笑」をモットーに、泣き笑いの記録が映し出される。ブログで発表しているから検索したら見つかった。「笑い」が認知症の改善によいのか、介護負担が消えるのか。そのようにも受け止められるし、「笑い」が癌に良いという医師もいる。でも、認知症の介護に関しては、余裕があれば良い介護ができる可能性が高い。笑えると言うことは余裕があることだ。笑いと余裕とどちらが先かわからないが、介護者に余裕を作ることはすぐにできると言える。