3年前に夫を亡くした人と話した。今だったら家で最後まで介護しようと思うでしょうかと尋ねたところ、こんなに大変だと分かっていたら介護できない。そんな覚悟はないという。
今まで看病も介護も、葬式さえもあげたことがない家族だから、ベテランの看護師と理学療法士が訪問するようにして、看護師が信用できると思うヘルパーに時々来てもらった。いつでも診察して入院してくれる病院も近くに探した。看護師たちは内科が専門だから介護は不得手だったが、いつも丁寧な言葉遣いで接してくれた。胃瘻の管が詰まった。痰が詰まって苦しそうだという時には、訪問看護師はパジャマのまま駆けつけてくれた。自宅で暮らすには、ポータブルトイレで一人で排便排尿できること。歩けなくても畳みからベッドに移動できること。しゃべれなくても、文字が書けなくても自分の意見を伝える方法を工夫することと、そのような目標を立てて取り組んできたから、前日は訪問リハビリのためにひげを剃って待っていた。朝方、いつもより早く起きたので夫婦で今までの事を話していたら、返事が聞こえなくなって妻が顔を覗くと息をしなくなっていた。看護婦が駆けつけて病院に搬送したが、本人が希望していた無理な救命措置はしないで、医師は死亡を確認しただけだった。
介護を支援したケースとしては成功だったと思っていたが、残された妻は今では介護する覚悟はないという。介護の大変さを分かったからだという。富士山に登った時は、霧に包まれていたので一歩ずつ進んだらいつの間にか山頂に着いていた。しかし、遙か彼方に山頂が見えれば登山しようと思わないということなのかと思った。
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