
定期受診に娘と一緒に付き合ったとき、娘と子牛の相場について語っていると、「だから、和牛より乳牛がいいと言ったたのに」と酪農家の話になった。経営は私が全部してきたから、今までのように大きくなったんだと言う。それから、会う時は牛の情報を仕入れてから行くことにした。
「Nさんとこの牛はなんだったっけ?」と尋ねると、「ホルスタイン」と大声で答える。次に、先日孫が結婚したので「今度の孫のお嫁さんはどうだった」と尋ねたら、「ホルスタインじゃね(ではない)」と答えた大笑いになった。

警官から同僚のケアマネに電話があった。最近姿を見ていないと近所の人から通報があったが近況を知らないかという。数年前脳卒中で倒れてからショートステイを利用したが、その後は財産関係で兄弟間が疎遠になって、近所の人とも口をきかない生活を送っていたから介護保険も使わない状態だったという。名前を聞くと、30年も前からカメラの修理や写真の相談に乗ってもらっていた知人だった。
自宅前に行くと、鑑識や警官が集まって家に入ろうとしていた。ガラスを割って窓を開けると亡くなって数日経っていたと警官が教えてくれた。集まってきた近所の人たちは、人嫌いで、近所づきあいがない、意固地な人などと言い合う。ケアマネも、頑固で変人、他人との交流をいやがり部屋に入れてくれなかったという。
私の印象とは全く違う彼の評価だった。確かに几帳面で潔癖症だったが、それだからカメラの修理や調整を任せられた。カメラのこととなると、はにかみながら熱心に語る顔が思い出された。
私たちは、病気やけがで誰かの手助けが必要な状態になってからの人しか知らない。その前に、どのような表情で仕事をしていたのか、話しぶりや同様な声だったのか写真などからでもわからない。今までの生活を知らずに「その人らしい人生」と書くことが怖くなった。
透析を受けて寝たきりの父親を私は担当しているが、彼女の母親は癌の末期で施設と病院の往復。兄弟4人のうち二人は県外で近くにいる弟は父親のキーパーソンをしてくれている。彼女自身も乳がん手術の後遺症があるのに同居している義母は認知症で「嫁は使わないと損」と公言して、義理の叔父叔母の世話までさせる。ヘルパーの資格を取り認知症の介護を学ぼうと本やテレビを見ているから、義母の認知症が進むのは自分の介護方法が悪いのだと義母の暴言にも耐えている。
父親のケアプランの打ち合わせなのに、娘の話を2時間に聞いてしまった。介護を分担しなさいと助言しても、お義母さんはデイにも行かないし嫁がいるのにヘルパーにお金を払うなんてと聞く耳を持たない。「旦那は?」「すまない」とだけ言って自分の母親には何も言わない…。娘の思い詰めた表情に、義母の受診の際に医師からデイを勧めさせるよう作戦を教えたら、医師は本人にデイを勧めると同時にケアマネと相談員を呼びつけてその場で段取りしてくれたそうだ。
おかげで、母の付き添いができるようになりましたとお礼を言われたが、それでも看病したいのかと、怠け者のケアマネはあきれてしまう、のでした。