
花火を写している途中で携帯のメモリが足りなくなった。受信メールは自動的に削除されていくから、音楽と写真で一杯になったのだろうと、写真を諦めて花火を楽しむことにした。
脳の記憶容量はどのくらいなのだろうか。今日の花火大会を動画にして残してたら膨大なデータ量になる。以前の利用者さんの家族との会話、着付けの崩れた浴衣姿の女性、冗談がうまかった浴衣の外人さん…。今後使うことのないような記憶が多すぎる。学生時代にいた町に帰ると、無意識でハンドルを切って運転している。訪れなければ使うことのない地理の情報なんか重要性が低い。だけど、そこで過ごした日々の記憶までは消したくないから、その日々の背景としての記憶なのだろうか。
認知症のひとが新しい施設に行きたがらないのは、今まで住んでいた生活の記憶を無くしたくないからではないかと思う。新しい生活になじめないからだと説明されてきたが、今までの生活が消えていくのは怖いだろうと思う。
脳の記憶容量はどのくらいなのだろうか。今日の花火大会を動画にして残してたら膨大なデータ量になる。以前の利用者さんの家族との会話、着付けの崩れた浴衣姿の女性、冗談がうまかった浴衣の外人さん…。今後使うことのないような記憶が多すぎる。学生時代にいた町に帰ると、無意識でハンドルを切って運転している。訪れなければ使うことのない地理の情報なんか重要性が低い。だけど、そこで過ごした日々の記憶までは消したくないから、その日々の背景としての記憶なのだろうか。
認知症のひとが新しい施設に行きたがらないのは、今まで住んでいた生活の記憶を無くしたくないからではないかと思う。新しい生活になじめないからだと説明されてきたが、今までの生活が消えていくのは怖いだろうと思う。
今までの経験では、認知症のひとで新しい施設に入所してなじまない人はいない。2週間か2ヶ月か分からないがみんな以前からそこで生活していたかのようになじんだ生活をする。入所前と比較すると急激に認知症が進んだように見える人もいるが、施設の職員はこの人は入所した時から困難でしたよと気にかけない。
馴染まないままで生活を続けることは辛い。人は誰も自分を辛い状態で長くおくことができないから、何とかして適応して辛さを感じないようにする。それが、怒りっぽいという別の人間になって他人との関係を絶つことかもしれないし、以前の生活を思い出さないことかもしれない。私たちは、本人と家族に対して、自宅のことはいつか忘れてここに馴染みますよ、と言うこしかできない。
馴染まないままで生活を続けることは辛い。人は誰も自分を辛い状態で長くおくことができないから、何とかして適応して辛さを感じないようにする。それが、怒りっぽいという別の人間になって他人との関係を絶つことかもしれないし、以前の生活を思い出さないことかもしれない。私たちは、本人と家族に対して、自宅のことはいつか忘れてここに馴染みますよ、と言うこしかできない。
ピントがボケて、すぐに消えてしまう花火。認知症の人の記憶のようで寂しい。
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