
ケアマネが毎月モニタリングに来て彼女に言う。 「何か変わったことはなかった?」 彼女は 何もなかった、と言う自分が許せない。わざわざ話しを聞きに来るケアマネに何か言わなくてはいけない。何か話題を振らなくては..。真面目な彼女だからこそ、そう考えるようになった。だが、日常のちょっとしたことは 忘れてしまうから ケアマネに詳細を伝えるため、メモを取ることにした。彼女は訪問介護サービスを利用していて、週3回来るヘルパーさんの行動をメモするようになった。
「今日はAさんが 三枚ある雑巾を二枚しか使わなかった。掃除を手抜きしたのだろう」
「Bさんが お風呂の前は血圧を計ろうと言った。私は計らなくていいと言うのに、時間稼ぎに計った」
「Aさんがドアを閉めるときにバタンと閉めた。わざと大きな音を立てて・・」
メモはエスカレートしてきて、いわばエンマ帖のようになった。ヘルパーさんが来ない日も一日独りで家で過ごしているから 自分のメモを読み返しては 鬱々としている。担当のケアマネにいきなり電話してヘルパーさんの苦情を言う。もう二週間もひと月も前のことをメモを見ては思い返して電話をしてくるらしい。そのうち、そこには無いものを『見える』と言うようになった。 90年間 実直に生きてきて なぜ そんな辛い気持ちに この人はなるのだろう、と思う。精神疾患の症状と言えばそうなのだろうが、彼女のメモが ヘルパーさんの良いところも見つけて書きだせていたら もしかしたら・・もう少し違っていたのかもしれない、と思う。 人の長所を見ることは 自分が穏やかに生きていくために必要な能力だ。