天気のせいなのか、難しい本を読んでいると意識が飛んでしまう。それだけなら良いのだが、椅子からずり落ちそうになったり、首が後ろに倒れてむち打ち症になってしまう。私にとっては、新幹線の座席が読書には一番よい。700系の座席もいいが0系の方が幅が広くて、特急に乗っているぞと言う気分にさせてくれる。譲ってくれないかな、JRさん。
頭の良い人が書いた文章は、スポーツドリンクやビールのように吸収がいい。上野千鶴子や大沢真理の文章は、頭が良くなった気にさせてくれるが、実際は、ざると同じで、こぼれるのも早い。まあ、著者の責任ではないけど。
湯浅氏の文章もわかりやすい。この本は、ルビが振ってあるので麻○太郎氏でも読み間違いがない。席取りゲームで運悪く座れなかった人が貧困になる。能力のある人でも、必ず席に座れるとは限らない。席を増やせばみんな座れるのだという主張は説得力がある。
2009年7月26日日曜日
席取り
2009年7月25日土曜日
良心的?

ホームレスの人を、生活保護が受けられるように手続きをして、宿も提供する。無料・低額宿泊所という施設を取り扱うテレビや新聞記事が続いた。施設の責任者が本人に代わって口座を作り、約12万円の生活保護が支給される日に100冊以上の通帳を抱えて銀行で引き下ろす。本人には、1~2万円を渡し、米だけ支給されるというのが最初の番組だった。本人に無断で口座を作り、法外な家賃と利用料を搾取する。本人は、狭い部屋に住み、旅費も出ない。仕事を探すことさえできない。
次の番組は、東尋坊で自殺を予防する活動をしている人を取り上げていた。無料・低額宿泊所から逃げてきたという人が、利用料として8万円を搾取されていたと言うのに対し、その人は、そこはかなり良心的な施設だ。底に我慢できなかったあなたがダメだと言い、番組もそのように流れていく。
新聞の記事は、このように施設を生活保護ビジネスだと批判している。1300円の弁当が毎日1食渡される。弁護士は互いの契約なので仕方ないという。
生活保護の水準が低すぎるから、生活費として8万円を引かれるのは仕方ないと見られることであるが、本当の問題は、施設の利用者には他の選択肢があると、説明されないで施設と契約していたことだと思う。もっと広い部屋がある施設もある。自炊ができない時は、弁当を取ることができる。※は自分で会に行ける。など、選択肢が示されないで契約させられていたことである。ケースワーカーは、民間の借家などで生活できる能力がある時は、施設から退所して、引っ越しの費用や敷金も生活保護から支給できると説明しなかったことも、行政の責任だと思う。
自分の人生を丸ごと任せることはしないと思うが、選挙では「郵政問題」だけを言わなかった政権に、年金や派遣労働や、道路や、地デシなど意見を言うことはできないうちに決められた。あの施設に入っていた人を、誰が責めることができるのか。知らないことは、それだけでダメなのだと言われているように思った。
2009年7月19日日曜日
お仕事
41歳の男性の話を聞いた。6月中旬からデイサービスで働き始めたのだと言う。今まで、介護の仕事をしようなんて思ったこともなかったが、この世界に入って、こんな条件で働く人がいるものだろうかと考えているという。週40時間で約12万円。社会保険は無いし、正職員になると社会保険料が引かれるのでさらに安くなる。資格を持っていても給料は大して変わらないし、介護がうまいとは思えない。…と続く。きっと同僚や先輩たちの愚痴を聞かされているのだろうなと思う。オムツを交換して、お風呂に入れて食事を食べさせてという利用者の生活とその介護だけを見ていると、きつい綿糸か見えないだろうなと思う。
利用者一人ずつのことを尋ねると、認知症の人で、右半身麻痺で、暴力行為があってと説明する。ではどんな認知症状があるのと尋ねると、そこまでは分からないと答える。半身麻痺以外の症状は、問題行動を起こす時の状態は、誰が問題だと見るのかなどと尋ねると、職員からは説明を受けていないという。
配達の仕事をする人は地理を知っているし、事故を起こすような車の運転はしない。介護の仕事をするのであったら、利用者の抱えている病気や心理状態を知るのは当たり前ではないか、と言ってしまった。来月また合うけどそれまで仕事を続けているか心配になる。
2009年7月14日火曜日
祈る思いで

さまざまな論議はあると思うが、私を含め 脳死に関わることなく生活を送っている人にはあまり ピンと来ないだろう。
そもそも 臓器提供を本人が予め拒否をしておけば良いし、拒否の意思表示がなくても、その場になった時 家族に拒否権があるのだから、 ドナーを待っている患者のためにも早急に可決されるべきだ、と簡単に思っていた。
しかし長期脳死の家族を持つ人にとっては まだ心臓が動いている家族の命を否定されたようだ、と言う思いがあることを知り、自分の浅い考えを恥じた。
祈る思いでドナーを待つ人、祈る思いで脳死の家族の奇跡を待つ人・・。私の担当の利用者も脳死状態の方がいる。家族はどんな思いなのか。思い巡らせてはみるが 想像がつかない。
制度公布から施行まで一年。その間にドナーを待つ患者の焦り・・。それも想像がつかない。
2009年7月5日日曜日
養老院か刑務所か
80近い男性。紙おむつのままベッドに座って話し出した。あんた知っとるか。ここは養老院や。職員に言うと、そんな昔のことは知らん、老人ホームやと答えよる。老人ホームって言うけど刑務所と同じやぞ。風呂にも入れてくれて、トイレにも連れて行ってくれる。風呂にも入れてくれる。ワシが言うことを聞いてはくれるが、聞くだけや。だけん刑務所とおんなじや。死んでしまえば一緒や。
たしかに、私はここの職員より歳がいってる。しかしね、だからこそ今あんたがいるこの部屋。海が見える2階で個室。ベランダがあって、6畳はあるような部屋ではなかったよ、養老院は。平屋の長屋で共同の顔洗い場と便所。6畳に4人や4人で暮らしていた。天と地の差がある。
でも、建築の分類では、刑務所と老人ホームは同じ分類に入る。自由に外出ができず、日課が決められている。そこは、正しい。
一緒に集まって歌やゲームは嫌いだという男性と話していて、あなたは施設に入所できただけ幸運なんだ。だけど、不便でもいいから、好きなことをして暮らすのが一番という意見には同感すると言いたいが、職務上言えない。
でも、公園で野宿してた頃より良かったろう、というと、そりゃぁなと笑って答えた。



