2012年9月30日日曜日
中秋の名月は14番目の月
2012年9月28日金曜日
明けの明星その2
てな訳で その日は徹夜で書類を仕上げた。
明け方、事務所の外の自販機でコーヒーを買っていたら、左の空に明けの明星が見えた。
これが噂の明けの明星ね。(別に噂になってないけど)まっ、たまにはこんなんもいいか、と思いながら缶のプルタブを開けた。
2012年9月27日木曜日
恋する瞳
義父へ・・
でも二年間も頑張ったんだから それくらいは いいよね。
あれだけの癌だったのに、あまり苦しんだり 痛がったりもせず、義父らしい静かな最期だった。
『死に様がね、大事だから』と言ってたけど、お義父さんが私たちに見せてくれたのは 紛れもなく『生き様』だったよ。
本当にありがとうございました。そして お疲れ様でした。
ゆっくり休んで・・・と言いたいけど、先に逝って待ってた祖父や叔父たちと 久しぶりに盛り上がってるんじゃないかしら。 周りに人が集まってくるタイプだから、天国でも 忙しいかもしれない。
2012年9月20日木曜日
捨てられる
2012年9月19日水曜日
カエルの子
私は彼を担当して四年になるが、その間、息子さんや娘さんの言うとおりにしたことなんかはただの一度もなかったような気がするのだが・・・(-_-)?
夜、彼の長男と話しをする。
親父は知ってるとおり、そうとうな頑固者ですからね。僕らが何かしてあげても、ありがとうも言わない。振り回すだけ振り回しておいて、結局は自分の思うようにしかしませんしね。親父に付き合っても骨折りなだけで文句ばかり、何も進歩がないんですよ。わかるでしょう?この際、しばらくは連絡するのも世話を焼くのもやめようかと思ってね。いや、もちろん死なない程度に(笑)。少し困らせたら ちょっとは改心すると思うんですよ。
さすが親子だわ。同じコト 考えてるし。似た者同士、どっちもどっち。前に進めない。最後は二人とも『その間(お互いが困らせてる間)は 頼みますよ』と言う。その間・・って 四年間 ずっとじゃんか(ノ><)ノ、と心の中でツッコミを入れる。
2012年9月17日月曜日
明けの明星
彼女は自分に言い聞かせるように言う。 私は横で頷くしかできない。
義父の闘病も二年になる。
お義父さんがしんどい思いをして私たちに勉強させてくれている。こんな病気になったから 親孝行の真似事もさせて貰える、お義父さんにに感謝しないと・・・と家人と話しをする。 そう自分たちに言い聞かせる。
健康のありがたみが分からなくていい。 勉強させて貰えなくていい。 親孝行の真似事ができずじまいでもいい。 義父が病気にならなかったら それでよかったのに、と 寝顔を見ながら思う。
2012年9月10日月曜日
ワイルドだろう
早朝というより未明、Fさんから電話がかかってきたのは、先々週のこと。起き上がれない。何もできないので病院に連れて行って欲しいと弱々しい声で訴える。訪問すると、トイレに行こうとして転倒し、左の腰が痛いという。その割には左を下にして寝ているのが気になるが、転倒と聞いて大腿骨頸部骨折を疑うのは常道。そんなこともあるかなと思いながら救急車を呼んだ。
以前から、靴下のままでは歩きたくないぐらいに汚れた部屋だったのに、布団は便と尿の失禁でしっとりとした上にひどく臭う。トイレまでの床には尿の水たまりができて、それを下着で拭いて丸めて置いてある。枕元には、食べかけのご飯や缶詰などが散乱している。駆けつけてくれた救急隊員もつま先立ちで移動している。とりあえず、入院のために下着やタオルを袋に詰め、紙おむつとティッシュを抱えて救急車に乗せる。運良くかかりつけの医院に外科医が来る日だったので救急車は古い医院に搬送してくれた。胸椎の第12番目が圧迫骨折しているとの診断を受けてから、お世辞にもスマートとは言えないFさんは担架に乗せられ、階段を上がって病室に運ばれた。同僚を呼んで部屋の大掃除と、洗濯を汗だくでして事務所に帰った。
翌週、医院の看護師から、こちらの指示に従わないし廊下は歩いているので退院させますと電話があった。栄養剤を水代わりに飲んで、腰が痛いから痛み止めを欲しいとひっきりなしに訴えたりすることでもてあましたらしい。本人は、ここの看護師は親切じゃないから、以前検査入院した病院に移るのだと言う。寝返りも打てないのに、口は達者だ。退院の翌日ヘルパーさんに来てもらい、どうしても生活できなかったら入院しなさいと助言して帰る。
2日後、知り合いの病院に入院受け入れを頼んでからFさん宅に向かう途中でヘルパーから、訪問したら救急車が来ていた。どうしたらいいですかと電話が来る。到着すると、新しくできた廊下の水たまりを横目に見て、失禁してますね。本人がいないので帰りますと言い消えた。病院取り打ち合わせより早い時間だったので、別の病院に搬送することになった。大きい総合病院は、入院と検査のための家族の同意書が必要だとストレッチャーに乗せたまま待たせている。子供は7人いるが、市内には2人しかいない。1人は精神科に入院中なのでもうひとりの絶縁中の次男に電話するが、取り付く島もない。サインだけでも良いからと、説得を続け来てもらうが母親のいる部屋にも近づかない。
入院してから、ソーシャルワーカーから上履きがない。杖がないと毎日のように電話があってその都度カギを預かってから家に行き届ける。今度の病院は親切だと、おとなしくしていたのに、1週間後の土曜日ソーシャルワーカーから電話がある。知人が迎えに来ていて退院の準備をしている。歩行器移動のレベルだけど、医師も諦めて退院の許可を出した。
まだ歩けないのに退院してやったぜ。ワイルドだろう。





