2011年8月29日月曜日

門出

入所の朝 お天気になってよかった、と彼女に身振りで話しかける。 聾唖の彼女を担当して もうすぐ10か月になろうとしていた。 初めは彼女が何を伝えたいか よく分からず、随分と歯痒い思いをさせてしまった。 すぐに顔を覚えてくれて、会うたびに私の左手の数珠を褒めてくれた。 弟さんが亡くなったときは 辛そうにしていたが、涙は見せなかった。 元旦は二人で肉まんを食べたよね。 地デジチューナーを設置して リモコンの使い勝手が変わったのを 元のテレビに戻せとすごく怒ってたな。 地デジ化の説明は身振り手振りではできなかったけど 賢い彼女は じきに使い方をマスターしてくれた。 週4回のディサービスをほとんど休むこともなく頑張って通ったかいがあって 歩くのも以前よりは 安定した。 食べ物の好き嫌いでヘルパーさんを悩ませたけど 帰りにハンドクリームを塗ってくれるから 私たちは頑張れた。
門出の日だから、と私が炊いたお赤飯を渡したら、ありがとうと頭を下げて少し涙ぐんだような表情をした。彼女は施設の迎えの車に乗り込んだ。 麻痺のないほうの左手を大きく振って にっこり笑って...あーあ、行っちゃった。
次の日 彼女の親戚から挨拶の電話が入る。『入所先へはご本人は昨日初めて行かれたんですが、どんなご様子でしたか?』と聞くと 『部屋に入ってオッケーサインしてました。施設の方が お昼ご飯は うな重を用意して下さっていて 全部食べて、そこでもオッケーサインしてました』
そうか...うな重なら お赤飯は負けたわね(>_<) ともかくよかった。 彼女は聞こえなくて 喋れなくて 字の読み書きもできないけど それでもやっぱり賢いのだ。

2011年8月28日日曜日

感情労働



久しぶりの母校で受験している最中、「感情労働」という言葉が湧いてきた。前日に読んだ「神様のカルテ」の中で医師が「悲しむのは苦手だ」というようなセリフを言う。患者の死に対して悲しまないのは、病気だけ治せば良いという医師の態度だろう。患者の気持ちを理解しようとすると、死への恐怖も、残されたものの悲しみも、救えなかった自分への後悔も感じるだろう。しかし、その悲しみをいつもでも引きずっているわけにいかない。その兼ね合いが難しい。介護は「感情労働」だからという人か、ワーカーは字部のの感情をコントロールすることで相手に働きかける仕事だからと説明したが、それとはちょつと違うかなと考えていた。



試験の結果が期待できないから、余計なことを考えてたかもしれない。その上、さらに、学生の時、1回しか出席しなかった憲法のテストで冷や汗をかきながら答案に向かったことも思い出してしまった。

2011年8月25日木曜日

夏の疲れ

結局、何の思い出もないまま、また季節が過ぎようとしている。今夏は専門課程研修を修了したことくらいしか 頭に残っていない。去年よりは涼しかったように思うが いかが?
介護保険課に提出したケアプランが添削されて戻ってきた。一つ一つ丁寧に解説が記載されており、少しはお褒めのコメントも入れてもらっていて 意外にも何だか嬉しかったりする。単純だな、と思いながら お礼のハガキを介護保険課の担当者に書こうかと思うほどだ。先の研修もしかり、自分のケアプランを見直すいい機会を持てた。何気なくケアプランを立てて 何気なくサイン貰って..何気なくモニタリングする。履歴の複写機能を存分に活用し、特に間違ってはないが、面白くもなんともない味気ないケアプランになっている。と言うことは、仕事が味気ないものになっていると言うことやん...言うまでもないが。
『利用者は10人10色』と若い職員に説教しておいて 私のケアプランは どれも似たり寄ったり(+_+) アカン、これじゃアカン! 利用者が見て 意欲が出るケアプラン...私がまず意欲的にならなきゃ作れるワケないのだけれど。

2011年8月21日日曜日

品格



ひところ「○○の品格」という題の本が流行った。著者にその品格が備わっているのか、会って話したことがないので何とも言えないが、自分だけは違うと、上から目線を感じた。
介護保険が始まってからの変化の一つに、自宅での介護者が介護の苦労を口に出し始めたことだと思う。今でも介護者の大半は女性で、それも嫁と娘が担っている。以前だったら、長男の嫁が「お義母さんが呆けたので、どこか施設に入れたい」というものなら、親戚縁者はもちろん近所の人たちからも非難を浴びたものだった。だから、自宅で介護している嫁や娘は介護の苦労を口に出せず、ひたすらイエの善き女の役割を担っていたものだった。そんな話を講習会の場でしても頷くのは50代以上の女性に限られる。介護保険は、家庭介護者の苦労を解放するために作られたのだから、どうして施設入所の話をしてはいけないのだと怪訝な表情をされることが多い。
そうなのだが、家族で介護している人が介護の苦労を語るときの話し方が気になるのだ。自分一人が介護を担うことはない。要介護者の言動がいかに自分の負担になっているのか。自分はその介護の苦労を話す権利がある、という態度が見え隠れするのが私は嫌なのだ。その言葉や表情の中に、介護している人の人間性が見えてくる。
パソコンのデータを整理していて、息子が撮った父の後ろ姿を見つけた。自宅にくる看護師や理学療法士を迎えるために、ひげを剃り着替えをしていた。父を介護していたわけではないが、多くの事を学んだ。実験台になってくれたと思っている。介護保険は介護者の介護の苦労を解放しようとしている。しかし、同時に介護を受ける人の思いを尊重しなければいけないのだと、改めて思う。

夏の終わり


昨日は職場の夏祭り。地域交流会と名前が変わってから近くの人が集まってきているが、施設の利用者は外庭に出てこない。知り合いの人が少ない中で、なにやら場違いな感じを抱きながら、新米は準備や後片付けを手伝う。おかげで今朝は筋肉痛で湿布を貼りまくっている。
現実と体が密着していないような感覚の悪さは、現場で仕事をしていないせいではないか。とすれば、「現場」とは何なりだと考えながら、自宅まで30分かけて歩いて帰った。

2011年8月17日水曜日

2011年8月10日水曜日

シロクマ


鹿児島地方では、果物が豪勢に乗っかってるかき氷を白熊と呼ぶ。果物屋さんがやっているカフェで白熊を食べた。果物がおいしい。でも、夜中おなかを壊して睡眠不足になった。

2011年8月8日月曜日

台風接近


腰痛治療に温泉に湯治と、指宿の南の山川まで行った。町営の砂むし温泉と露天風呂がある。折しも、沖縄に居座っていた温泉の影響で、波が荒い。いつも砂むし温泉をする砂浜は高波で洗われている。おまけに、重機が入って波を防ぎながら砂を掘り返している。源泉がある所まで登って開聞岳を撮ろうと思ったが、どう見ても台風接近の絵になる。背中では硫黄の臭いが強い上記が音を立てて吹き上げ、近くにある地熱発電所のエネルギーを感じる。波しぶきと上記の中の砂むし温泉を諦め、指宿の町営砂むし温泉に行くことにした。


駐車場は「わ」ナンバーの車が並び、外人さんがガイドブックを抱えて待合室でお茶を飲んでいる。「浴衣の下は何も着ないで、海岸まで降りて下さいと」説明を聞いて、歩道を少し歩いて砂浜に横たわり、アルバイトの兄ちゃんがスコップで砂を被せる。
体が軽くなった気がするが、帰る途中でクレープを食べて中華料理まで食べたからダイエットの効果は期待できず、2時間近く運転して帰るので腰痛は元通り、おまけに二日経った今日疲れが出て仕事にならない。

2011年8月4日木曜日

夏バテなのか

熱帯夜が続くせいか、体が重い。もっとも実際重いのだけど。義母の誕生日に、一緒に外食をして自宅でヘルパーさんも一緒に小さなケーキを一緒に食べた。夕方、孫たちが電話をくれるときまでは覚えていたみたいで、ケーキの話も出た。
翌朝、昨日から何も食べてないんだけどと電話が来る。介護者の苦労は報われない。