2011年4月30日土曜日

科学的判断



土曜日から体調が良くない。寝苦しいと病院に行ったら風邪だと診断された。薬を飲んでもそのときだけ熱が下がるので余計に寝苦しい。父を見てくれていた病院に行った。若い医師が色々と説明してくれる。



担当していた人が亡くなるときに、寝苦しくなってたんですが、そんな影響は無いですかねと尋ねると、風邪ではないなら膀胱炎かなと話をはぐらかそうとする。私の経験では、こんな時は必ず知り合いの人が亡くなっているのだけどとぼやくと、非科学的ですね。それが本当だったら、医者は毎日眠れないですよと答えた。


なるほど、科学的だ。おかげでアルコールを飲んで良いのか聞き忘れてしまった。

2011年4月25日月曜日

ものは考えよう


ヘルパーさんに注文が多い家族を口うるさい、と思うか、介護に積極的と捉えるか、で 支援する側の気持ちも変わる、と あるケアマネに教えられた。そうそう、そう思えたら少し楽になる。
利用者の見舞いに行き、骨折したのが左手だったら「(利き手の)右手でなくてよかったよね」と言う。そうなのよ、と利用者は少し笑顔になる。
出かける前に化粧をしたら、娘に「劇的ビフォーアフター」 旦那には「いわゆる一つの作品」と言われる。
...化粧しても代わり映えしない、と言われるよりマシか..(-_-) ?


公園で倒れているところを発見されて施設で生活するようになった男性。元々サラリーマンで自宅も家族もあったのだと言う。


ナンと言うかな。オレが悪いんだけど、奥さんとけんかして家を出たら、会社にも行く気が無くなって野宿生活を続けている。オレが浮気したって言うんだけど、弁解するのも面倒くさくってそのままにしていたら、本当の事みたいに思えてきてさ。そう、浮気のこと。こんだけこじれたら言い訳したって無駄だと思えて、そのうち家に帰りたくなってきたって訳よ。


そのような話をしてから半年、急に入院して亡くなった。ケース記録には、一度妻に連絡したが、一方的に切られたことが書いてあったので連絡せず、お骨は無縁納骨堂に納めることになった。


どうしてあなたが家出することになったのか尋ねたかったが、家族の生活のために家を渡したかったのだろうなと気づく。施設からの遺留品リストに革靴がある。外出することもなかったのに、サラリーマン時代の思い出が詰まった靴なのだろうか。廃棄処分してくれるよう施設の相談員に頼んだ。

2011年4月23日土曜日

墓参り


7年ぶりで墓参りに行った。ネットの占いで今日は引きこもりはよくないとあったので、この機会に墓参りに行こうと思い立った。鹿児島県は、生花の販売量が全国で最も多い。墓の花を枯らすのは恥というより、周りから先祖を大切にしないと見られてしまう土地柄。線香をあげてぼんやりとすると落ち着く。死者を弔うのは人間だけだ。さらに死者と会話することが゛できると社会学では言う。そうかもしれないと思わせる雰囲気がある。


帰り道の車中、息子とITを介護で活かす方法について話した。遠距離介護は辛い。ケアマネたちは書類作りに追われる。娯楽のためにネットが使われるのなら、生活のためにはもっと活用できるはずだと思う。実現化するには説明できる資料を作れと言われ、余計な仕事がまた増えてしまった。

2011年4月20日水曜日

これが社会保障か

「利用者さんは問題ないけど ご家族がうるさい人でね..」と他社ケアマネから訪問介護の新規の依頼が入る。「介護に積極的なご家族なんですかね」と聞くと、「家族が食べる分も料理を作るようヘルパーさんに要求してくるんで..その辺 了解の上、対応して頂けたら..」と言う。了解の上、対応..ってなんやねん(-_-)家族の分も作れ、と言うのか。「なんせうるさい家族なんで..」うるさいから対応するのか、言ったモン勝ちかい、とコッチは言いたくなる。料理は一人分も二人分も作る手間はたいして変わらないから 多めにできた分は ヘルパーが帰ったあとで 利用者がどうしようと そこまで言うつもりはないが、家族の分ありき でケアマネが依頼してくること自体が変な話しだ。業界人でさえこんな風だからホームヘルパーを家政婦さんと同じように思う利用者や利用者家族が多いのだ。
家から50メートルの場所にAスーパーがあるのに わざわざ3キロ先のBスーパーまで買い物を頼む利用者。Bスーパーは36円で安いから、と言われ うどん玉を一つだけ買いに自分の車のガソリンを焚いて行くヘルパーさんの苦労は いつ報われるんでしょうか(:_;)

2011年4月18日月曜日

予想外


昨日、玄関と金庫のカギが無くなったというので義母の家に行った。一昨日病院に行くときに持って行ったバッグにひもで結んであったという奥さんの話で、家中のバッグを引っ張り出したが見つからない。仕方ないから、予備のカギを渡すことにしたが、待たなくなったら予備のカギが無くなる。そこで、細い針金入りのストラップで携帯電話に結びつけた。夕方、ヘルパーさんにも説明しないといけないからまた家に行ったら、ヘルパーさんが自分の腰の所に手を当てて、表情で何かを伝えようとする。きっと義母はカギを安全ピンでズボンに付けていたに違いなかった。カギが見つかったから、携帯のカギを外そうとしたら、念のために必要だからと言う義母の通りに置いてきた。


 今日夕方、義母の隣から、携帯電話が無くなったと泣いていると連絡があった。携帯に電話すると押し入れの奥から着信音がする。義母に、今まで携帯電話が無くなったことはないのにと尋ねると、カギを盗ろうとして携帯電話まで持って行かれたと言う。


義母の頭の中ではどのようなことが起きるか、予想がつかない。

2011年4月16日土曜日

看護助手


介護保険が始まる前のこと、老人保健法ができて老人保健施設ができた。いわゆる老健施設のはじまりだけど、老健施設からの介護職員求人の基本給は看護職員と同じ水準に留められていた。特養は、まだ措置の時代で、公務員の給料表に準じて毎年昇級があったから、医療報酬の改定がないと給与が上がらない老健なんか就職したがらない。福祉の立場から言えば、何の資格もなく、看護婦の下働きの存在である看護助手と介護福祉士が同じに扱われることが我慢ならなかった。介護保険制度になっても、医療の世界は資格によってできることが決められるから、医療行為が行えない介護職は未だに准看護師より下に扱われている。


ホームヘルパーは家政婦じゃないと言う場合と同じように、看護助手に対する差別意識を気づかせてくれる本。


作者は、3年間しか看護助手をしなかったと書いてあるが、患者にとって何が大切か教えてくれる。このような漫画が男性コミック誌に載せられていることが、看護助手に対する感謝の表れなのかと安心する。

2011年4月13日水曜日

ズレた時計

訪問看護士さんが、久しぶりだね。何年ぶりかな?と声を掛けてきた。名前も会った場面も思い出せないまま話しを合わすと32年前に仕事で会ったらしい。その頃40歳代と言うから今は70歳代後半ではないか。パートタイムとはいえ、まだ現役で働いていることに頭が下がる。そして私の名前まで覚えている記憶力!
30年以上経ってもすぐ思い出せるほど私は成長してないのかとがっかりする。
二人の時間の進みにズレがあるように思える。

それにつけても、職場の時計が3分進んでいる事を誰も直そうとしない。だから、私は遅刻しそうになる。

2011年4月8日金曜日

やる気まんまん

「病気の百貨店」と自分で言う彼の診断書には、病名がいくつも並んでいる。4か月もの長期入院で 歩行は不安定になり、そして在宅酸素をつけての帰宅となった。「足が前みたいに動かない」「杖で歩ける距離が短くなっている」と悔やむ。ディサービスでの長時間の拘束は体力的にキツイだろうし、一昨年まで現役で働いていた彼には馴染めない空間だろう。ドクターに相談し、訪問看護でのリハビリを勧めてもらうことにした。さっそく用意してくれた指示書には 慢性心不全による呼吸不全 閉塞性動脈硬化症 慢性腎不全 そして肝臓癌...どれだけしんどい毎日なのか、と目眩がする(T_T) 訪問看護のリハビリスタッフを連れて自宅を訪ねると 彼は準備万端、トレーニングウエアの上下を着て 帽子まで被って待っていてくれていた。『リハビリができること』は彼の顔を明るくしていた。「カッコイイ、5歳は若返ったね」と言うと「筋肉つけて前みたいに歩けるようにならないとな」と笑う。指示書には『目的は 筋力向上ではなく、あくまで廃用予防』と書いてあることを彼は知っているだろうか。パルスオキシメーターを装着したままでのリハビリを受けながら 彼の表情は真剣そのもの。ホントに5歳 若返ったみたいだよ。

2011年4月7日木曜日

ありがとウサギ

全く耳が聞こえない彼女の認定調査に同席する。聾唖、文盲で手話もできないから 認定調査員の質問を伝えるのに苦労する。身振り手振り、時間をかけての調査になる。
彼女を担当して半年、何とか最小限の意思疎通はできるようになった(と思う)。ディサービスに様子を見に行くと 遠くからでも私を見つけて すぐに麻痺のない左手を振ってくれる。今日の洋服は似合っているよ、とか マニキュアは好きだが、臭いが嫌いなのでつけない、とか この間買ったリハビリシューズをとても気に入っている、とか..。彼女は聞こえなくて話せないだけで 分かっていることや、できることもたくさんあるのだ。しかし、今回は区分変更申請なので できることのアピールをするワケにはいかない(-.-;)
丁寧な認定調査が終わって、彼女は調査員に ありがとうと何度もお辞儀をした。家の外に出てから調査員が「支援する方々は大変でしょう、せめて字を読めたらいいのに..」と労ってくれたが、それを聞いてついつい「ホントは頭のいい方なんだと思います」と私は言った。..あぁ..区分変更申請なのに〜(^^ゞ
「私もそう思いますよ」 認定調査員はニッコリして言ってくれた。

2011年4月2日土曜日

高校時代の同僚から、退職の便りが届いた。「一身上の理由」と書いてあったので他の同僚に事情を聞いた。奥さんが失明し東京の義母が認知症になったのが大きな理由らしい。
昨年末介護福祉士を受けると話していた。商業の先生なのに、何を物好きなと笑い飛ばしたことが悔やまれる。
試験の結果は、72点で合格だったという。
合格ラインが72点だったはずだけど、桜チル でなくて良かった。

2011年4月1日金曜日

何様..?

もうすぐ退院するが、結局 肘の骨折は完治しなかった。今日 見舞いに行ったとき たまたま主治医の回診があった。主治医は研修生と思われる看護師を数人引き連れて 師長から患者の説明を受けてから顔を向けた。「先生、肘がまだ痛みます」と彼女が言うと「そりゃ骨折したんだから痛いでしょう」とコトもなげに言う。「このまま治らないんでしょうか」「さぁ..まぁ 無理かなぁ。なんせ骨がひっつかないんだし」いい機会と思ってか彼女は質問を続けた。「ギブスを取ってから湿布してるんですが 家でも湿布はしたほうがいいですか」「湿布して気が紛れるなら湿布しといていいんじゃないの」 この言葉を聞いて 彼女は質問をやめた。横で聞いていた私まで気分が悪くなった。
ドクターもピンキリだ。牛ガエルみたいなお腹して。最悪(-_-) これで柔らかく話しかけてくれるドクターなら「あのお腹にはきっと優しさが詰まっているのね」と思うのが女性です。研修生の看護師の前だから カッコつけてるつもりかしらんけど 最高にカッコ悪いドクターだった。