気が重い仕事だと思いながら斎場へ向かう。事務的な葬儀社のおじさんと、もう一人きれいな若奥さん風の女性がお辞儀する(女性には、枕詞として美人や美女とつけた方が良い。美女の首なし死体発見という見出しもあったけど)。聞くと、担当のへルーパーさんだと言う。一緒に、棺の窓を開けて最後のお別れをして荼毘にふす。午後に遺骨をもらいに来ますと、事務所に帰ると、県営住宅の担当者が昼に弟さんが立ち会って自宅に入ると電話がある。この担当に女性も、声から判断するとしっかりとした美人に思える(女性は分け隔てなく美人と表現する)。彼女の電話で、今まで縁を絶っていた弟が出てきてくれた。会議の予定をキャンセルして立ち会うことにする。弟さんは、お通帳も貯金箱一杯の小銭も要らない。福祉に寄付するからと持って帰る気はない。デイの昼食代やベッドの修繕費は財布から払ってくれるから、脈はあるのではと、団地の担当者と説得することにした。弟さんは、自分の仕舞いは自分でしようとして貯金していたのではないですか。他人では、貯金は解約できないから、家族が本人の思いを代行して欲しい。別れた奥さんとも電話で話させてもらい、通帳と小銭は持って帰り、相談してもらうこととした。4トントラック一杯の遺留品を処分することを業者に依頼して弟さん達と階段を降りた。
兄の最後はどうだったのでしょうか。酒も煙草もいくら言っても止めなかったし。離婚してから気ままな生活をして、最後は車の中で寝泊まりをしていたと聞いた。兄についての電話は迷惑なことばかりでした。
ヘルパーさんと一緒に県営住宅と病院での様子を語ると、お礼の言葉が出た。このままではお骨が無縁仏になってしまうと説明すると、家の納骨堂に入れてもらえるように家族を説得してみると、頭を下げて帰って行かれた。
新聞には「なぜ『他人の死』を悼むのか」という斉藤環氏の文が載っていた。お経の一つも上げてもらえず、お骨を紙袋に入れてミニバイクで持って帰ることに後ろめたさを感じていたが、弟さんが家族の一員として扱いたいと言い出したことか゛「名前」を取り返したことになるのかなと思う。

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