帰省したら必ず逢わないといけないと決めていた人の所に行ってきた。手話を始めた頃の聾唖協会の会長だった女性。中途失聴だったから話はできるのだが、白内障が進んで当時でもほとんど見えなかった。牛乳瓶の底のような分厚いレンズのめがねを掛けても、時々は手のひらに書かないと手話が見えなかった。それでも講習会では講師もして、行政と交渉して手話のできる職員を市役所職員として採用させた。全国的にも、役員として活発な発言を繰り返しながら、私の子供たちには音のするおもちゃをいくつもくれた。子供たちが障害を持つ人の存在を普通に感じるように育ったのは彼女の影響が大きい。私が関わって開いた点字図書館の熱心な利用者になっていたと聞いた。
お嫁さんに近況を尋ねると、膝を骨折してから、近所の老健に入所したがコミュニケーションが図れず、回復の可能性が無いために隣町の特養に入所したと聞いた。特養では、車いすに座って利用者の輪の中にいた。掌に文字を書けばわかると職員は言うが、掌がなかなか開かない。ようやく名前を書くことができたが、理解できているかわからなかった。
職員は、穏やかな性格の人なので返って癒されることが多いと言う。私は、彼女の生い立ちを説明すると偉い人だったんだと感心していた。今日は曇りだったから調子が悪かったのかなと思いながら施設を後にした。
もっと早く逢いに来るべきだったと後悔しながらも、掌の柔らかさと、きれいに手入れされた肌を思い出して良い施設で丁寧に介護されていることに安心した。

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