2012年12月25日火曜日

私は どこにいるの

朝方、義母から電話がある。番号から見て自宅の電話。
「いま、どこにいるの?」…自宅の電話だから、自宅に決まってる。…自宅でしょう。
「自分の家だと思うんでけど、ここはどこなの?」…自宅って言ったジャン…今まで暮らしていた家ですよ
「そうなの?。ここで暮らしてきたのかしら」…もう60年以上住んでますケド…そうですよ。自分の家ですよ。
「お父さんが帰ってこないの」…もう7年前に亡くなってます…このあいだ7回忌の法事をしたでしょう。
「お父さんは亡くなったの?それでどこにいるの?」…天国でしょう…仏壇を見て下さい。写真があるでしょう。
「亡くなったのね。○○町(飲み屋街)にでも行っているのかしら。それとも女の所?」…亡くなって女の所って…濡れ衣もいいところだ。…来年の夏になったらまた帰ってきますよ。
「じゃあ、私はひとりなのね」…立派なひとり暮らし老人です。…お父さんが亡くなったからね。仕方ないですね。
「それと、私が帰って来たことを言ったかしら?」…夏に法事で千葉に行きましたが、それからデイ以外は家から出てません…疲れましたね。早く休んだ方が良いですよ。

見当識障害とは、こんな事なのかと勉強させられた電話でした。

2012年12月22日土曜日

こんなはずでは

80歳代の男性。3回結婚して5人の息子がいる。不動産の会社を35年間経営して、寝たきりの妻を介護してきた。これだけでは立派な父親で夫と、誰でも思う。
 でも、次男からの相談は、借金しては土地を買い、それを抵当にして更に借金して踏み倒したり、山野を分筆して高額で売り、詐欺で訴えられている。子供たちはみんな連帯保証人にさせられ多額の借金を払わされているから電話にも出なくなっている。年金と国保、介護保険の保険料は一切払わず、入院した病院の支払いは踏み倒すから診察してくれ病院は無くなった。いざとなれば福祉が何とかしてくれる。具合が悪くなったら救急車で入院させてもらうとうそぶいている。
 今回、母親が入院し父親も栄養失調で寝込んでいるが、入院できた病院から数日の間に退院するように言われて困っているとの内容だった。
 生活保護の申請をして借金の清算のために弁護士に相談して、母親のケアマネが所属する有料老人ホームへの入所が決まって、と順調に問題は解決してきた。
しかし、息子の立場で援助を続けたいと担当のケアマネは勘弁してもらった。
 父親を施設に訪ねると、息子が自分の財産を勝手に処分しようとしている。今度会ったら包丁で刺してややりたいが会いにも来ない。自分しか知らない隠し財産が数億あるからここから出してくれと、もっともらしく訴える。
 施設の責任者や病院のワーカー、生活保護のケースワーカーたちだけでなく子供たちもそろって口にするのが、「こんな人を手厚く面倒見る福祉は間違っている」。でもね、こんな人でも救われる福祉制度があるからみんな安心していいと思わないとね、と答えることにしている。
 でも、月の3分の1近くの日を使って走り回った私の報酬がゼロというのはね。

2012年11月12日月曜日

November

9月と11月は身内の誕生日で忙しい。妹も兄も姪も義姉も11月。9日は実家の母の誕生日に23区のセーターを贈った。彼女は今年で74だ。『もう歳だからね』と言いつつ、でも23区を喜ぶ。 カシミアのブルーのVネック。 ・・私が欲しいわ(-_-) 『 こんなの着れないから、アナタが着なさいよ』 と言ってくれるのをひそかに期待したが、『バッチリよ!忘年会に着て行くわ!!』あっ、そう・・・。
そして今週末は義父の誕生日。 ダンディでオシャレな人だったから、お誕生日や父の日は選ぶのに苦労したなぁ。 喜ぶ顔を想像しながらプレゼントを選ぶのは楽しいものだ。 義父に選んであげることが無くなってしまったから、今年から11月は一つ楽しみが減ったけれど・・。でも お誕生日会はしよう。 お義父さんの好きだったお店のタルトを買って行くよ(^O^)/ ( 私も食べたいから~ )

2012年11月11日日曜日

メニュー

21歳のヘルパーが訪問したあと、電話が来た。味付けが塩辛くて食べられないとの苦情。訪問すると料理をテーブルに置いたままにして食べてみろと言う。態度は、嫁をいじめる意地悪な姑になっている。冷たくなった煮付けはちょっと塩辛い。冷えると塩味は増すからねと言うが承知しない。若いときから仕事していて自分では料理をしてこなかったと言ってたではないか。デイで出される弁当の味については辛くても文句言わないのに。ヘルパーは、途中で味を見てもらったら甘いと言うから醤油を少し足したと言う。じゃぁ、次回からできあがる前にも味見してもらうからねと言うと、前もって電話で献立を相談してから食材を買ってきて欲しいという。次回、電話するとタマネギだけのかき揚げがいいと答える。
本当に姑根性丸出しだ。講習では、個別ケアや利用者主体と説明したのだけどね。

2012年11月6日火曜日

ミネストローネ

冷蔵庫を覗いたら 塊のベーコンがあって 野菜室にセロリがあった。 レシピが少ない私にとって、この二つの食材から連想されるのはミネストローネしかない。
ベーコンをサイコロ状にしていると ウチの犬が足元に来る。
『ネーサン、なんかアッシに夜食作ってくれてんですかい?』
前から言っていることだが、あまり動物は好きではないので、上目遣いに見つめられても 心を打たれたりはしない。 人参やらマッシュルームやらを刻む まな板のトントンと言う音に合わせたかのように彼は小さくシッポを振る。 ちょっとだけ可愛い。しかし、自分が食べれないニンニクと玉葱を切り出すと 彼には解るらしい。 『なんや、アッシのじゃないんかぃ』とプイと去って行く。 チッ(-_-)わかり易いヤツ・・・。
煮込んでいる間 換気するのに勝手口を開けたら 雲の奥に月が見えた。 ユーミンの歌に因んで、14番めの月が好きだが、ハッキリ言って 14番めも16番めも区別はつかない(?_?) 裁縫と同じくらい天文学に疎い(物理はその一万倍)私に 月を語る資格はないのだ。 新聞広告に載っていた絵本。 対象は小学生中学生〜と書いてある。 ウチの犬くらいにわかり易そう。 明日は本屋に行こう。

2012年10月28日日曜日

Hard To Say I'm Sorry

犬はあまり好きじゃない。 と言うか、動物は好きではない。 室内犬も飼っていても、可愛いとは思うが特に好きではない。 体温を感じるモノは 無責任な扱いができないから 面倒くさがりの私には重荷になる。 だけどテレビで泣けるのは 恋愛モノでも家族モノでもなく、なぜか動物モノだ。
本屋で物色していたら 豆助の写真集があった。 犬のくせに写真集か、と思いながら ウロウロした。 さんざん本屋をウロついたあと レジに持って行ったのは 豆助の写真集。 県外実習中の娘に送ってあげようと思ったからだ。 彼女は可愛い子犬など見ると涙目になる。 志村どうぶつ園は かじりつきで観ている。(ダーウィンが来た!には興味を示さない) 荷造り前にパラパラと写真集を眺めていたら、あら〜 意外と癒されるではないか・・・。 この駆け引きなしの表情がなんとも言えない。 『俺ってカッコイイだろ、この角度がイイだろ』みたいな 嫌らしい計算がない。
ウチの犬にも豆助と同じような唐草模様のバンダナを買ってあげようと思い、ネット検索したら 1050円だった。 ちょっとしか生地使ってないのに??やめた(-_-)
でも彼は自分の名前入りTシャツやパーカーは持っている。 だからといって別に犬が好きなワケではない。

2012年10月16日火曜日

男らしさ

Nさんの両手の小指はない。腕には入れ墨がある。昔のことを尋ねてもなにも語らないのは脳梗塞の後遺症で構音障害があるためだけではない。胃瘻をしているからたびたび肺炎で発熱する。今度は、発熱だけでなく肺に痰が溜まって呼吸が苦しくなったから。病室をでは酸素マスクをして痛々しい。咳がひどくて声にならない。必死の形相でのどを指さし、両手で×をする。看護師さんが痰を吸引しようとすると、麻痺のある両手と足を激しく動かして抵抗する。「痛いからね。でも我慢しないとね」と言葉は優しいが、看護師さんは手加減しない。男らしく我慢しないとかっこよくないよと同行したケア○が声を掛けると、にこっと笑って平静をたもつ。「次に、鼻から取るからね」と鼻にチューブを入れようとすると、顔を振って逃げようとする。
ようやく終わって、呼吸が穏やかになってから、「我慢できない男はかっこよくないよ」とケアマネが声を掛けると、「痛いものは、男でも痛い」と弱々しく言った。

そのケアマネは福山雅治のファンで、今度出たアルバムのことを熱心に話す。
「ねぇ、知ってる。福山さんの髪の毛は僕と同じ右分けなんだれど」と言うと、Nさんより激しく咳き込んで笑う。翌日も、DVDを見ていたら、笑いが止まらなくなったと言う。そこまで笑うことではないと思うんだけど。

2012年10月13日土曜日

空振り

東野圭吾の新刊の発売日だったので さっそく本屋へ行く。話題作のコーナーへ直行するが、8月に発売された彼の作品が陳列されているだけだ。
『あのー・・今日発売の東野圭吾の新刊は?』 とお店の人に聞いてみたら パソコンで検索してくれた。
『・・確かに今日が発売日ですが、この本は県下での発売は月曜日になります。』
なんやとぅっ(☆_☆)? 洋画の公開日じゃあるまいし、全国一斉発売じゃないんかいっ! 週刊ポストや週刊現代は新聞広告したその日に発売されとるやないかい!!・・・と言いたかったが、『・・・ちなみに・・御社の本店にもないんですよね・・?』
『県下での発売が明後日ですからね・・すみません。』
田舎なんだ、ココは・・と実感(-_-) そうだよね、なんせ今だに夕刊がないんだから 嫁に来たとき ビックリした記憶がある。 24年前、初めて来たとき、飛行機で来たハズなのに、着いたのはバス停か?と驚いたこともあるし。
本屋さんがすまなそうにするので 違う本を数冊買って店を出た。 早く福山・・・じゃなかった、ガリレオに逢いたかったのに。

2012年10月12日金曜日

女性は長生き

Nさんは以前酪農家だった。夫は仕事以外ではおしゃれだったけど、早く亡くなった。仕事で苦労したからかなと聞くと、私の言うとおりに働いていたから頭は使わなかったんだけどね。乳を出すためには……と病院の診察室の前で大声で話す。「乳房をマッサージ」「妊娠」「乳は大きければいいってものじゃない」。冷静を装うが、周りの人には、「乳牛の話ですよ」と弁解したい気持ちになる。「男は、我慢ができなくて、早死にするから」
それで、乳牛の一生は、雄と雌で3倍も違うのかと、納得。でも、最後は、雌がミンチで雄はステーキだからね…と言ってもやせ我慢にしか聞こえないな。

2012年10月9日火曜日

Autumn

今朝から金木犀が香るようになった。
ウチの裏庭に金木犀があることが発覚・・と言うか 自覚してからもう一年が経つ。 この一年、確実に老化はしても、成長するのはウエストだけだ。
食べない食べないと悩む利用者家族もいれば、食べてない食べてないと言う認知症の親に悩む利用者家族もいて、食欲の秋は深まっていく。
じゃまなか・・山中教授のノーベル賞受賞のニュースに日本中が沸き立ち、彼の謙虚なコメントが絶賛される。 人間、謙虚でなくてはならないな、とつくづく思う。
ウチの孫がケアマネの試験に なかなか合格しないよ。アナタは凄いね。 とKさんが褒めて下さったので、 私が受けた年は簡単だったんですよ、と言う。
そりゃあアナタ、ラッキーだったね。 あら、Kさん納得しちゃったし・・(゜▽゜)
キチンとした人間が言う言葉でなけりゃ 謙虚とは取られられないんだな、とわかった。

2012年10月6日土曜日

2012年10月2日火曜日

業界では常識

将来介護を必要とする人が増えることは誰でも知っているのに、知りたくないためなのか余り話題にあがらないことがある。この業界では、当たり前だから、だれも声を上げないのがいけないのではないかと言うことがいくつもある。
 一つは、包括支援センターなんて何の役にも立っていないこと。高齢者の総合的な相談機関となって、虐待や後見人、介護だけでない問題、介護が必要にならないような予防等々、何でもできるように宣伝されるが、その実なにも解決できないこと。名前だけで能力だけでなく、数が足りない。大きな施設をいくつも実施している法人が受託して相談を受けるなんて、その法人のためにしか動かないのは常識ではないかと思う。
 もう一つは、介護職員が増えないこと。資格は取っても仕事に就かない。そんなに人が足りないのならと求職者の行き先として介護現場を紹介する行政。適性も何も考えず、選ばなければどこにでも就職できると、就職をせかす。もともと適性がないのだから、半年の研修を受けても介護ができる訳がない。国は、色々な資格を作ってキャリアアップさせようとするが、専門学校卒だけでなく4年大学卒でも、正職ではなく、高卒の初任給より低い賃金で生活しろというほうが無理がある。共稼ぎすれば、生活できると偉い人たちは言うが、夜勤もある仕事に夫婦で就いて一緒の休日さえ過ごせない。将来昇給のめどもない生活では、子供を産もうという気にならない。
 愚痴ばかりになるが、ここの国は、この程度の介護で満足しろと言っているのだろう。

2012年9月30日日曜日

中秋の名月は14番目の月

台風で大気中のゴミが無くなったから今宵の月は、きれいに見える。
朝晩はすっかり涼しくなって、秋の気配を感じる。
季節の変わり目は体調だけでなく、精神状態がおかしくなる人が増える。Yさんの娘から会いたいと電話が来る。以前担当していたケアマネに聞くと、毎年のことらしい。昨年は、母親が入所している老人ホームの玄関で裸になって暴れたらしい。「痴女」ですよと言う。満月の夜に、オオカミになるなるのは男だった気がするのだが。
今宵は月齢が14なのに十五夜というのも、おかしい。

2012年9月28日金曜日

明けの明星その2

ケアプランを担当していたディサービスに監査が入った。運営上の不備があったらしく、行政から私にも問い合わせが来る。寝耳に水、とは まさにこのこと。 〇〇さんと〇〇さんのケアプランを担当されてますね? 書類の提出をお願いすることになると思います、ご協力願います。・・・って・・・。 えーっ、そんなん急に言われても〜(*_*) 支援経過が・・モニタリングがぁ〜(T_T)
てな訳で その日は徹夜で書類を仕上げた。
明け方、事務所の外の自販機でコーヒーを買っていたら、左の空に明けの明星が見えた。
これが噂の明けの明星ね。(別に噂になってないけど)まっ、たまにはこんなんもいいか、と思いながら缶のプルタブを開けた。

2012年9月27日木曜日

恋する瞳

80歳を越えるOさんは耳が遠い。自宅では、憂鬱な表情をしているか寝ているかのどちらかの生活で、典型的な老婆だと見ていた。デイに行き始めて1ヶ月。息子から、母は毎日喜んで通っている。毎朝、お化粧し明るい色の服を着て、デイの車が迎えに来ると、膝の痛みも忘れて飛び上がって外に出て行くという。
母は、デイの職員に片思いしているようなんですと息子は笑顔で話す。私が人を好きなったらおかしいだろうかと嫁に相談したらしい。あの人の奥さんはどんな人だろうか。どんな人が好みなんだろうかとも聞くらしい。母は、ヨン様のファンだったからどんなハンサムだろうとデイに見に行ったら、ガレッジセールのゴリさんにそっくりだった。頑丈で男臭い人が良かったのかもと笑いながら語る。
それで、その職員がいることを確認してデイを訪問すると、開口一番「私はここから変わらんよ」と言う。隣に座った人を交えてデイでの様子を話している時も、目はその男性職員を追っている。お化粧して、明るい色の服を着たOさんはまさに「恋する乙女」だった。

義父へ・・

私たちが葬儀のあとの挨拶回りに奔走していると言うのに、義父は今ごろ天国で呑気にゴルフをしてるだろう。
でも二年間も頑張ったんだから それくらいは いいよね。
あれだけの癌だったのに、あまり苦しんだり 痛がったりもせず、義父らしい静かな最期だった。
『死に様がね、大事だから』と言ってたけど、お義父さんが私たちに見せてくれたのは 紛れもなく『生き様』だったよ。
本当にありがとうございました。そして お疲れ様でした。
ゆっくり休んで・・・と言いたいけど、先に逝って待ってた祖父や叔父たちと 久しぶりに盛り上がってるんじゃないかしら。 周りに人が集まってくるタイプだから、天国でも 忙しいかもしれない。

2012年9月20日木曜日

捨てられる

Tさんは元気だ。毎日近所の公園を1万歩以上歩くのが日課。デイを勧めても、あそこは老人の行くところというけど、もう80歳だ。病院に行ったこともないのが自慢。でもひとりで寝るのは怖いと娘たちが交代で泊まりに来る。昼間は、何度も娘の携帯に電話して来るのでつとめができなくなった。でも和都市は電話なんかしたことはない。料理も何でもできると言い張る。
Kさんも元気。自宅前の畑で野菜を作っている。ラッキョを市場に持って行かないと行けないと、娘を呼ぶが、娘が来ると何のために来たと電話したことを忘れている。料理することができなくなったのに、知られたくなくてヘルパーが来る時間になると家を留守する。
TOさんも元気。毎朝自宅前の国道を横切って100メートルの坂道を登って、運動公園を1時間かけて歩く。近くで働く娘たちにご飯を作らないといけないとデイへの誘いを断る。

こんな人が増えてきている。毎日1万歩以上歩いて健康に気をつけて病気はない。私たちより体力がありそうだ。このまま100歳まで生きるのだろうなと思う。共通しているのは、自分は何でもできると言いつつ、子供たちに頼っていて、それを忘れたかのように振る舞う。介護サービスを遣うことは、子供たちから捨てられると受け取ることも共通している。
素直に、自分はできなくなったと言えれば良いのに、そうしたら健康に気をつけてきた努力は意味がないかのように感じるのだろうか。子供たちが私の面倒を見るのが当たり前なのに、他人が私の世話をすると言うことは、子供たちが私を見捨てたと言うことなのと言いたいのだろうと思う。
頭の中では「姥捨て山」は現実の事なんだろうね。



2012年9月19日水曜日

カエルの子

息子も娘なんて近くにいてもアテにならない。始めからアテにはしてないけど、あんなに薄情とは思わなかった。コツコツ溜めたお金も 死ぬまでに使ってしまおうと思う。子供らは入所させようとしているが、今後いっさい、子供の言いなりになんてならないことにした。僕は好きなように生きて行くよ。僕から 子供に連絡なんかしないでおこうと思う。いや、心配するかもしれないが、少し困らせてやったら ちょっとは改心するかもしれないからね。

私は彼を担当して四年になるが、その間、息子さんや娘さんの言うとおりにしたことなんかはただの一度もなかったような気がするのだが・・・(-_-)?

夜、彼の長男と話しをする。

親父は知ってるとおり、そうとうな頑固者ですからね。僕らが何かしてあげても、ありがとうも言わない。振り回すだけ振り回しておいて、結局は自分の思うようにしかしませんしね。親父に付き合っても骨折りなだけで文句ばかり、何も進歩がないんですよ。わかるでしょう?この際、しばらくは連絡するのも世話を焼くのもやめようかと思ってね。いや、もちろん死なない程度に(笑)。少し困らせたら ちょっとは改心すると思うんですよ。

さすが親子だわ。同じコト 考えてるし。似た者同士、どっちもどっち。前に進めない。最後は二人とも『その間(お互いが困らせてる間)は 頼みますよ』と言う。その間・・って 四年間 ずっとじゃんか(ノ><)ノ、と心の中でツッコミを入れる。

2012年9月17日月曜日

明けの明星

こんな病気になって初めて健康であることのありがたみを知ったわ。痛くて眠れないときは 窓から明けの明星が見えるのよ。家にいたら見ることもないのに、東向きの病室にいるお陰で 見えるものもあるの。

彼女は自分に言い聞かせるように言う。 私は横で頷くしかできない。

義父の闘病も二年になる。
お義父さんがしんどい思いをして私たちに勉強させてくれている。こんな病気になったから 親孝行の真似事もさせて貰える、お義父さんにに感謝しないと・・・と家人と話しをする。 そう自分たちに言い聞かせる。

健康のありがたみが分からなくていい。 勉強させて貰えなくていい。 親孝行の真似事ができずじまいでもいい。 義父が病気にならなかったら それでよかったのに、と 寝顔を見ながら思う。

2012年9月10日月曜日

ワイルドだろう


早朝というより未明、Fさんから電話がかかってきたのは、先々週のこと。起き上がれない。何もできないので病院に連れて行って欲しいと弱々しい声で訴える。訪問すると、トイレに行こうとして転倒し、左の腰が痛いという。その割には左を下にして寝ているのが気になるが、転倒と聞いて大腿骨頸部骨折を疑うのは常道。そんなこともあるかなと思いながら救急車を呼んだ。


以前から、靴下のままでは歩きたくないぐらいに汚れた部屋だったのに、布団は便と尿の失禁でしっとりとした上にひどく臭う。トイレまでの床には尿の水たまりができて、それを下着で拭いて丸めて置いてある。枕元には、食べかけのご飯や缶詰などが散乱している。駆けつけてくれた救急隊員もつま先立ちで移動している。とりあえず、入院のために下着やタオルを袋に詰め、紙おむつとティッシュを抱えて救急車に乗せる。運良くかかりつけの医院に外科医が来る日だったので救急車は古い医院に搬送してくれた。胸椎の第12番目が圧迫骨折しているとの診断を受けてから、お世辞にもスマートとは言えないFさんは担架に乗せられ、階段を上がって病室に運ばれた。同僚を呼んで部屋の大掃除と、洗濯を汗だくでして事務所に帰った。



翌週、医院の看護師から、こちらの指示に従わないし廊下は歩いているので退院させますと電話があった。栄養剤を水代わりに飲んで、腰が痛いから痛み止めを欲しいとひっきりなしに訴えたりすることでもてあましたらしい。本人は、ここの看護師は親切じゃないから、以前検査入院した病院に移るのだと言う。寝返りも打てないのに、口は達者だ。退院の翌日ヘルパーさんに来てもらい、どうしても生活できなかったら入院しなさいと助言して帰る。



2日後、知り合いの病院に入院受け入れを頼んでからFさん宅に向かう途中でヘルパーから、訪問したら救急車が来ていた。どうしたらいいですかと電話が来る。到着すると、新しくできた廊下の水たまりを横目に見て、失禁してますね。本人がいないので帰りますと言い消えた。病院取り打ち合わせより早い時間だったので、別の病院に搬送することになった。大きい総合病院は、入院と検査のための家族の同意書が必要だとストレッチャーに乗せたまま待たせている。子供は7人いるが、市内には2人しかいない。1人は精神科に入院中なのでもうひとりの絶縁中の次男に電話するが、取り付く島もない。サインだけでも良いからと、説得を続け来てもらうが母親のいる部屋にも近づかない。



入院してから、ソーシャルワーカーから上履きがない。杖がないと毎日のように電話があってその都度カギを預かってから家に行き届ける。今度の病院は親切だと、おとなしくしていたのに、1週間後の土曜日ソーシャルワーカーから電話がある。知人が迎えに来ていて退院の準備をしている。歩行器移動のレベルだけど、医師も諦めて退院の許可を出した。



まだ歩けないのに退院してやったぜ。ワイルドだろう。

2012年8月26日日曜日

Gentleman

気管切開しているから声が出せない彼は、どうにか少しだけ動く右手で文字盤を指差し会話してくれる。 今日も血色がいい。 胃ろうしているから褥瘡もないし、お肌もツヤツヤだ。
『こんにちは、私 覚えて頂いてます?』と聞いてみると 首を左右に振る。 まだ二回目だし仕方ないよね、とか言いながら 今日は外は風があるけど暑いよ、だの でも雲の形は秋空だわ、だの オリンピックも甲子園も終わったねぇ、だのと とりとめなく話しかけるたび 律儀に首を縦に動かしてくれる。 彼が右手の指を少し左右に動かす。 文字盤を持ってきて、と言う合図なのは先日の面談のときに覚えていた。
『の・ど・が・・・い・た・い』と言う。 えーっ、そうなん、ちょっと看護師さんに言ってみるね、と言って看護師さんを呼ぶ。 さっきドクターが気管のカテーテルを交換したばかりだから 今日くらいは違和感があるのよ、と看護師さんが教えてくれた。 彼は耳がよく聞こえるから私と看護師さんの会話で納得したようだった。私を見る彼の目が『了解』と言っていた。
彼がジャイアンツファンなのは娘さんに聞いて知っていたから『そういえばジャイアンツ、調子いいね』と言うと 変わらないはずの表情が嬉しそうにも見える。 声に出して笑えないと言うのは苦しいだろうなぁ、と思う。
じゃあ帰ります、私のこと 次に来るときまで覚えててくれますよね?、と言うと 首を縦横に振る返事をされると思いきや、文字盤を持って来て、の合図。 わぁ、何てお返事してくれるんだろう、とワクワクしながら 彼の前に文字盤をかざす。
『わ・か・ら・ん』 ・・・(-_-)
ハイ、とっても正直な紳士なのでした。

2012年8月19日日曜日

彼岸


お父さんが帰ってこないの。さっき出て行って、夜になっても帰ってこない。どうしたんだろうね、と何回も電話が来る。


精神科のお医者さんを定期受診すると、何でだろうね。不思議なことが起こるね。と模範的な対応を見せてくれる。


孫はね、お盆だから帰ってきたのかな。来年また帰ってくるまで元気でいなくっちゃって言うんですよ。そんなことないでしょう、とお医者さんに同意を求める。


でも、お父さんはつも側にいてくれてるんだよねと、坊主みたいな返事をするお医者さんだからいやがらずに受診してくれるのだと感謝する。

2012年8月13日月曜日

お盆

ひとり暮らしをしていた89歳のIさんが亡くなった。認知症があって料理は作れなくなっていたが、夕方訪問するとベランダの椅子に座って休んでいることが多かった。お父さんが一向に迎えに来てくれないといいつつ、隣の県に住む息子が定年になって帰ってくるのを楽しみにしていた。お盆に帰ってきた息子夫婦が素麺を料理して出したところ、のどに詰まらせて亡くなった。息子が帰ってから3時間の出来事だった。
棺の中の彼女はいつもの笑顔を浮かべて寝ている。帰省してから慌ただしく時が流れて涙も出ないと言いつつ息子が「おじいちゃんが迎えに来たのかね」とつぶやく。

もうひとりの認知症でひとり暮らしのFさんは、お父さんが出たきり帰ってこないとしきりと電話してくる。9年も前に亡くなったのに、お盆だからお父さんが帰ってきたのかねと婿は笑うが、娘は電話の度に「とっくの昔に死んだでしょう」と電話口で怒っている。

2012年8月9日木曜日

条件反射?



パーキンソン病のiさん宅の犬は1回目の訪問の時は家に入っても吠え続けていた。私がすぐに動けないから番犬ですよと説明された。2回目あたりから吠える時間が短くなる。昨日は、しっぽを振ってすり寄ってくるようになった。奥さんと話していると、私が来て吠えるとなだめるために牛乳を出していたらしい。私が来ると牛乳がもらえると考えたからかと合点がいく。写真を撮ろうとして携帯を向けると、横を向く。番犬としてのプライドなのか、シャイなだけなのか。iさんは、私の声が聞こえると、ボールペンと印鑑をテーブルに準備してくれている。

2012年7月31日火曜日

ホルスタイン




Nさんは有料老人ホームの端っこの部屋で過ごしている。一緒に暮らしていたお父さんが亡くなったから、夫婦部屋にひとり、演歌を流して過ごす。目が見えないから楽しみは音楽しかない。おしっこの管がついて、ほとんど話さないし動かないから施設の職員は、植物人間に近いと思っている。
定期受診に娘と一緒に付き合ったとき、娘と子牛の相場について語っていると、「だから、和牛より乳牛がいいと言ったたのに」と酪農家の話になった。経営は私が全部してきたから、今までのように大きくなったんだと言う。それから、会う時は牛の情報を仕入れてから行くことにした。
「Nさんとこの牛はなんだったっけ?」と尋ねると、「ホルスタイン」と大声で答える。次に、先日孫が結婚したので「今度の孫のお嫁さんはどうだった」と尋ねたら、「ホルスタインじゃね(ではない)」と答えた大笑いになった。

2012年7月11日水曜日

ケガの功名

Nさんは怖い者知らずだ。誰にでも噛み付く。言い出したら聞かないから 家族も結局は折れる、と言うより 面倒くさがって相手にしない。先日奥様が急逝されたことで、彼に苦言を呈する人は かくしていなくなった・・・。そう、暴君なのだ。ああ、ピッタリだわ、この言葉。
今日 訪問したら 彼にさんざん振り回されながらも なんとか契約までこぎつけた、明日から開始になるディサービスについての文句を言いだした。

あそこは たいしたトコじゃないみたいじゃないか。
え?そんなことないよ、きっと楽しめると思いますが・・。
利用者が70人もいるわけないだろ、あの職員は嘘っぱちだ。
いえ、大きなディサービスですから それくらいの人数はいらっしゃいますよ。
人に聞いた話によるとロクでもない催ししかないって言うじゃないか。

また始まった。暴君、万歳(-_-)一緒に何件もさんざん見に行って アンタが決めたんやろ、と言いたいのをグッと堪える。

まぁ君に言っても仕方ないが、あんまりいい噂聞かないからな。しょーもないなら行くのは止めようかと思うんだ。

ああ、私も我慢が足りない。彼を担当してからこのかた四年も堪えていたのに この暑さと湿気で髪もボサボサでイライラしていたせいか、ついに彼に向かって怒られるのを覚悟で言いかえしてしまった。

その噂ってドコで聞いたんです?
彼は一瞬 え?と言う表情をしてから ドコって・・みんなが言ってるわ。
みんなって誰ですか?
そ、それは君に言う必要はないだろう。みんな言うたら みんなだよ・・。 彼はちょっとだけトーンダウン。
じゃあ、やめときますか。仕事じゃないし、気が進まないなら無理に行くことないですよ。
・・・でも それじゃあ君が困るだろう?
いえ、全く困りません。そんなお気遣いは要りません。よし、じゃあ 止めよう。ディサービスには私から電話して断ります。

彼は10秒ほど黙った。 長い・・、10秒って長いのね。そして おもむろに
まぁ明日は暇だし することもないから 行くだけ行くよ。

よしっっ(>_<)
彼の気が変わらないウチに一緒にディサービスに持って行くものの準備をする。 薬やタオルを手提げ袋に入れている彼の横顔を覗いたら 少し楽しそうに見えた。
暴君は笑ったら可愛い。

2012年7月10日火曜日

人生


警官から同僚のケアマネに電話があった。最近姿を見ていないと近所の人から通報があったが近況を知らないかという。数年前脳卒中で倒れてからショートステイを利用したが、その後は財産関係で兄弟間が疎遠になって、近所の人とも口をきかない生活を送っていたから介護保険も使わない状態だったという。名前を聞くと、30年も前からカメラの修理や写真の相談に乗ってもらっていた知人だった。


自宅前に行くと、鑑識や警官が集まって家に入ろうとしていた。ガラスを割って窓を開けると亡くなって数日経っていたと警官が教えてくれた。集まってきた近所の人たちは、人嫌いで、近所づきあいがない、意固地な人などと言い合う。ケアマネも、頑固で変人、他人との交流をいやがり部屋に入れてくれなかったという。


私の印象とは全く違う彼の評価だった。確かに几帳面で潔癖症だったが、それだからカメラの修理や調整を任せられた。カメラのこととなると、はにかみながら熱心に語る顔が思い出された。


私たちは、病気やけがで誰かの手助けが必要な状態になってからの人しか知らない。その前に、どのような表情で仕事をしていたのか、話しぶりや同様な声だったのか写真などからでもわからない。今までの生活を知らずに「その人らしい人生」と書くことが怖くなった。

臭い仲

家族に頼まれ、ショートから帰るのを利用者の自宅で待つことになった。鍵を預かっていたので 空気の入れ換えをしていた。この家には私の苦手な犬がいる。愛想がよく 足に纏わり付き、膝にすぐ乗ってくる、そして鼻息の荒い犬だ。フニフニフニフニと家の中をついて回る。私にも慣れてくれている、が・・・臭い、とにかく臭い(-_-) 彼がいるお陰で この家はペットショップ・・いや、動物園の臭いが立ち込めている。彼が出ていかないように シルバーカーをドアの開いた部分に挟め、気休めとは思いながらあまりの臭いに玄関を開け放してみる。 畳は所々が彼のトイレになっており、下手に踏むと足裏が濡れる。爪先立ちで歩きながら 家の中に干された洗濯物を片付けていた。 ふと気づくと フニフニ君がいない。 え?どこ行った? 彼の名前を呼んでみるが 返事はない。(元々返事はしないが・・) 玄関を見ると シルバーカーが少し傾いている。 あれ? もしかして脱走したか? でも塀で囲まれた家だから 敷地内にはいるだろう、と 裏庭に行く。
彼の名前を呼びながら裏に行くと・・げっ
、ヤバい・・裏は塀がないやん(@_@) 裏庭は いきなりヨソの家の敷地に続いていて そこには塀はなく、遥か遠く大通りまで見渡せる。 冷や汗が出始めた。 ヤバいヤバい・・フニフニ君が脱走したのは仕方ないとしても、この暑さの中、あの暑苦しい彼を探さねばならないのかと思うと 途方に暮れた。 このシルバーカー、全然役に立たないやん、と本来とは違う用途に使っておいて シルバーカーのせいにしたりして しばし現実逃避を試みる。 やだ、探しに行くなんて面倒くさい〜・・三分ほど放心状態でいたところに 荒い鼻息が聞こえてきた。 フニフニ君が帰ってきたのだ。 やだー、もう〜、ドコ行ってたのよ〜。ビックリしたじゃない。心配したんだからね〜と彼を抱き締める。 うわ、汚い。 どっかでまたオシッコしてきてる。 臭い〜。
ただいま、と言った(気がした)彼を初めて可愛いと思えた。そうだ、アナタとも もう三年の付き合いになるんだもんね。汚くて臭いけど 仲良くしてくれてありがとう。

2012年7月7日土曜日

嫁は辛いよ



透析を受けて寝たきりの父親を私は担当しているが、彼女の母親は癌の末期で施設と病院の往復。兄弟4人のうち二人は県外で近くにいる弟は父親のキーパーソンをしてくれている。彼女自身も乳がん手術の後遺症があるのに同居している義母は認知症で「嫁は使わないと損」と公言して、義理の叔父叔母の世話までさせる。ヘルパーの資格を取り認知症の介護を学ぼうと本やテレビを見ているから、義母の認知症が進むのは自分の介護方法が悪いのだと義母の暴言にも耐えている。



父親のケアプランの打ち合わせなのに、娘の話を2時間に聞いてしまった。介護を分担しなさいと助言しても、お義母さんはデイにも行かないし嫁がいるのにヘルパーにお金を払うなんてと聞く耳を持たない。「旦那は?」「すまない」とだけ言って自分の母親には何も言わない…。娘の思い詰めた表情に、義母の受診の際に医師からデイを勧めさせるよう作戦を教えたら、医師は本人にデイを勧めると同時にケアマネと相談員を呼びつけてその場で段取りしてくれたそうだ。



おかげで、母の付き添いができるようになりましたとお礼を言われたが、それでも看病したいのかと、怠け者のケアマネはあきれてしまう、のでした。

2012年7月4日水曜日

参りました

娘が買い物に行くと言うので ついでにお菓子を買ってきて、と頼む。 何がいいの?と聞かれたが、何が食べたいのか分からない。甘いもの?辛いもの?彼女は私が喜ぶお菓子を選んで買ってくるのが得意だから お任せすることにした。
彼女が買い物から戻り、テーブルの上に数種類のお菓子を置いてくれた。 これでいいかな?と娘。 梅味のポテチやら 甘辛のお煎餅やら ハイハイ、これこれ、こんなんが食べたかったんだー。 ふと見ると イチゴカプリコが一つだけある。 娘の目の前に置かれている。
ちょっと、何で自分の分しか買って来ないのよ(-_-) 大人げないわね。 と言うと、
あら、これ ママの分よ。
・・・大人げないのは私でした。

2012年6月23日土曜日

類は友を呼ぶ


最近の相談は、男性は「頑固、偏屈」と家族が先に相談に来る。女性は、「頻繁に電話、盗られ妄想」との二つに分けられる。父は母親を女中のようにこき使い、女の職員を馬鹿にしている。家族にお礼を言ったこともないし、食事をおいしいとほめたことがない。母親は父と一緒にいると苦労が絶えず怯えている。だけど、絶対デイなんかに行かない。3つの家族がそう言ってきた。それぞれ公務員、教員、自衛隊の退職者で昇進しないで現場で仕事をしてきた人ばかり。会ってみると、そんなに問題はないし、勧めるデイにすぐ馴染む。外面が良いんだからと、家族は余計にいらつくのが見て取れる。退職まで現場にいたのは、上司にごまがすれず、世渡りが下手。おせじも使えないし、素直にありがとうと言えない恥ずかしがり屋というのが私のプロファイリング。今までの仕事を褒めて欲しいのに、退職したら厄介者扱いで年金だけを当てにされる。そんな空気を感じているお父さんは余計に口数が少なく、妻や子供から一方的に言われることをひたすら耐えて無視しているが、時々反論したくなる。


なにでそうなことがわからないのかなと、お父さんの気持ちを代弁して家族に伝えると、それはあなたが男だからよと無視される。私も将来同じように扱われそうだと、珍しく夕食のおかずを「おいしい」と言うと、それはスーパーで買ってきたおかずと、逆に怒らせてしまった。

2012年6月10日日曜日

カモシカのような足


暑くなったからなのか、短パンにハイヒールの女性が増えた。韓流ブームのせいか脚線美が注目されている…のかな。ピンヒールで赤ちゃんを抱いている若い女性は危なっかしい。私服を着ていても日焼けの具合からどう見ても学生とばれる人もいる。若い女性のリハビリ職員は、患者さんからモテル。○○さん(スタイルの良いOT)より、あなたがいいと患者は言うらしい。おしりが大きくて足の太い方が体を支える力がありそうで安心するのだそうな。実際のカモシカの足は太いから、彼女には「カモシカの足のようだね」と慰めることにしている。

私のことじゃない


本棚の前にはロードバイクとプリンターの空箱が、入り口横には1480円で買った扇風機が箱に入ったまま。椅子の後ろは引っ越しの時の段ボール箱が並べてある。もう少ししたら横になって歩かないとと行けない。机の上は、コードや読みかけの本でようやくキーボードを置いている状態の私が生活援助に掃除を入れること自体間違っている。そろそろ指導監査が来そうな予感がするのだが、訪問と会議の記録を書き散らかした裏紙が窓からの風で床に散らばっている。ケアマネの仕事は正しく評価されているのだろうか。かつての茶摘やバナナの取り入れ、コーヒー豆の栽培で問題になった「フェアトレード」を求める運動をすべきではないかと、自分のずぼらさを棚に上げて愚痴ってみる。

2012年6月3日日曜日

2012年6月1日金曜日

醍醐味


彼女とのお付き合いも一年近くになるが、なかなか打ち解けて話せなかった。
とてもおとなしい人で、自分から話すことはない。
彼女が・・と言うより、彼女の家を訪問することが苦手だった。
今日は庭の紫陽花がきれいだったから、まずは話しかける言葉が見つかって助かった。 「紫陽花がきれいに咲いたね」とベッドに寝たままの彼女に言うと、にっこりした。「ちょっと外に出てみようか、風に当たってみる?」と言うと、えっ?と言う顔をする。 行かないと言うだろうと思っていたから私も驚いた。そして思い切って言ってみた。 「一緒に散歩に行こうよ」
彼女はいきなり起き上がった。しかもサイドレールに掴まりもせずに・・。
車椅子に乗せて近所の神社まで行く。30㌔余りの細い彼女でも、神社までの坂は結構 力が要るものだ。
「・・しんどいやろう?」と彼女が言った。 「大丈夫よ、もう少し太ってもいいよ」と言うと、「私があまり喋らないから しんどいやろう?」と言う。 彼女はわかっていたんだな、と申し訳なくなった。 
それから色んな話をした。 彼女が今一番したいことは、自分の部屋の掃除だそうだ。夫に任せているから、文句は言えないから我慢しているけど、やり方が気に入らないらしい。 「ウチもそうだよ」と二人で大声で笑った。 何にも言わない人だから、何にも思わないわけではない。 認知症自立度はⅣがついていたけれど、胸の奥にしまっている思いはたくさんあるんだな。
さて、次回の訪問が楽しみになった。

2012年5月31日木曜日

年の差婚


妻へのDVが会ったから精神科に入院させられ、退院後は老人ホームに入所する予定だったのに結核が見つかって、結核病棟に1年余り入院することになった。退院前に病院のワーカーを通じて、奥さんに手を挙げたら精神病院か刑務所だからねと伝えてもらった。退院して1週間後、自宅を訪れると、犬を連れている彼を見かけた。退院後、妻の言葉が気にくわなかったのに腹を立ててテレビのリモコンを投げかけたらしいが、今のところDVはない。公園行くとラジオ体操している彼を見つけた。ベンチに座って話をすると、思い通りに体が動かないのか゜もどかしい。車も取りあげられたからどこにも行けない。10分も歩くと膝がガクガクすると立ち上がってみせる。20も若い奥さんと同じに考えると間違いですよ。リハビリに行きましょうと誘うとまんざらでもない。精神病院からの資料では、奥さんも浮気したことがあったらしい。その頃からDVは始まっている。若すぎる奥さんと結婚すると何かと心配が絶えないらしい。言葉では負けるからつい手が出ちゃうんだよね。


DV加害者として見られているのは、相談員や看護師など関わる人はみな女性だったからかもしれない。


でも、若い女性の方がいいんでしょうと同僚のケアマネは私に言う。

2012年5月20日日曜日

盗られた その1



 いつも訪問の最後あたりに話が始まる。
 デイに行きたくないのはね、家を留守にすると盗られるんですよ。この間は、米を2キロ。そして洋服掛けに掛けていた服。息子の物には手をつけないないのに、どうして私のだけを盗るかというとね、前から知っている人だからですよ。私が道を歩いているとバイクで後をつけて、振り返ると音を立てて逃げていく。自宅でも、気配を伺っているから、ふすまを開けるとバイクで逃げていく音がする。知ってる人だからね、犯人は。だから警察に言えないんですよ。この間もお金に困っていると言うから、庭をいじってもらいお小遣いもあげたのに。
 隣に住む民生委員に挨拶に行くと、親戚の男性と以前盗った盗られたで一悶着あって、それから泥棒だと言うようになっている。庭の選定もしてくれるのに、表面だけ見ると問題ないように見えるんだけどね。


 来月もまた同じ話を聞かされるのだろう。楽しみは飼っている猫に会えること。歩いているとおなかと畳の間は1センチもない。座るとおなかの肉がスカートのように広がる。それでいて、ここの戸を開けて欲しいと目で訴えるものだから、わがままで甘えん坊の女性みたいに思えてしまう。

2012年5月19日土曜日

話しますか



看護師はそう言ったはずなのに、彼は紙オムツだけの姿でベッドに寝ていた。息をしていないじゃないと部屋にいる看護師に尋ねたかったが、心の中で挨拶して手を合わせた。



先週この部屋で退院の打ち合わせをしたのに。実習を終えた看護学生に、「あなたたちは若いね。これからたくさんの未来があるから」と励ましていた。退院後の希望を尋ねたときに、奥さんが脇から介護用ベッドや訪問看護と言い始めたら、「そんなことか」と言って色々な希望を話した。本当は、もっと長生きして、こんな事やあんな事をしたいと言いたかったのかもしれないと後で考えた。
もっと話したかったですね。
看護師はそう言いたかったのかもしれない。

2012年5月13日日曜日

名(迷)言

Nさんが透析になってから 二年半が過ぎる。彼は『医療』への不信感を度々口にする。

医者は透析をしないと死ぬと言うが、あんなものは病院の儲け主義で言ってるだけだ。その証拠に僕は一ヶ月に一回や二回は透析を休むけど、こうやって生きてるんだから。

私は、透析を休む人がいるんだ、と初めて知った。
Nさんの奥様からの電話で訪問したときに、Nさんが在宅していた。

あら、Nさん いらしたんですね。でも今日は透析の日でしょう。
私は少し驚いたふうに言ってみた。

そうだよ。今日は休んだんだ。いやなに、大丈夫だよ。なんせ僕は こうみえても健康管理には人一倍 気をつけてるほうだからね。

・・・そうなんや(-_-)

2012年5月10日木曜日

カーネーション

連休前にお会いしたのは お電話があったから。煮物をたくさん作ったから、帰りに取りに寄ってと言ってくれた。結局、あの時が言葉を交わせた最後だった。アナタの料理は 少し・・いやかなり辛くて、実は私は苦手でした。ごめんなさいね。
外は寒かったでしょうと、訪問するたびに入れて下さる しょうが湯も、生姜が苦手な私は飲むのが辛かったわ。暑い日は見たことのない銘柄のグレープの缶ジュース、あんぱん、焼き芋、栗まんじゅう・・ご夫婦お二人ともインスリンをしているのに いいのかしら、といつも心配だった。
目が見えなくて難聴のご主人からの連絡で、駆け付けた時は 顔がパンパンに腫れていて いつもの綺麗な顔じゃなかった。救急車を待っている間に 大丈夫だよ、と声をかける私の手をギュッと握りしめてた。 もっと早く連絡してくれていたら 助かっていたかもしれないのに。 電話しようかと思ったが、夜遅くだから遠慮したと・・・ベッドから落ちたまま起き上がれずに一晩明かしたと聞いて 悔しかった。
おかずを入れてくれたタッパー、借りたままだよ。何を入れて返そうかと考えていたのに。母の日が近いから 一輪添えて返そうか、と思っていたのに。

2012年5月6日日曜日

Thanks

入院は一週間の予定だったのに、結局 帰れなかったね。リハビリをしなけりゃ歩けなくなるけど、点滴があるから 今はできないよなぁ、と しきりに焦ってましたね。そうよ、お天気がいいから 車椅子で屋上に連れて行ってあげたかったけど、点滴は3つも付いてるし、酸素は安静にしていても4リットルだったもの。 病院に行ったら 忙しいのに ごめんなぁ、迷惑かけてばかりでごめんなぁ、って言ってくれて、私は なぁんにもして差し上げれたこともないのに、ありがとう ありがとうって・・・。 何もできないから 会いに行くたび 眼鏡をピカピカに磨いてあげたら、 わぁ 明るくなった、よく見えるようになった と驚いてみせてくれた。 ご自分は足がパンパンに脹れているのに 私が階段で四階の病室まで来た、と言うと 足が痛くないか、と心配してくれました。
今ごろ 天国でリハビリに励んでいるかしら。 腫れた足も軽くなったでしょう。 HOTをしてなくても たくさんマイナスイオンを吸えるでしょう。 時々は眼鏡を拭いて そのときは 私を思い出してね。
優しいKさん、三年間 担当させて頂き ありがとうございました。

2012年4月15日日曜日

大事に



テレビのリモコンが無くて点けられない。と義母から電話がある。数日前からリモコンは無くなっているけど本体のスイッチでNHK岳は見られる。リモコンも新しく大きいのを買っていたのにそれもなくなっている。地元のホームセンターで198円で売っていたリモコンがあるので持って行くことにした。

居間に行くとテレビが点いている。
「テレビがつけられないのじゃなかったの」と尋ねると、誰かが来て点けていったのよと答える。
「じゃ、リモコンは要らないね」と言うと、チャンネルが変えられないからNHKばかりで見飽きた、と答える。
新しいリモコンをセットして渡すと、誰かに盗られないように大事にしまっとかないと、と言う。
だから、またリモコンが無くなるのだよと言っても、仕方ないか。今度は家がリモコンであふれることになりそう。

2012年4月14日土曜日

便乗

防災グッズが入っている その名も『防災ぬいぐるみ』
いざというときの緊迫した状況で、こんなのを背負って避難していたら ド顰蹙を買いそうだが・・(+_+)?

2012年4月12日木曜日

イイ女

あたしゃ お金は よっけ溜まってると思ってた。だけど 気づいた時には 全部パチンコに使ってたのよ。 やってられないわ。 一生懸命働いて慎ましく生きてきて、ある日 一銭もないって この人が言うんだもの。 殴ってやりたいと思ったわ。 涙も出やしない。 それで今は こんなふうよ。 急に怒り出したり、訳の判らないことばかり言って 私の言ってることは 聞こえてんだかどうだか・・。 何のために一緒になったんだろう、って。 私の頭が変になるハズだわ。 だって この人も頭が変なんだもの。 だけど この薬は ちゃんと飲ませなきゃ。 自分のは忘れちまうけど、この人の薬を忘れるワケにいかないからね。 まぁ私も同じ薬だから この人に飲ませるときに 私の分を思い出して飲むけどね。 それに夜、勝手にフラフラ出かけたりすることもあるから、ちゃんと身なりに気をつけてあげなきゃいけないのよ。 もう90が来るけど、これでも この人、昔はけっこう男前だったからね。
彼女は夫の少ない髪の毛染めをしながら、そんなことを言った。

2012年4月10日火曜日

自宅が良い



腰が痛い。眠れない。枕元には薬が買い物袋いっぱい置いてある。一人は心細い。
口から出るのは愚痴しかない。
以前新しくできた有料老人ホームに入ってすぐ出てきた。いくら寂しくてもあんな所より、自宅が一番と話す。

2012年4月3日火曜日

花見


銀行に勧められて有料老人ホームを建てたけど、思うように儲からないと言う声を聞いた。介護保険や福祉でもうけるなとは言わないが、有料老人ホームと入所者に提供している訪問介護やデイサービスなどの介護サービスとは区別すべきではないかと返事した。有料老人ホームは、建物の建設費や維持費を考えて利用料を設定すればいい。まかり間違っても3年で償還できる計画は作らない。民間のアパートやマンションでそんな計画を作ったら常識を疑われる。儲かるのは、介護サービスを効率よく提供しているからで、必要か過剰か考えずに限度枠一杯自分の所のサービスを利用させる。多い人で、月に37万円サービスを遣わせるからぼろ儲けする。介護度を下げよう、利用者の希望を叶えようと考えると職員が足りない。利用者を見たら金を生む鶏と思えと職員には教育しているのだろう。


今度からこのような有料老人ホームを「ブロイラー型ホーム」と呼ぼうと、提案したら露骨に嫌な顔をされた。

2012年3月25日日曜日


そろそろ花見の季節と、近くにある桜の名所をハシゴした。石山観音池というところの奥にカフェがあるといので山道を行くと水車と竹炭の釜があって桜が咲いていた。隣にお寺がある。ここになって初めて「観音」の文字が付いているいわれが理解できた。200メートルほど山道を登ると弘法大師を奉ったお寺があった。食べたランチのエネルギーを登りに使い果たし、下りは膝が笑う。体力の衰えを痛感した一日でした。

2012年3月20日火曜日

飲むしかない



義理の兄夫婦が帰省してきた。認知症の母親の将来を話す予定だったが、息子がリンパ腫と診断されて詳しいことがわからないとうろたえている。気分転換になるからと帰省を勧めた。もらい物で悪いが、珍しいのでちょっとなめさせてあげると、焼酎を二人で空ける。


娘が、四年勤めた病院を退職する。担当する患者たちからは号泣されたからとお返しの手紙を渡したらしい。寂しいから家に帰ろうかなと言われて、笑ったところが娘らしい。今日が送別会。

知り合いの父親が末期癌なのにインフルエンザだからと退院させられた。職場の部下には裏切られ、娘は高校入試に失敗した。今の辛い出来事がいつかは必要な事だったと思えるようになると慰める。


残務整理ができない。新しい問題が次々と掘り出されてくる。サボってたわけじゃないのに、なんでこんなに仕事が残っているのか。頭の中から仕事を消して眠るためには、飲むしかない。

2012年3月10日土曜日

優しくないといけないのか

ヘルパーのテキストに、「優しさ」や「障害を個性に」という言葉を見つけると、飛ばして説明する。介護する人は「優しく」ないといけないのか。いや優しければ良いというのならこんな勉強は必要ないと思えててしまう。介護の現場はなぜ職員の交代が多いのか、きっと優しい人は介護の現実を見るのに耐えられないという事もあるのではないかと思える。
このコミックを教材にしたらどんなことを感じてくれるのかなと思う。


2012年3月4日日曜日

LIAR

♪ ただ泣〜けば いいと〜 思う〜女と〜・・・♪♪
中森明菜ちゃんの歌の中では コレが1番好き。カラオケで何回か唄ったが 歌唱力の前に色気がないから 校歌みたいになってしまう(-_-)
嘘つきと話していると、自分も嘘つきになるのを発見した。『え〜、こないだ言うてたんと違うやんけ』と思いながら 『へー、そうなんだ。ふぅん・・』と相手の嘘を言及することもなく聞き流す。 聞いているフリをして、実は相手を否定している自分がいる。これも立派な嘘になる。
子供が純粋なのは、嘘をつかないからだそうだ。・・・と言うより、二、三歳くらいまでは嘘をつく知能がないから 純粋ならしい。・・・となれば、嘘を覚えた時点で 人は純粋でなくなるのか(?_?) ある記録によると8か月で嘘をついた赤ん坊がいたらしい。いわゆる『嘘泣き』ってヤツかな。 ちょっと前に話題になった本。思わず、『10分に3回〜? えー、嘘やろう?』と突っ込んだ自分がいる。 ホントだ、世の中って 嘘で溢れている。 でも 嘘が均衡を保っている部分は多いのかもしれない。