2012年5月31日木曜日

年の差婚


妻へのDVが会ったから精神科に入院させられ、退院後は老人ホームに入所する予定だったのに結核が見つかって、結核病棟に1年余り入院することになった。退院前に病院のワーカーを通じて、奥さんに手を挙げたら精神病院か刑務所だからねと伝えてもらった。退院して1週間後、自宅を訪れると、犬を連れている彼を見かけた。退院後、妻の言葉が気にくわなかったのに腹を立ててテレビのリモコンを投げかけたらしいが、今のところDVはない。公園行くとラジオ体操している彼を見つけた。ベンチに座って話をすると、思い通りに体が動かないのか゜もどかしい。車も取りあげられたからどこにも行けない。10分も歩くと膝がガクガクすると立ち上がってみせる。20も若い奥さんと同じに考えると間違いですよ。リハビリに行きましょうと誘うとまんざらでもない。精神病院からの資料では、奥さんも浮気したことがあったらしい。その頃からDVは始まっている。若すぎる奥さんと結婚すると何かと心配が絶えないらしい。言葉では負けるからつい手が出ちゃうんだよね。


DV加害者として見られているのは、相談員や看護師など関わる人はみな女性だったからかもしれない。


でも、若い女性の方がいいんでしょうと同僚のケアマネは私に言う。

2012年5月20日日曜日

盗られた その1



 いつも訪問の最後あたりに話が始まる。
 デイに行きたくないのはね、家を留守にすると盗られるんですよ。この間は、米を2キロ。そして洋服掛けに掛けていた服。息子の物には手をつけないないのに、どうして私のだけを盗るかというとね、前から知っている人だからですよ。私が道を歩いているとバイクで後をつけて、振り返ると音を立てて逃げていく。自宅でも、気配を伺っているから、ふすまを開けるとバイクで逃げていく音がする。知ってる人だからね、犯人は。だから警察に言えないんですよ。この間もお金に困っていると言うから、庭をいじってもらいお小遣いもあげたのに。
 隣に住む民生委員に挨拶に行くと、親戚の男性と以前盗った盗られたで一悶着あって、それから泥棒だと言うようになっている。庭の選定もしてくれるのに、表面だけ見ると問題ないように見えるんだけどね。


 来月もまた同じ話を聞かされるのだろう。楽しみは飼っている猫に会えること。歩いているとおなかと畳の間は1センチもない。座るとおなかの肉がスカートのように広がる。それでいて、ここの戸を開けて欲しいと目で訴えるものだから、わがままで甘えん坊の女性みたいに思えてしまう。

2012年5月19日土曜日

話しますか



看護師はそう言ったはずなのに、彼は紙オムツだけの姿でベッドに寝ていた。息をしていないじゃないと部屋にいる看護師に尋ねたかったが、心の中で挨拶して手を合わせた。



先週この部屋で退院の打ち合わせをしたのに。実習を終えた看護学生に、「あなたたちは若いね。これからたくさんの未来があるから」と励ましていた。退院後の希望を尋ねたときに、奥さんが脇から介護用ベッドや訪問看護と言い始めたら、「そんなことか」と言って色々な希望を話した。本当は、もっと長生きして、こんな事やあんな事をしたいと言いたかったのかもしれないと後で考えた。
もっと話したかったですね。
看護師はそう言いたかったのかもしれない。

2012年5月13日日曜日

名(迷)言

Nさんが透析になってから 二年半が過ぎる。彼は『医療』への不信感を度々口にする。

医者は透析をしないと死ぬと言うが、あんなものは病院の儲け主義で言ってるだけだ。その証拠に僕は一ヶ月に一回や二回は透析を休むけど、こうやって生きてるんだから。

私は、透析を休む人がいるんだ、と初めて知った。
Nさんの奥様からの電話で訪問したときに、Nさんが在宅していた。

あら、Nさん いらしたんですね。でも今日は透析の日でしょう。
私は少し驚いたふうに言ってみた。

そうだよ。今日は休んだんだ。いやなに、大丈夫だよ。なんせ僕は こうみえても健康管理には人一倍 気をつけてるほうだからね。

・・・そうなんや(-_-)

2012年5月10日木曜日

カーネーション

連休前にお会いしたのは お電話があったから。煮物をたくさん作ったから、帰りに取りに寄ってと言ってくれた。結局、あの時が言葉を交わせた最後だった。アナタの料理は 少し・・いやかなり辛くて、実は私は苦手でした。ごめんなさいね。
外は寒かったでしょうと、訪問するたびに入れて下さる しょうが湯も、生姜が苦手な私は飲むのが辛かったわ。暑い日は見たことのない銘柄のグレープの缶ジュース、あんぱん、焼き芋、栗まんじゅう・・ご夫婦お二人ともインスリンをしているのに いいのかしら、といつも心配だった。
目が見えなくて難聴のご主人からの連絡で、駆け付けた時は 顔がパンパンに腫れていて いつもの綺麗な顔じゃなかった。救急車を待っている間に 大丈夫だよ、と声をかける私の手をギュッと握りしめてた。 もっと早く連絡してくれていたら 助かっていたかもしれないのに。 電話しようかと思ったが、夜遅くだから遠慮したと・・・ベッドから落ちたまま起き上がれずに一晩明かしたと聞いて 悔しかった。
おかずを入れてくれたタッパー、借りたままだよ。何を入れて返そうかと考えていたのに。母の日が近いから 一輪添えて返そうか、と思っていたのに。

2012年5月6日日曜日

Thanks

入院は一週間の予定だったのに、結局 帰れなかったね。リハビリをしなけりゃ歩けなくなるけど、点滴があるから 今はできないよなぁ、と しきりに焦ってましたね。そうよ、お天気がいいから 車椅子で屋上に連れて行ってあげたかったけど、点滴は3つも付いてるし、酸素は安静にしていても4リットルだったもの。 病院に行ったら 忙しいのに ごめんなぁ、迷惑かけてばかりでごめんなぁ、って言ってくれて、私は なぁんにもして差し上げれたこともないのに、ありがとう ありがとうって・・・。 何もできないから 会いに行くたび 眼鏡をピカピカに磨いてあげたら、 わぁ 明るくなった、よく見えるようになった と驚いてみせてくれた。 ご自分は足がパンパンに脹れているのに 私が階段で四階の病室まで来た、と言うと 足が痛くないか、と心配してくれました。
今ごろ 天国でリハビリに励んでいるかしら。 腫れた足も軽くなったでしょう。 HOTをしてなくても たくさんマイナスイオンを吸えるでしょう。 時々は眼鏡を拭いて そのときは 私を思い出してね。
優しいKさん、三年間 担当させて頂き ありがとうございました。