気管切開しているから声が出せない彼は、どうにか少しだけ動く右手で文字盤を指差し会話してくれる。 今日も血色がいい。 胃ろうしているから褥瘡もないし、お肌もツヤツヤだ。
『こんにちは、私 覚えて頂いてます?』と聞いてみると 首を左右に振る。 まだ二回目だし仕方ないよね、とか言いながら 今日は外は風があるけど暑いよ、だの でも雲の形は秋空だわ、だの オリンピックも甲子園も終わったねぇ、だのと とりとめなく話しかけるたび 律儀に首を縦に動かしてくれる。 彼が右手の指を少し左右に動かす。 文字盤を持ってきて、と言う合図なのは先日の面談のときに覚えていた。
『の・ど・が・・・い・た・い』と言う。 えーっ、そうなん、ちょっと看護師さんに言ってみるね、と言って看護師さんを呼ぶ。 さっきドクターが気管のカテーテルを交換したばかりだから 今日くらいは違和感があるのよ、と看護師さんが教えてくれた。 彼は耳がよく聞こえるから私と看護師さんの会話で納得したようだった。私を見る彼の目が『了解』と言っていた。
彼がジャイアンツファンなのは娘さんに聞いて知っていたから『そういえばジャイアンツ、調子いいね』と言うと 変わらないはずの表情が嬉しそうにも見える。 声に出して笑えないと言うのは苦しいだろうなぁ、と思う。
じゃあ帰ります、私のこと 次に来るときまで覚えててくれますよね?、と言うと 首を縦横に振る返事をされると思いきや、文字盤を持って来て、の合図。 わぁ、何てお返事してくれるんだろう、とワクワクしながら 彼の前に文字盤をかざす。
『わ・か・ら・ん』 ・・・(-_-)
ハイ、とっても正直な紳士なのでした。
2012年8月19日日曜日
2012年8月13日月曜日
お盆
ひとり暮らしをしていた89歳のIさんが亡くなった。認知症があって料理は作れなくなっていたが、夕方訪問するとベランダの椅子に座って休んでいることが多かった。お父さんが一向に迎えに来てくれないといいつつ、隣の県に住む息子が定年になって帰ってくるのを楽しみにしていた。お盆に帰ってきた息子夫婦が素麺を料理して出したところ、のどに詰まらせて亡くなった。息子が帰ってから3時間の出来事だった。棺の中の彼女はいつもの笑顔を浮かべて寝ている。帰省してから慌ただしく時が流れて涙も出ないと言いつつ息子が「おじいちゃんが迎えに来たのかね」とつぶやく。
もうひとりの認知症でひとり暮らしのFさんは、お父さんが出たきり帰ってこないとしきりと電話してくる。9年も前に亡くなったのに、お盆だからお父さんが帰ってきたのかねと婿は笑うが、娘は電話の度に「とっくの昔に死んだでしょう」と電話口で怒っている。
2012年8月9日木曜日
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