2012年8月26日日曜日

Gentleman

気管切開しているから声が出せない彼は、どうにか少しだけ動く右手で文字盤を指差し会話してくれる。 今日も血色がいい。 胃ろうしているから褥瘡もないし、お肌もツヤツヤだ。
『こんにちは、私 覚えて頂いてます?』と聞いてみると 首を左右に振る。 まだ二回目だし仕方ないよね、とか言いながら 今日は外は風があるけど暑いよ、だの でも雲の形は秋空だわ、だの オリンピックも甲子園も終わったねぇ、だのと とりとめなく話しかけるたび 律儀に首を縦に動かしてくれる。 彼が右手の指を少し左右に動かす。 文字盤を持ってきて、と言う合図なのは先日の面談のときに覚えていた。
『の・ど・が・・・い・た・い』と言う。 えーっ、そうなん、ちょっと看護師さんに言ってみるね、と言って看護師さんを呼ぶ。 さっきドクターが気管のカテーテルを交換したばかりだから 今日くらいは違和感があるのよ、と看護師さんが教えてくれた。 彼は耳がよく聞こえるから私と看護師さんの会話で納得したようだった。私を見る彼の目が『了解』と言っていた。
彼がジャイアンツファンなのは娘さんに聞いて知っていたから『そういえばジャイアンツ、調子いいね』と言うと 変わらないはずの表情が嬉しそうにも見える。 声に出して笑えないと言うのは苦しいだろうなぁ、と思う。
じゃあ帰ります、私のこと 次に来るときまで覚えててくれますよね?、と言うと 首を縦横に振る返事をされると思いきや、文字盤を持って来て、の合図。 わぁ、何てお返事してくれるんだろう、とワクワクしながら 彼の前に文字盤をかざす。
『わ・か・ら・ん』 ・・・(-_-)
ハイ、とっても正直な紳士なのでした。

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