2011年5月31日火曜日

椰子の実



イオンで椰子の実。調理法まで書いててくれるとありがたいが、ネットで調べると穴を開けてストローで飲むらしい。



このところ、ネットの四柱推命とめざましテレビの星占いが最下位に近い日が続いている。頼っている人から裏切られますとあって、実際会議では援護射撃を期待していたのに背中を撃たれてしまった。何とか切り抜けてこれで一山越えたと言ったら、後は転がり落ちるだけと追い打ちをかけられた。運勢なんか見るものではないと後悔する時点で確実に占いの虜になっている。



椰子の実みたいにどこかに流れて行きたい、イオンの店頭はごめんだけど。

2011年5月30日月曜日

お見通し




訪問介護の新規の依頼が入る。もともと付き合いのあった居宅介護支援事業所だったが、新しく就任したケアマネで、彼女からは初めての仕事だった。挨拶に伺うと ニコニコして近づいてきた。



「久しぶり~」 えっ? そうなん? 私が困った顔をしていると「覚えてない?あの時 前の会社を辞める前だったから名刺渡さなかったもんね」 と言う。 実務研修で一緒だったらしい。 しかもグループワークで・・。



「ごめんなさい、お名刺頂いてないなら覚えてないわ」 と正直に言うと 「私はよく覚えてるわ、とっても個性的だったから・・」 個性的? 私が? グループワークでも あまり目立つような意見を言ったりした覚えもないけどなあ・・。服装だって普段より地味目で行ったし・・。



「ものすごくダルそうに受講してたでしょ。この人、やる気ないんだなあ、って思ったの」



・・ああ、そういうことね。 ハイ、確かに・・。


薫風


地方紙の俳句の欄に知人の名前を見つけた。「初夏の風」と「しみ」。


知人とは20代の時、手話サークルで知り合った。彼の兄が聴覚障害者だから手話のうまさでは勝てる相手ではない。聴覚障害者とけんかができないと対等な関係とは言えないという私に、なぜけんかする必要があるかと一晩中問い詰められた。その後、病気で視力を失った。それでも手話の講師をしていると彼の奥さんから近況を聞いていた。薫風は感じるのに老斑は自分で知ることができない。「声」の主は奥さんだろうか。仲良く海岸の道を散歩している二人を想像してみる。

2011年5月29日日曜日

HEROに会いたい




~ スーパー戦隊199ヒーロー大決戦2011 ~
テレビでCMを観た。画面に釘付け。すごいすごい!! 歴代199人が大集合!
観に行きたい・・ と一瞬思ったりした。  きっと疲れてるんだな・・。

台風がニアミス



台風2号が接近したが、大した影響がなく通過。という発想はいけないんだろうな。偏西風と前線の影響でこのまま北上を続けたら。震災の被害地に近づいてしまう。そちらを考えないといけないのだろう。



昨日は久しぶり子供たちの所に行き、一緒に食事や買い物でぶらついた。義母には、土曜日で鍼に行く日だけど台風が近づいているから外出はしないほうがいい。僕らは子供の所に行くと伝えたので、昨日は電話が無かった。ところが、今日夕方になって、怒った声の電話があった。風呂から上がったら、あなたたちも孫たちもいなくなっていた。なぜ黙って返ったのか。泊まるんじゃないのと一方的にしゃべる。



昨日も今日も家に行っていないと説明するが、いやさっきまで4人ともいた、と頑なだ。昨日は子供の所に行っていたからと説明して、私の頭がおかしくなったかしらと電話を切る。
台風が近づいて心細かったのだろう。子供たちは心配して来てくれると期待していたのかもしれないと後ろめたい感じがする電話だった。

2011年5月28日土曜日

そろそろ(めちゃくちゃ)気になる季節です





新聞広告で見た今週号のクロワッサン、『筋肉をつけないと、痩せられない。』特集。 翌日コンビニで買い求める。


コピーの力はすごい。 これが『筋肉をつけたら、痩せられる』 では買わないのだ。


表紙には、簡単ストレッチで 美しい「くびれ」を手に入れる。 とか

多裂筋が若さを保つ。 とか書いてあるし。

クロワッサン世代でなくても、手にとってみたくなる。


家に帰って さっそく目を通す。筋肉の図解入り、ストレッチの写真付き、詳しい説明入りで ビフォーアフターのデータまである。 ふむふむ、なるほど・・と一応は思ってみるが、私のような面倒臭がり屋にとって、買って読んだら作ってみたように錯覚する料理の本と同じだ。 


結局、パラパラとページだけはめくり、一番 目に留まったのは 全然関係ないページの、モデルがさりげなく着ていた、ヨシエイナバの水玉のブラウス。むちゃ可愛い・・。えっ! 4万1千円? 高すぎだろ・・。



パタン・・と本を閉じる。




2011年5月27日金曜日

傘がない



東北の震災や原発のことがニュースで流れるが現実感がない。被災した高校生がトランペットで演奏したZARDの「負けないで」を聴いて、実際亡くなった人が多いことを改めて感じる。国会ではさらに現実とかけ離れた話が行われている。離人症というのはこんな感じの繰り返しなのだろうかと考えてしまう。



仕事関係の公文書を読むが理解できない。説明なしに、「○○事業は……」と始まる。「認定△△」や「特定□□」など厚労省には日本語の表現力を求めても仕方ないのか、自分の理解力が低下したのを嘆くべきなのか。きっと雨空のせいだろうと思う。



家に帰ろうとしたら買ったばかりの傘が無くなっている。「都会では 自殺する若者が増えている ……けれども 問題は今朝の雨……」。井上陽水と坂井泉水とは似ているなどと思いつつ雨の中を歩く。

毎日雨だ..(´Д`)






ケアマネが毎月モニタリングに来て彼女に言う。 「何か変わったことはなかった?」           彼女は 何もなかった、と言う自分が許せない。わざわざ話しを聞きに来るケアマネに何か言わなくてはいけない。何か話題を振らなくては..。真面目な彼女だからこそ、そう考えるようになった。だが、日常のちょっとしたことは 忘れてしまうから ケアマネに詳細を伝えるため、メモを取ることにした。彼女は訪問介護サービスを利用していて、週3回来るヘルパーさんの行動をメモするようになった。



「今日はAさんが 三枚ある雑巾を二枚しか使わなかった。掃除を手抜きしたのだろう」



「Bさんが お風呂の前は血圧を計ろうと言った。私は計らなくていいと言うのに、時間稼ぎに計った」 



「Aさんがドアを閉めるときにバタンと閉めた。わざと大きな音を立てて・・」



メモはエスカレートしてきて、いわばエンマ帖のようになった。ヘルパーさんが来ない日も一日独りで家で過ごしているから 自分のメモを読み返しては 鬱々としている。担当のケアマネにいきなり電話してヘルパーさんの苦情を言う。もう二週間もひと月も前のことをメモを見ては思い返して電話をしてくるらしい。そのうち、そこには無いものを『見える』と言うようになった。                          90年間 実直に生きてきて なぜ そんな辛い気持ちに この人はなるのだろう、と思う。精神疾患の症状と言えばそうなのだろうが、彼女のメモが ヘルパーさんの良いところも見つけて書きだせていたら もしかしたら・・もう少し違っていたのかもしれない、と思う。                             人の長所を見ることは 自分が穏やかに生きていくために必要な能力だ。

2011年5月21日土曜日

梅雨入りした


今度こそと、自転車で走り始めたら梅雨入りしてしまった。今度はロードレーサーだから、ドロップハンドルを握ると、おなかがつかえる……というほどはないが…気になる。叔父は、これで登山したというが、そんな挑発には簡単に乗らない(乗れない)。いずれ廃線になった跡のサイクリングロードで遠出しよう。
パソコンに詳しい息子と、ITを使って介護を楽しようという案を練っている。雑用は機械に任せて、利用者と向き合う時間をもっととれれば、良い介護ができると信じている。

2011年5月20日金曜日

機種変

数年前、メタボ予備軍と言われた旦那が、慌てて電子体重計を買ってきてから何百回乗ってみたことか。とうとう液晶画面が壊れたので 新しいものを買いに行った。この数年で更にハイテクになっていて ビックリ(*_*)体脂肪率や基礎代謝だけでなく、バランス年齢、骨レベル、皮下脂肪率、内臓脂肪率、そして商品名も『体重計』なんかじゃなく、『体組成バランス計』だって(>_<) すごーい。あらっ、シークレットモードまでついてるではないか。たかだか5000円強でこれだけの機能を取り揃えたパナソニック、バンザイ(^O^)/
さっそく乗ってみよう。
....乗ってみた。
『足の裏だけでホンマにそこまでわかるんかい(-_-)?』と文句を言いたくなった。

2011年5月15日日曜日

作文


ある専門学校の先生が、なぜ介護をするのか知るために介護教育に携わっている、と書いていた。小学生の作文としてならそれでよいのかもしれないが、こんなこともわからないでよく先生がやれてるなと思う。言い方はきついが、何の教育であっても、基本的には社会の中で生活できることを目的としている。職業教育であっても研究者を育てることであっても、もっと言えば徒弟制度も丁稚奉公も詰まるところは同じだ。介護は人間だけがすることではない。猿だって象だってペンギンだって、群れて暮らす動物は弱った個体を見捨てることはしない。弱い個体が生活するためには助け合いが必要なのだ。仲間を見捨てるような個体の集まりでは社会は成り立たない。助け合いは、その形が介護であるのか、食事を分け与えることであるのか、その形や程度の差こそあれ社会が維持されるために必要なのだ。

2011年5月12日木曜日

かかし


ここは山田町。だから案山子、とわかりやすい。


ヘルパーの講習をした。半分はおばちゃん。介護の時の言葉遣いを教える。「我慢して、食べなさい」「ちょっと待ってね」「こっちを向いて」などは良くないと説明したら、おばちゃんたちの総攻撃に遭ってしまった。「食べないと衰弱しちゃうでしょう」「人手が足りなくて忙しいんだから。実習で行った施設の職員さんは「待ってて」と言ってれば、そのうち忘れるんだから。大した用事じゃなければスルーしたらいいと言ってたよ」「協力してもらうのがなぜ悪いの」。いやー 大変な講座になった。「職員さんには何も言わないのに、私たちには手伝ってくれと言うのよ。甘えさせると本人のためにならないから、自分でできるでしょうと言うことにしてた」「ぼけてるんだから、厳しく言ったって、すぐ忘れるのよ」


講座も後半になっているのに、今まで何を学んできたんだろうと悲しくなる。人手不足や職員の質の低さという現実を知ってしまったから、良い介護なんかできるはずはないと思いだしたのだ。こんな低い給料で、キャビンアテンダントみたいなもてなしができるか、そう思い出したのならヘルパーの講座自体が逆効果になってしまってる。


おかげで一週間かけて作ったテキストの2ページしか進まなかった、3時間もあったのに。

2011年5月6日金曜日

青い鳥


星の王子様は、狐と別れるときに、あの風になびく黄色い麦の畑を見るときに君のことを思い出すだろう……記憶はおぼろげだが、そんな内容の事を言う。


今日が父の命日だったと、夜になって気付いた。息子として情けない。一昨日父の所に来てもらっていた理学療法士さんの母親と父のことを話したばかりだったのに。

最後まで読まなかった

著者は よほどしっかりしている方なんだろう。『あれは どうするの?』『これは どうしたらいいの?』と周りに依存する年寄りは 生きていないのと同じような扱いだった。
歳を取って 少し身体も不自由さを覚えたら ある程度は上手に依存して 素直にありがとうって言って 周りに大事にしてもらえたなら それも老いの才覚じゃないのかなぁ...と自分に甘い私は思ったのでした。

2011年5月4日水曜日

三重苦



帰省したら必ず逢わないといけないと決めていた人の所に行ってきた。手話を始めた頃の聾唖協会の会長だった女性。中途失聴だったから話はできるのだが、白内障が進んで当時でもほとんど見えなかった。牛乳瓶の底のような分厚いレンズのめがねを掛けても、時々は手のひらに書かないと手話が見えなかった。それでも講習会では講師もして、行政と交渉して手話のできる職員を市役所職員として採用させた。全国的にも、役員として活発な発言を繰り返しながら、私の子供たちには音のするおもちゃをいくつもくれた。子供たちが障害を持つ人の存在を普通に感じるように育ったのは彼女の影響が大きい。私が関わって開いた点字図書館の熱心な利用者になっていたと聞いた。



お嫁さんに近況を尋ねると、膝を骨折してから、近所の老健に入所したがコミュニケーションが図れず、回復の可能性が無いために隣町の特養に入所したと聞いた。特養では、車いすに座って利用者の輪の中にいた。掌に文字を書けばわかると職員は言うが、掌がなかなか開かない。ようやく名前を書くことができたが、理解できているかわからなかった。



職員は、穏やかな性格の人なので返って癒されることが多いと言う。私は、彼女の生い立ちを説明すると偉い人だったんだと感心していた。今日は曇りだったから調子が悪かったのかなと思いながら施設を後にした。



もっと早く逢いに来るべきだったと後悔しながらも、掌の柔らかさと、きれいに手入れされた肌を思い出して良い施設で丁寧に介護されていることに安心した。